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続きそうで続かないでも気分によっては続くかもしれないシリーズ(つつつシリーズ) フツオと精霊蟲

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 この物語の主人公である少年の名前はフツオ。何をやらせても平均の前後をうろうろしている突出したものが何もない平凡な少年だ。
 そんな普通の代名詞とでもいえるフツオは今、普通じゃあない事態に陥っていた。
 フツオは今朝も普通に寝坊して、普通に遅刻しそうになって、普通にパンを咥えて、普通に走っていた。
 道端にうずくまる女性に声をかければ陣痛に苦しむ妊婦さんで、彼女を近くの病院まで担いで行き、道路を渡れずに困っているおばあさんのために行き交う車を止め、朝っぱらから迷子になっている少年を母親のところまで連れて行き、腹ペコで山から降りてきた猪を激闘の末に山にお繰り返していたら、二時限目が終わっていた。
 ここまでは普通。別に誰にでもありえる事態、状況。問題はこの後。それはもう普通じゃあないことが起きるのだ。
 声がした。小さな声が。女性の声が。
「助けてください」
 フツオは声に気づき振り返る。
 すると道の端に長く大きく(×硬そうな)光り輝く柱が天高くまで伸びていた。まばゆい光にフツオは目を細めた。
「助けてください」
 また聞こえた。声は光の柱からでていた。
 糞聡明な皆様方ならわかると思いますが、このような事態はまるで普通じゃあありません。
 学校にテロリストがやってきて、家でマスかくくらいしか脳のない貴方様方がそれを一人で倒して、好きなあの娘に告白されるくらいありえないできごとです。
 別の例をあげるのなら、皆様方、かっこいいオタク達が二次元美少女と付き合えるくらいありえないことなのです。(非実在青少年は主人公のことが好きで「あなた」ではない)
 けれど、このときのフツオは色々ありすぎて頭が働いていなかった。助けを求める声がして、それを聞いたのなら手を貸すのが普通だ、程度の認識で声のする光の柱に近づいた。
 フツオの影は何故かまぶしいほどきらめく光のほうへと伸びていて、まるで引き寄せられているようだった。
 フツオが光に触れると、中に引っ張り込まれた。白い白い光の中、上も下も右も左もなくなって、落ちているのか、昇っているのかもわからなくなり、だんだんと意識が霞んでいくのをなぜだかはっきりと感じた。
 木の匂いがした。フツオが呼吸するたびにくすぐるように葉っぱが揺れる。
 次に意識を覚えたフツオは十数人の人間に囲まれていた。頭巾のような帽子をかぶり、麻の涼しそうな服を着ている。みんながみんな少し日に焼けた肌色をしていた。
「起きた。起きたー!」
 十歳ほどの少年が元気な声をあげる。まわりの大人達もその声に感化されたようにざわつきだした。
 状況がわからないフツオはそんな様子をびくつきながら眺めていた。
 『なんだこりゃあ』フツオは心のなかでつぶやいた。
  記憶の糸を手繰り寄せながら、今朝目が覚めたからを反芻する。
「……そうだ。光に飲まれて」
 フツオが自分に確認するように言った言葉にまわりのどよめきは大きさをました。
 何故か少年たちには憧れの眼差しを向けられ、大人たちは嬉しさがにじむ安堵の表情を作っている。なかには手を取り合って小躍りしているものまでいた。
「なに? どういうこと?」
 髪も髭も眉まで白いしわがたれて目の細くなった老人が威厳のある遠くまで響く澄んだ声で言った。
 小さなゆっくりとした声だったけれど目の間で言われたかのように感じた。
「静まれ、皆の衆。この御方が困っておるじゃあないか」
 老人の言葉にその場の者は誰もが従った。人望なのか権力なのか、ただ偉いことはフツオにもわかった。
「騒がしくして申し訳ありません。皆ももちろん私も貴方が目をさますのを心待ちにしていたものですから」
 老人が深々と頭をさげる。そんなに丁寧にされるとかしこまってしまう。
「あの、どういうことですか?」
 わからない。わからないが妙な期待を抱かれていることはわかった。
「あなたは勇者様なのじゃ」
 老人が真面目な顔でそんなことを言うものだから、フツオは調子の外れた上ずった高い声で聞き返してしまった。
「驚かれるのも無理からぬことです。しかし、どうか人助けと思って協力していただきたいのです」
 老人だけではなくまわりの大人、子どもたちまで頭をさげる。
 部屋の奥、ずっとそこにいたのかフツオは気付かなかったが、奥から綺麗な少女が歩みでてきた。額や頬、腕に脚。少女の体中には呪術的な呪い絵が描かれていた。
「お願いします。このままでは私たちの国は焼かれ、皆殺しにされてしまいます。どうか、どうか力を、地上の人」
 潤んだ瞳に見つめられ、フツオの頬は赤く火照っている。
 一瞬、頷きそうになる。しかし、少女の言葉に違和感を覚え、思いとどまった。
「地上の人?」
「はい。私たちの世界の下には雲があり、その雲のはるか下の大地には地上の人が住んでいると言われています」
 すっとんきょうな話が始まった。
 長い話を要約すれば、空と雲の間に世界がある。それはフツオの世界とは時間と場所がずれた異世界だった。世界の中心には天空のさらにその上までのびた母なる樹があり、その根でわけられたいくつもの国があった。
 長い間平和だったこの世界も最近になって戦争が頻繁に起こるようになった。
 そして、ここ緑の国も隣国の機械の国に狙われていた。機械の国の機械人形の強さに為す術がなく敗戦がつづいているという。
「この国には精霊蟲という大きな力を持つ兵器があります。伝承では精霊蟲は機械人形の何倍
も強力で、私たちの小さな国はその精霊蟲に守られて創世の混乱期を乗り切ったといわれています」
「だったらそれを使えばいいじゃん」
 精霊蟲なんてものがあるのならフツオが呼ばれなくてもいいじゃないか。フツオは特別な力なんか持たない人間なのだから。
「それが私たちには精霊蟲を操ることができないのです」
 長く続いた平和のせいで闘いのための精神オーラが衰え、精霊蟲を扱えなくなってしまったのだ。
「精神オーラ?」
「精神オーラは私たちの体を包むパワーのことです」
 精神オーラがなくなると怪我をしたり病気にかかりやすくなるという。免疫力のことをいっているのかとも思えるが、それとは違うもっとスピリチュアル的なもののいいようだった。
 フツオは超能力のようなものなのかと考え、納得することにした。
 その精神オーラを使って精霊蟲を操るのだという。
「地上の人は闘いの精神オーラに溢れた人だとききます」
 それで地上世界に光の道を開き、フツオを召喚したのだった。
 しかし、それは緑の国の人の都合でフツオにはまるで関係がないことだった。
 が、目の前の少女は可愛かった――。


