Neetel Inside 文芸新都
表紙

あの日から・・・
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春。三月。

まだ少し肌寒く感じる時期だ。

この満員電車とももうおさらばか・・・。

電車に揺られ、人とぶつかりながら、一人の高校生がそう抱懐した。
上谷 高次(かみやこうじ)、ごく普通の高校3年生だ。
入学したばかりの頃、満員電車でこれほどまでの苦痛を覚えるのかと、自分が毒づいたのを思い出していた。
もうこの毎朝同じ時刻の電車に乗ることはないのかと思うと、少し寂寥感を覚える。
去年までは絶対にそんなことは思わなかっただろう。これも今日、この日が卒業だからだろうか。
上谷はそんな事を考えながら、最後の電車に揺られていた。

上谷の通う学校へは、電車を降り、そこからは徒歩で向かう。
駅前の道にはバスやタクシー、民間車など、車どおりが多く、朝からにぎやかなところだ。
学校への道のりはそう遠くは無いが、朝は人に行く手を阻まれることがよくあるので、遠く感じることがままある。
上谷は人通りの多いところが基本的嫌いだった。だから朝の歩道は3年間、最後まで好きになれることは無かった。

「おーい!上谷!」

上谷は名前を呼ばれたことに気がつき、後ろを振り向く。やはり人が多い。
その中から、人をかき分け、上谷に走り寄る学らん姿の青年が一人見えた。

「おう、大隈か。」

青年の名は大隈(おおすみ)。
大隈とは小学校から一緒だ。
高校に入ってからも二人の友情が崩れることはなく、今もこうして深い友情を築いている。

「おい、上谷」

大隈は真剣な面持ちで上谷に話しかける。

「どうすんだよ、もう卒業じゃねえか。」

「・・・ああ。」

上谷は声低く答える。

「卒業式までには告白するつもりなんだろ?」

大隈はよき友達でもあり、恋の相談相手でもあった。

上谷には好きな女性がいた。
その女性の名は 阿武隈 白瀬(あぶくま しらせ)。
出会いは入学当初までさかのぼる。

彼が始めて白瀬と出会ったのは、入学式より少し前だった。
上谷は登校初日から寝坊をしてしまっていた。
今考えれば、この遅刻がなければ彼女と出会うこともなかっただろう。

上谷は急行に乗り、目的の駅まで急いだ。
電車の速度ばかりはどうしようもない。気だけが先走り、上谷の焦りは最高潮にあった。

電車を降り、定期券を自動改札に通すと、急いで走り出した。
どれだけの時間を走ったかは判らないが、高校の校舎はすでに目視できる範囲にあった。
きれいな校舎だ。最近立て替えたばかりであった。上谷がこの高校に来た理由はそれもあった。

上谷は走りながら、何気なく時計に目をやった。
分針は28分を指していた。学校はすぐそこだった。
上谷は安堵の表情を浮かべた。走るのをやめ、ゆっくりと歩いて校門をくぐった。

「急いだほうがいいよ!」

透き通ったきれいな声をしていた。女の人だ。
彼女こそ、阿武隈 白瀬、その人だった。
声をかけられたのと同時に、ポン、と肩を叩かれたのに気がつく。
上谷が振り返ろうとすると、白瀬はすでに隣を走りぬけていた。

「早くしたほうがいいよー!初登校は8時30分だから!」

上谷は自分で自分の顔から血の気が引いていくのが判った。そして又走る。

さすが男の身体能力だ。すぐに白瀬に追いついた。

「さっきはありがと!危なく遅刻するところだったよ!」

息を切らしながら、さきほどの礼を言う。

「まだ教室に入ってないよ?それまで遅刻してないとは言い切れないよ!」

笑いながら白瀬は返答した。

上谷はその笑顔を見ていると妙な感覚に陥った。
緊張とは違う、鼓動の高鳴りを自分で感じた。

一目惚れだった。

二人は下駄箱に到着した。
靴をビニール袋に詰め込み、上履きは履かずに、そのまま教室に向けて走りだした。
二人は階段を上り、2階についた。1年の教室は全て2階にある

「あたし1の4だからあっちだ!」

白瀬は指を指しながら言った。

「あ、俺も1の4だ」

上谷は思い出したかのように言った。

「じゃぁ一緒に登校だね」

にこやかに話しかけてくる。
その笑顔にはまるで魔力でもあるかのようだった。見惚れてしまう。

二人は共に教室に飛び込んだ。時刻は8時35分。

遅刻だった。

目がねをかけた男が教卓の前に立っていた。手には出席簿がにぎられている。

「二人仲良く遅刻かー。今日のところはサービスしとくけどー、次からは気をつけろよー」

神経質そうな教師だが、なかなか優しかった。
二人は教師に感謝しながら、席に向かった。
自分たち二人の席だけが空いていたのですぐにわかった。

教師は二人が席につくのを見届けると、入学式の説明を少した。

「と、まぁこのくらいか・・・。なんか質問あるものはいるかー?」

教師はそういうと、一通り生徒たちを見回した。

「ないみたいだな。じゃぁー。トイレ休憩とるから5分くらいしたら戻ってこいよー」

生徒たちは一斉に席を立った。
上谷はどっと肩の力を抜き、そのまま机に突っ伏す。

ポン、ポン、と肩を叩かれた。

「やっほー」

そこには白瀬がいた。

「ぁ。こんちは・・・」

上谷は顔が赤くなっていないか心配になった。
ついさっきまでは遅刻のことで頭がいっぱいで、血の気まで引いていたのに、今はまるでやかんのように真っ赤だ。

「あたし阿武隈っていうんだ、よろしくね」

「か、上谷。よ、よろしく」

緊張のためか、片言になってしまう。

二人の仲がよくなるのに時間はかからなかった。
学校が終るまで、二人はほとんど話しをしていた。
上谷はそれからというもの、学校が楽しみでしょうがなかった。

大隈にはすぐにこのことを報告した。
無論、親友である大隈はすぐに後押しをしてくれた。

2年になり、二人はクラスこそ変わってしまったが、仲が悪くなることも無かった。
話の頻度も変らなかったし、いつも通りの友達関係を築いていた。
だが、それより先にはなかなかいけないでいた。

