Neetel Inside 文芸新都
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短編小説集
時間は眠る

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時間は眠る

昼下がりの午後、押し入れを整理しているとダンボールの中から懐かしい物が出てきた。
「ウォークマンだ」
一緒にカセットテープも入っていた。
市販されたアイドルのテープが数本、自分でダビングしたマイベストもあったが
大半は当時聞いていたラジオ番組を録音したものだ。

取り出したウォークマンに電池を入れ、テープをセットし再生ボタンを押す。
ガチャリという独特の音と感触を響かせながらテープは回りだした。
「あ、まだ動く」
半信半疑で動かしてみたものの、正常に動いた事に思わず驚き、笑みがこぼれる。
何が嬉しいのかは分からない、ただ何かが嬉しくて微笑む。
懐古主義という言葉が少し理解できた気がした。
イヤホンを耳に当てると思い出のメロディが流れくる。
そのままウォークマンを聞きながら押し入れの整理をし、終わった頃に日は傾いていた。
夕暮れのオレンジ色の空が更に懐かしさを誘う、青春という言葉とは違う何か、
哀愁と言うには高揚感が高すぎる切なさ、過去と語るには思い出化されていない時間、
言葉で伝えるには難しいがどこかで誰かから聞いた事のある感情。
それらを脳で処理しながらベッドに横になる、上手く言語化できないのがもどかしい。
きっと頭で考えてもどうにもできない感情なのだろう、言葉にはならないものを言葉にする必要は無い。
そう結論付けると、何かを探るようにテープを漁った。

「あ~、これ何だっけ?」
そう呟いてはテープを変えては片っ端から聞いていく。
一通り聞き終わると日は沈み、部屋は薄暗く部屋の輪郭がぼやけていた。
仰向けになり目を閉じて最後のテープを再生する、聞こえてくるのは録音した昔のラジオ番組。
あの頃もこうしてベッドで寝ながら聞いていた。
次第に気だるさと睡魔が混じり、グルグルとテープが回転するように脳が巻き戻されていく。
睡魔が過ぎ去り始めた時、目を開けるといつもの天井が目に入る。
しかし、それは昔から変わらないあの頃の天井でもある。
時間の感覚がぼやけていた。
夢を起きながら見るような、夢の中でこれは夢だと気づいたような、自分を少しだけ後ろから見ているような
そんな気分が襲ってきた。
今、自分はあの頃の自分なのだ。
毎日学校に行き、友達と会い、帰ってきて本を読み、テレビを見て、ラジオを聞く。
録音したテープを再生する事によって、自分は過去の自分になっていた。
ウォークマンがちょっとしたタイムマシーンになったみたいだ。

天井から目を移す、薄暗くぼやけた部屋はあの頃とは違った部屋だ。
いや、部屋は変わっていない変わったのは部屋にある物たちだ。
過去の自分という感覚が今を未来と錯覚させる、本当にタイムスリップしたみたいだ。
あの頃自分は未来に行きたかった、その夢が叶ったような気がした。
自分の部屋を見渡す、未来を見ているという感覚を心音を高める。
頭のどこかでこれは未来ではなく、今だという記憶も浸透してくる。
それでも一瞬でも未来を感じられる事が脳を支配していく。
その時、不意にカチャっという音がテープの終わりを告げタイムマシーンの終わりも告げた。
眠気も覚め一瞬の時間旅行は止まった。
少し残る気だるさが過去に行き未来を見た感覚を助長させる。
だが目が覚めた自分にはそこにある風景は『今』でしかなく、過去も未来も感じない。
しかし、確実に過去の自分は今を未来と感じていた。

自分の横に置いてあるウォークマンを見つめる。
過去に連れってくれるだけじゃなく、未来にまで行けるとは高性能なやつだ。
そんな事を思いながら、小さなタイムマシーンを押し入れに戻す。
きっとまた未来に行けるのは、多分もっと先だから。

       

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