Neetel Inside ニートノベル
表紙

たったひとつのバグ
氷乃宮との出会い

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「ねえ?何で燕尾くんは氷乃宮さんと付き合ってるの?」
 唐突な質問にすぐには応えられなかった。
「……話さなきゃいけないことなの?」
「うん。だってわかんないもん。どんなことがあって我侭な氷乃宮さんと付き合っているのかわからないの」
 教えてくれる?、と上目遣いで聞いてくる。
「そうだね、うん。それを聞いたらボクの事諦めてくれる?」
「……知ってたの? わたしの気持ち……?」
 気づいていたというより気づかされた。昨日『盗っちゃえば?』といった今日の行動は明らかにアプローチしてきたと思ってもいいだろう。
「なんとなくね。どう? この条件飲める?」
 簡単にうん、といってはくれない。
「その話の内容によるかな?」
 困ったように笑う。曖昧な答えだ。まぁ、それが妥当だろうな。
「しょうがないな……ちょっと話長いから公園のベンチにいかない?」
 そうだね、と相槌を打ち寄り道をする。
 コホンと咳払いを一つ。
「去年の春だったかな? 花梨と出会ったのは、最初は本当に天使が地上に舞い降りたんじゃないかっていうくらいの美人だと思ったけれど最初の一言が『あんた、私のためにジュースかって来なさい。お金? そんなの自腹に決まってるでしょ! 私の声を聞けるだけでもありがたいと思いなさい』だったことには本当に驚いたよ」
ホント、最初の印象は最悪だった。ただの高飛車な女だったらよかったのにその後ろには大きな権力があって誰も何もできないまま、ただ彼女の言う命令に従うしかなかった。
「その頃にはすでに学園中を仕切っていたでしょ? そして花梨の事件、覚えてる?」
  瑠佳は苦笑いをしながら頷いてきた。
「うん。あれは、ね。ある意味伝説だよ……」
  あれは入学三日目を迎えた頃だった。佐々宮学園の体育は二クラスで男女に分かれて合同に行う。その時に事件が起きたんだ。
「何よ! これ!」
 隣にいる誰かの声が聞こえ野次馬と共に流れに身を任せ最前列に向かった。見ると他のみんなは制服だって言うのに一人だけ体操服のまま暴れている花梨が椅子を問答無用に蹴散らして酷い有り様だった。隅っこには女子生徒が怯えた様子で見ていた。
「誰よ! こんなことしたの!」
 一人ひとり胸倉を掴みやや脅迫しているみたいになにやら聞き出している。
「あんたがやったの!?」
 反論をあげる一人の女子生徒。
「し、知らないわよ! それにそんなことやりそうなのはこのクラスだけじゃなくて学園中にいるわ! あんたみんなから嫌われてるの知らないでしょ! この学校中みんな嫌いなのよ! あんたなんか!」
「!?」
 驚きの表情、そして困惑、絶望へと変わっていく。
 表情が深刻になっていくのをみるといつのまにかボクは口元が歪んでいるのに気がついた。花梨は俯いたまま学園から飛び出した。
「ふん。いい気味よ」
 そして花梨にたてついた少女はみんなの尊敬の拍手を受けていた。
 ボクはというと現状を把握するべく、騒ぎのあった教室に入り花梨らしき豪華なバックの中身を見ればそこには家の者が作ってくれたであろうお弁当が無残にもバック一面にぶちまけられていた。元が何だったかすら想像もつかず生ごみのようになって臭いもできれば長く嗅ぎたくなかった。
――なるほど。そりゃ怒るわな。
 ぶちまけられた生ごみを掬い口の中に運ぶ。
「ちょ、ちょっと……」
急に入ってきて何をしているのだろうと疑問に思ったんだろうな。
「おいしい」
 きっとこの昼食を作った人は三ツ星どころじゃなくて五ツ星に匹敵するほど野菜の新鮮さ、肉の甘味を最大限に引き立てていた。それが生ごみになってしまうのはボクがやったわけじゃないが申し訳なく思う。
「さてと、今さっき氷乃宮が飛び出していった方ってどっちかな?」
 あっち、と右の方向を示していた。
 着いた先は河原で近くには大きな電車が通る橋が印象的だ。土手を見ると体育座りをしてぼんやりと川を見つめている。こんなに萎れた氷乃宮を見たのは初めてだった。学校ではまず見ないだろう。
