Neetel Inside ニートノベル
表紙

セーブストーン 1 2
セーブストーン2〜あの瞬間から続くいま〜ACT2

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Filename: Dialogue on the mobilephone

『ジュン!! やっと出やがった。
 お前アレ感じなかったのか? 11時15分と20分と32分!』
『あ、アレ? まあね』
『まあねじゃねーだろ!! あやしいぞアレ。ロードパルス発生。だがまともな内容ったら開始と終了だけ。しかもちょっとアレがズレてやがる』
『つまりダミーだろ? んなもん調べる必要ないね。どうせおとり作戦なんだ、ほっとけほっとけ』
『はあっ?!
 お前なそーゆーアレでいいのかよ。おとり作戦てことは、これは攻撃なんだぞ。やつらが動き始めたってことだ。やつらより先に手を打たなければ』
『最悪オレたちは“消される”。
 ……いいんじゃないのかな、それも』
『な、………………』
『冗談だって。手は打ってあるよ。
 ――やつらは馬鹿だ。
 現地の民間人の“キモチ”を踏みにじって、オレたちを消せるような輩じゃない』
『…。お前昨日なにしてた』
『べっつに?
 ふつーにシゴトだよ? 新規開拓先フォロー。ウソだと思うなら記録確認してみそ?』
『最後の入金依頼は午前零時50分! だけど今は午前6時28分。その間なにしてたかってきいてんだ』
『寝てた』
『……………』
『ダミーのパルスがウザいから眠ってた。物的証拠はない。証人はサトミカイリ』
『………………………………………』
『んだよオイ……お前はウワキ疑ってる女房か(笑)?
 つまんねーコト言ってるヒマあったらさっさと“てめえの”潰して来いよ。見つけたんだろ?
 それとも自分そっくりのハンサム君は消すのもったいないってそういうカンジ? まっさかそりゃーないよねうんうん』
『……ついでにてめえの方のでウサ晴らししてやるから楽しみにしとけ。』
『うんv デジカメとか新調して待ってるからね♪ ついでに2ちゃんあたりでスレ立てとく?』
『………………………………………………………………(泣)』
『そーゆーワケで、オレ今日はまだ帰らないから。ウチいるんなら掃除くらいしとけよ』
『だれがいるか馬ー鹿!
 今日は俺の番なんだ、一旦寝たらヤツらを探しに行く。お前ぜってーロードすんなよ』
『はいはい。じゃあがんばってね。またね。』
『棒読みで言うなら言うんぢゃねえ。』


     


●初仕事の日:みすずの場合

 わたしたちの“初仕事”は、まったくカンタンなものだった。
 てきとーなときに、赤いセーブストーンでセーブ。次の瞬間ロード。
(念のため、支部にいるときにやることになっている)
 これでおしまいだ。

 これだけで、ダミーのロード信号が発信され、組織のロードサーチ担当者を混乱に陥れる、らしい。
 ひどいといえばひどいやり方だ。彼らが前首相や、いろいろな人にやったことと同じような手口なのだから。
 でも、彼らとちがって“やり直し”まではさせない、という点でまだマシである。
(と、思う)

 それにすべての正規ユーザー(もとユーザーも含む)は、パルスキャンセラーを渡されているから何も感じないし、一瞬のことなので物理的にも影響はないそうだ。


 けれどわたしたちには、もうひとつすることがあった。
 ケンカの準備だ。


 向こうさんがキレてきたころに、ノーマルの(つまり位置情報とかが発信される)セーブストーンでロードして、居所を察知させ、ケンカに持ち込む。
 もちろんそこには運命向上委員会所属のつわものを配置しておく。
 つまり荒事を担当するのはわたしたちではない。というか、なくていい。

 けれどなぜか、勇はそれに参加することになってしまった。
 運命向上委員会所有の最強兵器が勇に反応したからだ。

 見た感じは、あちこちにプロテクターのついた、ちょっとごつめのソフトミリタリーのような、服。
 その正体はいわゆる“パワードスーツ”というもので、それを着たものの動きやチカラをアシストする、便利なものらしい。
 どうやらこれは、勇のご先祖様が専用装備として着ていたものらしく、子孫である勇が手を触れたことで再起動したという。
 RPG的に言うなら“勇者の血を引く若者が触れたことで、勇者の鎧が目覚めた”のだ。
 なんだかできすぎたような話だが、勇は大張り切りで特訓開始した。


 一方淳司は、心臓の一部に異常をかかえていたので、それをなおしてもらってやはり、格闘技の稽古をしている。
(委員会のトレーナーの人に教えてもらっている)
 淳司もどっちかというと後方待機のはずなのだが、勇となにやらコンビ攻撃の練習をしているようだ。どうやら淳司も、“勇者の血を引いて”いたらしい。


 そうしてわたしはというと、いつもどおりである。
 わたしは“勇者の血を引いて”いないのでカンペキに後方待機だ。
 それにすでに週に三日、空手道場に通っていたし、毎日型の練習はしていたので。
 つまり、型の練習に実践訓練が加わった、だけなので。


 決戦は一週間後。
 そのときにむけてわたしたちは、昼は通学し、夜は委員会支部で戦闘訓練を重ねることとなった。


 その間わたしたちの癒し? になってくれたのは里見君だった。
 いや、里見君自身は、特に何かをしているわけじゃない。
 でも、すっかり雰囲気もやわらかくなって、近くの席の子たちとも会話したりするようになった彼を見ていると、ことはどうあれ、やっぱりうれしいのだ。


     


●宅配と約束:カイリの場合

 俺は近所づきあいはしていない。親しい友人もいない。
 よって、俺の家には原則人が来ることはない。
 来るとしたらせいぜい、マンション入り口の張り紙にめげずに入ってくるセールスぐらいで、そういう輩は無視することにしている。
 そのため、夕方チャイムがなったときも俺は無視しようとした。
 しかし。
『こんばんわー。カイリ君いますかー?』
 聞こえてきたのは藤森もしくはジュンの声。
 なんでだ? 今日はシゴトの日じゃない。
 しかし、彼は恩人だ。言うべきこともある。俺はドアを開けた。
 そして驚いた。
 藤森――というかジュン――は、またしてもスーパーの袋を提げていたからだ。
 しかし中味は、いくつかのタッパー。
「休んでるとこゴメン。ちょっとメシ作りすぎちゃってさ。
 うちのうるさいのが急遽帰ってこないって言うから。
 ごはんもあるし、テキトーにたべたって。
 んじゃ」
「あ…」
 ジュンが、背を向けた。ドアを閉めようとする、行ってしまう。
「わあ!!!!」
 どうしようかわからず、俺は声を上げた。
「どうしたんだよ?」
 ああ、立ち止まってくれた。
 言わなければ。
 言わなければ。
 冷蔵庫を振り返る。ああ、ここからじゃメモの字は見えない。走っていってむしりとって、またとってかえす。
「…………」
 メモを見る。朝飯の礼を言うこと、風呂入ってもいいということ。
 よし。
「朝飯、…ありがとう。
 風呂、はいってってもいいから」
 ジュンはメモの内容に気づいていたらしい、しかしにこにこして俺の言葉を待ち、全部聞き終わると破顔してうなずいた。
「助かるよ。じゃさっそく」
「え」
「あはは冗談冗談。んじゃ次きたときから頼むね」
「ああ」
 よかった、言えた。
 そしてジュンも笑っている。
「カイリさ、明日の夕方予定ある?
 暇なようだったらタッパー回収ついでにまたなんか作ってってやるよ。どう?」
「ああ」
 俺は反射的にうなずいていた。
「よしゃー! 楽しみにしてるな♪ んじゃ明日このくらいの時間に。都合悪くなったらケータイに連絡くれよ♪」
 ジュンは超上機嫌で帰っていった。
 ちょっと待て、ケータイって?
 果たしてタッパーの間には、メルアドを記したメモが挟まっていた。


 翌日の同じ時間、ジュンはやってきた。
 両手に買い物袋を提げ、上機嫌に上がってきた。
 その日のメニューはごはん、味噌汁、ポテトサラダとしょうが焼き。ご丁寧にキャベツの千切りとトマトまで添えられている。
 今日は、テレビを見ているふりしてさりげに見ていたのだが、とんでもない手際のよさ。まったく、敬服するばかりだ。
 ぼーっとしているとこれまた鮮やかに皿がテーブルに並べられた。
「はいできたー! 召し上がれ♪
 腹減ったからオレも一緒させてね。いただきまーす!」
 ジュンもさっさと向かいに座り、快活なペースで食べ始めた。

 全部食べ終わると(そのとき、炊飯器は当然空だった)、ジュンはお茶を入れてくれた。
 一人のときは面倒だし茶など飲まなかったが、こうしてみるといいものだ。
 たぶんこれが、まったり…というカンジ、なのだろう。
「ほんとカイリってうまそうにメシ食うねー。つくりがいがあるよ」
「え? そうか?」
「そうだよ。オレこんな満たされた気分になったの久々かも」
「そ、そっか」
 そういわれると俺もなんかうれしい。
「いいよなー、カイリのカノジョさー。こんな風に食ってもらえてさー」
「……いないから」
「えマジ?
 ゴメン。悪気なかったんだ。…でも意外」
「……いや」
 一体全体俺のどこをみたら彼女がいるように思えるのだろうか。謎だ。
「オレなんかさ。ウチ帰ったってうるさいのが一匹いたりいなかったりでさ。メシ作ったって帰ってこなかったり。参っちゃうよまったく。
 前なんかヤツが好きだからってんで帰る時間に合わせてラーメン作ってやったっつーに連絡なしで遅くなりやがってさ。ラーメン三倍の容積になっちまいやんの。でもカンケーなしに食うしさ。でそのまんま寝ちまって。やってられるかっての。
 おおかたどっかにオレなんかよりもっとうまいメシ作ってくれる相手でもいるんだろーさ。はは。まーあの馬鹿にしちゃ上出来だけどさ」
 ジュンはとんでもない勢いでしゃべり始めた。そのため、すべてを理解できた自信はないが一点だけ、言わねばならないことを俺は見つけた。
 ――あれよりうまいメシ? それはありえないだろう――
 だから言った。
「そいつもお前のメシ、好きだと思う」
「そ、…かな…」
 そのとたんジュンはぴたりとしゃべり止んだ。
 そしてそのまま、茶を飲み終わるまでジュンは黙っていた。

「今日はゴメンな、押しかけちゃって。
 ホント、日程まずくなったりしたらすぐ言ってくれよ。
 それじゃオレ、洗いものして帰るよ」
「あ、それはいいから。
 両方やらせたら悪いから」
「……カイリって、いいやつだな」
 ちょっとジュンの声が小さい。どうしたのだろう。
「なんでもない! じゃ~オレ風呂はいらせてもらっちゃおー」
 そういうと、ジュンはすたすたと風呂のほうに歩いていってしまった。

 このときふと思いついた。
 あいつ、まさか本当は女子なのではなかろうか。
 そういえば、クラスの男子のなかでも藤森は、雰囲気も見た目もやわらかく、声もあまり低くはない。
 いまなら確かめられる!
 いや待て。もしそうだったら、というか見に行ってそうであってなおかつバレたら、俺の人生はおしまいだ。
 俺はこのさき、ずっとこいつと付き合っていかねばならないのだ。
 そのためには、余計な詮索は不要だ。
 とりあえず立ち上がった。洗いものでもしよう。
 そうすれば、余計なことも考えないですむだろうから。


 その翌日のシゴトで、俺の稼ぎは一億を突破した。
 ジュンはなんと鳥の丸焼きとドンペリを持ってきており、俺たちはいっしょに乾杯した。


     


