Neetel Inside ニートノベル
表紙

死んでも逃げろ
キョウジ―0

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  キョウジ―0



 生き延びるなんて楽勝っすよ、ヒロ先輩。こうやって生き延びてる俺を、あんたは羨んで
るでしょう?冷たい棺桶の中でひたすら凍えた両の手を擦り合わせて、俺が早く死ぬのを待
ってんだ。戦友を。唯一の仲間を。さっさっと成仏してくださいよ。いいかげん。俺につき
まとうのはやめてくださいよ。あんたの両の手は俺の首を絞めるためじゃなくて、自分の首
を絞めるロープをくくるためにあったんだ。なぁ、神様そうだろう?あんただってそう思う
だろう?なぁ。笑っちまうような、世界の状況を、スイカバーでも舐めながら見てるんだろ
うけど、俺の両の手はあんたの足首を掴むためにあるんだ。そんなに俺らがおかしいか?み
じめに汚ならしい地面を這いずり回って生き延びようと目を剥いてる俺たちが?黙ってねえ
でなんとか言え。俺を生き延びさせたのは余興のつもりか?結局はつまらなくなったら殺す
んだろう?そうだろう。実際そうなんだ。始まりの日。思い出したよ、この馬鹿げた余興が
始まった日のこと。やけっぱちに良い天気で、ぶらりと散歩にでも出かけたくなっちまいそ
うで……寝過ごしたってのは当然嘘だ。あんまり天気が良いもんだから、そこいらをうろち
ょろしてたら遅刻したんだ。
 ヒロ先輩が死んだ時、俺、笑っちまいました。ごめんなさい。あんまりにベタすぎてさ。
だって簡単に首吊りだなんて……やっぱ、笑えます。結局あんたが俺に教えてくれたのは、
死ぬのはダサイってことだけでした。終わり。

 ずっと逃げ続けてきた、って俺の物語はきっとそんな感じで始まるんだろう。逃げ続け、
生き続け、神様には笑われ、ヒロ先輩には足を引っ張られる。イトウはさっさと死んで俺の
頭ん中で何度も撃たれて、ケンジは馬鹿で良いやつ、カミカワはむかつく奴で、サクラはウ
ザくて、アミはどうでも良くて、ハタノとサノは間抜けで、サヨリはとても惹かれる子で、
シンジは……出掛けのシンジの顔を思い出すと今でも笑ってしましそうになる。まさか、っ
て顔。『お前の期待なんて知らねえよ。60年代の妄想は布団の中ですましてろ。俺はお前
のヒーローじゃねえ』あいつマジでへこんでたな。つーか、悔しそうだった。観察者が観察
されることくらい屈辱はないだろうし。胸がスッとした。あいつの期待に気づいたのは結構
早くだった。目がキモイんだもんな。そりゃわかるよ。ケンジなんかは、あいつお前にあっ
ち系の好意もってんじゃねえの、なんて言ってたけど、まあ、実際はそんなもんだ。勝手に
俺のことを決めるなっつーの。俺は自由なんだ。逃げ続けるんだ。どこへでも行ってどこま
でも行って……あ~あ逃げてぇな。もっと、ずっと先まで、誰も追って来れないとこまで。
それはきっと月の先にあるんだ。宇宙の果てにあるんだ。次元の向こうに、感覚の限界に、
意識のもっと深いところに、神様の死角に……それは遠くなんだろう。

 手足は痺れて感覚がない。顎は上がりっぱなしで、限界がきたマラソンランナーみたいに
なってる。さっきからやけに満月が眩しい。ここは暗いんだ。
 つまんねぇ、そう思う。
「つまんねぇ」
 口に出して言ってみる。反響が虚しい。






