Neetel Inside ニートノベル
表紙

たったひとつのバグ
日常

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 朝。
 食べ物が焦げる匂いで起きる。
 台所へ行くと戦争でも起きたのではないかというくらいの惨状であった。
「なに……これ?」
 朝から起きた出来事に眠りから目を覚ました脳はまったく役に立ってはくれなかった。
「す、すいません!燕尾さんに食べてもらおうと思ったんですがこのような有様に………」
 顔が真っ黒になったお姫様が深々と頭をさげる。
 なるほど。確かにセレブな姫が料理なんかできるはずがないよね。むしろそれが当たり前だよな。
 一人納得したあとタオルを水につけよく絞る。タオルをラミアの顔に当て、黒いすすみたいな物を落としにかかった。
 磨けば磨くほど輝く宝石みたいに拭けば拭くほど真っ白な肌が輝く。
「うん。これでバッチリ。ラミアは着替えておいで、その間に朝ごはん作っておくから」
 素直に首を縦に振り階段を上る。
「わぁ!おいしいです!すごいです!」
 感嘆の声を漏らすラミアが見たものはボクが作った簡単な和風料理だ。
 ラミアが着替えてきたのはやはり庶民には手がつかない服だ。
「ほらほら、そんなに慌てない」
 口についたご飯粒を取る。
「そういえば、ラミアは学校どうするの?」
 ゴクリ、と口にあったものを飲み込み話し出す。
「今日からそちらの佐々宮学園に急遽転入することにしました。なので、校舎案内してくれますか?」
 申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見てくる。
「ダメ。ボクの彼女、すぐに妬くから他の人に頼んでよ」
「………一度、その彼女さんにご挨拶に行ってもよろしいですか?」
 何やらラミアの後ろから黒いオーラが出ているのは気のせいだろうか?
「い、いいんじゃない?」
 拒否すればボクの命が危ういことを心の中のボクが警告した。
「そろそろ、学校行かなくちゃな」
 玄関の前にある鏡を見ながら身なりを整える。
 ネクタイを結ぶのは本当に一苦労だ。
 一年が終わろうとしているのにまったく上達しない。
「ネクタイ、わたくしが直しますよ」
「え? あぁ、ありがとう」
 結んでくれるラミアにはありがたいのだが目の行きどころがないのに少し困る。それにフローラルな香水の匂いも漂ってきた。
「はい。できました。それじゃあ、学校へ案内してくださいますか?」
「うん。じゃあ、行こうか。ってラミア?」
 玄関を出て歩こうとしたがラミアはまったく動こうとしなかった。
「男性は『れでぃ~』に手を引いてエスコートするのが基本と、パパが言っていましたが燕尾さんはしないんですか?」
 あのクソ親父……そんな事教えていたのか……
 無言で手を差し伸べるラミア。
 とにかく少し時間に余裕がないのでラミアの白く細い手を引いて歩く。
 満足気にニコニコと微笑むお姫様はまるで天使のようだ、と思ってしまった。……がそう思ったのを少し後悔することになる。
 学校につく頃にはさりげなく手から腕へ、次にその腕を絡める、といった行動に移していたのだった。
 止めようとすると今にも泣きそうな顔になるので止めようにも止められなかった。
「周りにはどう思われているでしょうか?」
 と聞いてくるラミア。その笑みは小悪魔と言った方が正しいのかもしれない。
 確信犯だ、と思うボクは間違っていない。
「……学校ついたから腕を絡めるのやめてくれないか?」
「ダメです。燕尾さんはわたくしを先生がいる部屋へご案内くらいはして下さい」
 案内するまでこの腕はラミアの物同然ですか……
「失礼します。誰か……誰かラミア・キキュロスからこの腕を離してくださいませんか………?」
 なぜかラミアを案内するために行ったのだが助けを呼ぶために職員室へ行った。
