Neetel Inside ニートノベル
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駄作の集積所
シズクとルーと 

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 長く遠く続くハイウェイ。まわりは荒野で遠くのほうに岩山がごろごろしている。
 その道を薄い箱に手足をつけただけのような無骨なマシンが走ってくる。屋根のハッチが開いていて、そこから男の子が頭を出している。
 少年は風を顔にうけて、気持ちよさそうに目を細めた。
「おーい。ぼうず」
 少年の行く先から声がする。軽トラックが止まっている。その足元に、白髪の残った禿頭のおっさんが腰をおろしている。口にパイプをくわえている。
 少年は一度、コックピットの中に戻る。マシンをおっさんの側までやり、また顔を出した。
「どうかしましたか?」
「急ぐ旅じゃあねえんなら手伝ってほしんだがよ」
 口から白い輪っかを吐き出しながらおっさんが言う。
「大丈夫ですよ。あてがあるわけじゃあないんで」
「そうか、そうか。このおんぼろが拗ねちまってよお」
 おっさんは手の甲で軽トラックを軽くたたきながら笑った。
 おんぼろと言いながらも軽トラックの外観は傷ひとつない。光沢のある車体は新品そのものだった。故障ではなくて燃料が切れてしまったのだ。
 この軽トラック、カトリーヌという軽トラにしては上品な名前で二十年以上前の車種だ。
「ずいぶん古いのに乗ってますね」と少年が言うと、おっさんはカッカと笑った。
「お前のマシンほどじゃあねえよな。アシナガなんて今時見ねえよ」
 少年の乗っているマシン、MD-7――通称アシナガはカトリーヌよりも古いのだ。手に比べて足が長いからアシナガ。その自慢の足にはマッスル繊維がふんだんに使われており、大きな太ももにだむっとしたふくらはぎを持っている。人の筋繊維をモデルに何十倍に強化したのがマッスル繊維だ。スペックは高いのだけれど、コストパフォーマンスが悪いので今では使っている機体は珍しい。そういうものを使っているからアシナガはマシンの中でも最高の蹴りをうてると言われている。
 アシナガが軽トラックとおっさんを持ち上げる。
「どこまでですか?」
「この先に俺のショップがあるんだわ、マシンのな。そこまで頼むわ」
「だったらこの姫様診てもらえません? 見よう見まねで整備してもうまくいかなくて」
「なんだ? お前のアシナガは女の子か。こんな足して」
 おっさんは太く硬い足に目をむけて言った。
「デリカシーがないですよ。だいたいカトリーヌだって女の子じゃない」
「女の子? おばあさんだよ」
「そしたら僕のアシナガはもっとおばあちゃんだ」
 二人は笑った。

「けっこういい店じゃないですか」
 十キロほど進むと程よく廃れた雰囲気を持った店があった。
 おっさんは上の空で返事をする。酔ったからだ。アシナガ最初期のマシンなので乗り心地が最悪だった。長い足のおかげで上下運動もひどい。少年は慣れているから平気だけれど、初めての人はたいてい酔ってしまうのだ。
 少しして吐き気もおさまったのか「ちょっと待ってろ」と言って店の中に入っていった。
 おっさんは手によく冷えた缶ジュースを持ってでてきた。それを少年に渡した。
 少年は遠慮がちな目でそれを見る。
「いいから。礼だよ、礼」
 おっさんは歯を見せて笑った。暑苦しい笑顔だったから少年は受け取った。
 プルタブを持ち上げ、口をつける。しゅわっと炭酸が口の中ではじけた。
「お前、名前は?」
「僕? シズク」
「女みたいな名前だな」
「よく言われる」
 おっさんのほうをちらりと見てからシズクは笑ってこたえた。言われ慣れていることだからむかっ腹もたたない。というわけではなく初めからそんなものたてたことがない。シズクは自分の名前をいい名前だと思っている。
「おっさんは?」
「デミトリー。かっこいい名前だろ」
「なんか宅配とかしてそうだよね」
「デリバリー……か?」
 シズクはおかしそうに頷いた。
「あてがないって言ってたけど?」
 シズクは頭を右に傾けてうーんと唸る。
「旅行……ていうか放浪?」
 そりゃあいいとおっさんは豪快に笑う。
「いろんなとこ行ったのか?」
「そうでもない。ウチの姫様は気むずかし家だから」
 アシナガのボディをそっとさする。整備に手間取る。整備してもすぐ機嫌が悪くなる。それの繰り返しでなかなか思うようにはいかなかった。
 おっさんは感心した声で言う。
「確かに昔のマシンの整備は大変だな。でも、お前のはなかなかいい線いってるぞ。このままウチで働くか」
 作業をしているおっさんの手を眺めながらシズクは答える。
「おっさんみたいな職人の手も憧れるけど、行きたいところがあるから」
 おっさんが復唱する。
「そ。北のほう」
「北は寒いぞ? 毎年何百人も氷漬けになっちまう」
 これは冗談だ。
「雪がみたいんだ。白いんだろう?」
「どこからきたんだ?」
「アタリア島」
「ああ。あそこはふらないな」
 赤道直下の島で常夏。雪なんて降ろうものなら環境学者が忙しくなる。
「大丈夫だったのか? 隕石」
 昔、アタリア島には大きな隕石が落ちたことがあるのだ。
 シズクは目を細めて渋い顔をした。
「いくつに見える? 僕のこと」
 もう三十年くらい前の話だ。するとおっさんは笑う。衝撃的な出来事だったので当時の人たちにはつい昨日のことに感じられるのだ。
 ただシズクにはまるで関係ない話ではなかった。隕石の落下当時、災害復興支援にやってきたシズクの父が島の娘のシズクの母に一目惚れして、シズクが生まれたのだ。隕石が落ちてこなかったらシズクは生まれなかったかもしれない。
 その話をおっさんに聞かせるとまた豪快に笑った。おっさん曰くよくある話、だそうだ。
 それからいろんな話をする。シズクはおっさんの作業の手伝いをしながら。三時間くらいで全ての作業が終わった。
「おっさん。ありがとうございます」
 シズクが深々とお辞儀をするとおっさんは少し恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
「で、いくらですか?」
 シズクは不安げな様子で訊いた。持ち合わせがあまりなかった。
 おっさんがシズクの背中をどんと叩いた。
「タダだよ、ターダ。助けてもらったしな」
「それはジュースで……」
「いんだよ、そんなこと気にしないで。どうせ金もそんなないんだろう」
 図星だった。
「それにちゃんと直したのはバーニアくらいだかんな。いくら使わないからってきちんと整備しろよ」
 アシナガには強靭な脚があるのでジャンプしたりするのにバーニアを使うことはほとんどないのだ。
「ま、そんかわり帰りにはウチに寄ってけよ? 雪の話きかせてもらうからな」
 シズクは力いっぱい頷いた。
 シズクとおっさんは最後に握手をして、シズクはハイウェイのむこうへ消えていった。

       

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