 こうしてフツオの異世界での冒険が始まった。

     

 フツオが勢いと色欲で頷いてからはそれはもうお祭り騒ぎだった。呑めや歌えやの大騒ぎで、皆が酔いつぶれるまで騒ぎ通した。
 翌日、フツオは目を覚ますと同時に頭痛と吐気に襲われた。酒なんて呑んだこともないのに場の雰囲気にあてられて小樽の半分も飲み干せばそうもなる。
「大丈夫ですか? フツオ様」
 フツオはこめかみに手を当て、ぐりぐりと押した。それで頭痛が治るわけじゃなおのだけれど。
「フツオでいいって。グローリア」
 昨晩、グロリアーナの体にあった紋様はすっかり消えてなくなっていた。昨日の「いかにも」な儀式服も着ておらず、肩紐を首の後ろで結ぶ、背中のひらいた袖のない服にふとももにもとどかないような短パンだった。昨日の神秘的な雰囲気をもった彼女も綺麗だったが、今日の南国のリゾートにでもいるような姿の彼女はよりいっそう可愛く見えた。
 そんなグローリアを見て、フツオは鼻の下を伸ばしている。
 昨日も言って聞かせたのだが、グローリアはフツオ様と呼ぶのをやめなかった。
「いいえ。フツオ様はフツオ様です」
 正直に言えばその期待が重かった。彼女からすればフツオは救世主様なのだろうが、フツオは自分のことをそんなふうには思えない。身の程はしっているつもりだ。
 彼はかわいい娘のまえでいいかっこうしたいなんて普通の理由で引き受けるのではなかったと、いまさら考えていた。
「あの、準備ができたら長老の家まで来てくださいね」
 昨日の白ひげの爺さんのことだ。長老と呼ばれていると知ったとき、あまりに見た目通りなためフツオは笑いを堪えるのに必死だった。
 フツオは去ろうとするグローリアの大きくあいた背中を引き止めた。グローリアの肩が微かに揺れる。彼女は振り向いて、小首をかしげた。
「なんですか?」
「……あ、いや、なんでもない」
 グローリは不思議そうに頷き、首をかしげてから帰っていった。
「なっさけねえー」
 グローリアが見えなくなってからフツオは吐き出すように言う。
 急に怖くなって帰りたいと言いそうになってのだ。
 フツオは両頬を軽く叩いて、もう一回、おもいきり叩いた。
 これで気合が入ったかはわからないが、情けないことは言わないとは思った。
 フツオは洋服を着ている時に気がついた。
「俺、パンツ一丁だったじゃないか!」
 グローリアの前でそんな痴態をさらしたのかと思うと床の上を転げまわるしかなかった。
 まあ、しかし彼女の方は全裸すら見慣れているので、半裸程度でどうとも思わないのだけれど。
 高床の円柱状の木の家に葉っぱの屋根などからも分かる通り、緑の国はそれほど文化レベルが高いわけではない。だからそういった格好でいるときも少なくない。男も女も、だ。
 フツオは着替え終わり、外に出る。ここは大きな森の中にある。手でひさしをつくり、緑の葉の隙間から落ちるような日差しに目を向けた。暑くなりそうだった。
 それから家の方に振り返る。フツオはねずみ返しがついているのを見て、ねずみはいるのか、と思った。
 こんな森の中にいるのに昨日から虫を一匹も見ていない。

