Neetel Inside 文芸新都
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神々の異世界
豪腕

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この国では神様となるのが他の国より難しくない。
その分野、部門で誰よりも抜きん出た成績や功績を残せば神様となれるから。
例えば、サッカーの神様であるペレだとか、野球の神様であるベーブ・ルースだとか。
これは、日本人ではないのだが日本人にも神様はいる。
競馬の神様である大川慶次郎や、学問の神様の菅原道真だってそうだ。
前者は押し出されるように、馬券をパーフェクトで当てた。という戦績からそう呼ばれている。
後者は、彼の死後日本ではよくないことが起こり続け、彼のたたりだ。天神様の怒りじゃ。
ということもあり、そのうち災害の記憶もなくなり、彼が神格化されたことだけ風化せずに人々残った。
他にも軍神と呼ばれた上杉謙信や、東照大権現と呼ばれた徳川家康だって神格化された一人だろう。

さて、物語はそんな神格化されていくある人物をめぐった一つの物語。

「さぁー大歓声!大歓声で迎えるルプロ競馬場*!大歓声に揺れる競馬場!」
アナウンサーが熱の入った声で実況中だ。
実況しているレースは、いろいろな国からも参加があるナルバン記念*
「独壇場!独壇場!誰も来ないぞ!うわーやっぱりこのレースもこの馬だった!」
アナウンサーが叫んでいるとおり芝2345ノウ*で行われたナルバン記念は今年のダービー馬であるディギャーンが圧倒的な強さを誇った。
200万人は入るだろうルプロ競馬場に一つのコールが巻き起こる。
「ダ・ロ・ス!ダ・ロ・ス!」
ダロスというのは騎手の名前でフレッド・ダロスという。
年は59歳でもうジョッキーとしては限界だった。
それでも豪腕な追いは見るものを興奮させ、馬を勝利に導き続けた。
しかし彼も去年にはもう引退しようとしていた。
が、競馬の神様はそれを許さなかった。
ディギャーンというメガトン級の馬をダロスに与えたのだ。
新馬戦こそ不覚を取ったもののその後は連戦連勝。
5戦4勝(内重賞2勝)一躍三歳世代の主役となった。
その後のダービーでは36頭立てのレースながら一番人気に支持されこれも勝利した。
その時ダロスは涙を流しながらこういった。
「この馬のせいで引退できなくなりました。こいつが引退するまで私はやめません。」
ダービーに騎乗したほかのジョッキーはこうも話していた。
「ダロスさんディギャーンに乗るとそのときだけは30年前の背中しているんですよ」
「でもインタビューみるとレース前よりふけちゃってるよな」

あの日もディギャーンはレースにでた。
もちろん騎乗は往年のベテランダロスである。
ダービー馬に与えられる試練の一つである、ヒトデ賞*である。
ダービーと同じ距離、同じ競馬場、同じ馬、しかも歴戦の古馬達の参戦する。」
古馬達の中には前年のダービー馬でその後もG1を三連勝して前年の年度代表馬に輝いたアトラックも出走していた。
アトラックはこのヒトデ賞に勝てなかった。
プレッシャーは馬にはなかったが騎手が緊張してしまったのだ。
騎手が緊張すると馬にもそれは伝わり、怯え、走る気をなくす。
二番人気に支持されたアトラックは60頭立て中6着だった。
それでも6着に入ったのは馬の強さといえるだろう。
しかし前年のアトラックとはもう違う。
騎手も自信をつけ、レース前のインタビューでは、「負ける要素が見つからない。直線だけですべての馬を交わす」と自信たっぷりのコメントをのこした。
前年アトラックにヒトデ賞で勝っているセベクセベクはもう引退している。
確かにアトラックがグリグリの大本命だった。
対抗として上げられるのは牝馬最強といわれたフリードだったし、他にも唯一ヒトデ賞の栄冠だけ手に入れてないインスマス軍団は7頭をだして、誰でもいいから勝ってくれという感じだった。
ディギャーンのデキは悪くないのだが、ダロスの成績が芳しくない。
なので4番手の評価になってしまった。

「さぁ、スタートしました。第1234回。記念すべき回数であります。ヒトデ賞。芝の2400ノウで行われております。現在逃げているのはシルクインスマス。その後ろビースルー、外から・・・・・17番手ほどでしょうかここに今年のダービー馬のディギャーンがいます。その内フリードその後ろにはベガインスマス・・・・・一番後ろから断然の一番人気アトラックが追走しております。」
ルプロ競馬場は大歓声で隣の人の声が聞こえない。
「これは世紀のレース!世紀の一戦!大歓声!大歓声!ルプロ競馬場の盛り上がりはピークであります!先頭!まだまだシルクインスマス!内にはセントトップロード!現在三番手はフリードがもうあがってきた!やっぱり最強牝馬なのか!シルクインスマスもうちょっといっぱいか!アトラックはまだ最後方!果たしてそこから届くのか!先頭変わったか!フリード!フリード!脅威の足!あと200ノウ!粘れるのか!それtおおっと!アトラックだ。アトラックが大外から一番外からアトラック!ごぼう抜き!他の馬がとまって見える!」
しかしもう一頭同じ足で上がっている馬がいた。
「先頭!フリード!フリード!ちょっとスピードが落ちてきたか!外から外からアトラック!その外にはダービー馬のディギャーン!アトラック!ついに先頭に立った!内にはまだフリードが粘っている!外にはディギャーン!デロスの豪腕!追って追って豪腕追い!ディギャーンだ!ディギャーンが交わした!一番外からディギャーンが今ゴール~!」

