Neetel Inside ニートノベル
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FNアンソロジー
Killer FN「Black Dog」/牧根句郎

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「最近さ」
彼女は、温くなったコーヒーをすすりながら呟いた。
「随分と表通りのカラス達が賑やかいじゃないか。 生ゴミの回収はちゃんと来てんのかい?」
言いながら、パストラミビーフを挟んだサンドウィッチに手を伸ばす。
遅すぎるブレック・ファーストは彼女の日課だった。
ああ、そうだ。 この時間はブレック・ファーストなのだ。
そうと決めたこの時間は、完全に余暇でなくてはならない。
マスターはモーニングの後片付けをしながら、そんな彼女に向けて事もなげに言う。
「賑やかいどころじゃねぇよ。 奴らは今じゃ毎日がサタディ・ナイトだ。 お前さんも気をつけた方がいいぞ。 最近、タチの悪い殺人鬼がこっちにシマを移して来たらしい。 プロビオ・ファミリーの連中がもう7人も殺られてる」
「ウープス! 殺人鬼? 殺人鬼だって?  なんてレトロな響きだい。 一体、そいつは何処のテッド・バンディ様なんだい? それとも英国育ちのジャック・ザ・リパー様?」
「そんなお綺麗なもんじゃねぇ、まるでジェフリー・ダーマーさ。 大口径の銃で顔面を吹っ飛ばして、頭ン中に何が詰まってるのか、外野によぅく見えるようにして殺すんだ。 おかげでカラス共は日々の食事に困りゃしねぇ。 その内、メキシコから禿鷹でも越してこようってぐらいさ」
マスターが皿を引き上げると、横にいたサーシャがそれを空拭きしだす。
透明な輝きを取り戻した食器達は、そのまま流れるように食器棚に収まった。
「食事時にする話じゃないね、ベイビー。 食ってるのがレバーじゃなかったのが幸いだよ。 で、そいつの首には懸賞は掛かってんのかい? そいつが今のアタシにゃ深刻な問題だ」
「結構な額だ。 舐められたプロビオ・ファミリーも収まりがつかねぇ。 その威信にかけて懸賞金を釣り上げてやがる。 目撃情報だけでTボーン・ステーキが一ヶ月食える」
「オーケイ、そいつは最高に素敵だ。 溜まったツケもようやく清算出来るってもんだ。 そいつの愛称は何てんだ?」
「“ビッグ・マラー”だ。 大口径の銃を得物に使うからそう呼ばれてる」
「はっ、“ビッグ・マラー”! “ビッグ・マラー”か。 舐めた愛称だね。 いいとも、そのコック・サッカーにファックされる快感て奴を教えてやらなきゃな」
彼女はそう呟くと、口の中に残ったサンドウィッチをコーヒーで流しこんだ。
「悪いね、マスター。 今日の分の支払いはそのコック・サッカーの首で払う事にするよ」











大口径の銃使い―――――
そう聞いて真っ先に思い浮かんだ顔は、あの牧師の顔だった。
スミス&ウェッスンM29。
『44マグナム』の名で知られるあの大口径リヴォルヴァーは大口径拳銃の代名詞だ。
だが、彼は違う。
彼は、卓越した殺人技術を持っているが殺人狂ではない。
何より、プロビオ・ファミリーを殺して回る理由がない。

その時、ふと彼女の鼻腔がよく嗅ぎ慣れた香りを察知する。
焦げ臭いような、鼻頭を熱くさせる匂い。
「…………硝煙……?」
彼女がひとりごちたその時、耳をつんざくような銃声が二つ鳴り響いた。
―――――――上。
とっさに彼女が上方を見上げると、ビル群の上から宙に跳ぶ人影が目に入る。
いや。 正確にはそれはもう人の原型を留めてはいなかった。
人の意志を司どる部位が、まるで熟れ過ぎた果実の様に爆ぜ、真っ赤な花を咲かせていた。
鈍い音と共にそれは道路へと落下し、脳漿を道端にぶちまける。
“それ”は―――――かつて人間だった“それ”は、整然と紺の背広を身にまとってはいたが、その首から上だけが悪い冗談かの様にその肉の内側を晒していた。
その突然の落下に彼女は声を失ったが、しかしふと我に返り、そのビルの階段を駆け昇る。
誰だ? 誰だ、撃ったのは?
決まっている。
あんな凄まじい銃声は38口径ではあり得ない。
間違いなく発砲者は45口径以上の大口径銃を使用している筈だ。
その名の通り、“ビッグ・マラー(巨根)”の様な大口径銃を。
非常階段を一気に駆け上る。
肺腑に取り込んだ酸素を一気に血液に還元し。
短距離を駆け抜けるかの様なペースで、一気に屋上までを駆け昇った。