「元気ないね~。さっきまでの勢いはどうしたの?」
 隣に座る。何も言わないし、帰りもしない。
「何よ。あんたも笑っていいのよ。好き勝手やってきた報いですもの」
「そんなことするわけない。寒くない?」
 時期的には春なのだがまだまだ寒い季節だ。体操服だけでは風邪をひく可能性が大きかった。
「制服は? 学校にあるの?」
 さらに気落ちさせないように笑顔で話しかける。
「ないわよ。だって、ほらあそこ」
 指差す先には河原の中にある木にでも引っかかったのかずぶ濡れの服が水の流れに沿って漂っていた。
「あれ、私の制服なんだ……」
 自分を嘲笑するようにあざけ笑う。
 だが、いまにも壊れそうなくらい微かに震えていた。
「ばっかみたいよね。私が好きなようにしてきたからこんな陰湿ないじめを受けるなんて……」
「ふん。やっぱり大富豪の息女は世間って言うもの知らないで育ったのは本当だね。いじめ一つでうじうじするなんて滑稽だ」
あぐらをかいて落ちていく陽をみつめながら話した。
「な!?」
「怒った? でもね、キミだけが辛いんじゃない。他の人はもっともっと辛い思いをしている。
 キミは借金取りに取り立てられたことはある? 毎晩毎晩人の迷惑を考えず扉を思いっきり叩く音を聞いたことはある? だから……」
「あ、ちょ、ちょっと!」
 止めるのを聞かずザブザブと川にボクは入っていく。冷たい。ずぶ濡れになっている制服を持ち上げる。ビチャビチャ音を立てて水が零れ落ちる。まるで氷乃宮のかわりに泣き崩れるように泣いているようだった。
「う~ちべたい……これまだ着れるけど濡れてるから明日乾かして返すよ」
「そんなのもう要らないわよ! また買えばいいじゃない」
「ダメだ。これはキミが過ちに初めて気づいた大切なモノなんだから新しく買ったら意味がないじゃないか」
 制服を絞りおばあちゃんのようにしわしわになってバックの中に入れる。中身はまったくないからバックだけが濡れるだけだ。
「そういえばバックも悲惨なことになってたね……」
「見たの?」
「悪いとは思ったけどね……おいしかったよ。あれ」
 生ごみ同然の食えないものを食べたことに驚いていた。
「あれ食べたの!?」
「うん。あれは結構前から続いてるの?」
「まぁ、ね」
 また気を落とすように俯いてしまう。
「そっか。じゃあ、今度ボクが作ってきてあげる。そうすればきっとバックの中ぶちまけられないですむと思うんだけど」
「……いいの?」
 以外にも素直にボクの言うことを聞いてくる。
「味は保障しないよ?」
「そんなのわかってるわよ。まぁ、アンタの味は庶民の味っぽいかもしれないからこれもいい経験かもね」
 腕を組んでうんうんと頷いていた。
「それとこのまま帰ったら風邪ひくだろうしこれ貸してあげるよ」
 上着を出す。
「……ありがとう……」
「へぇ、氷乃宮もちゃんとお礼が言えるんだな。ちょっと意外だ」
「あ、あんたね!」
 みぞおちに重い一撃が入ってくる。
「おぐぅ! ……は、ははは! やっぱりキミは天真爛漫がいちばん似合うよ」
 しばらく談笑した後ボクは早めの帰宅をしようとした帰り際、
「アンタの名前、聞かせてくれないかしら?」
「四季夜 燕尾」
 それだけ言うと帰路に向かって歩き出した。

 さて、もう気づいているかもしれないが制服を川に捨てたのは他の誰でもないこのボク四季夜 燕尾だ。
 バッグの中身はわからないが机の中に紙を入れてあの場所に誘導させたのはボクである。これが酷いか?
 これが悪か?
 バカいっているんじゃない。
 これが世の常だ。
これが正義だ。
彼女も結構ショックを受けていた。そこが狙い目だ。
傷ついた心は新しい何かで埋めることができる。
 今日は名前だけを覚えてもらうだけでよかったのに昼食をいっしょにたべることになったのは嬉しい誤算だ。
 思った以上に彼女の中では印象に残っているのだろう。世間知らずな彼女ほど扱いやすい少女はいない。
 これで一応友達になれたような気がする。

       

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