●Dialogue in the livingroom:ジュンの場合

 それは一億突破の前日。
 オレが、またしても理由をつけて、カイリの家におしかけた日のことだった。

「どこ行ってたんだよ」
 オレがリビングに入るやいなや、勇は携帯ゲーム機をローテーブルに放り出した。
 にらみをくれつつ、立ち上がる。
 寝転んでないのか、珍しい、と思いつつ、オレは生返事を返す。
「べっつに~」
「またあいつんとこか」
「そーだけど?」
 めんどくさい。そのまま部屋に入ってしまおう。と思ったが、ヤツはテーブルを回り込んでオレの前に立った。
「あいつんとこはおとといだろ。昨日も今日も行く必要あんのかよ」
「…なんだよ」

 こいつは単純バカのくせに、ときどき妙なところでうるさい。
 まあ、理由は、わかってはいるのだが。

「毎日毎日入り浸って、お前なにやってんだ? あいつは単なるコマのひとつだろうが。ほかのターゲットはどうしてんだ」
「ちゃーんと仕掛けてますよーだ」
 そっぽをむいてオレは言葉を投げた。
 ヤツがいやがるとわかっている言葉と内容をチョイスして。
「仕込みは最初が肝心なの。放置っといてもちゃんと働くようになるまではいろいろと手順があるの。君みたく殴って壊してハイおわりなやつとは質が違うんだよ。ああ、シゴトのね(笑)
 ま、あいつのビギナーズラックももうじきつきるから、そしたら君ごのみのテンカイになるんじゃない?」
「冗談やめろ」
 とどめに『ほんのり黒いにっこり笑顔☆』を添付で(ムリヤリ)進呈すると、予想通り、ヤツはおもいっきり眉を寄せる。
 で、つまんない追求を頭蓋骨の中からこぼしてしまって――
「セーブロード繰り返させまくって精神的に潰すなんざぞっとする。まるっきし悪人だろ」

 ――きたきた、予想通りの単純バカな反応。
 今更何言ってんだか(だったら不法侵入窃盗傷害ことによっちゃ強盗致傷をやらかす万年思春期は善人かね(笑))。
 つか、オレたちそもそも人間じゃないじゃん。
 でも今は、それをつっこむ気分でもない。

 だから、こう言った。
「オレのせーじゃないもーん。君がこの国のザルな警備くらい乗り越えられないからしかたなくやったんじゃん」
「俺が侵入した直後にロードしくさったのはどこのどいつだ」
 そのせーでターゲットに気づかれて、警備が強化されて、作戦が頓挫したんだぞわかるかゴルアとヤツの目は言っている。
 もちろんオレにはわかっている。なぜなら。

 オレは、わかっていて、そうしたのだから。

 でもそれは公然のヒミツだ。
 だからオレはこう言った。
「はいはいごめんね~。それじゃボスにその日までもどしてもらおっか? オレは女の子みたくしおらしく勇を待ってるから♪」
「某DSソフトの村人のセリフハンパにパクってんぢゃねえきしょいから!!!」
 うんうん、予想通り。ヤツはサブイボだしてユカイにわめいた。
「だってトレーディングの間することほかにないんだもん。」
「ヤダコイツ…キライコイツ…(涙)」
 晴れやか笑顔で追い討ちすると、今度はカベに「の」の字を書いていぢけだした。
 ナマイキな単純馬鹿。だけど、こうしているときはちょっと可愛い。
「ほら泣かない泣かない。今度通信するとき化石いっぱいあげるから」
 だからよしよし、とアタマをなでてやると、ヤツはのたもうた。
 子犬のような目で、ひとこと。
「赤カブもほしい」
「自前でガマンしろ。」
 えらく手間のかかる高額アイテムをこいつめは。
 オレはもちろん、笑顔でヤツの下っ腹を蹴り上げた。
 いや、ヤツはもちろんオレの動きをよんでとっとと一歩下がってたんで、オレの足は空を切ったんだけど。



 ――それはほんの数ヶ月前のこと。
 首相の就任会見の会場にヤツは侵入した。
 しかし、オレはその直後にデータロードを行った。
 正確には、自分に向けてとっこんでくるヤツを首相が確認した、その瞬間に。

 当時首相になったばかりのその男は、セーブストーンを持っていた。
 てか、ヘビーに使いまくってた。そうしてその地位を手に入れたのだ。
 つまり結構なレベルのセーブストーン使いだったので――

 自分の会見に、やけに腕の立つ闖入者がやってくることを忘れることなく。
 一日間の“やりなおし”時間を有効に使って警備を固め。

 みごとヤツの襲撃を頓挫させたのだ。

(で、以降も首相の警備は非常に厳しく、オレが有形無形の揺さぶりをかけて首相を追い詰め、ついには退陣に…つかセーブストーン放棄に追い込んだというわけだ)

 オレの立場からの言い分はある。
 この馬鹿はオレを出し抜こうとしたのだ。

 まずひとつ。
 セーブストーンの強奪は、当選の翌日、凱旋遊説の直後に、の予定だった。
 それを勝手に一日早めた。

 そしてもうひとつ。
 テレビカメラがいっぱいきているというのに、わざとそれに撮られるようにして特攻かけた。

 オレたちは人間じゃないとはいえ、一応生身のイキモノだ。攻撃されればダメージだって食う。メシだってねぐらだって必要。そういうイミでは人間とおなじなのだ。
 だから、不用意に目立つ行動は、避けるべきなのだ。
 ことにオレたちのように、異端の存在で、なおかつ不法行為を行っている、ともなれば。
 だってのに、馬鹿やろうとした。

 ヤツが何を考えていたかはわかる。
 晩飯の時間テレビをつけたオレが、単独で首相を襲撃するヤツをみて、ついでヤツが強奪してきたセーブストーンを見せられて、驚くだろうと踏んだのだ。
 馬鹿だ。まったく、馬鹿だ。
 オレを出し抜こうとしたことが、じゃない。
 そのやり方が、だ。


 オレのことを出し抜きたい。そのキモチはわかる。
 だってオレも、そうしたいのだから。
 だからオレはヤツをからかうし、服に発信機や盗聴器も仕掛けるし、たまにはいちばんまずいタイミングでデータロードだってする。
 だからヤツは、何かっていうとオレにつっかかるし、ときにはつまらない説教くれたりもする。
 でも、そんなことも最近は、少ない。
 多分オレたちは、そろそろ“オシマイ”なのだろう。
 色々な意味で。


「とりあえず明日はマジシゴトだから。
 邪魔したらねこぱんち5000発ね」
「死ぬからソレ!!!!」


     


●それは大変な(序):ユウの場合

 ジュンは意外にも日付がかわってすぐに帰ってきた。
 かなり酒の匂いがしていたというのに、現実逃避的に飲みなおしはじめ、まもなくつぶれたので水を飲ませて寝かせておいた。
 そして俺も眠りについた。

 目が覚めるとすでに午後だった。
 身支度をして車を出した。
 思い切ってこの間の喫茶店周辺を離れ、川沿いを捜索してみた俺は夕刻になってヤツを見つけた。
 この間の、ジュンとうりふたつの、おそらく高校生であろう、少年。
 ひとり土手に座って川のほうを眺めている。
 やはりコイツは藤森淳司だろう。そう思ったが、他人の空似ということもありうる。
 被害は最小限に。それが俺の主義だ。
 まずはヤツが藤森淳司であるか確認しよう。それからでいい。
 とりあえず今の姿なら警戒されないだろう。俺は車を降り、ヤツに近づいた。

「ここいいか」
「…え」
 ヤツは俺のカオを見るとぽかーんとばかりに口を開けた。
 そして思い切り自分の頬をつねる。
「俺のカオになにか?」
「あ、ああ、……
 知り合いに、似てたもので。ごめんなさい」
 似てるかそうか。おそらく間違いないな。
「奇遇だな。お前、俺の知り合いに似てる」
「そうなんですか……」
 いいつつ、ヤツは頬を赤らめる――なにこの反応。
 いや、今はオンナのカッコしてますよ一応。声だって変えてますよ自然なカンジに。でも日野森勇に似てるんだろ。それでどうしてそうくるの。
 しかしあの最近ナマイキな相棒とそっくりなカオで(こいつ自身も俺をハメかけたし)こういう表情されると、むしろこれは面白い。
 好奇心をくすぐられた俺は、半ば強引にやつのとなりに座った。

「俺は勇。お前は?」
「アツシです。あの、ユウさん」
「さんはいらない」
「え、…」
 ヤツは戸惑っている。面白い。これは面白い。
 あいつには最近、してやられっぱなしなのだ。ちょっと胸がすく思いで俺はにこにこヤツを見守った。
「あの… ユウ。
 それで、オレに、なにか……」
「なんか考え事してる感じだったから気になった。
 あのくそナマイキなあいつがなに珍しく悩んでるのかって思って声かけた。
 結果別人だったけど、気になるから聞いてもいいよな」
 で、強引にハナシをふると、ちょっと迷った後にヤツは話し出した。
「イヤなタイプのハナシだったら、切ってくれていいからね。
 オレ、じつは……」

 そうして俺は聞いてしまったのだ。
 こいつがつっまんない悩み方していることを。

 だから思わず言ってしまった。
「んなもん別にいいだろーが。いっぺんハナシはついたんだろ?
 そいつが苦しいけど覚えてたいってなら覚えとかしてやりゃいーんだ。忘れたくなったっつってきたら忘れさせればいーんだ。
 それでナンの問題があるんだよ。ねーだろ?」
「えっでも……内容が内容だし……やっぱそれは……」
「だからんなもんカンケーねーだろって。そいつは内容把握してそれでも覚えていたいって言ってるんだ。それでいいだろーがよ。
 つか、ひょっとしたら今後可能性あるかもしれねーじゃん。男と女なんていつくっつくかはなれるか分かったもんじゃねーんだから」
「それは、………」
 アツシはしばし絶句していた。
「それはまずいだろ……」
「てめえのウデでやってけりゃなにもまずいことはないだろ。
 人間はやりたいことをやるために生きるんだ。それがなければタダの業務用クローンだ」

 そう、オレたちはやりたいことをみつけた。
 だからもう、業務用のクローン人間ではない。
 あと一歩で、俺たちが本物になれる。
 こいつらを、消せば。
 こいつらを……

「……………すごいね」
 そんなことを知ってか知らずか、アツシは大きくため息をついた。
「ユウって、たくましいよ。
 みすずも強いけどさ、ユウもすごく強いよ。
 オレも見習わなくちゃな。
 ありがとう、ユウ。
 もっと強い気持ちで、もう一度考えて頑張ってみるよ」
 そしてみせた笑顔は、近年みたことないほどに素直で晴れやかで。

 結局俺は、こいつをどうにもできなかった。
 来てもいないケータイの着信を言い訳に、逃げるように立ち去るしかできなかった。

 しかしどちらにせよこいつのことは後回しになる運命だったようだ。
 直後着信した指示は、今すぐ急ぎのものだったので。



●それは大変な:勇の場合

 それは、訓練開始から5日目のことだった。
 ヤボ用で遅れてきた淳司は、俺とみすずにこんなことを言った。
「ジュンってさ、ホントにオレそっくりみたいだね。
 オレここくる直前、里見君にばったり会ったんだよ。
 そしたら言ってきたんだ、“ジュン!”って」
「マジ?!」
「それで? 里見君なんか言ってきた?」
「それがさ、その瞬間里見君のケータイが鳴ってね。慌てて出ようとしてたからジャマするのもなんか悪いし、そのまま別れちゃってなにも話してないんだよ」
「そう…惜しかったわね」
 そのとき、淳司がまじまじと俺をみているのに気づいた。
「? どしたよ淳司」
「いや、やっぱ似てるなあって。
 実は里見君に会うちょっと前にさ、勇によく似た女子に会ったんだ。
 名前はユウっていってたけど、すごく前向きで、たくましくって強くって。
 オレ、彼女に勇気もらったよ」
 俺に似た……女子?
 俺に似て女子っていうのはちょっと想像つかないが、淳司の反応(その話題になった瞬間ちょっと赤くなり、今もうれしそーに笑っている!)からしてこれは、大いなるチャンスかもしれない!
「それで、メアドとか渡してきたのか?」
「え、そんな初対面で……
 それに彼女もケータイが着信したって言って急いで行っちゃったし」
 そのときみすずの声がした。
「……無理だわ」
 みすずは眉間にしわを寄せたまま、一言。
「どうやっても勇が女子の格好してるとこ想像つかない…!」
「「いやっそれ女装じゃないから!!」」
 俺と淳司は同時に突っ込みを入れた。


     


●それは大変な 1:カイリの場合

「ジュン!」
 それは、夜七時近く、野暮用の帰り。
 その姿を見つけて俺は、思わず駆け寄った。

 しかしその瞬間――
 なんだか不吉なカンジの着信に、俺はおもわずケータイを取り出してしまった。

 メール、藤森から?
 どういうことだ。藤森はここにいるのに。
 というか、俺がケータイとりだしたのをみて、ちょっとぽかんとしていたものの、んじゃなと短く告げて立ち去っていったというのに。
 メールの内容をみて俺は鳥肌が立った。


『お前、約束破ったよな?

