Neetel Inside ニートノベル
表紙

サッスーン城の衛兵
監視遊戯四十八手之二十一編

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◆ 4
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 トンビが鳴くとネコも鳴く、それはそれはのどかなサッスーン城北門にて、仕事を半ば放棄して城門に寄り掛かる衛兵が二人。
 北門監視第二班のハンチョーとチョロである。
 ――ヒマだ。
 後年もそこそこ語り継がれるという、筆おろしのナターシャわき毛事件からまだ二刻しか経っていないというのにこの有様。
 監視塔のグッチ、半端男も塔の石窓から半分顔を出してからこっちを見る。額が反射してまぶしい。
 衝撃の新事実を知ったはずの、今のところ純粋無垢であろう部下はすでに立ち直っていた。というか、すぐに立ち直った。こいつは時々、何も考えていないんじゃないかと思わせる。しかし、半挿入男より将来が有望である。
「ヒマですねー」
 どうやら皆、考えていることは同じようだった。あとはこの上司であるハンチョーの指示待ちという状態だ。だったら仕方がない。
「遊ぶぞ!」
 高らかに宣言する。
 腐るほどヒマな職場、なおかつ俸給も安い。ちょっとしたお遊びをする俺たちを誰が責められよう。
 ハンチョーは早速グッチに監視塔から降りて来いと合図を与える。了解ー、なる甲高い声が返ってくる。
「今日は何するんですかー」
 そうだな。さっきハゲが喜んでてちょっとムカついたからハゲに不利なゲームにしてやろう。だったら、あれっきゃないな。
「何するっすか!?」
 そのハゲが監視塔から目と額を輝かせながら降りてきた。
「発表しよう! 本日の遊びは我が北門監視第二班に代々伝わる監視遊戯四十八手之二十一、次に門を通った人にホニャララする、ゲームだ!」
「おおーっ」
 これは読んで字のごとく、次に門を通過した人間に~するというゲームなのだが、通常この門にはジジババとネコしか通らないので、我が班ではそれ以外の人が通ったら、というカスタムルールになっている。
 ちなみにそれ以外の人が通るのはレアケースだが、この門では何故か男子より女子の通行人の方が若干多く、若い村娘や女子近衛隊が通ることもあるので、その時はかなり紛糾する。
 まあ一日に誰も通らない日もあるが、今日はなんだか良い日な気がするのだ。ハンチョー的には。
 というわけでまず誰がやるかを決めなければならない。もちろん決めるのは上司たるハンチョーで、「じゃあグッチおま」と言おうとしたところ、
「まずは班長が手本を見せてくださいっす」
 などど言いやがった。
 全く、いい度胸だ。だが、お前にそんな権限はない。腹が立つから生え際近くの髪の毛を引っ張ることにする。
「いやだから髪はやめてください! 痛たっ。オ、オレは班長の勇姿をみたいだけっすよ」
 思ってもないことを言うな! その証拠に髪が薄いし額が光ってる!