「はぁ……はぁ……」
息をつく。
彼女が渾身の力で駆け昇って行ったその先には―――――
見覚えのある黒衣黒套の優男が。
あのスミス&ウェッスンM29を操るあの牧師が風の中で佇んでいた。
「おや、これは奇遇ですね」
牧師は、事もなげに彼女に言った。
「いや、ホント奇遇ね。 まさか、アンタがジェフリー・ダーマーの正体だとは思わなかったわ」
「それはまたひどい誤解だ。 私も銃声がしたもので今しがたここにやって来たところですよ」
「そいつを信じろっての?」
「まぁ、信じていただけないのなら、今ここで抜き撃ちの決闘をしてもよろしいのですが。 ただ、一つ弁明させていただければ、私がシリアル・キラーであったのならもっとスマートに殺しているとは思いませんか? たった一人を殺すというのならともかく、何人もの標的がいるのであればこんな派手な殺し方は無意味です」
「それもそうね。 もし、意味があるとするなら―――――」
「―――――憎悪。 それも、より醜く殺そうという悪意が感じられます」
言って、牧師は階下の屍に向けて十字を切った。
「アンタも」
彼女は言った。
「“ビッグ・マラー”を追ってる訳?」
「ええ。 そんな下卑た俗称の相手だとは知りませんでしたがね。 子供達の生活圏に殺人鬼がいる事を喜ぶ保護者はいないでしょう?」
「なるほどねぇ……」
納得してかしないでか。
彼女はふと、屋上の手すりへ身を寄せる。
階下では、死体に気づいた民間人達が輪を作り始めていた。
間もなくここにも官憲の手が入るだろう。
「そろそろ、ずらかった方が賢明だね」
「そうしますか」
そうして足を非常階段に再び向けた時、彼女はふと、足元に転がる金属片を見つけた。
それは、真新しい空薬莢だった。 まだじんわりと熱を持っている。
そいつを拾い上げて、彼女はその穴を覗き込んだ。
「見なよ、牧師。 獲物の足跡を見つけたよ」
「ほぉ、こいつは………」
「頭のイカれた野郎だとは予想してたけど、こいつはとびきりだね。 さすがは“ビッグ・マラー”って言われるだけはあるよ。 45口径の逸物持ちの牧師も、さすがのこいつには引けを取るんじゃないのかい?」
「ええ、さすがの私も50AE弾を使う気にはなりません。 多分、まともに撃つ事すら叶わないでしょう」
「こいつはいい材料だ、持って引き揚げよう。 50AE弾を扱う銃匠はこの街には多くない。 上手くすれば、砂漠の鷲が網にかかるよ」











真紅のルノー21ターボが路肩に駐車していた。
その車体の表面には雨垢がべったりとこびり付いており、優雅さの欠片も感じられない。
その型遅れのフランス車の運転席では、浅黒いヒスパニック系の中年男が新聞をナイト・キャップ代わりにして居眠りをしていた。
グースカとイビキを描きながら眠るその運転席に、歩み寄る影が一つ。
病的な色の白さをたたえた、長身の中年の男だった。
黒のストライプの背広に群青色のトレンチコート。
髪は総髪にまとめており、蒼い瞳はうっすらと濁っている。
男は運転席にの前に立つと、コンコンとフロントガラスをノックした。
それで、ヒスパニックの男は気づいたようだった。
「ラザロ・マルティネス、だな?」
その白人男はフランス語で言った。
「アンリ・ベネット? いや、“ビッグ・マラー”と言った方がいいか?」
ラザロ・マルティネスがスペイン訛りの英語でそう返すと、白人の男は唐突にラザロの襟元を掴み上げた。
「フランス語で話せ、混血(メスティーソ)。 お前の訛った英語を聞くとイライラするんだ。 この車のエンジンルームごと弾丸でファックしてやろうか?」
「おいおい、勘弁してくれよ、旦那。 この街でプロビオ・ファミリーから逃げおおせてるのは誰のおかげだと思ってるんだい? この、“逃がし屋”ラザロのおかげだろうが? そうでなきゃ、アンタは最初の一人を殺した後で連中に捕まってコンクリの海に沈んでるとこだ。 そこんとこ忘れないでもらいたいね」
「ああ、そうだ。 大したビジネス・パートナーだ、お前は。 だが、ビジネス・パートナーに最も必要なものは信頼だろう? お前の不快なスペイン訛りが私の中枢を刺激するんだ。 殺しでささくれ立った私の神経をな」
「……オーケイ、話せばいいんだろうがフランス語で? 分かったから、その物騒な得物を仕舞ってくれ。 金玉が震えあがっちまう」
アンリ・ベネットと呼ばれたその男は、ゆっくりと手にした大口径自動拳銃をトレンチコートの中に収める。
そして、熊が巣に戻るように、のっそりと後部座席のドアを開けた。
その時だった。
物静かな住宅街に、突如として銃声が交錯した。