「お~この子があのキキュロス嬢か………なかなかの上物だな」
「紗枝佳先生。生徒を食べるのはやめてください」
「はっはっは。いくらわたしが両刀だからってお姫様にまで手を出すバカじゃないよ。燕尾くん」
 とゆっくりした物腰で話すのはボクの担任兼この学校の実力者、炉影 紗枝佳(ろえいさえか)なんでもこの校長は紗枝佳先生に頭が上がらず困っているらしい。さっき、話の中でもさりげなく暴露した通り両刀で下手すれば生徒にすら手を出しかねないある意味危険なお人である。
「それじゃあ、ボク教室に戻りますからあとよろしくお願いします」
「あ~待て待て。キミはこの子を放っておくのかい?」
 コーヒーを淹れながらボクに聞いてくる。わかっているくせに。
「ボクの彼女知っていますよね?見つかると退学させられますよ」
 すると先生は今気づいたかのように話す。
「そういえばそうだったな。キミも大変だな~。氷乃宮 花梨(ひのみや かりん)嬢の相手は……。まぁ、それが本当の愛なのかは別だが…………」
 氷乃宮 花梨、この学園で知らない者はいない程有名だ。家は明治時代から続く大富豪でその息女があろうことかボクに一世一代の告白をしてくるといった前代未聞をやってのけた。
「……何言っているんですか。愛がなかったら付き合いませんよ」
 そう言って立ち去った。
「ふっ。どうだか。キミはわたしの中で一番わかりにくい性格だからね」
温かい職員室を出て行くときに紗枝佳先生が話したがボクは聞こえない振りをした。
「おはよ~」
「や~!燕尾くん!今日は遅かったね~。何かあったの?」
 教室へ行くとさっきまで男子達と話していた瑠佳が走ってくる。
「うるさいな……あまり話しかけないでくれよ……」
「やはは。ごめん」
「燕尾~!」
 上品に、そして華麗に走る、とまではいかないがなるべく早く歩いてくる。
「やぁ。おはよう、花梨。それとボディーガードのトムさん、大樹さん。今日はいい天気だね」
 いまさっきまで話していた花梨がボクの元に駆け寄る姿はとても愛らしい。隣にいる黒服に身を包んだガタイのいい男を除いては……
「燕尾さっきまで何話していたの?」
「別に何もないよ」
「嘘よ。それにさっき田宮さんのことを瑠佳って呼んでいたもの!絶対何かあったに違いないわ!」
 ほら、すぐにヤキモチを妬く。困ったお姫様だ。
「それは昨日私が偶然燕尾くんに会っちゃってその時に瑠佳って呼ぶようにいったんだよ」
と瑠佳が弁明してくれた。
それに乗ってボクも訳を話す。
「わかったわ。でも、燕尾? あまりこんな娘とは話さないようにね? 将来私のだんな様になるんだから」
「うん。わかっているよ。だから安心して教室に戻ってくれないか?」
 そろそろ一時間目が始まる。
 花梨は高校一年生年齢なのだが頭がいいのもあって特別に一年上のクラスの二年二組に入ってきた優秀な人材である。
「まったく、本当はクラス戻っても人の顔色ばっかりうかがうチンケな人ばっかりでいやなのよ」
「結構毒舌だね。そんなの誰だって同じだよ。ボクも仮面を被っているかもしれないかもよ?」
 いたずら心が芽生え、花梨にそういってみる。
「そんなの、燕尾の嘘に決まっているじゃない。少なくとも燕尾は違うわ。わたしには人を見る目があるの。だから燕尾に惹かれたの」
 それ以外の理由はないわ、と堂々とした口調で話す。
 なんとなく口にした言葉の重みはプレッシャーでボクを押しつぶすかのようななんともいえない重圧感だ。だが、この重圧感に耐えられないとこの娘とは絶対に一年も関係が続くわけがない。
「おい。氷乃宮嬢はここのクラスではない筈だが、そろそろ自分のクラスへ戻っていったらどうだ」
「そうよ。あなたが燕尾さんの彼女なんて認めませんからね?」
ボクと花梨が話している席の隣にいつの間にか本物のお姫様、ラミア・キキュロスが顔を覗かせてなにやらお母さんのような言動を発していた。