 ちょっと今から来てくれる?
 すぐ迎えが行くから』


 そうだ、しまった、こんな町中で無用心だった。
 これは――確実に――やばい。
 何をされるのかわからないがとにかくやばい!
 思っていると次のメール。

『お前がちゃんと来てくれれば、契約続行できるようにかけあってあるから。怖いだろうけど、来て。お前はすぐ帰れるから。』

 この文面に直感した。ジュンも何らかの制裁を食らうのかもしれない。
 きっと俺が逃げたらその分もジュンが――
 駄目だ。それは。
 だから俺は、ほどなくやってきた黒のワンボックスカーの運転手に告げた。
「俺、行きます…ジュンは?!」
「………」
 多分同年代だろう。つやのある黒い髪、黒いソフトミリタリーに、黒のサングラス。なんだか恐ろしいが、そんなことは言っていられない。
「お願いします、ジュンは悪くないんだ、あの、…偉い、人に、連絡して、下さい」
 するとその男は、陽気な笑い声を上げた。
「おいおい、あの馬鹿何いったの? そんなじゃゼンゼンねーってば!!
 とりあえず乗れよ。事情は道々話すから」
「はあ…」
 助手席に座り、シートベルトをかけると、車は動き出した。



●それは大変な 1:ユウの場合

 正直あまり気は進まなかった。
 はずみでとはいえ、人生お悩み相談なんかしてしまったのちに、しかもそれが実は探していたターゲットで、けれどなんかちょっとタイミング計れず取り逃がしてしまった直後に、誰が特に恨んでもない他人を殴りたいと思うだろうか。

 しかしあいつの言うことは、できるだけ遵守したい、それが今の俺の心境でもある。
 なんだかんだいって、あいつがシゴトを振ってくるときは、それが必要だからなのだ。
 理由は色々だが、どれも俺たちのためであることに変わりはない。

 だから俺は里見海利を拉致した。

 里見海利は約束を破った。公共の場でジュンの名を呼んだ。
 それもよりにもよって、“ホンモノ”の目の前で。
 オマケに迎えとしてきた俺にまでジュンがジュンがと連呼した。
 駄目だこれは。
 気の毒な気がしたが、だからこそここで一度シメておかなければならないだろう。
 やつはジュンに入れ込みすぎている。
 ジュンと里見海利のポジションは、友人ではないのだ。それは絶対に。
 ジュンも多分ここまでなつかれるとは思ってなかったに違いない。
 そのことについても一言釘をさしておきたいが――多分、その必要はないだろう。
 ジュンもまた、こいつに入れ込みすぎているのだから。

 目的忘れたかのように、里見宅いっちゃメシしばいているヤツをみると腹が立ったものだ。だからこの事態は望んでいた事態でもある。
 里見海利を殴ったら、ヤツはあれで泣き虫なので、あとで泣くだろう。
 しかし今はそれを見たいという気がうせてしまっている。

 役目として、俺は里見海利をシメなきゃならない。それは曲げられないだろう。
 だったら、するべきことはひとつ。
 俺は意を決して、指定の場所へと車を走らせた。



●それは大変な 2:カイリの場合

 運転手はおし黙ったまま車を走らせる。
 いいかげん町外れに差し掛かった頃、沈黙に耐え切れず俺は声をかけてみた。
「あの、…」
「運転中はしゃべらない主義だ」
 ぴしゃりと言われ俺はおどろいた。
 話が違う。そして、声まで違う。
 聞き覚えがある、この声。
 サングラスをかけた顔を間近で見ると、それはなんと。
「ひ、日野森?!」
 日野森勇。ジュン、もとい藤森の、相棒だ。
「降りろ」
 呆然としていると、車が止まり、日野森はさっさと降り、車を回り込んで助手席のドアを開け、俺を外へと引きずり出した。
 シートベルトを慌てて外したものの、そうでなかったらシートごと引っ張り出すんでないかという勢いだ。
 そのまま日野森は、歩き始めた。
 夕闇でよく見えないがそこは、倉庫がいくつか並ぶ廃工場あと。
 古びた倉庫やさびた資材の間を通り、廃工場の鉄扉の前へ。
「開けろ」
「…ああ」
 俺の返事が気に入らなかったのだろう、日野森は舌打ちをする。
 それについてものちほど一言ありそうだが、とにかく行くところへ行き、ジュンのことを言わねば。
 俺はさびた鉄扉に手をかけた。力いっぱい押す。開かない。
「どけ」
 業を煮やしたらしい日野森が俺を押しのけて鉄扉に手をかける。
「…あ」
 そのまま横にスライドさせる。引き戸だったらしい。
「………………」
「………………さっさと入れ馬鹿」
 ちょっと間のぬけた沈黙ののち、日野森は俺の背中をどやしつけた。

 工場のなかに入ると、後ろで鉄扉が閉められた。
 明かりはいくつかの裸電球だけ、明かりの輪の外はまったく見えない。鉄さびくさい。薄ら寒い。
 子供のころ入ったお化け屋敷を思い出す。
 正直――恐ろしい。
 だが、言わなければ。
 ジュンはなにも悪くないのだ。制裁を食らうなら、俺ひとりにしてくれ、と。


     


●それは大変な 3:カイリの場合

 日野森は俺の腕をつかみ、工場の奥へと歩を進めた。
 どのくらい歩いた頃か、すこし広いスペースに出た。
 そこにはジュンがいた。
 いつもの、白っぽいパーカーとジーンズ。
 ぽつり、パイプ椅子にすわっている。
「ジュン! 大丈夫か!!」
 俺は思わず駆け寄る。いや、駆け寄ろうとして引き止められた。
 みたところジュンに怪我などはないようだった。
 ジュンは一瞬驚いたように俺をみて、穏やかな微笑みで答える。
「だ、…
 大丈夫だよ。オレのことは気にするな」
「でも!!
 お前もなんかの制裁食らうんだろ。ちゃんと言ったのか、悪いのは俺だって。悪いのは俺なんだ。殴られるのは俺だけでいいんだ!!」
「…カイリ」
 ジュンはしばし黙っていた、が、やがてそっぽ向いて小さな声で言った。
「やめろよ」
「なんで」
「オレたちはただの取引相手だろ。その相手のこと、そんなふうに、言うな」
「ただのって…
 違う。
 俺たちはクラスメイトだし。お前は、メシ作ってくれたし!
 遊びに来て。メシ食って。だから、……」
「全部手段だよ!!」
 ジュンは立ち上がり叫んだ。
「そんなん手段に決まってるだろ!
 トレーダーがロクなメシ食ってなけりゃシゴトになりゃしない。だからメシ作った。同室してるオレに気を使ってればパフォーマンスが落ちる。だからお前になれなれしくした。それだけなんだよ!
 だいたいオレは藤森淳司じゃない。よく似たニセモノだ。人間でもない。
 オマケに世界征服たくらんでるぞ。お前も悪く思ってなかったよな、あの人気者の前首相、あいつのことウツ病にしたのもオレなんだ。それでも友達かよ!」
 ジュンは、泣きそうな顔でわめいた。だから俺は言った。
「俺はそう思ってる!」
「オレの言うこと信じてないんだろ。だからそんなふうに言えるんだ。
 じゃあ言ってやるよ。お前のセーブストーン奪ったのはオレたちだ。オレたちはお前をハメたんだよ!!」
「おいジュン」
 日野森――いや、こいつも日野森ではないのだろう――が、心外そうな声を上げる。
 しかしジュンはずんずんこちらに歩いてきながら言葉を連ねる。
「ユウ、その手離せ。
 聞いたかよカイリ。オレたちは、お前からセーブストーンを奪って、その弱みに付け込んでトレーダーにした。最初は甘やかしといて、だんだんノルマきつくして、駄目になったらヤクの売人にでもして最後はバラして売るつもりだったんだよ。お前はただの」


 たまらなくなった。自然に身体が動いていた。

 気づくと腕の中で、ジュンが泣いていた。


「なんでだよ……お前なんでオレの事殴んないんだよ……」
「泣いてた、から」
 そう、ジュンはなんだかえらいことを言いながら、どんどん悲しい顔になり、ついには泣き出してしまったのだ。
「母さんは…言ってた。泣いている子がいたら、優しくしてあげなさい、て」
 今はいない、母さんはそして、俺が泣いているといつも抱きしめて頭をなでてくれたものだ。
 ちょっと迷って、でも同じようにすると、ジュンは俺の服の胸をつかんだままさらに激しく泣き出してしまった。
 俺はもうどうしようもないので、そのまましばらくそうしていた。


「はー。こんなとき俺どーゆー顔したらいいんだよー。萌えればいいの? ふぢょし的に?? カンベンしろよマジにさー」
 ジュンが泣き止むと、後ろから日野森、ではなく“ユウ”の脱力したような声がした。
 見ると“ユウ”はいつの間にかサングラスを外し、ほんとに脱力したような顔で座り込んでいた。
「つかおいジュン、お前俺まで巻き込むな。
 おまえがこいつに目をつけたのは、俺とは関係ねーだろ。
 俺がふんだくってきたセーブストーンの記録閲覧してお前があとからわーこいつアタマいいじゃんちょっとかあいーしー。なんか母性本能くすぐっちゃうかもーなんてのたまってターゲットにしただけであって、お前の外道に俺は全く関係してないから! そこんとこ誤解させないでくれ頼むから」
「え? 女装していたいけな高校生からセーブストーンをふんだくるのは外道じゃないの? 眼鏡を人質にして抵抗の余地を奪ってから」
 ジュンはやや鼻声のまま、それでも笑って言う。

 なんとあの日の女は、こいつの女装だったというのか。
 いや、こうしてじっくり見ればなんとなく納得だが。

「って人聞きわりーな!! なんでお前はそうヒトの行動を極悪非道くさい言い方で言うよ!! アレはその…眼鏡まで割れたらその…いやなんでもないから! 別にそんなつもりじゃないんだからな!! 誤解すんなよお前も!!」
“ユウ”は俺に向け、真っ赤になって弁明する。
「ごめん」
 眼鏡が無事なのは、実を言うとかなりありがたかったのだ。
 前に外出先で眼鏡を割ったときには、かなり難儀したので。
 なので俺は勝手に“誤解”した。
 ぶんなぐられた仕返しもちょっとこめて。


