Neetel Inside ニートノベル
表紙

いん!
Familiar

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 二週間が過ぎた。
 大切なものは、なくなってしまってから気がついた。
 その間に、試験がまた一つ、終わった。
 心が、からっぽ。怒ったり、悔やんだりする気力さえない。
「――――では、席に着きたまえ。フィノ・トラバント」
「……?」
 あれ、今なにしてるんだっけ。この人、だれだっけ。
「フィノ・トラバント、今回の結果について、言うべきことはあるかね?」
「…………」
「こう言っては失礼だが、実技試験の結果に至っては、いつもの君らしかったと言える。しかし……これは一体どうしたのかね」
「…………」
 机の上、まっしろな紙片が並ぶ。
 あぁ、試験の答案だ。そういえば、自分の名前すら、書いてなかったっけ。
「なにか目的があって、こんなことをしたのかね。答えなさい」
「……はい」
「欠席も増えているようだな。教師陣からも口々に、最近の君はおかしいという報告を受けている」
「……はい」
「旧校舎の図書室で起きた、例の騒ぎを気に病んでいるのかね?」
「……いいえ」
「思い出したくないこともあるだろうが、結果は結果だ。今後の君の処遇については、後ほど使いの者を送らせるので、厳粛に受け止めるように」
「……失礼します」

 誰もいなくなった、放課後の教室。まっしろな頭で、まっしろな用紙を見つめていた。
 隅の方には赤いインクで小さく、後日に再試験と記されていた。
「恨むわよ、アイリス……」
 目の前に広がる結果は、自分が招いたものだと分かってる。それでもアイリスと出会わなければ、心を乱されることもなくて、こんな結果にはならなかった、そう考えてしまう。
「なにがいけなかったのかな……」
 彼女を呼び寄せてしまったのは、偶然だった。小さなきっかけが連なって、道が開かれたにすぎない。だけどその時、最初に側にいることを望んだのは、アイリスだったのに。
 私の魔力が強くて、きちんと主従の関係が築けていれば、こんなことにはならなかった。使い魔は、主人の命に、絶対逆らえないから。
「……やだなぁ……」
 考えれば考えるほど、自分の未熟さが浮き彫りになる。自己嫌悪が止まらない。
 魔力の才能がないとわかった時だって、こんな風には思わなかった。それでも父様の下へ行きたいと思えた。
 今でもその気持ちは嘘じゃない、けど。
「……あの時は、こんなに悲しくなんて、なかったのになぁ……」
 紙片を弾く水滴の音。慌てて机の隅に移動させて、それから一人、泣いていた。
「時間、ないのになぁ……」
 教室の机を枕にするように、声を隠してただ泣いた。
「アイリスの馬鹿ぁ、帰ってきてよぅ……」
 彼女のように、甘ったるい声。誰かに媚びるのも媚びられるのも大嫌い。けど、やっぱり嬉しかった。それに気がついたのは、彼女がいなくなってからだけど。
 今、この教室には誰も居ない。訝しむ人、聞き耳を立てている人もいない。だから少しぐらい、本音を言葉にしても構わないよね。
「……アイリス、私は……」
「だめぇ、もうだめぇ。かわいすぎ。我慢なんてしなくていいわよね、うふふ、いただきます」
 誰もいないはずの教室に声が返ってくる。咄嗟に、顔を上げるかどうか迷った。今の顔は涙で汚れていて、とても見られたものじゃないはず。それでも、間近に迫った危険から身を守るため、判断というよりは本能に近い反応で飛び起きる。
「―――ッ!」
「あら残念、もう少しだったのに」
 薄緑色の液体が、私のいた机の上にこぼれ落ちた。香りの強い花のような匂いに、くらくらする。
「ごきげんよう。フィノ・トラバント」
 振り返れば、この学園の生徒会長がいた。絶世の美人令嬢とも呼ばれているのに、その中身はただの変態だ。
「レアナッ! その手に持ってるのはなんなのよっ!?」
 変態は、いっそ清々しい程、妖艶に微笑んでいた。手に持った注射器と私の顔を交互に見比べて、
「うふふ、別に危ないお薬などではなくってよ。単なる普通の栄養剤ですわ」
「一万歩譲って栄養剤だったとしてもっ! それを人の背後から打とうとするなっ!!」
「いやだわ、わたくしを危ない人みたいにおっしゃらないで頂戴な。貴女の泣き顔がとっても可愛かったから、止むに止まれず、仕方がなかったのよ」
「何言ってんのっ!? というか今まで、どこに隠れてたのよっ!!」
「あらあら、そんなに可愛がって欲しいの? いいわよ、じっくり調教してさしあげるから、今晩家にいらっしゃい」
「人の話を聞けえぇぇっっ!!!」
 これだから変態は嫌だ。しかもおっとりと片手を添えて、その頬を赤く染めている。
「あぁんもう、やっぱり怒った顔が一番可愛いわぁ。その顔が、もう許してって言うまで、這いつくばらせて、足の裏を舐めさせてあげたい」
「………………」
 ごめんね、アイリス。私はやっぱり、変態は大嫌いです。
「それよりも、フィノ・トラバント」
「なによ。さりげなく、今の行為をなかったことにする気?」
「そんなに毛並みを逆立てなくてもいいでしょう。せっかく、これを預かって来たのだから」
 例のごとく胸元に手を入れて、手錠が出てくるのかと思いきや、現れたのは一枚の紙きれだった。
「明日の再試験の詳細が決まったわよ。これ、よく読んでおきなさい」
 差し出されたその紙を、私は警戒しながらも受け取った。そして再び距離を取り、そこに記された文章に目を通していく。
「……これ」
 別の意味で目が冷めた。辛うじて頭の中まで真っ白になる前に、なんとか両足に力を入れる。
 現実から目を逸らさないように、渡された紙をじっと見つめた。