バラララララッッッ!! バラララララッッ!!

横殴りに出現した銃弾の嵐が車体を叩く。
アンリは、咄嗟に車内へと飛び込んで被弾をかわした。
「な………っっ!?」
声を上げるが早いか否か、フロントガラスが一瞬で真っ白に染まる。
間もなくガラスは打ち砕かれ、ラザロの脳漿をベロアのシートの上に撒き散らかした。
ドアの隙間からアンリが顔を覗かせると、そこに、二挺のシグ・ザウエルを手にした女が走って来るのが見えた。
空薬莢を噴水のように排莢口からまき散らし、花火のようにマズル・フラッシュを瞬かせながら。
バラララララッッッ!! バラララララッッ!!
「イェ――――――ア、フィッシュ&チップスはいかがですか、ボア・ベイビー? お代は手前の首級で払ってくださーい!」
ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!
アンリに遊底を引かせる間も与えず、彼女は―――――“killer”の名を持つその女はルノ―21を蜂の巣へと変える。
常人離れした、神速の早撃ち。
雨垢だらけだったその車体は、今やそれすら見る影もなく無残に破壊されていた。
アンリの逃げ込んだ後部座席を足で押さえ、銃口をアンリへと向ける。
「デザート・イーグルなんて腐った拳銃使ってたのがアンタの間抜けっぷりだ。 この糞田舎でンな特殊な得物つかってりゃ、速攻でアシが付くってこった。 来世で二度目があった時の為に、よく覚えておくんだな」
彼女が、自分の勝利を確信した、その時だった。
ただ彼女が引き金に僅かな力を加えるだけで彼の命を奪う事が出来る、というその状況においてさえ。
まるで彼女もその銃口も目の前には無いかの様に、アンリの目には畏れも恐怖も映ってはいなかったのだ。
「あン?」
彼女が訝しげに声を上げた瞬間、アンリの足がゆっくりと地を滑った。
爪先が彼女の足首をとらえ、テコの原理でゆっくりと重心が地から離れる。
不意に現れた浮遊感に、彼女は咄嗟銃を撃ったが、その射線は虚しく空を切る。
叩きつけられた先は、地面だった。
あの圧倒的優位な状況から、一転してコンクリの地面に頭から叩きつけられたのだ。
何が起こったのか分からなかった。
まるで、奇妙なマジックを見ているようだった。
起き上がろうとする肩を足で押えこまれ、逆に今度はデザート・イーグルの馬鹿でかい銃口を突き付けられる。
その先に、あの“ビッグ・マラー”の生気の無い表情があった。

「形勢逆転だな、可愛い殺し屋? プロフェッショナルなら、銃だけでなくマーシャル・アーツの勉強もしておくもんだ」
「…マーシャル……アーツ…?」
「カンフーだよ。 聞いた事くらいはあるだろう? 東洋の神秘さ。 だがこれは魔術ではない、れっきとした技術だ」
「ふざ……けるな………そんなの、反則だ」
「失望させるな、殺し屋。 躊躇なくラザロを射殺したのは素晴らしかった。 だが、標的に不用意に近づき過ぎた。 殺されて当然だ」
アンリの足が、彼女の肩から、鎖骨の隙間に滑り込んだ。
麻痺するような奇妙な激痛と共に、握力が抜け、掌から銃が滑り落ちた。

「チェックメイトだ」
彼女の額に、銃口が突き付けられる。
だが、彼女は目をつむらなかった。
「……オーライ………」
彼女の口元が、裂けるように横に拡がる。
「詰んだ、と思った瞬間にカウンターってのは入るもんだよ、“ビッグ・マラー”」

ドンっ!!

銃声と共にアンリの長身が弾け飛んだ。
血飛沫が宙を舞い、その身がルノーの車体に叩きつけられた。
続いて第二射音。
磔のようになったアンリの大腿骨を、銃弾が無残に破壊する。
突然の被弾に、アンリの喉の奥から悲鳴が引き絞られた。

「いいよ、牧師。 マチルダがスタンスフィールドに喰われるのには間に合ったじゃないか」
「貴方の何処がマチルダですか。 貴女の暴悪さには、アンジェリーナ・ジョリーだって裸足で逃げ出します」
そう皮肉を叩きながら、黒衣黒套の牧師は、スミス&ウェッスンを片手に道路の反対側に佇んでいた。
「自分の手札をわざわざ晒すなんて、とんだド素人です。 カンフーだろうが、カラテだろうが、ルチャだろうが、この中距離じゃ無意味です。 それとも、カンフーには銃弾を素手で払う秘儀でもあると言うんですか?」
アンリは呻き声を上げながらも、デザートイーグルの銃把に手を掛ける。
その瞬間を、彼女は見逃さなかった。
流れるように。
遊底を引き。
撃鉄を起こし。
照門と照星を一直線に結び。
そして。

トリガーが引かれる。

9mmパラべラム弾が銃口から引き放たれた。
それはアンリの手首を貫き、その右手を車体に磔にする。
「がぁああああああああ!! 糞! 畜生! この畜生が!!」
「おいおい、畜生みたいな悲鳴上げてるのはアンタだろうが?」
返す右手で、さらに左手をも撃ち抜く。
さらに両の膝を撃ち抜いて、完全に達磨にする。
喉の裂けるような絶叫が鳴り響いた。





「やり過ぎましたかね。 これでは間もなく失血死します」
「構う事ぁない。 首級さえ収めれば懸賞金は出るんだ。 生きてようが死んでようが関係ない」
凍るような声で、彼女は言った。
すでに焦点の定まっていない虚ろなアンリの額に向けて、彼女は銃口を走らせる。
「おい、ジェフリー・ダーマー? 最後に言い残す事があるなら聞いてやる。 猿の子にも分かるように簡潔に述べよ」
アンリは、ゆっくりと視線を彼女に向けると、微かにほほ笑んだ。
「私がジェフリー・ダーマーなら、お前はリジ―・ボーデンだ。 魔女め、くたばりやがれ」
「………どうやら、すぐに死にたいと見えるな」
彼女の目が細められた。
視線が殺意に変わり、空気が凍りつく。
「プロビオ・ファミリーが」
彼女は言った。
「アンタの首に結構な懸賞金を掛けてる。 そいつが入れば、毎朝、深炒りのロースト・コーヒーに美味いサンドウィッチが食える」
「――――――――………何の事だ?」
「アンタが今から殺される理由さ。 そうとも。 実にくだらない、そんな些細な理由でアンタは死ぬんだ。 そいつをよく噛み締めておくといい」
そう言って、彼女は犬歯を見せて笑った。
猛獣が笑うのは楽しいからではない。 嬉しいからでもない。
それは、肉食獣の示威行為なのだ。
「くだらない事だ」
アンリは、沈むように目を瞑った。
「私には特定疾患の娘がいた。 免疫が徐々に破壊されてゆく病だ。 血清剤を作るには膨大な費用がかかる。 私はプロビオ・ファミリーの職業殺人者となる事でそれを工面しようとした。 娘の為に、何十人も何百人も殺し続けた」
「―――――――」
「だが、約束は反故にされた。 出来るかどうかも分からぬ血清剤に費用を投入する事を、プロビオは拒んだのだ。 娘はゆっくりと死を迎えた。 髪は抜け落ち、手足は麻痺し、合併症の併発する中で苦しみに苦しみ抜いて死んだ」
「―――――――」
「そうだ、くだらない事だ。 やった所で誰も喜びはしない。 誰も得をしない。 ただ、それ自体が私の目的なのだ。 娘の報復をする事が。 娘の命を弄んだプロビオ・ファミリーに血の報復をする事がだ」
「―――――――」
「殺し屋、お前は正しい。 美味いコーヒーを飲み、美味いサンドウィッチを食う事の為に人を殺す方が、こんな無為な復讐よりもよっぽど上等だ。 だから、もう、終わりにしてくれ。 この悪夢を、早く覚まさせて欲しい」
カチリ、とザウエルの撃鉄が起きる。
“killer”の指が動いた。

「………目が覚めたら、幸せな朝が待っています様に―――――――」




乾いた銃声が、鳴り響いた。



     


       

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Neetsha