「しゅ……や!! 愁夜!!」
声がする。
眼を開けると会長が泣いていた。
「よかった! 気づいてくれたか!」
よほど嬉しかったのかボクの体を起こし強く抱きしめた。
「だい……じょ……ぶです、から」
安堵に打ちひしがれているのはいいのだが、ボクは頭が痛くて吐き気もまだある。
一刻も早くここから離れたくてフラフラしながらも駅に行こうと歩き出す。
「おい! いまから救急車を呼ぶからじっとしてろ!」
「大丈夫、ですから……早く行きましょう……」
「ダメ……!!」
「いいから!!」
止める荒々しい声よりも大きく声を出してしまう。
会長はいままでそんな声を聞いたことが無いような顔をしていて少しボクの心が痛んだ。痛んだのだが、いまのボクにはそんな事を気に止めるくらいの余裕が無い。
「……行きましょう」
「あ、あぁ……」
スタスタと先に歩く。いや、もしかして空気を読んで後からついてきてくれているのかもしれない。
屋憧学園へとつく電車に乗るまで一切話さなかった。
タタンタタン
電車の中では座る席はかなり空いていたので別に気負いすることなく二人とも座れたことは幸運だった。
ボーっとしているといつの間にかトンネルに入った。
ゴォーという音。そして向かいには眼が死んでいる自分が座っていた。
ボクがいる。一瞬自分が自分じゃないような気がした。
「なあ……」
トンネルを抜けて長い長い沈黙を破ったのはボクではなく会長からだった。
「なんです?」
少しぶっきら棒な言い方になったが会長は話を続けた。
「記憶、戻ったのか?」
「……」
――言っていいのか? ボクの曖昧な記憶。記憶ではなく単なる夢みたいなものだとしたら…………
はっきりいって不安だった。
「…………なんとなくでしたけど……」
ボクは話した。
話すことで何かわかるかもしれないと思った。
だって会長は初めてきた柳原町をまるで何十年も慣れ親しんだ町のように知っていたからだ。
ずっと遅くまで家に帰らなかったこと。
小さいボクがお父さんと言っていた人に虐待を受けていたこと。
「まぁ、このくらいですね」
「……すまない」
彼女は嫌な記憶を呼び覚ましてしまって申し訳なく思ったのだろうか。
「違いますよ。謝らなくていいですよ。ボクもなるべく早く記憶を戻さなきゃいけないと思っていたのでいい機会でした」
ありがとうございました、と最後にいって少し頭を下げる。
だけど…………会長にはいっていないけれど、これだけは自身がある…………記憶の最後に出てきた女性。
それは、今隣で普通に座っている霧梓 燕南本人だった。