「せんせー。なんでここにラミアがいるんですか?」
 自分が思っていたより冷静に話を持ち出せた。本当は心の中は焦りでいっぱいだった。
「ふ~ん。私のどこが燕尾に相応しくないの?」
 こちらは沸騰寸前のやかんのように怒っている。花梨はボクと花梨の中を悪く言うようならば速攻なにかやっているのだ。例えば、学校を無条件で退学させたり親の会社を潰したり、と本人にではなくその周りを潰す。
 花梨曰く、外面より精神を攻撃した方が効率いいのよ、と述べてくれた。
「なんとなくです。あなたよりわたくしの方がいいに決まっています」
今にも手が出そうな花梨をどうにか抑える。先生はなにやら面白そうな笑みでボクを見ている。瑠佳はラミアが花梨に逆らったことに衝撃を抱いている模様でまったく使えない状態に陥っていた。
「そこまでだ、氷乃宮嬢。そろそろ自分の教室に帰ったらどうかね? こちらも忙しくてな。授業を始めたいのだが……」
 やっと先生が止めに入ってくれた。さすがに先生にまで手を出すわけにはいかず半ば強引にいうことを聞いてくれる。
「さて、氷乃宮嬢が帰ったので本題といこうか。ラミア、自己紹介をしてくれ」
 はい、と二つ返事をしてから教壇の前に立つ。
「わたくし、アメリカの方から来ましたラミア・キキュロスです。どうぞよろしくです」
 頭を下げる。腰にまでくる長い髪が鞭のようにしなやかにうねる。
「だそうだ。とりあえず、席はキミの隣だ、燕尾くん」
「ちょ!待ってくださいよ!何でボクが……!」
 ニヤニヤしながらボクに話す。その様は悪魔のようだった。
「ん~?そりゃあ、キミの妹だからね~。わからないことがあればすぐに対応してもらわないと困るから仕方なくね」
 絶対嘘だ。楽しんでいるよ、この人。
 なんでこの人先生勤まっているんだろうか?それがこの人の不思議である。
「燕尾さん、隣ダメでしょうか?」
「そ、そんなにみつめないで……わかった。わかったから」
 仕方なく了承したのはいいのだが……
「せんせー。ラミアさんの席がボクの席に徐々に近づいてきているんですけど」
 本当にさりげなくだが時間が経てば経つほどだんだん目立ってきた。
「いいじゃないか。そんなので授業を止めないでくれ」
 今日の先生は至って真面目だ。多分この状況を好きで楽しんでいるのだろう。
「燕尾さん、ここなんて読むんでしょうか?」
「ん? あ、そうか漢字はさすがに難しいよね。どれどれ……:」
 教科書を開きラミアの指先を辿ってみるとそこには『隙』という文字が描かれていた。
「隙」
 と簡単に答えを見出せたのだが手で顔を覆い隠す仕草をする。
「燕尾さん……好きって……」
「え? いや!違うから!読みはあっているけど漢字が違う!」
 慌てて誤解を解くものならば、チョークが飛んでくる。
「そこ。うるさいぞ」
「す、すいません」
 ボクだけ謝る。それはそうと、今まで気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、ラミアの年齢ってボクより一個下なんでしょ? なんで二年生のクラスに来ているの?」
「そうですね。それは、わたくしが紗枝佳先生に頼んでみたんです。
 そうしたら、簡単にオッケーを貰いまして今に至るというわけです。」
 頼んでみるものですね、とニコニコしながら軽く言う。そうか、あの人ここまで企んでいたのか。策士だ。
「それと、あと三つ質問してもいい?」
 コクリと頷く。
「そうだな……一つ目になんでラミアはそんなに日本語が上手なの?」
「いいえ、日本語だけじゃないです。フランス語や中国語、スペイン語、もちろん祖国である英語もマスターしています。ママは上流社会がイヤで今のパパと出て行きましたけども、いつかわたくしはキキュロス家の跡継ぎになるのですからその位は当然です」
「プレッシャーはないの? 例えば周りからの眼差しとか」