 しかし、珍しく抵抗した幸薄そうなそのツラは、
「……十年前みたいに」
 ハンチョーが思ってもみなかった反撃に出たのだった。
「んがっ……」
 こいつ、知ってやがる。
「えー? 何の話ですかそれー。教えてくださいよー」
「教えていいっすか? 班長!」
 顔は半笑いだ。これほどムカつく顔を今までの人生で見たことがない。額も薄く笑っている。
「いや、班長はこのゲームで昔、彼女をゲットしたらしいんだよ」
 ゴーサインを出した覚えもないのに喋るクソハゲグッチ。
「貴様……」
「ちなみにその彼女とはその後どうなったんですか?」
 憎たらしい!
 ハンチョーが今単身なのを承知で言っているのだ。
「あ、その彼女と別れてからはずっと一人だったっすね」
 ……ついに言ってはいけない事を言いやがった。こいつ。
 当然のごとく手を出そうとしたのだが、
「班長彼女いたんですかー? 意外ですー」
 アホの方もこんなことを言いやがった。
「誰に聞いたんだよ……お前」
 よりによってこいつに教えるとは。絶対血祭りにあげてやる。ついでにハゲも。
「ゲームに成功したら教えてあげるっすよ」
 そう来るかこの野郎。やろうじゃねえか。やってやろうじゃねえか。
 俺は出来るやつなんだよ。確かに彼女いない暦はかれこれ十年なるけど、お前ら半挿入と未挿入とは一味違うんだよ! 成功したら覚えてろよ。
 ハンチョーはマジギレで部下を睨んだ。
「ひっ」
 震えるハゲ。
「頑張ってくださいー」
 マイペースなアホ。
「お題は何だ」
 お前らには大人の男ってのを見せてやるよ。
「それじゃあ次通った女子にボディタッチする、ってことでお願いしますっす」
 ……女子限定かよ。てゆうかお前がしたいことじゃないのかそれ。
 小一時間問い詰めたい気分なる。
「とにかく触ればいいんだな?」
 念を押そうとすると、
「握手とかだめっすよ。そうっすね。胸か尻か二の腕のどれかでお願いします。あ、ほっぺたでもいいすよ」
 ……やはりお前が触りたいところではないのか。上司を犯罪者にしたいのかこいつは。
「面白そうですねそれはー」
 アホもお喜びだ。
「見てろよ」
 気合を入れ、城内と場外の野を睨むが、そう都合よく女子が通ることなんてあるとは思えなかった――が、
 パカパッ、パカパッ、パカパッ! ヒヒーン!
「どうどうどうー」
 ゲーム開始後まもなく白馬のいななきとともに美しい女騎士が現れたのだった。
 げ、こいつは……。
 ハンチョーと顔見知りであった女騎士は馬を止め、降りてから開口一番、
「あら、ハンチョー。超ヒマそー。何やってるんですかぁ」
 ハンチョーを明らかに挑発するのだった。
「もしかして、サボったりしてないですよねぇ」
 サッスーン王国近衛女子隊長のアイシャだ。
 あ、俺こいつ無理。ハンチョーがギャラリーの方を見ながら目でそう伝えると、
 却下、さ・わ・れ、というサインが返ってきた。上司にサ命令する半挿入男と未挿入男。
 くそ。
 だから俺、こいつ超苦手なんだってば……。