『再試験通知書』 

 受験希望者…王都魔導アカデミー学院生徒 フィノ・トラバント
 受験内容 …召喚陣を利用しての『使い魔』との契約。
       受験者が『魔』を呼び出し、その後に正式に契約を交えたところで、
       試験の通過とする。
       尚、当日の試験担当者一名は、受験希望者の補佐に付くこと。
       この場合に限り、受験者は『第三級』に禁術指定されている、
       魔術の使用を許可する。
 特記事項 …本受験者は、当日の再試験に失敗した場合、
       学園で勉学を継続することに必要な最低限の学力、および魔力が、
       水準に達していないと判断する。
       結果によっては、王国に詳細を通知し、学園の生徒である権利を剥奪する。
             
                                      以上。
  
「ようするに、退学処分も考慮に入れられているということよ。最悪のケースを覚悟しておきなさい」
「……っ!」
 心臓が鷲掴みにされる気分だった。息が詰まって、背中に冷や汗が浮いた。
「当然ね。この学院に資金を援助しているのは王国そのものなのだから。まだ見習いとはいえ、王国にとって不要な人物だと見なされれば、切り捨てられるだけよ」
「わかってるわよっ、そんなのっ!」
 今まで、何人もアカデミーを去った学生を見てきた。
 才能がない私にとっては、毎回、実技以外のテストで、常に満点を取る必要があった。その結果がだせなかった。それだけのこと。
「……でもっ!」
 再試験が、不得意な実技試験であることも、予想は出来ていた。だけどその内容がよりにもよって、使い魔との契約だなんて。
 運命めいた巡り合わせに、紙を持つ手が震えて、言葉では表せない感情が沸きあがる。
「運がよかったわね。フィノ・トラバント」
 レアナが嘲笑めいた笑みを浮かべる。普段は見られないその表情に、本心が見えた。
「わたくしが、お言葉添えをして差し上げたのよ。感謝なさって欲しいわね」
「え?」
 冷たく、鋭利に突き刺さる。
「貴女、かわいい使い魔が欲しかったのでしょう。いい機会じゃない」
「……!」
「邪魔だったのよね、あの淫魔」
「ふざけないでっ!」
 殴りかかった拳が、空を切る。
 驚いて目を見開いた瞬間、すぐ後ろから、柔らかい両腕が現れて、抱きしめられた。
 甘い香水の匂いがする。頭がくらくらする。
「ずっと前から、わたくし、貴女が欲しかったのよ」
「はなしてっ!」
「誰の言いなりにもならない、一途で、融通が利かなくて、目指す物以外は見向きもしない。そんな貴女を屈伏させたら、どんなに楽しいだろうって、繰り返し、妄想したわ……」
「妄想するなっ!!」
 耳元で、変態がくすくす笑う。
「フィノ・トラバント。わたくしの物になりなさい。あの変態メイドと違って、貴女を悲しませたりしないから」
「お断りよっ! それになにを勘違いしてるか知らないけど、私が好きなのは、父様!」
「……ファザコン」
「うるさいっ!」
 両腕がはなれていく。その隙に全力で教室の扉まで走る。けれど扉の前を塞ぐように現れて、あっさり逃げ場を封じられてしまう。
「そんなに急いで逃げなくてもいいじゃないの」
「貴女の本性知ってたら、誰だって逃げるわよ!」
「そうかしら? まぁ、いいですわ……。ねぇ、わたくしと賭けを致しません?」
「……え?」
「貴女が次の試験を無事に終えれば、わたくしはもう、今後一切貴女に近づくことをやめましょう。ただし試験を失敗すれば、その生涯を、わたくしの奴隷として仕えなさい」
 くすくすと、本当に愉快そうに変態は笑う。細くてしなやかな指が伸びてきて、頬をなでていく。気持ちが悪くて背筋が震えた。
 やっぱり変態なんて、大嫌い。
「いやよ。そんな賭けをしなくても、試験に合格すればいいだけだもの」
「あら、貴女が勝った場合は、ご褒美もありますのよ?」
「ご褒美?」
「……貴女の知らない秘密を教えてあげる。そんなのはいかが?」
「秘密?」
「聞いて損はなかったと思うはずよ」
「なによ。まさか、アイリスに関係してるんじゃ……」
「当たらずとも、遠からず。とだけおっしゃっておきましょうか」
「はぐらかさないでっ!」
「そんなに怖い顔をなさっても、ダメよ。言っておきますけど、わたくしが貴女の変態メイドの失踪に、関係があるわけでは、ありませんから」
「それなら、どうして……!」
「アレの考えなんて、わたくしが知る由もありません。理由があるとすれば、フィノ・トラバント。使い魔の主人である、貴女だけ」
 レアナが、ひたりと見据えてくる。
 一欠片の、笑みもなく。ただ、深い海の瞳を、まっすぐに。
 使い魔の主人。
 私には、彼女を従える魔力がなかった。
 自分の無力さに、消えてしまいたくなる。でも、そんなの絶対嫌。
「――――その勝負、受けるわ!」 
 大切な宝物。あの子は私だけの、宝物。
 ごめんね、アイリス。今度こそ逃がさないから。

       

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Neetsha