 事態がひと段落すると、というか、その後ちょっとふたりで話し合っていたのだがそれがすむと、ふたりは俺を車で家まで送ってくれた。
「迷惑かけたな。これは詫びのシルシだ」
 車から降りた俺にユウはそれを手渡した。
 セーブストーン。それも、なんとみっつ。
「契約は今日でおわりだ。
 ……お前さ。もう俺たちにかかわるな。
 俺たちは悪事を重ねてる。お前とは違う世界の住民なんだ」
「……」
「関係者になんか聴かれたら、ヘタ打って廃工場跡でシメられてクビになったって言えよ。
 いいな」
「キズがない」
 そんなことは言いたくない。だってそんなことをユウとジュンはしていないのだから。
「いえないよーなことされかけたって言っとけ」
 まだちょっと鼻声で、ジュンは言う。
「おまえよ、…まあいいか。じゃそれで」
「そんなこともお前たちはしてないだろ」
「したの! そのつもりだったの! ボコるだけならその辺の路地でいーだろ。なのにあそこまで拉致ったのはそーゆーことなの。はい決定!!」
「そんなつもりぢゃなかったのに……」
「ユウ。ぐずぐずしてるならオレが運転するけど」
「やめろ!! それだけはやめろ!!
 それじゃマジで行くから。いいかもうかかわるなよ」
 そんなつもりなんかない。だから俺は二人に聞いた。
「ひとつだけ聞かせてくれ。お前たちと、日野森と藤森って、どんなカンケイなんだ?」
「――ニセモノとホンモノだよ」
 その一言だけを残し、車は走り去った。
 しかし俺には、そのひとことで充分だった。
 俺は速攻で――俺のメルアドが迷惑メールリストに登録される前に――メールを打つ。
 そして自宅に戻り、連絡網から二人の名前を探した。


     


●無題:ジュンの場合

 勇はクルマの運転がすごくうまい。
 駅前通りをすべるように走らせる。
 そうしながら、いつになく優しい調子できいてきた。
「このあとどうする? チキンポットパイとか食いにいくか?」
「いや…帰る。
 メシ、途中まで作ってたから」
「…了解」
 勇はとりあえずOKを言ってくれた。
 まだオレが落ち着ききってないのを感じとっているのだろう。
 そうだった。こいつはただの単純バカなんかじゃなかった。
 もうずっと一緒に食ってなかったオレの好物だってきっちり覚えてるし。
 そう思うと、また涙が出そうになった。
 メシ、完成させなくちゃ。
 そして、謝らなければ。
 オレがやらかしていた、大きな間違いのことを。



●無題:ユウの場合

 俺たちはとりあえずアジトに帰った。
「すぐできるから待ってて。ゲームしてていいよ」
 ジュンは手を洗って着替えると、それだけ言って台所に入っていった。
 手際よく、調理する音が聞こえる。

 そういえば、共同生活最初の頃は、ジュンがこんなふうにメシを作ってくれていたっけ。
 長引く潜伏の間に、いつしかそんなこともなくなっていたけれど――

 ジュンが作るメシはすごくうまいのだ。だから久々に食べられるのは正直うれしい。
 しかし俺は台所へ行った。
「あのさ、ジュン……それ、海利のために作ってたんだろ…?」
 車のなかではだまっておいたが、今いわなければ遅くなる。
 こいつにとって海利は、初めてできた友達なのだ。本当は食べてもらいたいだろうに。
 そのメシを食ってしまうことは、いくら俺でもしのびない。

 しかしかえってきたのは驚くべきこたえだった。
「違う。お前のぶん。
 最初からお前のだよ」
 虚をつかれ、ついで失礼なことを言ってしまったと感じ、俺は謝った。
 対しやつは、首を左右して、こんなことを言い出した。

「なかなか帰ってこないから作らない、じゃなくて、帰ってきたときまで食えるもの、作ればよかったんだ。
 あいつ見て気がついた。
 オレさ、なんていうか、お前のこと、大事にできてなかった。
 たったひとりの相棒なのにさ」
「それは………」

 そういえば一時期怒られたりしたものだ。連絡なしで遅くなるからラーメンのびちまっただろ、とか。
 何度かそういうことがあって、いつしかジュンが俺のぶんのメシを作ることはなくなっていった。
 今思えば悪いことをした――オレの帰宅にあわせてラーメン作ってたら、そりゃむかつくだろう。
 こいつはどっちかというと洋メシが好きで、ラーメンが好きなのは俺なのに。
 そうだ、悪いのは俺のほうだ。

「でも俺だって、連絡しないで勝手に食って帰ってきたり……
 お前がいっつも飯作ってんの、わかってたのに」
「仕方ないよ。だってお前体力担当だもん、外出なきゃしょうがないじゃん。遠くに行ったら遅くもなるし。腹だって減るし…オレだってわかってたのに。甘えてたよ」
 そんな、お前は悪くない。
 そもそも俺がちゃんと帰る帰らない連絡すればよかっただけなのに。
 けれど、そこで意地の張り合いしてもしょうがない。
 だから俺は謝罪のかわりにこう約束した。
「これからはちゃんと連絡する」
「うん」
 振り返らないからみえないが、こいつがどういう顔をしているかははっきりわかった。
 もうちょっとだから座って待ってて、といわれ、俺は台所を出た。



●無題:ジュンの場合

 オレが自家製ラーメンセットを持っていくと、静かなダイニングのテーブルに、勇は手をひざに乗せてついていた。
「お待たせ! …どうしたんだよ、かしこまって。ゲームやっててよかったのに」
「飯、冷ましたくないから」
「テレビつけようか?」
「いらない。ちゃんと食いたいから。いただきます」
 勇はそういって、一口めをかみしめるように食べた。
 と思ったら、すごい勢いで残りを平らげはじめた。
 その結果――あろうことか10分で鍋とフライパンと炊飯器はカラになった。
(いやオレも全部食われるヤバいと思ってペース上げて食ってたけどその量の差は倍以上だ、たぶん)
「あれ? メシ、もうないの?!」
「ないよ。明日の朝の分までお前食ったよ。もう全く全然ない」
「え~。もっとおかわり~」
 ヤツは(いートシこいて)子犬のよーな目でだだをこねた。
 一瞬作ってやろうかと思ってしまったが、これ以上はダメだ。時間だってもう遅い。
「ダメ食べ過ぎ! あとは明日!!」
「おっしゃ明日な。7時? 8時?」
 なんと、夜型のやつにしてはずいぶん意欲的な提案だ。
 しかし念のため聞いてみる。
「オレは7時でもいいけど。お前そんな早起きできるの?」
「無理だな。だから寝ないで待つ。」
「馬っ鹿」
 早起き無理って…断言するなよ情けない(笑)
「できたら叩き起こすからちゃんと寝ろ。まったく勇は子供なんだから」
 オレはやつめにかるくゲンコツをくれてやった。
 やつはよけることなく食らってあははと笑った。

 そういや前は、こんなやりとりをしてた時期もあったっけ。
 そんな昔じゃないはずなのに、懐かしい。
 大したことない会話なのに、それが嬉しい。
 同時に思った。

 やっぱり、カイリとは離れなければならない。

 仮にあいつを仲間に加えたとして、10年たったとしよう。そのときはまだあいつも一緒に――こんなふうに、笑ってしゃべってメシを食っているだろう。
 しかし100年たったら?
 勇は変わらず元気だろう。しかし、あいつはいない。
 だから、これでいいのだ。
 半永久的に続くイノチの時間を、こうして一緒に生きていける相手は、最初からこいつしかいないのだから。
 だから、あいつとはもう絶縁だ。これは全く、ちょうどいい機会だったのだ。
 きっと。


     


●そして、決戦へ 1:淳司の場合

 プリカの魔法で神社に帰ってくると、オレはケータイのスイッチを入れた。
 同時にデンワがかかってきた。
 ウチからだ。
「はいもしもし……母さん?」
『あらつながったわ。あのね、ちょっと前に里見君からデンワあったのよ。
 話したいことあるから至急連絡ちょうだいって。番号は…』
「ありがと。かけてみるね」
『わかったわ。それじゃあね』
「はーい」
 通話が終わって、見ると勇もなにやら通話をきっているところだった。
「ウチから留守電はいってた。里見からデンワあったって」
「勇も?」
 オレたちは顔を見合わせた。

 とりあえずは、その番号にかけてみることにした。
 番号からして家デンなので、近くの公衆電話を利用した。
『はい』
 ワンコールで電話は取られた。声からすると里見君だ。
「里見君、オレと勇にデンワくれたってね」
『ああ。
 お前たちのニセモノってやつらに会った。
 俺はやつらと取引していたが、ヘタ打ってクビになるのが決定した』
「えっ」
『やつらは明日、俺を呼び出してる。
 町外れの廃工場あとだ。
 そこでお前らからセーブストーンを奪え、そうすれば生命は助けてやる、そう言われている』
 前置きなしに本題にはいった里見君は冷静な口調で、しかし驚くべきことを言ってきた。
「えっと、その…なんのこと…かな?」
『わからなくてもとにかく来てくれ。一旦うちに来て、そしたら案内する』
「えでも。ホント、それは……セーブストーン渡せば大丈夫なの? よく、わかんないけど……」
『友達が人質にされてるんだ。お前たちを連れてこられなければ、口では言えないことをされる、と言われた』
「それ……もしかして、ジュン、ちゃんか?」
『……ああ』
「わかった。里見君の家にいけばいいの? 放課後だよね」
『ああ』
 ケータイを切ったオレは、セーブストーンを額に当ててプリカを呼んだ。
 そして、里見君の住むマンションに実行部隊の人を行かせてもらった。



●そして、決戦へ 2:勇の場合

 翌日、里見は学校に来なかった。
 俺は当然フケていた。といいたいところだが、ひとりで休むと危険だというので仕方なく登校し体力を温存して過ごした。
 予定は早まってしまったが、今日が決戦だ。
 学校が終わるとすぐプリカに呼び出してもらい、装備を整えると里見の家の一階下に出現させてもらった。
 上る階段の真ん中で、俺のケータイから、昨日教えられた番号にかける。
 ただし、しゃべるのは淳司だ。
「もしもし」
『っ………』
 大きく息を呑む気配。淳司がうなずく。間違いない、そこにジュンがいるのだ。
 宅配に扮した実行部隊メンバーが走り出した。
「里見君? 藤森ですけど」
『っ、ああ、…藤森』
「喜んで。ジュンちゃんだけど、保護されたって」
『はっ?!
 ……ど、どこで』
「本人に聞くといいよ。
 いまから行くって。構わない?」
『……あ、いや、…待ってくれ、その、……』
 そのとき、里見の家のチャイムの音と、すみませーん、はんこお願いしまーす、という、実行部隊メンバー氏の声がする。
『あの、また、かけるから。待っててくれ』
 あわただしくデンワが切られる。
 俺たちは残りの段を駆け上り、里見の家へ突撃した。