     

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◆ 5
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 ――女子近衛隊長アイシャとは。
 姫殿下や未婚の王族女性の警護を任とする女子のみで構成する近衛隊の隊長で、
 王家から賜った由緒ある美麗な鎧を身にし(量産品の衛兵のそれとはダンチ)、これまた王家から賜った白馬に跨り、
 容姿端麗で――髪はショートのツインテール。若干釣り目がちでめっぽう気が強いのだが、苦手なハンチョーから見ても美人の部類に入るのは間違いない、
 加えて頭脳明晰――飛び級で出世して今や二十代半ばにして異例中の異例の隊長職を与る、
 という、才色兼備の完璧超人だ。部下のDT軍は絵画の中から現れたような美しい女騎士に見とれていた。無理もない。
 しかし、ハンチョーはそんなアイシャが苦手だった。
 年下の幼馴染の癖に、自分より後に入隊して自分より早く出世したのも気に入らないが、そのおかげで俸給にも倍どころじゃないくらいの差があるのも気に入らない。加えて、元々小さな頃から泣いてうるさかったし、大きくなったら大きくなったで口うるさく、彼女との間にいい思い出などなかった。
 さあて非常に困った。ハンチョーは今からこの苦手な女にボディタッチしなければならないのだ、握手以外の方法で。というか胸、尻、二の腕、頬限定。
 うーむ。頬や二の腕なら知り合いの方がやりやすいかもしれないが、なんてったってこいつだもんな……。
「ふう」
 しょうがないから獲物を物色してみる。頬から尻まで。上から順に。すると、
「ど、どこ見てんのよあんたは! いやらしい!」
 確かに見たが完全にアリバイが有り。ノッツ・ギルティー。濡れ衣である。
 胸当ての上部から露出する肌には谷間など出来ていないし――結婚適齢期だというのに残念な奴だ、尻や二の腕に至っては装備品で隠れ、見ることすら出来ない。いやらしい気持ちなど、彼女には失礼だが沸いてこなかった。
 やっぱダメ。完璧無理。再度外野に伝えるが、敢え無く却下。
 どうしてやろうかと思っていると、アイシャは両手を腰に手をあてながら、ハンチョーの方を指差す仕草で、
「あんたねえ、サボってばかりだと監視課長に言いつけちゃうんだからね!」
 などと言うからこれまた腹がたつ。ハゲが側にいたらM字がП字に変わるまで毟りまくってやるところだ。というか、この女とは普通に会話も続かないんですけど。
「お、おまえこそなにしてるんだよ……」
「わたし? わたしは別にその……白馬の調教をね」
「あっそう」
「何その言い方! あんたなんて遊んでたじゃないの」
「遊んでねえよ」
 いや、今なお遊びの最中なんだけどな、とは言えない。しかし、本当にこいつにボディタッチかよ。πタッチや尻タッチはありえんし、二の腕や頬でさえ触った瞬間に殴られそうだぜ……。
 外野を見ると、ハゲの方は何故か鼻息が荒かった。何を考えているんだ。
 仕方ない。俺も男だ。ハンチョーは決心した。
「あのな、アイシャ。落ち着いて聞いてくれよ」
「な、なによ、いきなり」
 ハンチョーはずいっと一歩踏み込み、アイシャに近づいた。二人の間は三十センチ程もなくなった。
「え、え、え!?」
「胸か尻か二の腕、触らせてくれ。いや、ほっぺたでも良い」
「サイテー!!」
 バシーン。
 タッチというかメガヒットされたのはハンチョーの頬の方だった。
 ……だと思ったけどな。
「昼間っから何考えてんのよ! マジありえない! バカ!」
 女子近衛隊長は顔を真っ赤にして怒りながら、白馬に跨り颯爽とその場から去っていった……ミッション・インコンプリート。
 DTギャラリーは、
「ぷくくくく」
「あっはっははははははは」
 と、盛大に吹いていた。ハゲの方が余分に。おのれ許せん。次はお前の番だ。
 怒りのハンチョーが逃げようとしたグッチを捕え、グリグリとM字の両後退部分の髪を引っ張る。
「止めてくださいよ。失敗したのはオレのせいじゃないっすよ! あたらないで下さいよ」
 別に失敗したから腹を立てているわけじゃない。お前の、その、態度が、ムカつくんだ。ハンチョーはリズムを取りながら頭皮を攻めた。
「つ、次はチョロの番だぞ」
 勝、手に、決めるな。このやろ。決める、のは、俺、だ。一回につき百本は抜いてやらないと腹の虫が収まらない。
「僕ですかぁー。お題は何にしますかー」
「そうだな痛たたっ。止めてください班長! チ、チョロは次通っああぁ痛い! った女子をデートに誘うぐあっ! ……てのはどうっすかね」
 ほう。
 ハンチョーは雑草刈りの手を止めた。
 次通った女子をデートに誘う。なかなか面白い提案じゃないの。半挿入男の癖にたまには面白いことを言ってくれる。
「面白いな。それでいいぞ」
「じゃあ頑張ってみますー」
 ケチ一つすら付けずにさらりと了承するあたりが意味不明で支離滅裂な荒唐無稽男、チョロのすごいところだ。
 あっさりと許諾した後輩に動揺を隠せないグッチ。
 どうやら気づいたみたいだ。このM字ハゲは。チョロはそれくらい平気でやってのけ、己の首を絞める結果に繋がるかも知れないって事に。

     

