Neetel Inside ニートノベル
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たったひとつのバグ
願い

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「やあ」
「アンタもこりないねぇ~……なんで話しかけてこれるの? いちおーここらじゃ無敗のルーって呼ばれてんだけど……」
「ん~ボクは平気。なんとなくだけど話せる雰囲気があるから話せるんだよ」
 わたしはあまり人目につかないような喫茶店をみつけここで入り浸っている。まぁ、入り浸っている理由はこいつ、燕尾と話すためである。
 ボコボコにした次の日ヤツは性懲りもなくわたしにたてついた。そう、キミは間違っている、といいに。普通リンチの際に腕が折れたヤツが言うセリフじゃないとわたしは思った。そして面白いヤツとも思った。だからこうして話している。……デートじゃないよ? 言っとくけど……
「変なヤツ。仕方ないから話してるだけだよ? こんなの」
「メールで時間ある?って聞いてきたじゃないか」
「ヒ、ヒマだったんだよ! ちょうどアンタと話せる時間もあったし……」
 ふ~ん、と含みのある笑みを浮かべ注文のコーヒーが届くと包帯のない左腕でミルクを淹れようとするがなかなか苦戦している。
「しょうがないな……特別だぞ?」
 ささっとミルクを淹れてかき混ぜ燕尾に差し出す。
「ほれ」
「ありがと~」
 ニコニコして受け取る。
……くそ、可愛いんだよ……
「やっぱさ、ここって雰囲気がいいよね~」
 ほのぼのと普通に話す。っていうか腕を折った原因を作った本人とよく会話できるな、と今頃感心してしまう。
「ん、確かにな~」
「やっぱしコソコソして付き合うのってスリルあるよね~」
「な、つ、つつつつ付き合ってるだとぉう!?」
 テーブルの上に置いてあった自分のオレンジジュースを撒いていしまう。コーヒーは燕尾の手の中に納まっていたのでこぼれはしなかった。
 そして燕尾は平然と、
「そだよ~。だって現にこれってデートでしょ?」
「デ、デデデデートぉう!?」
 またもやテーブルをガタンと揺らす。やばい……いまのわたしの頭もそうだが他の周りの視線も痛い。
「ま、まぁ? そんなにわたしと一緒に居たいって言うんなら? 付き合ってやってもいいよ?」
 なんとか強気なわたしをみせようとふんぞり返ってしまう。
「うん。じゃあ、それで。すいませ~ん、コーヒーとオレンジジュースおかわり~」
 それでって……適当なんだな……
「……コーヒー飲むの、はええな」
「うん。まぁね~」
 わたしは燕尾の家の情報は多少知っている。燕尾が話してくれた。なんであの時間違っていると一人だけ異議を唱えたのか、なんで腕を折られながらも意見を変えようとしなかったのか。
 過去を教えてくれた。不治の病に罹った妹がいるということも。借金を抱えているということも。それでなのか知らないけどわたしと燕尾は馬が合った。自分が貧乏というのと名前はあえて伏せておいた。なんとなくだけど。でも、燕尾はなにも話さなかった。それ以上聞こうと迫ろうとしなかった。
 そしていつもどおりの時間になる。
「さて、わたしそろそろ行くわ」
「うん、またね。ルーちゃん」
「ちゃ、ちゃんはいらねえよ!」
 からかわれて喫茶店を出る。
 そのあとは何もせずに真っ直ぐ家に帰るのが暗黙の了解となっていた。私といるのがチームに見つかれば厄介なことになるとわかっていたのか、それとも自分がいれば敵に絡まれたときに足手まといになるかもと心配してくれたのかもしれない。どちらにしても私を気遣ってのことだろう。
 家に一台黒光りしている車が停まっている。
「さっさと出せよ! 金が無いんだろ!?」
 玄関を入る前に大声で外まで聞こえる。なにを大騒ぎしているんだろう?
 でもわたしには関係ない。
「ただいま」
 黒い服の刺々しいオーラを発しながらわたしをジロジロとなんとも粘っこい目つきで見てくるのはなんともイライラした。
「なんだよ。何見てんだよ」
 やはり威嚇など全然効果ない。むしろ喜んでいるようにも見えた。
「ほぉ~気の強い女だ。それに顔もいい」
「おい、なんだよ。こいつら」
「えっと……あの……だな」
「借金取りか……」
 いつも親父が歯切れが悪いと金の関係が絡んでくる。
「そいつは話が早くて助かる。実はあんたの父親がいつまで経っても金を返してくれないわけよ」
 どうにかしてくんない、と身内であるわたしに問う。
「知らないよ。この男なんか。わたしには関係ないことだ」
 靴を脱いで家に入ろうと親父たちに背を向ける。
「ふ~む…仕方ないな、じゃあ弟たちもどうなってもいいかな?」
「待てよ。なんでそこで弟達が出てくるんだ。関係ないだろ、わたしはわたし、弟は弟。そして、糞親父は糞親父だ」
「ヒュー、辛口コメントだねぇ。でもね、身内の問題は身内で解決しなくちゃいけないと思うんだよ。だから、弟さんの臓器の一つでもくれたら何もいわないよ」
 ニコニコと平然に話す。その言葉の重みを知っていてこそこんなに軽くいえるのだろうか、いや、わたしたち金の無いものは屑以下の扱いとしか思ってないのかもしれない。わたしは激しい憎悪を男と親父に向ける。でも、向けたってなにも状況が変わるわけじゃない。怖気づいて男が帰ってくれるわけじゃない。
「……わたしが、働けばいいんだろ……?」
 なにも悪いことをしていないような笑みを男は浮かべる。
「そうそう。人間は素直が一番だよ。じゃあ、早速仕事に行こうか」
 促されてついていく。ふと、後ろを振り向く。