このレースを経て、文頭に続いた。
ディギャーンとダロスはダービーとヒトデ賞それにナルバン記念を制した。
ここまできたらもうやることは一つしかないのだ。
一年の総決算である、ウェンディゴカップ*を勝って名実ともに最強馬の称号を手に入れることだった。
ダロスは祈った。
陣営もこのレースでディギャーンの引退を発表している。
人馬ともにこのレースで引退。
しかも誰もやったことのない競馬界最高峰の四レースを同年制覇。
それに一頭の馬での制覇は間違いなく歴史に残る。
ただひたすらに祈るしかないでしょう。

ファンファーレが鳴り響き、異様ともいえるほどの歓声と拍手がこのゴッショ*競馬場に広がる。
圧倒的一番人気であるディギャーン。それに続く現役最多勝利場アトラック。牝馬限定G1を勝ってこのレースに臨むフリード。海外からの参戦が決まった芝最強の声が高いペシャルーク。
史上最も豪華なメンバーで行われるであろうこのレースに一番人気で挑むディギャーン。
「ウェンディゴカップで5番人気以内は誰が勝ってもおかしくない。」
そんな格言がある。
72頭立て。ウェンディゴカップの発走時刻となりました。
「歴史あるウェンディゴカップ。第2500回奇しくも同じ距離2500ノウで行われます。
歴史あるレースは歴史が作られます。ディギャーンが勝てばまさに奇跡の馬。そして奇跡の騎手、ダロス。まもなく発走です。」
ダロスの心臓は鼓動がすさまじい勢いで行われている。
初騎乗のときも、初ダービーのときも、こんな緊張はしなかった。
「さぁゲートイン。さすが現役最強馬72頭。スンナリとゲートをすませています。今、スタートしました。さぁ何がいくのか。おっと、一頭出ないぞディギャーンが出遅れ!一番人気が出遅れ~!」
真っ白になるダロス。最後方の競馬になってしまった。
それ自体は悪くない。いつも後方からの競馬をしているからだ。
しかし何より、まずいのはダロス。真っ白になったのは頭の中ではない。
プレッシャーで目が見えなくなってしまったのだ。
元来馬は頭のいい動物なので、決められたコースを進んでいく。
「先頭はヒトデ賞と同じ。シルクインスマス。二馬身程度はなれました、クラッククラスティ・・・・・フリード、ペシャルーク同じ位置にいます。・・・・後方はアトラックその後ろにようやくディギャーンといったところであります。」
でもそこはダロス。ベテランである。ペース配分や今自分がどこにいるか大体わかっている。
「さぁ・・・第三コーナーに差し掛かります。先頭変わってブラザーインスマス。二番手になりましたシルクインスマス。・・・・・五番手にはもうペシャルークが上がってきている!」
早くも歓声があがっている。
「さぁここは世界の社交場!歴史ある一戦!もう待ったなし!先頭!早くもペシャルーク!芝最強馬はここも押し切るのか!二番手もフリード!ここは私の競馬場!勝手なことはさせない!早めにアトラック!アトラックの手が動いている!ディギャーンはいつ仕掛けるのか!」
ダロスはまだ何も見えない。
「一気に横に広がった!72頭よる壮絶なる叩き合い!その中で抜き出ているのはペシャルークとフリード!後残り200ノウ!アトラックも上がってきた!アトラックが飛んできた!ディギャーンはまだこないぞ!」
このとき、まだディギャーンは一番後ろだった。しかし前があいていない。
でも、ダロスには何も見えていない。感覚だけでムチを叩き豪腕追いの準備をした。
「ペシャルーク!こんなに強い馬がいたのか!フリードが追いつけない!アトラックも追いつけないのか!ディギャーンにようやくムチが入る!ダロスとディギャーン!ダロスとディギャーン!しかし前があいていないぞ!」
前があいてないのは、見えないダロスもわかっていた。
72頭立てなら前があかないのは当然。
しかしこの馬の持つ闘争心と勝負根性と気迫で他の馬は道を譲ると確信していた。
「先頭いまだにペシャルーク!この馬に勝てる馬もいるのか!伝統あるレースの歴史の一戦が海外馬に取られてしまうのか!ディギャーンはどうした!」
アナウンサーはディギャーンを探した。
外に出したのか?いやいない。うちから突っ込んだのか?いや内にもいない。
そのときディギャーンは飛んでいた。表現方法ではない。本当に飛んでいたのだ。
翼が生え、ペガサスのような馬が馬たちの上を飛んでいく。
ようやくアナウンサーが見つけた時はさすがに驚いたが、すぐに職業病がぶり返した。
「飛んでいる!ディギャーンが飛んでいる!すごいすごい!だれよりもすごい足を使っている!先頭ペシャルーク!ディギャーン今二番手!がんばれディギャーン!私も歴史を見てみたい!私も歴史をみたいんだ!ペシャルークはもうちょっといっぱいか!ディギャーンだ!ディギャーン!これは文字通り神の馬!そしてダロスは神の騎手!」

ぶっちぎってウェンディゴカップを駆け抜けた、ディギャーンとダロスはそのまま空に飛んでいってしまった。
もうウェンディゴカップは勝ち負けなどなかった。
こうして神の馬となったディギャーン。
そして、神の代行者として誰よりも神に近い存在となったダロスの銅像が、今もルプロ競馬場に建っている。


ルプロ競馬場*最大の競馬場。直線の長さと第三コーナーに入る前の坂が有名。
ノウ*1ノウ=1.3メートル
ヒトデ賞*ジャック・ユ・ヒトデを記念して作られたレース。
ウェンディゴカップ*有馬記念。

       

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