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小説を書きたかった猿
16.小説

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16 小説


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 私は十五の歳より小説らしきものを書いておりましたが、一編も完成に至らせたことがありません。

 書いていることを人に公表すれば嫌でも強制力が働き、書ききることが出来るかと思い実行してみたものの、いらぬ恥が増えるばかりで、むしろ書く気は削がれました。友人も失いました。

「小説で身を立てるんだ」「自分には小説しかないのだ」と意気込んでみたところで、それが世間ではもの笑いの種にしかならないような、つまらぬ夢であることは誰よりもよく承知しております。賞を獲るなりして文壇に登場したところで、書き続けなければ仕事は貰えません。本が売れなければたとえ名ばかり世に知られたところで、金にはなりません。そんな先の皮算用すら、小説を完成させたことのない私には許されたものではありません。

 学校を出てもう随分と経ちました。両親も老いました。世間では恐慌だ疫病だと騒がれ、未来に希望は感じられません。死のうかと思います。死んで親の負担を減らし、完結させなかった幾多の小説の登場人物たちに詫びようと思います。縄など用意せずとも、簡単に首をくくれる方法があると近頃知りました。投身やガス自殺といったことは他人に迷惑が及ぶのでしたくありません。飯を抜き、なるべく胃を空にし、糞便も漏れないように体の中をうつろにしてから、首をくくって死のうかと思います。小説を書くしか道のないものが小説を書かなかったのですから、仕方のないことです。

 父上様、母上様、いえ、こんな堅苦しい言葉で呼びかけたことはありませんね。お父さん、お母さん、申し訳ありません。これまで何一つ孝行出来ませんでした。生きている限りはこれからもすることはないでしょう。私は小説を書く以外にやりたいことなどないのです。小説家以外に就きたい仕事もないのです。私は周囲の人間になるべく思い出を残さないように生きてまいりました。私のことは早く忘れて余生を楽しく過ごしてください。

 最後に一つお願いがあります。私はこれまで数え切れない数の小説もどきの断片を書いてまいりました。私同様どうしようもない屑の集まりです。けれど私にはどうしてもそれらを捨てることが出来ません。焼いて天に帰すことも出来ません。私の死骸を片づけた後、何かの拍子にその断片群を見つけてしまった際は、始末してください。どれもこれも読むに耐えないものです。あなた方のことも醜く描かれております。それらは遺書でもメッセージでもありません。くだらぬ夢の残骸です。捨ててください。読まないでください。誰にも見せないでください。世に出さないでください。私は生きることをやめる決意をした瞬間に、多くの人に自分の文章を読まれたいという望みも諦めました。

 さようなら。
 私には小説は書けません。
 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 ではもう一度、
 さようなら。

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