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◆ 6
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 北門をチョロ一人に任せ、遠巻きの木の陰から観戦するハンチョーとグッチ。
 監視遊戯四十八手之二十一、次に門を通った人にホニャララする、ゲーム。期待の新兵であるチョロのターンだ。お題は次通った人をデートに誘う。もち、女子限定。
「見ててくださいよー」
 チョロはのんきにこちらを向き、手まで振る余裕っぷりだ。
「もし、オッケーされて、そのまま付き合うことになって……たらどうしよう」
 頭髪と同じで、すっかり弱気になってしまったグッチのつぶやき。
 肝心な所は聞き取れなかったが言いたいことは伝わった。分かりやすい奴だ。加えて、なんというダメ男だ。まあ、そのダメっぷりが面白いんだけどな。でも自分が撒いた種だからな。うんうん。
 ハンチョーが頷いていると、城内の方から人影が。チョロは歩み寄っていく。
 ――あ。
 これはまずい。
 大変なことが起きようとしていた。部下が犯罪者になるかもしれない。チョロならさらっとやりかねない。
 ハンチョーは急遽止め! の合図を送る――が、見ていない。
 相手の目の前まで近づき、手を取って何やら言い、その相手がびっくりした様子になったのを見ると、最早完全に手遅れだ。
 チョロはこっちを向き、
「オッケーですってー」
 などと言う。
 ――え。
 お前は本当にそれで良いのか。その相手でいいのか。
「!!!」
 ハゲ大ショック。既に大粒の涙をこぼしている。髪の毛が抜け落ちるのも見えた。ナターシャの話の時とは比べ物にならないくらいにショックを受けている。M字ハゲ、お前も間違っているぞ。
 おいおい、お前ら相手をよく見ろ。
 確かに女子だが、髪はくりんくりんのセミロングドリルで、黒いひらひらのワンピースを着た――推定年齢十歳の女の子。
 いきなりデートに誘うとか、ただの変態さんである。というか何故オッケーする、少女よ。
「な、なんでチョロばっかり……!」
 違う意味で期待を裏切らない男、グッチ。新たなる性癖発見の瞬間である。お前に新しいあだ名を与えよう――ロリコン、悔しがりすぎだろ。
 とりあえず、親御さんから苦情が出ない限りは犯罪は成立しない模様なので一応は安堵する。人間爆弾チョロ。恐ろしい奴だ。まだ少女と楽しそうに話している。少女もまた、楽しそうだ。なぜ、そんなことになっているのか全く理解できないが。
「うわぁああああああああん」
 ハンチョーは地面に膝をつき男泣きするハゲを哀れんでいると、
 先ほどの小憎たらしい女騎士が戻ってきた。今度は白馬に跨ってはおらず、駆け足で。
 おっ。チャンス。
 さっきの奴がまた通ったからオーケーだよな。つか、俺がルールブックだし認めさせる。チョロもこなしたし、俺もこなしておこう。んで、残ったハゲのターンだな。
 速攻近づいてタッチ! 防御させる暇も与えない。
「ええっ、きゃ!」
 むに。触ってやった。頬だったけどな。胸ないけどちゃんと女子のやわらかさだな。これは。
「な、な、な! いきなり何すんのよ!」
 バシーン。
 先ほどと同じ位置に平手。狙いは正確だ。さすがは女子近衛隊長。
「バカバカバカ! ホントバカ! 変態!」
 何を言う。明らかに俺より変態な奴がそこに、明らかに俺よりバカな奴があそこにいる。俺なんて可愛いもんだ。
「意味分からないんですけど……」
 もっと意味の分からない事件が起きてるからな。
「悪いな。ちょっとお前に触らないといけなけくてな」
「なにそれ……。あ、ところで姫様見なかった?」
 姫様?
「姫様って」
「えっと、髪は栗色のドリルヘアーで服は黒のワンピース。年は十歳なんだけど」
 ものすごく嫌な予感がする。この辺で王国規模の大事件が起こっている気がする。
「あ、あれ、ひ、姫様……」
 少し遠くで涙も枯れつつあるグッチが震えていた。
 言いたいことは分かる。チョロ、相手は姫様だぞ――ではなく。チョロ、相手は姫様だぞ――いいなうわぁああん。なんだよなお前は。
「あっはは、はっは。知らねーなぁ。知らねーよ」
 ささっ。ハンチョーは慌ててチョロのいる方向を隠そうとアイシャの前に立ち塞がる。
「え? 何いきなり。また触ろうとしてるんじゃないでしょーね!」
 触ってビンタ喰らうくらう方がよっぽどマシというものだ。
「ちょっとどいてよ。……あ、姫殿下!」
 やばい。
 部下が姫殿下をナンパしてクビ。そんな話は聞いたことがない。というか我が国史上初の不祥事だ。
「姫殿下! 見つけましたよ! さあ、お部屋に戻りましょう! 大臣も怒ってらっしゃいます!」
 姫様に駆け寄っていくアイシャ。
 あとは運を天に任すのみ! チョロ、誤魔化すんだ! 何とかしてくれ!
 ……。
 アイシャは何事もなかったように姫殿下の手を引き、城内に戻っていった。
 チョロは立ち去る姫殿下に向けて両手を振っていた。姫殿下もチョロに向けて手を振り返す。
 その影が見えなくなると、すかさずチョロに駆け寄り、ハンチョーは開口一番、
「大丈夫だったか?」
 と聞いたもののこのアホは、
「可愛い子でしたねー。あ、デートはあさってに決まりました」
 などと抜かす。もうどうでも良いや。お前は俺の手には負えない。勝手にしてくれチョロ君。俺は何も知らないということでお願いします。
「ところで何で近衛隊長の人が連れて帰ったんですか?」
 知らぬが仏ってもんだ。
 ……残るはハゲロリのターンだったが、件の事件のせいでハンチョーも、過去をバラされた怒りを忘れるほど疲れを覚えていた。
 女子が苦手なハゲの為に――だからこいつに不利なゲームだったんだが、お題のハードルも低く設定してやる。次に門を通った人と握手する。女性限定。もう、後は一人でやってくれ。

       

表紙

ことしばちゃん 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha