Neetel Inside 文芸新都
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NOT シー LOVE!
九つ眼 「犯罪小説のおススメはなんですか?」前編

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恋と噂話はいちばんお茶を美味しくさせる


フィールディング








 私は手探りで小泉の額を探した。そして、でこピン。でこピン。でこピン。私の人差し指が四度目のでこピンを小泉の額に浴びせる前にようやく小泉は気絶から立ち直ったみたいだ。勢い良く弾かれた私の人差し指が空を切る。うん。強い子だね、小泉。
 「勘弁してくれよ」と情けない声を出す小泉を尻目に私は星さんがいるであろうサークル棟に思いを馳せる。否! これは、ただの妄想でしょうね。だって、自分でも口許がだらしなく緩んでいるのが鏡を見なくてもわかるもの。まぁよだれを垂らしていないだけ、まだましでしょ?
「あかりん! あんた、なんか目が恐いぞ……絶好の獲物を見つけたライオンだ、あんた」
 もう! 慧ったら、失礼しちゃうな。私はそんなにがめつくないってば。
 とはいうものの、心は躍るよ! だって、愛しの王子様にもうすぐ会えるんだから。
 でも、その心境は獰猛な肉食獣の野性的な衝動じゃなくて、どちらかと言えば、カボチャの馬車に乗って雅やかな佇まいに満ちたお城で執り行われる憧れの舞踏会にいざ行かんとするシンデレラ姫の希望に満ち溢れた純情可憐な乙女心なんだよ。その辺を誤解されては困ります! では、さっそくカボチャの馬車に乗り込んで王子様が待っているお城に向かいましょう!
「ごちそうさまでした!」 
 私はおおげさに手を鳴らして合掌すると意気軒昂に立ち上がった。リュックを背負い右手には白杖、左手には丁寧に汁まで飲み干された丼ぶり。臨戦態勢は万全だ。
 慧と小泉を置いて、私は一人はつらつと白杖を左右に振りながら食器返却カウンターまでの20歩を踏みしめる。「ありがとね!」といつもの食堂のおばちゃんの声が右手に聞こえてきたらゴールだ。
 食器を食堂のおばちゃんに満面の笑顔で手渡して、今度は線状ブロック(点字ブロック)を白杖で確認しながら、ランチ棟の入り口を目指す。
 いつも線状ブロックに頼ってきたから曖昧だけど、確か食器返却カウンターからランチ棟の入り口までは真っ直ぐ55歩。そうすれば、ランチ棟の入り口の自動ドアの位置を伝える点状ブロックが確認できるはず。
 まぁ、このように視覚障害者はだいたいの目的地までの地理情報を把握したうえで外出しているわけです。地理情報と言っても、それは視覚を除く感覚から得られるものであって、周りから聴こえてくる音や漂ってくる匂い、それらの情報を総合して目的地までの道程を想像しながら出歩いているので結構これが気を遣うんだ……そして、視覚障害者である私は見知らぬ場所には一人では行けないという……
 そう、見知らぬ場所には行けない……あぁ。サークル棟ってどこですか?


 ランチ棟入り口付近から真っ直ぐ104歩。そこには右手に噴水がある。微かに、私の右耳に水しぶきがする音が聴こえる。
 慧の話によればここは大学の中心部にちょうど位置する場所にあって噴水池を囲むようにしてベンチが並べられていて学生たちの待ち合わせ場所のメッカになっているらしい。
 そして、噴水池から遠ざかるようにして左手にちょうど150歩。途中、鼻いっぱいに木々の優しい匂いが入り込んでくる。頭の上に何かが落ちた。何かの花びら。それを手にとって嗅いでみると桜の淡い香りがした。どうやら、サークル棟までの道のりには桜並木が立ち並んでいるみたいだ。
 その桜並木の近くには自転車置き場があるらしく、置き場に収まりきれない自転車が桜並木道にはみ出して、歩行の邪魔をしているようだった。歩いている途中に白杖の先端に四度も自転車がぶつかった。自転車は右手に集中して停められているようなのでここは左側を意識して歩くようにしよう。
 私は、小泉の手を取り先導してもらいながら慎重に歩いていき、こんな風にランチ棟からサークル棟までの歩数や周囲の様子を嗅覚や聴覚など視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて、ランチ棟からサークル棟までの道程を頭にインプットしていった。
 これを後何回か続ければ、いずれ一人でもとりあえずはランチ棟からサークル棟まで行けるようになるだろう。
 ホント、私の恋路は茨の路ですね。まったく。


 そして、ようやく辿り着いたサークル棟。道をなぞるようにしてゆっくりと歩いたので辿り着くのに10分近く時間がかかってしまった。実際はランチ棟からサークル棟までは5分とかからない距離にあるらしい。でも、慣れれば私だってそれくらいの速さで辿り着くことは難しい事じゃない。
 さて、愛しの王子様もとい星さんがいるサークル棟なんだけど……なにこれ? どこか暗い雰囲気が立ち込めている事が目の見えない私にも感じ取れた。
 まず、春先だというのに寒い。いや、寒いというのは言い過ぎかもしれない。でも、陽光の優しい温もりが体躯に染み込んでこない。せっかくの小春日和の趣がこの場所からじゃ味わえない。きっと、このサークル棟は日当たりの悪い北側にあるんじゃないのかな。
 そして、このサークル棟の雰囲気を決定付ける要素はなんといってもこの静けさ。人っ子一人いないのではないかというような錯覚に陥らせるほどの寂しさ。遠くの方から微かに聞こえてくる人混みの騒がしさがさらにその様を際立たせている。さっきまでうるさいくらい賑やかな学生食堂に居たから、まるで別の世界に来たみたい。
 私はサークルに所属してないから、サークルの雰囲気とかモチベーションの在り様は解らないけど、少なくとも、あの爽やかな笑顔が似合うだろう星さんには似つかわしくない場所だと思った。
 もしかして、私は小泉に騙されたんじゃないのか? そんな不安が何故か私の頭を過った。 そして、確かめる様にして小泉に尋ねる。
「ねぇ、ホントに星さんはここに居るの?」
「居るって! ……たぶん」
「たぶんって何さ? てか、星さん、何のサークルに入ってるわけ?」
「え? あぁ……犯罪小説研究会」
「犯罪小説!?」
 意外や意外。まさか、あの紳士的な星さんにそんな趣味があったなんて……
 でも犯罪「小説」研究会という事は星さんには「読書の趣味」があるということだ。読書と言えば、それは私の趣味でもある。
 先ほどまで不安感不信感から打って変って、私は、星さんと自分との間に共通点を見つけて天にも昇る思いになった。心の中で思わずガッツポーズだ! この事実を知ることが出来ただけでも、ここまで来た甲斐があったというものだ。
 あとは、無事にこのまま星さんと再会出来ればいいんだけど……
 私が一人で一喜一憂していると、私の服が後ろから誰かに引っ張られている事に気付いた。それは、慧だった。
「……あかりん」
「どうしたの? 慧」
「私、ちょっと用事思い出した。だから、私もう帰るわ!」
「え? そんなの聞いてないよ」
「ほら、洋の奴と会うって約束してたんだ! あんにゃろうがさ、あたしに会いたい会いたいってうるさくってさぁ。ほんと、困った男だよ!」
 慧が明らかに何か隠し事をしているように私には感じられたけど、詮索するのは野暮な事だと思ったので、頭の?マークは拭いきれないけれど、私は慧とここで別れることにした。
 慧は、今日はパンプスでも履いてきたんだろうか? アスファルトをコツコツと鳴らす足音が辺りに響いた。彼氏との待ち合わせの時間に間に合わないのかな。慧は走っているようだった。
「なんだ、慧の奴帰っちまったのか? ノリが悪い奴だな」
「彼氏と約束があるんだって~」
「あぁ、そう。……けっ、リア充め!」
 私は、なぜか慧をやっかむ小泉の頭を小突きながら慧を見送りつつ、私の服を掴む慧の手がプルプルと僅かに震えていた事を思い出して、訝しんだ表情を浮かべていた。


 

       

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