Neetel Inside 文芸新都
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短編小説集
夕雷

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夕雷

初夏の風が吹き込む教室に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
徐々に生徒達が席に着いていく、隣の教室から話ながら帰ってきた女子達、ボールを持って外から走って来る男子達、本にしおりを挟みそっと閉じて鞄にしまう文学少女、眠りから覚め再び眠る夢見る少年。
そんな光景を彩りながら初夏の風は教室を吹き抜けていく。
「涼しい……」
窓際の席に座る少女は小声で呟いた。
誰に言った訳でもなく、言葉には意味も無くただ呟いた。
昼過ぎの一番暑い時間帯、しかし駆け抜ける風は熱さを纏わず、心地よさを伴なっていた。
扉が開き、教師が入って来る。
「よーし、始めるぞ」
教師の一声と共に授業が始まった、だが昼下がりのまどろみに数学の授業は眠気を誘い生徒達は眠そうだ。
普段はしっかり授業聞く生徒も、眠りの方程式は解けないらしくまどろみと同化していく。
そのうち教師も力無く授業進めているようになっていた。
「やっぱり、この時間は力入らんな。ちょっと早いけど、今日はこれくらいで切りあげるか」
教師がそう言うと、数人の生徒から歓喜の声が上がった。
その後は眠りの方程式から解かれた生徒達の談笑で時は進み、チャイムと共に初夏の風は止んだ。

ホームルームの頃から空模様が一転し始め、空は雲に覆われ夏の青空は姿を消していた。
掃除の時間、外を見ながら二人の女子が話している。
「なんか曇ってきたね、雨降るかな。傘持ってきてないよ」
「これは降るでしょ、だって雲黒いじゃん。雷も鳴るんじゃない?」
空は黒いカーテンに覆われたように真っ暗だった、灰色の曇り空とは違う夏特有の夕立前の暗転だ。
「さっさと終わらせて帰ろう、今日委員会無いし」
「うん、そうだね」

掃除の時間も終わり、帰宅する生徒や部活動を始める生徒が出始めた頃、暗幕の空は雨を降らし始めた。
ポツリ、ポツリと降り始めたその雨は、助走を付けたかの様にしだいに勢いよく降り注ぎ、瞬く間に肌色のグラウンドを焦げ茶色に染めて行く。
次の瞬間、空は青色に染まり数秒後にはズダァンという雷鳴が響いた。
夕立と落雷、この夏の風物詩とも言える現象が今年も当たり前のように夏を通り過ぎていく。
しかし、打ち付けるような雨が続いたのは最初だけで、すぐに落ち着いた『サー』という雨音に変わっていた。
それでも空は相変わらずの曇天で、すぐに雨が止む気配は無い。
教室や廊下の所々では雨が止むのを待つ生徒達が、他愛も無い会話を始めていた。
放課後の会話、休み時間のような時間制限は無く、無限にどこまでも終わりの無い会話が続いていく。
笑い声と夏の空気を夕刻の気配が包み込み始める。

昇降口、下駄箱では靴を脱ぎかけた少年が憂い顔で呟く。
「やっぱり、もうちょっと待とうかな」
雨はすでに勢いを失い、小雨に変わり、そろそろ降り止む気配を感じさせていた。
15分程、待った頃だろうか。雨が止み始め雲にも切れ目から光が見え始めた。
それを見た少年は、いつもより急いだ足取りで校舎を出る。
またいつ降り出すのか分からない、それが夏の雨だ。
だが、それは杞憂で終わる。
夕日の光を受けた幾層の雲たちは、赤いグラデーションと灰色とのコントラストで世界を満たしていく。
空気中に満ちた水蒸気が、光を含み視界を虹色に変えていく。
少年の歩くその世界はまるで虹の世界を歩くように、夏の光が包んでいた。
風が吹く。
その風は虹色の温度を含み、雨跡を残していった。

       

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