 そこで見たものは里見とあの日の“兄貴”と淳司そっくりの人物だった。
「ユウ、カイリを!」
 淳司そっくりのヤツは、これまたそっくりの声で鋭く一声。
“兄貴”が里見の首を右腕で捕らえて立ち上がる。そのまま、えらい速さで後退。
 首にかけられた腕に両手をかけつつも、抵抗する様子でもない里見を連れて奥のドアを開け洋間まで到達、ベランダの窓をあけるとやばそうなでかいナイフを取り出す。
 淳司のそっくりは、これまた激似の穏やかな笑顔でのたまった。
「君たち“ジュン”を保護したんだって? フシギだな、オレはここにいるのにね。
 とりあえず、人質変更させてもらおっか。
 里見海利。昨日ヘタ打ってクビが決定した元下僕くんだよ」
 いや、似てるけど違う。にこにこしといて実はオニげなとこもてんでおんなじだがやっぱり違う。
「ちなみに、さっきセーブしたからロードで逃げようったってムダなのでそのつもりで。
 昨日時点までもどしてくれたっていいけど、その場合、カイリはもう一度おなじ目にあうことになる。つまんない試行錯誤はしないほうがいいかな。
 こいつも、セーブストーン使用経験者だからロード前の記憶は残るよ。試してみる?」
 後退しつつも、余裕の笑みでヤツはふたつのセーブストーンを見せびらかす。
 どんなメにあったのやら、里見はぎゅっと、眼鏡の向こうの目をつぶっている。
「冗談やめろ! てめえら、里見に何した!!」
「口では言えないこと♪」
「てめえ!!」
「ロードするよ?!」
「っ…」
 俺はヤツにむけてダッシュした。いやしようとした。
 しかし鋭い叫びに足を止めざるを得なかった。

 失敗した――うっかりヤツの話を聞いてしまった。
 ここは有無を言わさず取り押さえるべきだったのだ。
 昨日のどの時間、どこに里見はいたのか。それがつかめていない以上、昨日時点にロードされるのは致命的だ。
 そこでどんな目にあったのかはわからないが、恐ろしい目には違いない。それを繰り返させるのは忍びない……

 そう考えていると淳司の声がした。

「だったらこっちはその前にもどそうかな。
 おとといまでは仲良しだったんだよね、ジュンちゃん?
 そのときの里見君なら、君たちへの人質にできる。
 ――ちなみにロード合戦だったらオレたちも経験済みだ。プリカたちも協力してくれる。
 君が昨日にロードしたら、オレたちはその方法をとらせてもらうよ。
 君たちも、セーブストーン使用経験者だからロード前の記憶は残るよね?」

 そして同じようにセーブストーンを見せびらかす。

「じゃ、なんでさっさとそうしないのかな、藤森淳司君?」
「めんどくさいからさ。
 話し合おうよ。
 オレたち、セーブストーン使いの間の決着は、それでしかつかない」
「……今はいやだな。ほかの連中がジャマだから。
 追っかけてこいよ!」
 その言葉と同時に黄色い光が視界をぬりつぶす!

 気づくと俺たちは、マンションの前にいた。
 マンションに入る直前にもどされたようだ。
 駐車場から黒のワンボックスカーが出ていく。
 そのあとを追うように白のワゴンが出てくる。
「乗って!!」
 助手席にはどこかで見た女子。後席のドアを開けて顔をのぞかせたのはみすず。
 俺たちは飛び乗った。


     


●そして、決戦へ 3:シンジの場合

「乗って!!」
 みすずちゃんがドアを開けると、勇くんと淳司くんが乗り込んできた。
 ふたりが後部座席に収まり、ドアを閉めたのを確認すると僕はアクセルを踏み込んだ。
 本来ならシートベルトをしめてもらってからじゃないといけないけれど、今はそんな場合ではない。
 もっとも、このクルマ自体、本当は自動車とかじゃないんだけれど……
「おう!」「サンキュ、みすず」
「どういたしまして。
 ほら、シートベルト締めて。しっかりつかまってね」
 僕の左、助手席からアプリコットが身を乗り出して言う。
「これから何度かワープしたりしますから、まああんまり気にしないで下さいねぇ。
 気にしすぎると酔いますのでフリ○クユーカリミントでも食べててください~」
「………
 あ、え、うん??」
 バックミラーのなかで、勇くんが百面相(笑)している。
「あっ」
 ついで淳司くんが驚きの声を上げる。
「もしかして、プリカ?!」
「は~い正解でーすどんどんどんぱーふーぱーふー」
「え……………
 なんででかいんだ?」
「これがホントの姿ですぅ。いつものカッコだとぉシートベルト締められないのでやむなく正体明かしちゃったわけなのですねえハイ☆」
「なーんだ。びっくりしたよ」
「いやでかいだけだろ」
「イサミさん……
 どこみてるんですかっていわれたくなかったらちょっとは驚いてください。」
「なんだよそれ(泣)!! ていうかそのやけに詳細なミント菓子の銘柄指定なんでだ!!」
「作者とあたしの好みが一致しましたんです~」
 それを聞きながら僕は、黒のクルマを追った。
 ちょうど信号が赤になったので、赤のレバーを引いて短距離ワープし横断歩道を“とびこえ”る。
「う゛っなんだ今の」
「ワープしました。気持ち悪いようならフ○スク食べてください」
「ミ○ティアシャープエバーないのかよ」
「それもあります」
「まさか、ストロングミ○トも?」
「ええもちろん」
「「どんだけ!!!」」
 そのとき左折車が黒のクルマとの間に入ってきたので、それも“とびこし”た。
「うげっ早くっどれかくれっ」
「じゃあとりあえず~仁丹でも」
「「どんだけ!!!!」」
「ちょっとふたりとも。運転のジャマになるから少し静かにして」
「あっ…ごめんなさい」
「スミマセン」
 みすずちゃんにたしなめられると、ふたりは素直に頭を下げてくれた。
「大丈夫、気にしてないから」
「シンジさん……なんてお心の広い。ああもうプリカはうるうるです~」
 プリカが指を組み合わせ、僕をうるうる見ている。これはちょっとだけ照れるかも…。
「そうだみすず。このひと…シンジさん、って? 実行部隊の人?」
「あ、ええと……あの月曜日とかに、偶然会った人よ。
 その後いろいろあってプリカからセーブストーンもらったんですって。
 これも偶然わかったそうだけど、慎治さんもふたりと同じように“勇者の血を引いて”いて、このクルマを限定解除フルで動かせるんですって」
 偶然、というか――勇くんを、轢いてしまったんだけれど。
 みすずちゃんはなんで僕を知っているのかフシギだったけれど、神社のそばで見かけた、というのでそうなのだろう。
「あの、棟方慎治です、よろしく」
「はじめまして、藤森淳司です。オレのことは淳司でいいです」
「日野森勇です。俺は勇で」
「あ、僕のこともシンジでいいです」
 そのとき踏切が閉まってきたので飛び越える。
 それにしても、あのクルマを運転している人は運転がうまいな。
 僕がワープを使ってなんとか追いついているのに、あの人はそんなのはなくふつうに走っているだけ。
 うちの会社に来てもらったら助かりそうだなあ……
 そんなことを考えていると、あたりは寂しくなってきた。
 行く手には町外れの廃工場あとが見える。
 何度かワープを連続して一気に距離をつめる。
 そのおかげでなんとか、彼らが廃工場の扉を開けてかけこんだ直後に、鉄扉につっこむことができたのだった。
「なっなななななにすんだお前」
 と、なんだか勇くんが驚いている。
「あ、扉、しめられたら困るかなって……
 うるさかったらごめん」
 さきほど(跳ね返って閉まりつつあった)鉄扉にはさまれてクルマの横っぱらはすごい音を立てたのだ。
「いや、そういうことじゃなくて!! 幅とかぎりぎりぴったりの入り口に!! なんで迷わずつっこみいれるかと!!!」
「だいじょうぶ、これはこの程度じゃ壊れないから」
「だ~(泣)」
「と、とにかくいこう。ここからはオレたちだけでいきますから」
 淳司君が言う。
 僕は、ドアが壁面ぎりぎりいっぱいであかないので、とりあえず上部ハッチを開けて二人を送り出した。



●そして、決戦へ 4:みすずの場合

 淳司にはあらかじめ、発信機と通信機を持ってもらっていた。
 その電波を、プリカの目の前のキカイが拾っている。
 ふたりのいる位置は、ここからまっすぐ奥。
 どうもあのふたりと合流したらしい、会話していた。

『来たよ。ほかのひとたちは置いてきた。
 さっそく話し合おう』
『話し合い…ね。
 おおかた君たちのいいぶんはこうだろう。
 マジメに生きてる人たちの人生をもてあそぶな、と。
 そのためにお前たちはおとなしくしろ、と』
『まだあるよ。そのためのサポートが必要なら協力する』
『お気遣いありがとう。
 じゃ、オレたちの番だ。
 たぶんほとんど再確認事項なんだろうけど、ここは会話イベントってことで。』
『俺たちのしたいことはふたつ。
 ひとつ、お前たちを消したい。
 理由は、お前たちがオレたちの“ホンモノ”だから。
 お前たちには、唯一俺たちを消し去ることのできる“権限”がある。
 だから、お前たちには消えてもらわざるをえない』
『ホンモノ? クローン人間だからか?』
『大正解。オレたちは君たちの、ていうか君たちの前世の、バックアップとして作られたソンザイ。ま、本人としての権限はまだないんだけどね』
『権限…?』
『セーブロードのさ。
 当時のセーブストーンはね、使い手を選んだんだ。ていうか、そういう仕様になってた。
 いま君が着ているパワードスーツや、さっき棟方君がここにつっこんだクルマみたくね。
 君たちは、かつてある組織が所有していたセーブストーンのユーザーだった。
 君たちが最後にセーブしたデータは、オレたちが生まれる前のものだ。
 つまり、君たちならオレたちを完全に無に帰すことが可能。オレたちにとっては恐怖のソンザイというわけ。』
『そんなこと…!』
『お前たちはもう知っているだろう。
 レベルの高いセーブストーン使いは、こういうこともできる』
 そのとき黄色い閃光が走った。
『カイリの部屋で俺はこういうふうにナイフを持っていた。
 いま、その状態だけをここにロードした』
『ロード!』
 ふたたび黄色い閃光。
『そうあわてるなよ。
 ――ふたつ目の目的は、世界征服。
 亡き親代わりの遺志なんでね』
『それは?』
『ボスだよ。
 つか、彼が残したAI。
 彼は、オレたちを指揮して悪の組織と戦ってた。
 けれど死期が近いことを悟って、これをのこしたんだ』
『といっても、いまのこいつは成れの果てだけどな。
 どういう理由か、狂ってしまって。
 正義と自由と俺たちのために独裁勢力と闘ってたはずが、いつのまにか世界征服にカジ切って、俺たちのこともコマとしかみなさなくなってった』
『最初はオレたちも気づかなかったよ。しかしどーもおかしいからってごきげんうかがいにきてみれば、部屋にはこいつだけが鎮座ましましてたってわけだ。
 そーとわかればカンタンなもんさ。氏ねとかコロセとかなんだかへんな音波流してたけど、コンセント抜いたらおとなしくなっちまった。今じゃ、セーブストーンのデータ管理するためにオレが使う、ただのパソだ』
『じゃ、じゃあ…!』
『いや。
 ――確かに、ボスは死んだ。
 彼ののこしたAIは狂った。それを動かしてたPCはただの道具に成り下がった。
 だけど、ほかに俺たちを動かす言葉は、ない』
『オレたちは、業務用のクローンだった。必要なのはDNA情報と他人のタマシイのカケラ…それを宿したカラダだけ、ただ道具であればいいソンザイだった。たったひとりその境遇から救いだしてくれたのはボスだ。そのひとを失ったオレたちに、そのあとどんな人生がある?』
『戦いの傷を癒すべく休眠している間に世界はすっかり変わっていた。ボスが打ち倒そうとしていたやつらも死に絶えた。もはや俺たちの存在意義は、闘い続けることだけだ。そしてその目的は、最後に“ボス”がのこしたあれしかない』
『だからオレたちは、やるんだ。
 オレたちのしたことをロードでリセットできないよう、世界中のユーザーからセーブストーンを奪う。それからお前たちを消してマスターストーンを上書き、オレたちが消される可能性を潰す。
 そしてそのあとはじめる。
 オレたちは、世界征服する!!!』