 ……何も言わないんだな、親父

 こっちを見ようともしない。下をただただ眺めている。
 どうせ、こんなもんさ。そう言い聞かせ車に乗る。
「あんたの父親も冷たいなぁ~。少しは抵抗してくると思ってたけど何にもしてこないんだもんな」
「あぁ、あの親父はいつもそうだ。最低な男だよ」
「っていうか、あんたもヤケに冷静なんだな。普通の女だったら泣き喚いてうるさいんだけどな、神経図太いのか?」
「んなわけないだろ。そりゃあ、普通だったら信じていた親に裏切られてショックなのとこれから何が起きるのだろうかという不安に駆られるからパニックを引き起こすんじゃないの?」
「じゃあ、どうしてあんたは平気なんだ?」
 フン、と鼻を鳴らす。
「そりゃあ、こんな状況には慣れてるからさ。あと、」

「わたしはあんな親父を元から信用なんかしていない」

 そういった。簡潔に。アイツはわたしの父親。それだけの関係。あとは何の関係でもない。
 それだけにはっきりしたクレバスが私と父にはある。
「……大した肝っ玉だな。男に生まれりゃよかったんだ。まぁ、でも感心するだけで金はきっちり返してもらうからな」
「それより自分の命を護ったほうがいいよ?」
「あ? 何言って……」
「アニキ……」
 おびえた声で車を運転している男が小声で話す。
「何だよ!」
「……周り見てください」
「ちっ。なんだよ」
 窓の外を見るもうわたしが言った忠告を覚えていないだろう。
「な、なんでこんなにバイクがいっぱい!? ま、まさか!」
 わたしの方をみる。ニヤリと笑う。
「どうしたの? 最近の若者は怖いわね~」
「コイツ!」
 重く黒く鉄の塊がこめかみに当ててくる。
「なめやがって!! おい、オマエの銃貸せ!」
「へ、へい!」
 む、やっぱりこんなの持ってたか。できれば持ってない方に賭けてたんだけどな。やっぱ物事は順調に進まないな。
 とはいっても手は車に乗る際に手錠をかけられたので暴れようにも暴れられない。

 パン!

 渇いた音、そしてそのあとにバイクが大きくこける音。やばそうだ。撤退命令を携帯で示す。
「へへ、バーカ」
 こちらに振り向く。
「さて、次はオマエだ。変な真似しやがって!」
 バチン、と頬を叩かれる。さて、次はどうやって逃げようか。わたしの頭は諦めなかった。というか冷静だった。多分なにが起ころうと涙は流れないな、としみじみ思った。
 そして、この男たちになにかされるのもわかっていた。体を使う仕事だと思う。そんなのは嫌だ。こんなヤツにあげられるほど落ちぶれちゃいない。そう、初めては……なんて、アイツは知るわけないか。
 さっきまで燕尾といた喫茶店の近くにあるキャバクラとか風俗の店の通りに車は止まる。
「おい、でろ」
 そう促され外に出る。
 汚れた空気。そう感じてしまう。
 なぜ、どうして。
ああ、わかった。私は好きなんだ、燕尾が。燕尾が好きだから、こんな汚れた空気も平気で吸えたんだ。
「はやく来いよ。ボスがお待ちだ」
「……だ」
「?」
「いやだ!! 絶対嫌だ!!」
 震える声で、潤んだ瞳で、水分が無いカラカラの口で叫んだ。
「うるせえ!! 恨むんだったら親父を恨め!! あの薄情な親父を!!」
 強引に腕を引っ張られる。
 
 怖い。

 助けて!

 嫌だ!

 願った。
「ボクの彼女だ」
バチバチ!!

「はぐぅぅ!?!?」
 変な声を上げてその場に倒れたのはさっきまで威勢良く私を引っ張っていた下っ端の黒服だった。

 願いが、叶った。
「大丈夫?」
 片手にスタンガンを持った少年は話す。
「………」
 コクリと頷いた。
「そっか。うん、よかった。立てる?」
「うん」
 私たちは走った。息が切れて苦しくなった。だけど、ただただ嬉しかった。

       

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