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 その切っ先はぴたりと喉元に向けられている。中段に構えたその姿に隙はない。剣を抜き放ってそのまま斬り伏してやろうと思ったのに飛び込めなかった。本格的に学んだ剣だと分かる。
 自分の、斜めに剣をかついだ構えが隙だらけだとその切っ先が告げている。手首、胴、太ももにヒヤリとする殺気を感じた。このまま間合いに入れば一瞬で終わってしまう。と思う間もなくするりと剣が間合いに入ってきた。慌てて後ろに飛び退きながら自分の剣も中段に下げる。イヤな汗がじわりと手の甲から流れた。
 この邪魔な剣先を弾いて勝機を見出す。膝を溜めてじりじりと今度は自分から間合いを詰める。一撃で倒そうと思うな。まずはあのやっかいな構えを崩す。
 こちらの攻勢の気配を感じ取り、女は足運びを微妙に変えた。滑るように前後に動かす足取りがフワリと左右に流れた。上半身は微動だにしない、なめらかな平行移動。来るなら来いというわけだ。
 …間合い!迷わず右側面から自分の切っ先を相手の剣の上に乗せていく。火花が二度散り、女と剣と自分の剣が激しく絡み合う。どちらが先に相手の剣を"外す"か。"外した"瞬間剣を叩きこむ!
 女の手首は柔らかく、その剣は手元で暴れる蛇のようだ。絡め手の勝負を持ち込んだものの、女の剣の動きについていけない。
「うおお!」
 思わず吠えながら剣を振り抜いた。唐突な剣の振り抜きに虚を突かれたかたちで女の剣は手元から弾け飛んだ。返し刀で叩き斬る!
 と、強く踏み込んだ右足に激痛が走った。 剣を飛ばされたことも意に介さず女が蹴りを放ったのだ。
 バランスを崩し、前につんのめるのをこらえて顔を上げた瞬間、こめかみに風を感じた。



 気がつくと夕日と宵闇に染まった、紫色の雲を見上げていた。後で聞いた話では側頭部に手刀、だったらしい。最後の瞬間は闇の中だった。
 どこか上の方からフフフ、と笑い声が聞こえてくる。侮蔑の笑いではない。楽しそうな、でもどこか勇ましい調子。
「…小僧、名前は?」
 声が聞く。ボンヤリと答えた。
「…グノウ。数えで十六。」
 声がまた笑う。
「歳は聞いてないぞ、グノウ。」
 クスクスと、今度は本当に面白そうだ。
 声がまた聞く。
「寒村を出て、自分の剣を振り回すだけで生き延びてきたのか?」
「そうさ。」
 力無くうなずく。傭兵なら皆そうだろう。
「ふふ、グノウ、お前すぐに死んでしまうよ。」
 なんだとお?うめきながら何とか立ち上がった。勝ったからって言いたい放題言いやがって。ふらつく足を踏ん張って、背筋を伸ばしてあごを引く。前をにらみつけた瞬間はっとした。
 夕日を浴びて金色がかった薄紫の髪がたなびく。切れ長の双眸には炎が揺らめいていた。薄桃色のくちびるから声がもれる。
「もっと大きなもののために生きろよ。グノウ。傭兵でも騎士でも、剣だけ振る男はすぐに死ぬ。」
「大きなもの?」
「それさえあれば剣などなくても敵を打ち倒せる。戦の流れを変えることができる。」
「何を…」
「ではな。グノウ。私はもう行く。」
 女剣士はそのまま黄昏の光の中に歩み去った。


「ふん。まぁ、ありゃ本物の凄腕ってやつさね。小僧っ子が勝てねえのも仕方ねぇな。」
「なに、あいつもようやったよ。」
「大きなもの、ねぇ…。あの女も言いやがる。」
 野営の火を囲み、傭兵達はさっきの勝負を肴にして酒を飲む。
 女剣士は勝負の後、そのまま団から去って行った。もともとこの戦だけ加わった流しの剣士らしい。
 グノウは皆から離れた焚き火のそばでチビチビ酒を飲んだ。あの女剣士が言った言葉が頭から離れない。
 …もっと大きなもの?それがあれば戦の流れを変えられる?戦ってのは目の前の敵を斬って斬って斬りまくることなんじゃあねぇのか?

「まーだしょげてんのか、おめーは。」
「うるせえな。寝ろよ。」
 宴もたけなわになり、それでもグノウは考えていた。分からない。結局答えを見出せないままグノウは眠りについた。


 夢の中で、夕日の黄金色に縁取られた、女剣士の、あの薄紫の髪がたなびくのを見た気がした。


 目を開けると山間から朝日が差し込んでいた。夜明けだ。傭兵達は昨日の宴で飲みつぶれて起きてくる気配がない。風がそよと吹き、鳥がさえずっていた。
「もっと大きなもの、か。」
 ぼそりとつぶやき、ゆっくりと立ち上がる。頭陀袋を肩に引っ掛け、剣を腰に差した。
 よし、これでまた旅立てる。
 このまま黙って行こう。何かがグノウを急き立ていた。流しの傭兵が流れていくのは当然のことで、誰も別れを惜しんだりしない。グノウは朝日がその顔を覗かせている山間に向かって歩き出した。


ここから東、山を越えればガルドの傭兵団たむろする谷川。川沿いに進み、拓けて見渡せるは聖ルナ。
朝の光の中をグノウは迷わず進む。本人は一向に気づいてなどいないが、"大きな何か"がグノウを待ち受けている。
傭兵少年の夜は、今や完全に明けていた。



Fin


----あとがき---------
 この短編は文芸新都で連載中のファンタジー大河小説「魔女の詩」のファンノベルです。
 「魔女の詩」を既に読まれた方は、どうだったでしょう。諸兄のイメージとは異なっていたでしょうか。僕が「魔女の詩」を読んで考えたのは、人を惹きつける人って、カリスマって何なんだろう、ということです。何がしか人を惹きつける、影響を与える人物として我らが主人公メディナを描きたかったのですが、難しいですね。
 「魔女の詩」をまだ読まれてない方、本作の主人公はこの短編で登場する凄腕の女剣士です。彼女の活躍、その生き様にチラとでも興味をもっていただいたなら、ぜひ原作を読んでみてください。
 最後に、この素晴らしい作品の産みの親、後藤健二先生をエールを!がんばれ~!

2015.08.15 ホドラー

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