 そのときプリカがものすごい勢いでシートベルトを外した。
「シンジさん、ハッチを開けてくださいっ」
「え、どうして」
「いかなくちゃ。あの子たちの所へ。いってあげなくちゃ!!」
「待ってプリカ、危ないわ」
 キカイのスピーカーからは、打撃音やら風きり音がひびき、ときどきロードをしているらしい黄色い閃光が走る。
「危ないからこそですっ!!」


     


●決戦 1:勇の場合

 ジュンは後退した。で、ユウが出てくる。
 ユウはいきなり走り回った。
(俺視点で)右から左へ。
 タテ位置をずらして、左から右。
 ときどき、ジュンの手にしたセーブストーンが青白く光を放つ。
「後ろを取らせるな!
 あいつ、位置情報取得してる」
 ジュン同様に後退した、淳司が叫ぶ。
「大正解!
 けどわかるってことと……」
 ジュンの声とともに黄色い閃光、ユウの姿がブレた。
 俺の正面からずっと左側に出現する。
「対処できるってことは大違いだぜ!」
 ついで俺よりちょっと右側に“飛び”、そのまま殴りかかってくる。
「くっ!」
 とっさに腕でガードする、が、重い。パワードスーツのおかげでそう痛くはなかったが、カラダが後ろに押し込まれた。
 しまった、ラッシュ食らう!
「ロード」
 と思ったら、淳司の声とともに黄色い閃光、俺とユウは初期位置に戻る。
「サンキュ」
「どういたしまして」
「へー、いい反応速度じゃん。でも、精神力の無駄遣いだと思うけど?」
 ジュンの不敵な言葉。ユウが左に出現。今度は対処できた。なんとかかわして一撃を打ち込む。確かな手ごたえ。
 しかし、それは次の瞬間消えた。
「はーい。位置情報サンキューです!」
 同時にユウが右に“飛ぶ”。
「マジかよおい(笑)」
 ユウが笑う。
「お前だったら反撃できるだろ。ダメージは飛ばしてやるからきりきり働け」
「へーいへい。ったく人使いが荒くてやがる!」
 再びユウの攻撃。さっきと同じ場所。両腕でガード――
「無理だな」
 ――したが、俺はそれを後悔した。


 ぞっとした。あの時と同じ。カラダが後ろへ吹き飛ぶ!!


 なんだこれは。人間の力じゃないんじゃないか?
 大型トラックにはねられた経験のある俺にはわかる。パワードスーツがなかったら骨折モノ、ヘタしたらそのまま死んでるかもだ。

「っ!!」
 後ろで淳司が息を飲むのが聞こえた。同時にロード。またしても俺たちは初期状態に戻る。
 淳司が震える声で叫ぶ。
「勇! やつと接触するな!! 危ない!!」
「接触するなって、そしたらどう戦うんだよ」
「う、………」
 まさか、淳司。
 今ので思い出してしまったのか?
 あのときの事故を。俺がはねられて、死んでしまったときのことを。
「だめだ、勇、たのむ……」
「淳司!」
 淳司の声が泣き声に変わった。
「しっかりしろ! 俺がやらなきゃ、でお前がやらなきゃ。俺はマジで死ぬんだぞ?!」
 淳司は沈黙した。
 ひとつ、鼻をすする音。
 その後、聞こえてきたのは驚くべき言葉だった。
「オレとかわれ、勇」
「え?」
「オレがやる。お前がやられるとこなんか見てられない!」
「って待てよ! お前生身だし!! あんなの食らったらマジ死ぬから!!」
「じゃそのパワードスーツ貸せ!!」
「無茶言うなって!! つーか俺これ脱いだらマッパだし!! それはちょっとカンベンしてほしいっていうか!!」
「「…ぶっ」」
 と、いきなり妙な音が響いた。
「マッパかよ~!!」「おいおいカンベンしろよ! そう来るかよこの状況で!!」
 みるとユウとジュンが馬鹿受けしていた。
 そして淳司は…

「…ぶっ」

 薄情にも、吹き出した。



●決戦 2:淳司の場合

 オレたちが笑う中、勇は真っ赤になり、ついで逆ギレしてわめいた。
「なんだよてめーら!! マッパの何がおかしいんだよ!! 人間生まれたときはマッパだろーよ!! 犬だって猫だってアヒルだっておけらだってみんなマッパで生きてんだぞ!! それでなんでウケてんだよ!!!」
「わ、わかったわかった」
「(笑)」
 ユウがいいつつ、でも笑ってる。
 ジュンはもうすっかり腹を抱えてしまっている。
 悪いけどオレも笑いが止まらない。
 おかげでさっきの恐怖心は、あとかたもなしに吹っ飛んでしまった。
 まったく、こいつは。
 もちろん自覚はないだろう。でも、そこがこいつのすごいとこだ。


 そうだ、こいつならきっと大丈夫。
 きっともう二度と、あんなことはない。
 だって――

 げんに今、ここにこいつはいて、こんなに元気じゃないか。
 こいつ的には不本意かもだけど、笑わせてくれてるじゃないか。

 そしてその現状は、オレが導いたものでもある。
 何度も、負けずに、ロードして。
 こいつとオレなら、そうだ、きっと大丈夫。


 だからオレは、思う存分笑うと言った。
「まったくもうお前ってやつは!
 ありがと。今ので立ち直れた」
「え」
「ほらやるぞ! あいつらもう復帰してる」
「お、おう。
 なんでかゼンゼンわかんないけど、頼んだ!」
「はいはい。ロード!」
 みるとユウは、さきほどの位置でナイフを手にしていた。とっさにロードする。
 黄色い光、ユウが右に飛んだ。手にしたナイフを投げてくる。ロードする。
 すると勇がのたまった。
「う、おおい淳司ちょっとカンベン。このペースでやられると酔うかもっ」
「えー?!」
 いよいよバトル本番だというのにそれかよ!
「…わかったなんとかする」
「うっそ軟弱だなあ(笑)そんなでオレらに勝てるの?」
「るせ!」
 ジュンの余裕の笑いとともに、またユウの手にナイフが現れた。
 これをロードしたら…いたちごっこになるだろう。
 オレは迷ったが、言った。


     


●決戦 3:ジュンの場合

「ごめん勇、それで対処できる?」
「ああ。刺さるまでナイフのことは気にすんな」
「了解」
 藤森は迷いながらもロードを断念。
 日野森は、酔うとか言ってたわりに勇ましいことを言う。
 すかさずオレは揺さぶりをかけた。
「刺さるまで? 余裕じゃん。
 君にはないの、恐怖心ってもんが。
 いくら助かるからって言ったって、刺されたら痛いんだよ?

 痛くてカラダがねじれる。だんだん関節まで響いてくる。
 呼吸がちゃんとできなくて苦しい。視界に雪が降る。
 痛くて痛くてほかの事なんかなーんにも考えられなくなってく」

 歌うようにゆっくり語って、未知の恐怖の暗示をかけた――

「っで、カラダが動かなくなって、寒くなってそのあとなにも感じなくなって、消えるんだよな。んなもんとっくに経験済みだ」

 はずだった。
 ぞっとした。
 その言葉はあのとき、ユウが言っていたのとそっくりで。

 オマケに目の前のこいつは、ユウにそっくりで。


 ――ユウの胸や足が軽い音とともにはじける。

『そのとき、雪が降り出したって思った。真夏だってのにな』

 ユウの身体がくるり、回って、倒れる。

『視界にちらちら白いものがふって、薄暗くなって。』

 誰かの悲鳴が聞こえて。

『身体が動かなくなって、どんどん寒くなっていって。
 指の感覚がなくなってくのが自分でわかった。
 けれどお前が』

 クリムゾンレッドの戦闘服が、地ににじむように――


 ダメだ思い出すな今はそんな場合じゃない。
 ユウはここにいる。ここにいるじゃないか。
 あいつは死なないんだ。オレがあきらめなきゃ死なないんだ。
 何度だってあいつは立ち上がってくれる。そしてあの暖かい手で背中を叩いてくれる。あいつは大丈夫ぜったいいなくなったりなんかしないぜったいに。

 だから――思い出すな!!!



●決戦 4(前):ユウの場合

「お前らたぶん知らないよな。
 死んでたり、意識飛ぶような状態でロードされると、ロード前のこと夢だと思っちまうんだ。
 つまりお前に刺されて瀕死の状態でロードするなら、恐怖も苦痛も薄まった状態で戦況だけ覚えてられるんだ。
 刺すなら刺せよ。そのたびごとに俺はお前の戦い方を覚えるぞ、ユウ!」
 日野森はいいつつ、ずんずんこちらに歩いてくる。
 俺は思わず言ってしまった。
「刺すぞ。ホンキだ」
「そしたら淳司がロードする」
「お前のウデでは俺に勝てない」
「そうかもな。
 だが、キモチじゃ負けないぞ。
 俺は何度刺されても立ち上がってやる。淳司だってあきらめない。
 お前は自分と同じ顔の人間を殺したことがあるのか。何度も何度も殺せるか。
 そしてその後、マトモな状態で戦えるのか。お前らの目的のために。
 狂ったアタマでできるほど世界征服は甘くないぞ!!」
「っ…」
 後ろでジュンが息を呑むのがきこえた。
「聞くなジュン。口先だけだ!」
「じゃあ確かめるか? だがそのうちに、お前らだってヘタうつかもな。未来は、変わるもんなんだぜ!!」

 そのまま日野森との応酬が始まった。
 日野森は死も苦痛も恐れず攻めてくる。やりにくいことこの上ない。
 自分と同じ顔をした相手を殴るのは、俺的にはOKだ。しかし殺しは嫌いだ。“生き返”るとわかりながら殺すのは徒労だ。
 否、それより。
 もしこの状況でやってしまったら、ジュンの精神的ダメージの方が心配だ。


 かつて戦闘中に、俺が機銃掃射を食らってしまったときのことは今でも忘れられない。
 防弾ガラスが震えるほどの悲鳴を上げ、突撃――
 被弾しつつもそれを完全ムシして三人いた相手を瞬殺――
 三人目をそして、勢いのまま手製のミンチにしようとしたので、俺は必死で自分でロードした。

 相棒が銃撃くらった時点であの調子だ。あのままやるだけやったのち、我に返って自分のしたことを見たら、完全にぶっ壊れる。ロードしてももう元には戻らない。
 正直、鈍い部類の俺でさえそう直感したほどの狂乱ぶりを、ジュンは示したのだ。


 確かにあれは、組織との戦いの序盤の方だった。
 あのときよりはやつも図太さを身につけている。
 しかし、持って生まれた気性というのは変わるものではない。
 俺と同じ顔の男が何度も殺される様を見て、ジュンが正気でいられるとはとても思われない。
 しかも下手人が俺自身ときたら、どんな恐ろしいことになるか。少なくとも世界征服どころの話ではなくなることは確かだ。
 やつは繊細なのだ。俺のように直接殴りあいをすることが少ないせいもあるだろうが。
 平静を装ってはいるが、いつもの軽口がない。ロードのタイミングもイマイチで、コンボがどんどん崩れていく。
 左右に“飛ぶ”のはまだいい。しかし必殺の一手となるはずだったアレはもうできない。
 いちど日野森を殴って得た位置情報を、ふたたびヤツを殴る時点にぴったりあわせてロードする――このことで、パンチの威力を増幅するという、アレだ。