 昨日の宴会のときのことだ。フツオはグローリアに尋ねた。
「みんな、袖のない服だけど虫に刺されたりしないの?」
 袖がないか、あっても短い服を着ている。フツオにはそれが不思議でたまらなかった。そんな格好で森の中で暮らしていれば、虫刺されがひどくて夜も眠れなくなる。そうだけれど、彼らからは虫除け特有の鼻にスンとくるニオイはしてこない。それで気になって訊いてみたところ、だ。
 グローリアは首を左に傾け、人差し指をたてた手を顔の前に持っていき、少し間を置いた。それから不思議そうに、
「地上の虫は人間を刺すんですか?」
 と。
 異世界なのだからそういう違いもあるのだろう。夏なんかに蚊にさされないのは羨ましい限りだ。フツオは自分で訊いておきながら適当な感想を持つだけだった。

 フツオは長老のいる家の前までくる。そこでいったん立ち止まる。息を吸って、吐く。何度か繰り返した後、もう一度、頬を叩いてから中に入った。
 長老の話に長い前置きはなかった。ただ森へ行ってください、とのことだ。
 ここも森だ、とフツオは思ったが話の腰を折るのはやめた。
「森の奥、石碑のあるところに精霊蟲はおります。そこまで一人で行ってきてもらいたいのです」
 いかがですかの、と訊かれる。が、断るわけには当然行かない。そのために呼ばれて、そのためにもてなされたのだから。そんなひとでなしはできない。
 フツオが頷くと、長老のとなりに座っていたグローリアが「入口まで案内します」と立ち上がった。
 長老の家からでると、男の子が二人よってきた。
「兄ちゃん、頑張ってね」
 フツオは笑ってそれにこたえた。やれる自信はないけれど。ある風に見せる。無駄な期待はもたせないほうがいいのかもしれない。でも、フツオはこんな小さな子供を落胆させたくはなかった。戦争に怯えさせたくなかった。平和な日本でのんべんだらりと生きてきたフツオに戦争の怖さはわからない。
しかし、平和が普通の世の中なら知っている。だから、この子にもそういう場所で生きて欲しいと思うのは傲慢だろうか。力もないのにそんな夢想をいだいてもいいのだろうか。
考えなんてなにもなく、ただ怯えていたフツオが子供の顔をみてふっとそんな考えが浮かんだ。
こういう夢想が持てるのは心のどこかで精霊蟲に乗れるという根拠のない確信があるからなのかもしれない。

 グローリアの後についてしばらくすると目の前の背中が止まる。
「ここです。頑張ってくださいね」
 フツオの目の前には集落のなかよりもさらに深い森がひろがっていた。
 森の入口にたったフツオは静かな威圧を感じ、一歩後ずさりした。というより彼のほうが尻込みしている。そんなフツオをグローリアは横目でちらりとだけ見た。
 フツオは唾を飲み込む。
「じゃあ、行ってくるよ」
 グローリアにそう言うと、森の中に入っていった。
 グローリアはその背中を静かに見送った。
 実をいうと昨日の夜は心配していた。この人で大丈夫なのだろうか、と。いつも自信がなさそうで、遠慮がちに身をひいている。優しそうな人ではあるけれど、それだけではいけない。
今朝だって。彼女はフツオが言おうとした言葉がわかっていた。でもフツオはそれを口にしなかった。それで少し見直した。けれど、長老の家に来ればやっぱり怯えていて、また心配になる。
しかし、彼の背中を見て、そういう思いは軽くなった。グローリアの心配を吸いとって、重くなったかのような大きな背中に見えた。

       

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Neetsha