Neetel Inside 文芸新都
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暑苦しい男はブーンに少し間合いを空けて立つと、大きく振りかぶって立派な敬礼をした。
ブーンはそこに太陽を見るときと同じものを感じた。
男は敬礼を済ますと、一歩前に出てがっしりとブーンの目を見据える。
ブーンはここで先日のバルチェラ社主催の発表会で今回の目玉として登場した、大砲「バルチェラβ」最新型の試射を見学したことを思い出した。
「ギコ・ツーゲット特認軍曹であります! どうぞよろしくお願いしますっ!」
「うん、よろしくだお」
ブーンは自分の周りだけ直射日光が100倍になっているような気持ちになった。
直射日光を強烈に浴びて、なんだか妙な孤独感に襲われながらも、彼が恐る恐る手を差し出すとギコはコンマもない勢いでがっちりと、「がっちり」が一回では足りなさそうなので、がっちりとがっちりとがっちりと握手をした。
「(力が強いお)」
ギコはひとときの間握手すると気が済んだようで、ブーンが力を抜いて握手が終わったことを示してみるとあっさりと手をひいた。
「いやぁ~、聞くところによりますと少佐殿はナイトー家の傍系出身だとか」
「え!? ま、まぁ遠い親戚だけどそうなってるお」
「七貴族の親戚とは、素晴らしい血筋でありますな」
「そ、そうかお?」
子供の頃からさんざん言われたことだが、聞かれるたんびにやっぱり若干照れくさいブーンであった。
ギコは続けさまに語りかける。後ろでイヨゥが肩を振るわせているのには気づかない。また、気づいた某下士官は同僚とアイコンタクトを取ったのちに、二人で少し彼から離れておいた。
「いやはや、そのうえ祖父はホライゾン卿であらせられるとのことで」
これは小泉孝太郎に「お前の父さんは首相だな」と言うのと同じで、たしかに言われて嬉しいのだが、特別なありがたみとか照れとかをブーンは感じることは出来なかった。
「ま、まぁねだお」
とブーンは感謝の意の前置きをしておいてから、続けさまに喋った。
「血筋は軍務に関係ないお。……と言いたいところだけど、この血筋のおかげで士官学校を卒業したらすぐに少佐になれたわけだし悩むお」
普通は卒業すると少尉であるからして、半端ない裁量の人事である。別にこういう件がブーンに限ったことだけではないが。
イヨゥは我慢の限界が来る前に行動を起こした。つま先をブーンに向けてゆっくりと歩き出す。
我慢の限界が来たから歩き出したのではないかということもあるかもしれないが、そんなことはどうでもいいのである。

イヨゥはブーンから二時の方向より肩で割って入ろうとしたが、偶然なのかギコが喋りながら立ち位置を変えた。別にこれはおかしくはない。しかし、これのおかげでイヨゥの肩はギコの屈強な体に阻まれて跳ね返されてしまった。なんとも無様な自分の姿にイヨゥのストレスはちょっとやばいところまできた。しかし、それでもイヨゥはプライドという自制心が自己を保った。
ブーン(ついでにギコ)の注目を浴びたイヨゥはたちまち平常を取り戻し、話を始めた。
「ちょっとよろしいかな」
ギコは突然の来客に驚いた。ただ単純に、驚いただけである。
「イヨゥ大尉ですか。何も割って入らずとも……」
特別に腹がたつことをいわれたわけではないが、口内炎ができたところはまた発症しやすいように、イライラが溜まった後はそれがひいた後も溜まりやすいのである。
イヨゥはこめかみに青筋を立てながら指をさした。
「下士官に毛が生えたような野郎に文句を言われる筋合いはない! なんてたって私は十五公爵家の次期当主であるからな! 貴様のような一般人は黙っとれ!」
場の空気に「またイヨウ大尉が怒るのか……」と言う空気が流る。
そんな空気を知ってか知らずか、イヨゥは咳払いを三回してから喋った。
「いいかね軍曹」
「特認軍曹であります」
「どっちでも一緒だ!」
虫歯ができた場所が再び虫歯になりやすいように、イライラが溜まった後はそれがひいた後も溜まりやすいのである。
イヨゥはもう一度咳払いをした。
「風邪でありますか?」
「違う!!」
また怒ってしまったので、慌てて深呼吸をしてから意識的に落ち着くように努力しながら言った。
「いいかね軍曹、君のような一般市民の出なら所詮それまで、結局はそれだけなのだよ。しかし僕は七貴族の次に偉い十五公爵家の次期当主なんだからな。この僕はたかだが一般市民と違って将来性に富む素晴らしい人物だ。だからおのずと一般市民は僕に道を開けなきゃいけないのだよ。わかったかね」
「はっ、了解しました」
結局は怒っているときと同じことを言っているのだが、さらに結局のところ、いつもと同じ事を言っているだけなので、ギコもいつも通りの生返事を返した。

ようやくイヨゥはブーンとの会話にありつけた。
「閑話休題、紅葉の紋章のナイトー家のブーン少佐、私はイヨウ大尉であります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「あ、こちらこそよろしくだお」
「僕は第1中隊中隊長をやらせて貰っていますので、戦時にはどうぞ気ままに使ってください」
「わかったお」
ブーンは、報告書で「イヨゥは師団規模訓練戦闘において気弱で命令違反を計124回犯している」との報告を受けている。
イヨウは敬礼をして駐屯地内部へ帰った。終わってみればあっけない。

       

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