「あっ! ゴメン!!」

 そのときそれは起きた。
 俺の攻撃が日野森にヒット。その直後、ジュンが間違ってロードした。
 いや、ミスはまだいい。なんとそれを素直に謝ってきたのだ。
 まずい、と感じた。
 緊急時において、ジュンが素直なのはよくない兆候だ。
「ジュン、コンボはもういい! 俺が言ったらそのときロードしろ!」
「で、でも」
 ジュンはとまどう。すでにあちらもコンボ攻撃をマスターし、仕掛けてきているのだ。気持ちはわかる。だが。
「今の状態ではムリだ。
 イザというときだけ、間違えずロードすればいい。だからお前はこっちを見るな。すぐにケリをつける!」
「わ…わかった」
 ジュンは痛々しいくらいに素直だ。
 早めにケリをつけなければ。
 そのためには――
 あいつを潰す。
 物陰から戦況をうかがう、あっちのロード担当を。


     


●決戦 4(後):ユウの場合

 俺はナイフを握りなおした。
『まず、日野森にナイフを浅くヒットさせ、初期状態にロードさせる。
 その瞬間、ナイフを召還。藤森にナイフを投げる。』
 初期状態の位置関係はアタマに焼きついている。
 藤森が倒れれば、もう日野森は“無敵”ではない。

 そうしてふたりを殺せば、やっと俺たちは“ホンモノ”になれる。
 俺たちが作られる以前のデータがはいった、マスターストーンに上書きセーブができる――抹消される可能性が消える。

 ジュンと同じ顔をした男を殺すのは、正直胸が痛む。
 しかし、それも一時だけのことだ。
 上書きセーブがすんだらこいつらは、テキトーなストーンをロードして、生き返らせても構わないのだから。

 セーブストーンとそのデータは絶対レベルの存在だ。よってほかのストーンでセーブロードをしても、そのなかのデータがどうこうなることはない。
 俺たちがいない時点の、あのデータさえ消せれば。
 そのために、いっときだけ“ホンモノ”になれれば。
 あいつのイノチを、奪っておく必要などない。
 あいつと、あいつの大事な相棒のイノチを。

 あいつらとは今後永久に敵だろう。
 しかし、死なせることは必要じゃない。

 ジュンと同じ顔をした、しかしもっと能天気で、そしてちょっと違う笑い方をする、あいつには生きていてほしい。正直そう思うのだ。

 ――しかしいまは、俺はあいつを殺さなきゃならない。
 俺はナイフを握りなおした。

 そのとき。

「待って!
 オレ、ユウと戦いたくないよ!!」
 藤森の声がした。
 見るとやつは、立ち上がってまっすぐ俺を見ていた。
「君、ユウなんだろ?
 あのとき土手で、オレの悩み聞いてくれた……
 あの時と今と、どっちの姿がホントかわかんないけど。でも君はユウだろ?
 だって今同じ目した!!」
 なんだと――驚愕でオレは棒立ちになっていた。
 ナイフを取り落としてしまったが、拾う気になれない。
 しかし次の瞬間、俺はさらに驚いた。
「淳司じゃないが、話し合おうぜ。
 俺はお前らに協力できる。そう思ってるから」
 日野森はにやりと笑って右手を差し出してきたのだ。

 そのとき、倉庫の鉄扉が勢いよく開けられた。
「あなたたち!!
 だまってお姉さんについてくるです!!!」
 そこにいたのは、たぶん知らない、ひとりの女。
「……… 誰?」
「あたしですよ――アプリコット。
 キリシマ・ユウ、キリシマ・ジュン、あなたたちの“お姉さん”です」
 ジュンが驚きの声を上げる。
「って…まさか…キリシマ・アンズ?!
 ボス……キリシマさんと一緒に殺されたはずじゃ……」
「はい、死にました。
 だからいまのあたしはモノホンの天使なのですぅ。きゃっ、あたしったら☆」



●プリカ、かく語りき(前):みすずの場合

「あたしも、父様にひろってもらった実験体だったんです」

 運命向上委員会の支部に引き上げると、プリカはわたしたち全員――わたしと勇と淳司、ユウとジュン、シンジさん、そして里見君(さっき決闘してた場所の、奥の部屋にいた)もだ――を、お客様用の部屋に連れてってくれた。
 やわらかいじゅうたんとソファのためか、ゆったりと落ち着けるフンイキだ。
 そこで思い思いのところに座り、思い思いの飲み物を飲みながら、わたしたちは彼女の語る長い話を聞いた。

「父様――キリシマ・ハルカ博士は、組織の中では変わり種でした。
 あたしたちのような実験体の、親になってくださったんです」
 プリカは懐かしげに微笑んだ。

「世界を我が物にせんと研究を重ねる過程で、組織はいくつもの“作品”を作った。
 セーブストーンもそうですし、初期のセーブストーンユーザーもそうでした。
 あたしたち、セーブストーンユーザーは使い勝手の観点から、ヒトとしてのカタチと知性を与えられてはいましたが、あくまで実験動物でした。
 けれどキリシマ博士はそんなあたしたちを人間として扱ってくれた。自宅に引き取り、ご自分の子供として、あたたかく養育してくれたのです。

 博士――父様は、心身ともに子供だったあたしに、たくさんの本を読み聞かせてくれました。妖精や魔法使い、天使やカミサマ。ドラゴンとかハーピーとかいろいろな幻獣のでてくる本が、あたしは大好きだった。
 アンズという名前も父様がつけてくれました。
 実験体としてでしたが、まわりもそれなりに可愛がってはくれていたのです。おやつの時間にいろいろともらったお菓子の中で、あたしはアンズバーが一番お気に入りだったので、そこから父様がアンズとつけてくれました。

 もっともそのアンズバーをくれたのは父様なので、あたしは父様のくれたおやつなら柿ピーでもバナナチョコでも気に入っていたのかもしれませんね」

 すると(なんと)その瞬間、客室はカオスと化した。
「キリシマかきぴー……」
「キリシマばななちょこ……」
 マジメなカオでつぶやいみてぶっとふきだすユウとジュン。
「キリシマ」「却下です」
 一方勇のつぶやきは完了する前にツッコミつきで却下される。
 淳司が短くしかしスルドくお説教をくれる。
「勇。たまには口に出す前に考えようね?」
「ってお前ら、見損なうなよ!! あんずばーちゃんなんてベタなギャグ俺は言うつもりねーからな!!」「じゃあなんだよ」「キリシマドラゴン」
 勇はどごっという音とともにじゅうたんに沈んだ(下手人、プリカ)。
「え、ごめん、だめだったんだそれ」
 するとシンジさんがおろおろと言い、里見君が硬直する。
 プリカは憤然と両腕を振り回してぷちキレる。
「もー!! なってないです!! あんたたちみんななってないです!!
 名前ネタに走るのはネタギレの証拠なのですよ!!!」
「えーと…話を進めましょうよ、プリカ」
 頼みの綱のチェストナットさんは今いない。わたしはやむなく軌道修正を勧告した。


     


●プリカ、かく語りき(後):みすずの場合

「えへんえへん。それはともかく……
 あたしは、セーブストーンとそのユーザーの第一号試作品でした。
 そして、失敗作でもあったんです」
「えっ……」
「ああ、組織にとって、ですけど。

 組織はセーブストーンとそのチカラを、独占したかった。
 だってもしも世界を我が物にした後、反対派にそれ以前のデータをロードされたら、なにもかもが水の泡ですから。
 だから、ある特定のユーザー――もっといえば、忠誠心の高い選ばれた幹部にしか使用することのできない、そういう仕様のストーンがほしかったわけなのです。

 けれど第一号試作品は、誰にでもセーブロードができるストーンだった。
 そしてあたしは、そのストーンをカラダに内蔵したユーザーだった。
 幹部連中はあたしを処分しろってのたまったそうですけど、父様は言ってくれたそうです。
 アンズに危害を加えようとすれば彼女は自分に内蔵したセーブストーンで時を戻すだろう、そうしたら、ここまでの研究成果がどれだけやり直しになるでしょうね、と。

 おりしも父様に共感していた若いメンバーがふたり、人間としてのセーブストーンユーザー第一号にと志願してくれて――研究がべつのステップに進んだのもあって、あたしは『父様が責任もって管理する』という条件で、生きることを許されたんです。

 そのときのメンバーというのが…」
 プリカが勇と淳司を見た。
「ヒノモリ・イサム、フジモリ・ジュンジ。
 勇さんと淳司さんのご先祖、ていうか前世です。
 かれらは見事実験に成功、初の人間ユーザーになった。

 組織はふたりの身になにかあったら、という名目で、ふたりのバックアップを作りました。彼らの遺伝情報で作り上げた人造人間に、彼らから抽出したタマシイのカケラを埋め込んで。それが、ユウとジュンです。

 そこまで完成した時点で、組織は対外活動を活発化させ始めました。ぶっちゃけ、政財界と軍閥に張ったネットワークを利用し、世界征服への道を本格的に歩み始めたのです。
 そのやり方は、当初組織が言っていたのより強引で。
 イサムとジュンジは反発し、セーブストーンのユーザー権限を手放さないまま、姿を消してしまいました。

 組織の長はふたりを探す一方で父様に命じました。ユウとジュンを道具にもどせ、と。
 幹部でもないセーブストーンユーザーに、人間としてのココロなど邪魔だ。イサムやジュンジのタマシイのカケラを埋め込まれているのだからこいつらも、同様に逆らい裏切るだろう。洗脳でも何でもして、ヒトとしてのココロをなくせ、と。

 父様は洗脳に失敗したフリをして二人を逃がし、自らその捜索に名乗りを上げました。
 わざとへたくそに捜索をして二人がつかまらないようにし、一方で幹部たちの所在や警備情報を流して、逆に組織幹部のセーブストーンを奪取していったのです。
 残念ながら、最後の敵を倒す前に、父様の“裏切り”はばれてしまいました。
 父様とあたしは、組織との戦いで戦死しました。

 けれど、すぐあたしは生き返りました。
 父様に共感しながらも、息を潜め機をうかがっていた同志が組織内にはいました。
 ユウとジュンによって、組織のリーダーが倒されたとき。かれらは人道主義を掲げる新体制に組織を生まれ変わらせ、その旗印としてあたしを立てたんです。

 あたしはもともと、純粋な人工生命として作られたので、ボディの設計と記憶のバックアップデータさえあれば、何度でも“生き返れる”んです。
 父様はそれが、つらい人生をもたらすのではと懸念していましたが、あたしにしてみれば、願ったりかなったりでした。
 あたしは父様のユメを実現したかった。それが必要なら、ヒトとしての時をイノチを越えて継ぎたかった。だから、ヒトとは違う生命のありようで“産まれた”ことをむしろ感謝してました。

 生き返ったあたしは、ユウとジュンを探しました。
 ふたりは旧組織のリーダーを倒した後、行方が知れなくなってしまっていたのです。
 あたしたちにしてみれば、ふたりは同志にして恩人です。
 旧組織につながる者たちはふたりをうらんでいましたし、万一彼らの手に落ちる前にと探していたのですが……
 そんなわけで再び出会うことができたのが、この時代、この国、というわけです」

 この時代、という言い方からして、きっとそれはとんでもなく過去なのだろう。
 よくある、前時代の文明というやつかもしれない。
 まあ、それは後でもいい。今はプリカの話をきこう。