 死ぬのかな……







 あああああああああああああ、死にたくない。死にたくないよう。死ぬのは怖いよう。何
で俺が、何で俺が死ぬんだ。神様、ああ、神様。人を殺しました。俺は人を殺したよ。逃げ
た。俺はそういう人間なんだ。だから逃げた。駄目だったのか?人を殺して、そして逃げて、
自分が生き延びるためにまた人を殺して、クラスメイトたちを駒扱いして、だから、これが
その報いなのか?ふざけんな!こんな終わりはいやだ。こんな、こんな、みっともない、醜
い。やけに床が赤いのは気のせいじゃないんだな?俺の脇腹から流れてるこの液体は、血な
んだな?死ぬのはいやだ。逃げ続けたい。全てから、ヒロ先輩から、みんなから、現実から、
はったりや論理から、銃から、何もかも、遠くへ、遠くへ!……どうしてだろう、今更にな
って後悔。どうして、俺はあの時、サヨリの手を握らなかったんだろう。そうすればもっと
違う今があったのかもしれない。サヨリにここにいてほしい。離れないでくれ。俺と一緒に
どこまで逃げてくれ。ついてきてくれ……どうして俺は彼女の手を握り返さなかったんだろ
う!それでも、まだ、最後はここで。みんなにこんなみっともないとこ見られなかっただけで
も儲けモンとするべきか。何か、暗いんだ。もっと暗くなっていく気がする。それがとても
怖いんだ。怖くて、怖くて、怖くて、震えそうなのに、もうそんな力が残されてないってこ
とがわかる。指一本動かせない。誰にも見取られずここで、普通に、取り立てて何もなく、
平凡に死んでく。イトウが頭ん中で笑ってやがる!そうさ、俺だって思ったよ。俺はツイテ
ル。俺は、生き残るべき人間だって思ってたよ。だって!そうだろう!自分がこんなに簡単
に死んじまうなんて思ってないよ!誰だって!死ぬのは怖い!前よりもずっと怖い。暗い所
が俺を捕まえようとしてる。足先はもうとっても暗い所に浸ってる。じわじわとおねしょし
た時のパンツみたいに、じわじわと拡がって、俺を全部暗くしようとしてるのがわかる。な
ぁ神様そうだろう!お前は俺をこのまま暗いところに押し込めちまうんだろう?ヒロ先輩と
一緒にくだらねえことさせようって思ってんだろう?でも死にたくないよう。死にたくない
よう。サヨリ。どこにいるんだ?どうしてお前は俺と一緒に逃げてないんだ?どうして俺は
あの時あいつの手を握らなかったんだ?どうしてもっと近くにいるように、離れないように
手を、あいつの手を……なんだか、もう、あ~ぁって感じ。もう、なんつーか、屁のツッパ
リにもなりゃしない、どうでもいいあれこれを思い浮かべたりしてる。生き延びて、サヨリ
と逃げ続けてるところや、ケンジと馬鹿話して大声で笑ったり、アリサワさんとこれからの
ことを話し合ったり、サクラのくだらねぇ猫被った行動にむかついたり……後悔なんて後に
も先に立ちゃしない。ただ今を縛り続けるだけ。別に後悔してはいないさ。ただ、あの日、
逃げることが始まったあの日。やけっぱちに天気が良くって、散歩なんてしちゃって……天
気がさ、本当に良かったんだ。今でも覚えてる。雲の形や、陽光の倒れ具合とか、空気の匂
いとか、遠くに見えた雑踏、買い物帰りの主婦、木々はいつもとおんなじでつまんなそうで、
バスの排気ガスが黒く見えたりして、猫や犬がのん気に寝転んだり喧嘩したり、つまりそん
な感じで、あの日は、もう遠いあの日は、逃げ続けたからって、ここで捕まっちまって、だ
せぇ俺は、サヨリと手を繋げずに、悲劇だ!喜劇だ!シェイクスピアの大安売りだ!そこら
に転がってる悲喜交々を全部放り投げて、俺は逃げ続けたかった!陳腐な紙芝居!それもこ
こで終わる。誰が住んでたか知らねえが、こじんまりとした平和の匂いが残る、この、泣き
たくなるような平凡な居間で、全部の清算。カーテンコール。意地の悪い幕引き。全てが、
俺の望んだとおりにいかず、泡となって消える。なんだか、みっともない自分が情けなくも
愛おしい。それでも、どうして、俺は、彼女の手を強く握ってやらなかったんだろう。大丈
夫だって、一緒に逃げれば、一緒にいれば大丈夫だって言ってやらなかったんだろう。結局
全ては、後のお祭り騒ぎ。この馬鹿げた狂騒。神様の悪い冗談もここで終わる。このクセェ
世界ともおさらば。だって体が動かないんだ!あぁ、床が真っ赤だ。満月が消えてく。夜明
けだ。俺のいない夜明け。そいつを見るのはサヨリで、俺じゃない。サヨリは見るだろう、
俺のいない世界を。逃げるんだサヨリ。お願いだ、逃げ続けてくれ。生き延びるんだ。誰に
も捕まらず、誰にも従わず、自由で、奔放で、どこまでも行ける。お前はどこまでも行ける!
お前の、可愛らしい、華奢で色白な手を、俺は掴めなかった。俺の手はその為にあったのに!

 死ぬ死ぬ、ああ、死ぬ、って考える俺。みっともないとか醜い情けないみんなに見られな
いでよかったなんて、真剣に考えて、目の前がもっと暗くなってきて、どうしてだろう、こ
んなに真剣に、あんなに切実に生き延びることを、ほんの数秒前まで考えていたのに、これ
で死んでしまうんだ、と思うと、逆に笑えた。
















 続く




















       

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Neetsha