Neetel Inside 文芸新都
表紙

数珠のジョードジョード七宝
第三者不在の告発

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 いつのことだったか忘れたが、妙な人間に追い回されている。通りをあるいていて、自動販売機で立ち止まりジュースを買うと隣に居たおばさんが「本当にジュースでよかったの?コーヒーのほうがあなたは飲みたかったんじゃないの?」と迫ってくる。電車で隣になったおじさんは「あなたは会社員ですよね。本当にその会社に勤めて良かったのかと思っていますか?」と問いかけてくる。意味の分からない問答だが、あとから考えているとだんだんと糸を引いてくる、何かがすり抜けていく妙な感覚……

 家に帰っても落ち着かない、なんだか居ても立っても居られなくなって近くの本屋に行く。たしか「不安の概念」という本があったはずだ、なぜかそれに今妙に気が取られる。ほとんど駆けるようにして家から10分かかる駅前の本屋まですぐだった。息をつくまもなく見覚えのある本棚まで行ったが、しかしあの本は売り切れていて無かった。
 せっかく来たのだから何か他の本でも見ていくと思い、気軽にそこらへんにあった適当な本を手に取った。それはショートショート集といったもので、話のジャンルごとに分別されているものだった。たとえば恋愛の項目だとか仕事、友情などさまざまなジャンルに分けられている。とりあえず最初から眺めていく。すると隣に居た人がチラチラとこっちを見ながら何かブツブツ呟いているのだった。「その話はあまりよくないんだよなあ、その次が良いんだよ、その作者は……」どうやらその様子からしてその人は僕の読んでいる本を知り尽くしているようで、それの内容がいちいち気になってしょうがないようなのだ。

 集中して読んでいられないので本を置いてその場を立ち、いつも購読している漫画雑誌を持ってレジに行く。そこで目を引いたのが「あなた自身の物語を書きましょう」といったただ真っ白いだけの本で、どうやらあまり売れていないのか半額にまで値引かれていた。そこで僕は書いている日記がもう少しで残りのページがなくなりそうなのでその本を日記代わりにしようと思い、一冊だけ手に取った。
 家に帰ってよくみるとその本は左開きの横書きにも、右開きの縦書きにも対応していたなかなか気の利いた仕様のものだった。せっかくなので左の方からはその本の趣旨に則って、自分の今までの人生を振り返りながら物語として書いていくことにした。時計を見るともう12時を回っていたので、明日になってからでもいいだろうと思って今日の所は日記だけを書いた。

 それからしばらくした時のこと。あれから僕はあの白紙の本を書き続けていて、全体の半分のページ数をこえたくらいまで書き上げていた。いままでのことがなかなかスラスラと思いつくので、僕は新しい日記帳はべつに購入して、その本を書き上げるつもりでいた。日記を夜に書くのは習慣だったので、その本は普段から持ち歩いて暇なときがあったら続きを書き続けることにしていた。その日も外回りの営業の途中に近くの公園で休憩中に少しだけ書き進めた。

 それから家に帰ってその本が無いことに気づいた。僕はあわててスーツ姿のまま駅前の交番まで駆けつけた。遠くから煌煌と照りつける十字路の真ん中にある交番は、なぜかその光源に近づくにつれてそこに暗いもやもやとしたような雰囲気が漂っているような気がしていた。近づくとだんだんよくわかったのだけれど、そこに人だかりができていたのだ。警察官は次第にメガホンで怒鳴りつけるように話をまとめはじめる。しかし何やらその話が正常ではないのだ。「この作者は受験生の時にあまり勉強しなかったのが悪いと言うことでよろしいですね!もっと勉強していればより多くの可能性もまたありえたということです!」その後にまわりにいた群衆が「そうだそうだ!」とか「可能性の縮減だ!」とか相打ちを打っていた。「そうでしょうね!もっと良い大学であれば会社員でなくとももっと良い仕事もありえたわけだ!」と他の警察官がそのあとに続く。

 そこでその警察官のメガホンが実は僕のあの物語を書いた本を丸めていたということに気がついた。交番の中から不器用に片足だけ外にせり出したホワイトボードには「この作品の問題点」として大学の受験失敗だけではなく、21歳の時に彼女に振られたとかその他いくつもの項目が出されていた。まわりの人が持っているコピー機でただ刷っただけのホチキス止めの冊子の売り上げはなかなかいいらしい、一冊200円でただいま売り切れ中のことだ。さて、呆然と立ちつくしてこれらのことをただ眺めていた僕だけれども、思い切って彼らの中に突っ込んでいくことにした。なぜなら僕ほどあの物語の問題点を告発できる人は居ないだろうから。

       

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