Neetel Inside ニートノベル
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駄作の集積所
シズクとルーと 3

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 部屋には男と女とルーがいる。男はルーの上官にあたる中尉だ。女は「キャンプ」の職員だ。
「もうすごいんだから! MD-7でさーあ、私とやりあえるなんて天才だよ、きっと」
 ルーは興奮した声でシズクとの一戦を振り返りながら、彼をほめたたえた。目の前の中尉はもちろん、軍のエースと呼ばれる男すら一蹴してきた彼女にとって、遊びに緊迫感を与えてくれるシズクの存在は至高のものだった。
 ルーの正面に立つ中尉は目をつりあげて言った。
「お前は何しに行ったんだ?」
 ルーの耳には中尉の言葉なんて届かない。シズクとの遊びがいかに楽しかったのかを足らない言葉で説明しようと一生懸命だった。
 しかし中尉はそんなことを聞きたいんじゃあない。国境沿いを所属不明機が走っているから様子を見てこい、と送り出したのに。
 ルーはとつぜん話すのをやめて、鼻を動かして匂いをかぎだした。
「甘い匂いがするよ? おいしそうな」
「ん? ああ。これか」
 中尉は息をつく。ルーの鼻、いや勘の良さには驚きをこえて呆れてしまう。中尉は机の上の可愛らしい包に入ったクッキーを手にとった。
「事務課の女性にもらったんだが 食べるか?」
「あはっ! 中尉のそういうとこ好きだな、私」
 中尉は鼻を鳴らして横を向いた。
 ルーはクッキーを受け取ると嬉しそうに飛び跳ねた。その様子は小さな子供そのものだった。
 このクッキー、もらったなんて中尉は言っていたけれど、本当は中尉が自分で買ってきたのだ。お菓子が大好きなルーのために。
 歳の離れた妹のように内心ではかわいがっていた。
 もらった包を開いて、さっそく口にくわえるとルーは部屋から出て行く。話が終わっていないと中尉が引き止めるよりも速く。中尉はまた息をついた。それから中尉は女のほうに顔を向けた。
「あんな様子で大丈夫なのか?」
 中尉の問いに女は平坦な声で答える。
「あの子は『キャンプ』の中でもとびきり優秀な娘です」
「いつもそう言って死んでいく」
 中尉はこれまで戦場に投入された『キャンプ』の子供の顔を一人ひとり思い浮かべながら言った。
 女はまた平坦な声で答える。まるで自分とは関係ない話をしているようだった。
「いままでの子供とは出来が違います」
「いくらマシンにうまく乗れたところで、任務をこなせないのでは」
「あの子は強い相手が好きなのです。エースをひきつけるには十分かと」
 中尉はふっと息をついた。こういう女は何を言っても無駄なのだ、と。


「正直に答えろ!」
「知らないって言ってるでしょう。僕はただの旅行者であなた達が戦争しているなんて知らなかったんですよ。勝手に国境を越えたのは謝りますけど、こんなことされる謂れはありませんよ!」
 シズクは捕まり、尋問を受けていた。逃げた方向がまずかったのだ。ルーの国と対立している国の領土に逃げ込んでしまっていた。スパイと勘違いされて捕まえられてしまった。
「スパイはみんなそういうんだよ!」
 拳がシズクの頬を殴りつける。縛り付けられた椅子ごと床に倒れた。
 ちょうどその時、男が一人入ってきた。肩までの金色の髪、無精ひげを生やしたガタイのいい男だ。オルステッドという。
 オルスをみて、男たちはすかさず敬礼した。オルスはそんなもんはいい、と言わんばかりに煙たそうに手をふった。
「ぼうやの言ってることは本当かもしれないぞ」
 これを見ろ、と言ってカメラカラスが偶然撮っていた映像を映す。そこにはシズクとルーの戦闘の様子が映されていた。
 兵隊たちから「おっ」と小さく声が漏れた。たまたまカラスの巡回コースと戦場が重なっただけなので、映像はほんの十数秒だけだった。しかし、彼らの目を釘付けにするにはじゅうぶんだった。
「このタマゴはあいつらの機体だろう」
 ルールーをさして言う。
「あいつらも敵だと思って排除しようとした。俺たちも同じことをしようとしている。さあ、このぼうやは誰なんだ?」
 シズクを尋問していた者たちは黙ってしまう。オルスがシズクの縄をほどく。
「ありがとうございます」
「いやいや、礼を言われる必要はなんだな、これが」
 オルスはいたって軽い口調で言う。ふらふらーとどこかに行ってしまいそうな。男たちが彼に敬礼をしなければとても偉そうには見えない。
 シズクが首を傾げる。
「スパイ容疑は晴れたけど密入国のほうは事実だろう」
「それはっ!」
「わかる、わかるよ。あのタマゴから逃げたかっただけってのは。でも、それとこれは話が別だ」
「そんな!」
「ただーし!」
 オルスは急に声を張り上げる。
「ちょっとばかし手伝ってくれたらこのことは不問にしてやれる。どうだ?」
「戦争の手伝いなんて」
「そうか、そうか。監獄でケツ穴ほられながら冷や飯食うのがお望みか。よーし、ぼうやを連れていけ」
「……わかった。わかったよ」
 オルスはニヤっといやらしく笑った。
 大人はずるい。シズクはそう思った。同時にそれに抗う術を持たない自分の情けなさを責めた。
「物分りのいい子は好きだぞ」
 シズクが睨みつけると、オルスは笑う。
「ぼうやはちょっとばかしの間、あのタマゴみたいなのを引きつけておいてくれればいい」
 ルーとやりあって生きているということを買われたのだ。オルス達の軍とルー達の軍の一般機の性能差はない。しかし、決定的な差がある。スペシャルの有無だ。
 彼らはいつもルーにいいようにやられていて、そろそろどうにかしてやりたい、と考えていた。
「なにをするんですか?」
「なーんも考えずにひきつけときゃあいいんだよ。わかったね」
 それだけ言うと詳しいことは何も言わないでオルスは行ってしまった。
 シズクは文句を言える立場にはないけれど、気に入らない。子供をたしなめるような声色が。
 格納庫まで案内される。シズクは作業している人の中で一番若そうな人に近寄る。
「僕は何をすればいいんですか?」
「? ああ。きみが ね。何も聞いてないの?」
「オルスって人が説明している時間はないからここで誰かに聞けって」
 嘘だけれど、若い整備員はオルスの名前をだされると納得してしまった。兵たちの中でオルスは階級以上のちからを持っていた。
 作戦というにはシンプルなものだった。シズクがルーを引きつけている間に大出力エネルギー砲で狙い打つというもの。スペシャルなマシンとはいえ、これではひとたまりもないだろう。
 シズクは頭を悩ませる。黙って従っていればあの子が死んでしまう。仲良しでも友達でもない。でも、そうなってしまうのは嫌だった。
 ルーは戦いをゲームだと言った。でも、それはルーのせいではなく、まわりの環境のせいだ。シズクはそう思う。
 今は彼女から逃げたことを後悔していた。

       

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