 少し考える仕草をする。
「そうですね。確かにありました。ですけど、そんなの気にしたって意味ないじゃありませんか。わたくしはわたくしです。」
 芯のこもった言葉。これがセレブとして生きてきた彼女なりの結論でありいままでの人生経験からでたのであろう。だが、そんな彼女を羨ましく思った。正直に言うとラミアの母であるアーミー・キキュロスはなぜあんな父親と駆け落ちみたいなことをしたのかがわからない。上流社会がイヤ? そんなの羨ましい悩みだ。なぜ子供は生まれてくる時に生んでくれる親を選べないのだろうか? そうすればボクは元々有名な富豪の跡継ぎとして生まれるのに。
「じゃあ、二つ目。ラミアは今のパパ。つまりはボクの父親とラミアの母親が結婚することに反対はしなかったの?」
「いいえ。先ほどにも言いましたがわたくしはわたくし。母は母です。
 母は自分のしたいこと、つまりパパと結婚することを選びました。わたくしがどうこう言うものではありません」
 よくできた娘だ。だからこそ……
「ラミアは本当にそれでよかったの? ちゃんと母親と話した?」
 気になってしまう。自己主張しない彼女はどう思って結婚を承諾したのか急激な生活の変化に慣れていっているのかわからない。
「最初は……もちろんイヤでした。ですけどパパの人柄は本当に好きでした。だから、わたくしはこの人が本当のパパだったら、と何度も思いました」
「そっか。じゃあ、最後の質問。なんで日本に残ったの?」
これが最大の謎だった。なぜ道や地名も知らない日本に移ったのか、なぜ初めて会ったボクにこんなにも親しみを込めているのか。
「わたくしはアナタが気に入ったからです。見ず知らずのわたくしにクリスマスケーキを無償でくれました。ただそれだけの事ですが私にはすごく嬉しく感じられたのです。だからアナタがいるこの日本をもっと見てみたいと思った。アナタの傍で笑っていたいと思ったのです」
なんだかプロポーズを受けている心境だ。
「でも、わかっていると思うけどボクには花梨がいるんだ。だから、その気持ちには応えられない」
「知っています。だからこそ燃えるものがあるのです! 略奪愛! あぁ、なんていい響きでしょう! それに本当に燕尾さんは氷乃宮さんのこと本当に愛していますか?」
鋭い突っ込みをいれる。
「当たり前だ。そうじゃないと花梨とは付き合わないよ」
「どうでしょうか。あのような我侭な息女に付き合えるというのは相当の我慢強さを持つものかあるいはただのお金目当てのお人でしょうから」
 まるでアナタは後者だ、と言わんばかりに言ってくる。
「違う」
 鼓動が早くなる。まるで否定したことを後悔するように。
チャイムが鳴る。
「で、燕尾。この娘は誰よ? 許婚って言ったら殺すわよ?」
 ここでまた修羅場の時間ができる。時間はかかったがボクとラミアの誤解も解け、花梨はまた冷静さを取り戻していく。だが、まだ彼女の警戒心だけは解かず隙あらば何をするかわからなかった。
放課後になり、ボクはヘリで帰る彼女を見送り部活へ向かった。
ボクは写真部に入っている。写真は実に興味深い不思議な力を持っているような気がしてその不可思議さに心惹かれた。
昔の誰かが言ったようにカメラは人の魂を抜き取る悪魔のような機械だというのはあながち間違っていないと思う。
例えば絵は静をそのまま写生し抜き取るようにして映し出すのに対し、写真というのは動から静へと一瞬にしてそこの場面だけ時が止まったかのように変わっていく姿もボクが興味を持った理由だ。
 ラミアには用事があるといって先に帰ってもらった。なかなか首を縦に振ることはなかったがしぶしぶと承諾してくれたことには感謝した。
 さすがに趣味の時間まで盗られれば文句ぐらい言うつもりだ。

       

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Neetsha