Neetel Inside 文芸新都
表紙

バンブー・ランス
1.びぼうのあおぞら

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私の声は目の前を通る人々には届かなかった。
幾度となく挑戦はした。けれども誰も反応をしなかった。
いや、一人だけいた。その人は私をまるでゴミを見るかのように一瞥し、去っていった。反応をくれたのは嬉しかったけど、あんな表情をされるのは心外だ。
喉が渇く。もう何時間も水分をとっていない。
声が聞こえた。この病院に運びこまれてから2時間、初めての診察になる。
白衣をきた医者と看護師。医者に瞼をひらかれ、小さい懐中電灯のようなもので目を照らされる。
何かを紙に書き込み、看護師になにかをボソボソと伝えたあとすぐ隣の人の診察を始めた。
医師がはなれていく。看護師は目の前の負傷者に治療を施しはじめた。
今言わなければ次の機会はしばらく訪れないだろうと私は思った。
軽やかに走る痛みに耐え、火傷で引き攣る喉を必死の思いで動かし声を出す。
「水を下さい」
伝わった。負傷者の右足に包帯を巻いていた看護師が振り返り、無理矢理顔を歪め笑みを形作る。
「ダメだ。水を飲んだら君は死んでしまう」
「水を、水が欲しいんです」
「絶対にダメなんだ

看護師はそう言って俯く。
「いいか、あの爆弾が落ちてから何人も死んでるんだ。そりゃ俺だって水をあげたいし、なにをしてでも助けたい。
けどさ、水を下さいというから水をあげたらじつに旨そうに飲むんだよ、本当に。
至福の顔っていうの?顔が爛れて何が何だかわからないけどやつもいたけどさ、それですめばいいんだよ。
それでさ、ありがとうっていってね、それっきりなんだ。もう動かない。
いいか、俺が、あげた水で動かなくなったんだ。俺が殺したのも同然だ。
せめて恨みのことばでも残してくれればいいだろうさ、けどさ、喜ぶんだぜ。
なんでだよ。死ぬんだろ?なんで微笑みながら死ぬんだ。それをみると俺は死にたくなるんだ。
俺が死ぬ手助けをしたようなものなんだから

ぶつぶつと喋っていたのが段々と声が大きくなり、最後には叫ぶように話した。
異常に気付いた医師が駆け寄り、私を少し見つめたあと看護師の肩にふれて、大丈夫だ、と言った。
「このお嬢さんの火傷は比較的軽いし、喉の辺りだけだ。水をあげても大丈夫」
俯いていた看護師は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をあげ、腕でそれを拭きながら腰にかけた水筒を取り、私に飲ませた。
「ありがとう。美味しかった」
水筒を持つ手は震えていて、口に入るまでに多くがこぼれたけれども、その水は本当に美味しかった。
看護師は水筒をにぎりしめ、大声で泣きはじめた。
安心したのだろう。子供のようにしゃくり上げ顔をぐちゃぐちゃに歪ませながら泣く看護師は幼く見え、少しだけうっとうしかった。

       

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