上谷はそのままずるずると引きずったまま、3年にあがった。
白瀬は大学も決まり、同様に上谷も決まった。
二人は別々の大学、別々の土地にいくこととなった。

3年になってからは受験ムード一色だったため、上谷は話かけづらいでいたのだ。
ゆえにそれからというもの、二人の距離は少しづつ、離れてしまった。



「どうすんだよ・・・お前なら絶対うまくいくって」

今日こそ、決戦の日だ。
上谷は決心したつもりでいた。

「判ってるさ。でも、最近はあいさつくらいしかしないから・・・」

やはり、1年間ぽっかり開いてしまった穴はそうすぐには埋められない。
決めたと思っていたが、やはり気持ちがぐらつく。

「大丈夫だよ。2年間も仲良かったじゃん!」

「だよな・・・」

「それに、3年はクラスも一緒なんだし、終ったら絶対に告白すべきだろ!」

大隈の励ましが今日ほど心強く聞こえる日はない。


二人は別々のクラスに入るまで色々な話をしながら歩いた。
この3年間にあったいろいろなことを思い返しながら。


カバンを机の上に投げ、席につく。
時刻は8時30分。いつも通りのぎりぎり登校だ。
席についてからも上谷は考え続けていた。
話をかけるかかけまいか、答えの出ない自問を繰り返す。

「今日卒業だねー」

意外にも、話をかけてきたのは白瀬からであった。
これは願ってもないことだ。大隈の励ましを頭の中で繰り返し思い返し、自分を勇気付ける。

「あぁー、んだなー。3年間あっという間だったよなー」

「だねー。最初の遅刻のときはほんとあせったよねー」

二人は約1年ぶりに、話しを沸かせることが出来た。

「あ、ってかさー・・・」

上谷は少し考え込み、一拍置いてから続ける。

「好きな人とかって・・・いる?」

「さぁー?どーでしょー」

白瀬はにやにやしながら上谷を小突いた。

教師がドアを開け、教室に入ってくる。

白瀬はそれをみると、自分の席に戻った。

卒業式の流れを説明していた。
教師は1年の時と同じ、目がねの男だった。1年のころを思い出す。

(今日こそ・・・今日こそ・・・)

上谷は最初に出会ったときよりも心が高鳴っているのを感じた。


「じゃー、出席番号順に廊下にならんでねー」

教師の号令がかかる。
ぞろぞろと列をなして教室から生徒たちが出て行く。

全クラス、体育館へと行進する。
在校生たちが作った紙の花のアーチをくぐる。いつも通る体育館までの道のりがあざやかに彩られる。



校長や在校生たちの長ったらしい心のこもらない文章が単調に読まれる。

上谷はそんな話には耳もかそうともしなかった。右から左、聞こえる声は全て抜けて行った。

卒業式は上谷にはあっという間に感じられた。
教室に戻ってからも上谷の心はぐらついていた。

教師から最後の号令がかけられる。

「じゃー、卒業しても・・・元気でな・・・」

目がねの奥からじわじわと涙が沸いていた。

「礼!」

生徒たちは最後の号令に従い、さっさと礼をした。

上谷は途方にくれていた。
バッグを背負い、教室から出た。

向かった先は白瀬ではなく、大隈のもとにだった。

「なんで戻ってくんだよ!!さっさといけよ!!」

大隈の逆鱗にふれてしまったようだ。

「お前はいつもこういうことになると奥手になるんだよなー!いつも逃げてばっかじゃねえか!たまには自分からいけよ!」

大隈が怒鳴り散らす。

「・・・俺」

上谷は重苦しい声をあげた。

「俺・・・あきらめることにするよ・・・」

大隈は度肝を抜かれた。

目が点になる。

「なっ、何いってんだよ!やれよ!お前あんなに好きって───」

大隈の声はさえぎられた。

「いいんだ。もう・・・いいんだ。」

大隈は自分が言い過ぎてしまったのかと思った。

「い、言い過ぎたよ!別にお前が悪いわけじゃないけど、最後くらいケリつけておこうぜ!!」

上谷は笑った。
決して嘲笑などではない。笑顔だった。

「いや、お前の言うとおりだよ。だけど、もし・・・もし・・・将来会えるような事があるなら・・・」

上谷は笑顔だった。
しかし、目は涙ぐんでいた。必死にこらえているのだろう。

「そんな事があるなら・・・!!俺はその時はっきり、この口で、大声で本人に言うよ!」

上谷はその数日後、東京へ行き、一人暮らしをはじめた。

そして白瀬も別の県へ。

大隈は長年夢見ていたアメリカの大学へ。


上谷は大学を卒業し、それから一流の会社へ就職。
就職してからも白瀬からの連絡はこなかった。

久々に上谷は白瀬にメールを送った。
しかし返事は来なかった。

帰ってきたのは


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たった一通、それだけであった。

       

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