 プリカはひとくちココアを飲むと言葉を続けた。
「父様の残した作戦指揮用のAIが狂っている可能性については、あたしたちも気づいていました。
 一時期から作戦が急に乱暴になっていった。
 ヘッドセットで受信した指令に戸惑いをみせるユウとジュンを目撃したものも少なくありませんし、負傷したジュンを射殺しろという命令を聞いたものもいます。
 あなたたちは自分の判断でAIが狂っていることに気づき、暴走し始めたそれを止めた。
 そして父様が亡くなっていることを悟り、絶望して出奔した。そうですね」
「……ああ」
「あなたたちは父様を失って天涯孤独になってしまったと、そう思ってしまったのですよね。
 でもそんなことはなかったんですよ。
 生まれ変わった組織は、あなたたちの家族なんです。
 だってそのリーダーは、ほかならぬあなたたちのお姉さんなんですから」
 プリカはいつのまにかココアのカップをおき、二人の前に座っていた。
「血はつながっていなくても、生物としてのありようはまったくちがっていても。
 わたしたちはみんな“キリシマ”の姓をもつものです。
 父様にヒトとしてのココロと志をもらった、魂のきょうだいなんです。
 あなたたちは狂ったAIのコトバなんかにすがらなくていい。
 父様の本当のコトバは、ここにあるから」
「?」
 プリカは胸に手を当てた。
 次の瞬間彼女が発したのは、落ち着いたしかし若々しい、聞き覚えのない男性の声。
 おそらく、キリシマ博士のものだろう。
 深みのある、どこかなつかしいような声はこう言った。


『ユウ、ジュン。
 戦いの中でお前たちもいろいろとほしいものを見つけたと思う。
 すべて終わったらお前たちは、それを追って自由に生きろ。
 しかしもし、おやじのユメを継ぎたくなったら――

 笑いで世界を征服しろ!

 家族や仲間のぬくもりと、みんなでつくるシアワセで、この世界を一杯にしてくれ』


「……父さん」
「親父……」

 ユウとジュンはそして。

「「結局世界征服かよ!!!」」

 異口同音に叫ぶと、盛大に笑い転げた。


     


●回想 1:カイリの場合

「俺は人質じゃない。共犯者です」
 救助がきたとき、俺はきっぱりとそういった。


 ――あのあと俺は、ジュンのケータイにメールを打った。
『お前たちの“ホンモノ”を呼び出した。明日の午後4時俺の家で』
 ユウとジュンがすっ飛んできたときにはすでに、俺は日野森と藤森に呼び出しの電話をかけた後。
「バカ!! カイリのバカ!!
 オレたちはお前を人質にするつもりなんかなかったんだぞ。そんなこと、したくないから縁切ったのに!! なんで勝手に人質になるんだよ!!」
 ジュンはまたしても涙目で、俺をぶったたいた。
 そう、俺は自分と友人が人質になっている、といって日野森と藤森を呼び出したのだ。
 そして、詫びのシルシにと渡されたセーブストーンをユウに返した。
「こいつは返す。こんなものじゃ手切れにならない。
 俺をお前たちに協力させろ。さもないとあいつらの人質になってやる」



●回想 2:ユウの場合

 なんだと? 当然俺は抗議した。
「お前、受け取っておいてそれか? ずいぶんだな」
 しかし海利は眼鏡に手をやり、こうのたまった。
「俺は“拉致監禁の上、口では言えないようなことをされかけた”。そのため正常な精神状態じゃなかった。契約は当然に無効だ。そうでなかったとしてもクーリングオフに必要な要件はすべて満たしている」
「俺たちは現代法の管轄下にない」
「だったら不法行為も成り立たないし道義的責任もグレーだろう」
「っ……」
 くそ、口ではかないそうもない。
 しかしもちろん、ぶん殴るわけにはいかない。こんな憎たらしい論法駆使してきても、こいつはジュンの友達なのだ。
 ついでジュンがくってかかった。
「お前、セーブストーンがほしかったんだろ? だからあんな取引に応じたんじゃなかったのか? 正直言ってうさんくささバクハツの条件じゃないか。だってのに」
「どこが?」
「どこがって……」
 海利は眉ひとつ動かさず問う。ブラフか。
 ジュンは困惑しながら続ける。
「まず目標額。
 最初はいいけどそのうちとんでもないノルマ設定されるんじゃないかとか、考えたよな?」
「… いや」
 なんと、海利はやや驚いたように目を見開いて、答えた。
 推し量るに、その可能性を考えていなかった、らしい。
「っじゃなくても、儲け分がちゃんとお前んとこ入んないんじゃないかとか……」
「……いや」

 俺はしばし海利を凝視してしまった。
 海利は、信じられない、と言った表情――明らかに、自分の浅慮に驚いた様子でいる。
 こちらとしても信じがたい。
 俺でさえ思いつくような疑いを、こいつはもたなかったのか。
 あれだけ鋭い議論を展開した男が……

 数秒後、ジュンが半笑いの状態で口を開く。
「えっとー……もしかして。
 カイリさ、オレが暴露るまでオレのこと、藤森淳司だって思ってた……?」
「ああ」



●回想 3:ジュンの場合

 オレは思わず吹き出した。
 そして言っていた。
「わかった! もうわかった!! 仲間にするよ!!
 まったくお前は~!!」
 もうだめだ。
 こいつやっぱし未知の生物だ。
 別のセカイに逃げたとしても、どーにかして追っかけてくるね、こりゃ。
 寿命とかだってなんとかなるかも。いや、死んだってきっと化けて出てくる。
 ――こいつがそうしたいと思ったら。
 もともとできる方とはいえ、全部のテストで100点とるまでセーブロード繰り返す根性の持ち主だ、考えてみればフシギでもない。
 オレはカイリの肩をばんばん叩いて笑ってた。
 ユウは脱力してすわりこみ、そのまま壁にもたれて笑ってた。

 ユウは笑い止むと立ち上がり、カイリに手を差し出した。
「うっかりお前にかかわったのが運のつきってことだな。
 やつらについてこれ以上とんでもないことされたらたまらないし、まあ現地協力員ってことで。」
「ああ」
 そうして、ふたりは握手した。
 オレはあの日と同じくハイタッチした。
 カイリのハイタッチはもうずいぶんと上達していて、ぱちん、すごくいい音が響いた。



●回想 4:カイリの場合

 具体的な作戦を煮詰めるため、俺たちはダイニングのテーブルで会議を始めた。
 まずユウが確認を取ってきた。
「カイリ。念のため聞くが、本当にいいのか? 日野森と藤森はお前の友人だろう」

 確かに、あいつらは友人…と言っていいのかもしれない。
 あいさつなど面倒と会釈しかしなかった俺に、いつもこりずにあいさつをしてきた。なぜか委員長に代わりプリントを持ってきたりもした。
 今では多少の会話もする(藤森をジュンと思い込んだのが、きっかけではあるものの)。
 だが、今は。

「ジュンは俺の相棒だ。お前はジュンの相棒だ。
 それとお前たちは人を殺したり不要に傷つけるようなやつらじゃない。そうだとしたら俺はここにいないし、俺の眼鏡もここにはない」
「あいつらは理解を示さないかもしれない。そのときには一時的にとはいえ殺すことになる。それでもいいのか」
 よくわからない表現だ。しかし、一時的、なら即時却下には及ばないだろう。
「一時的って、どのくらいだ」
「あいつらに代わって、マスターストーンにデータセーブするまでの間。
 具体的には、数分程度だな」
「だったらいい。
 今度は俺が聞きたい。マスターストーンって何だ? それにデータセーブすることがなぜ必要なんだ? それと、なんで日野森や藤森を殺さないとそいつにセーブができないんだ?」
「マスターストーンは……
 オレたちの“ホンモノ”が使っていた、セーブストーンだ」


 ふたりはかわるがわる語った。
 その内容を要約するとこうだ。

 マスターストーンには、ユウとジュンが“生まれる”前のデータがセーブされている。
 これをしかるべき方法で利用されれば、二人は問答無用で抹消されてしまう。
 そのためそのデータを、ストーンごと破壊、もしくは自分たちが生きている今の状態で上書きセーブしてしまいたい。

 マスターストーンはとても巨大で、破壊することもかなわないため、取れる手段は上書きセーブ。
 しかしそれができるのは、専属のユーザーだけ。すなわち、転生してきた日野森と藤森。
 ふたりが生きている以上、ふたりの“バックアップ”――ユウとジュンは、マスターストーンを操作することができない。
 自分たちはいまやセーブストーン強奪犯という悪人だから、“ホンモノ”に理解を得て上書きしてもらうのはムリだろう。だから一時的にでも、彼らを死なせて自分たちで上書きするしかないのだ、と。


     


●作戦について(感想込み):ジュンの場合

 カイリの運動能力は並だった。
 しかし、頭脳はホンモノだった。


『オレたちが“ニセモノ”』という、それだけのコトバから――
 日野森と藤森はオレたちにイノチを狙われてて、そのため新組織の庇護をうけており、よってオレたちのことも知っていて、セーブストーンユーザーでもある、とあたりをつけた。

 それに基づいて、巧妙に呼び出しをかけた。

 まずカイリは、冷静な口調でデンワしつつ“人質になっている友達はジュンだ”とわざと失言することで、自分が“実は未だにオレたちの積極的な協力者である”と藤森に悟らせる。
 当然藤森は、廃工場あと(=呼び出しの本命場所)ではなく、カイリの自宅(=集合場所)にオレたちが待ち構えているだろうと考え、廃工場あとでなくカイリのマンションに警備を呼び集める。
 このことで、本当の決戦の場である廃工場はカラになる。
(もしも藤森が、これに引っかからなかったら? そのときはカイリの部屋かマンションの集会所あたりでやっちまえばいいだけのことである)

 これにはオレも舌を巻いた。
 だが驚きはそこで終わりじゃなかった。
 廃工場あとへの移動手段さえ、やつは講じていたのだ。

 呼び出しの時間のすこし前に――
 オレたち三人は一旦、クルマに乗る。エンジンをかけた状態で待機する。マンションの近くまで日野森たち一行がきたら、セーブして部屋に戻る。
 部屋でやつらと会話して、昨日とかにロードできないように、カイリがひどい目にあっていたと吹き込む。
 で、会話イベントが終わったらそのデータをロード。一行だけを拾って廃工場に移動。
(実際のところは、やつらのクルマが来てたので、ピックアップはそっちでやらせた)


 至れり尽くせりというかなんというか。
 しかもこれらすべてを数秒で考えたというのだからとんでもない。
 カイリがいてくれれば、そしてその気になれば、本当に世界征服することも可能だろう。
 もっともその気はなさそうだけど――
 世界征服のくわしい動機や目的など、きいてこないのは作戦なのか、単に考えてないのか、わからないけれど。



●あの夜からつづくいま(戦いのあと):ユウの場合

 だから俺たちは作戦行動に入る前に言っておいた。
「イザってときは俺たちに脅されて協力させられてたって言うんだぞ。
 お前にはここでのこれからもある。それに俺たちがこれまでしてきたことには、お前はマジで関係ないんだからな」
 そして実際の作戦中は、あくまで人質という扱いで参加してもらった。


 それでも、ヤツは言ったのだ。
 救助の連中にむけてきっぱり。
『俺は人質じゃない。共犯者です』と。


 さまざまな物証から、カイリがこの件以外に関与していないということは明らかだったものの。
 オレたちのしたことはいずれもいわゆる“証拠不十分”であり、今の世の中に対しての犯罪者にはならないものの。
 そうでなかったらどうするつもりだったのか。
 それも作戦なのか考えてなかったのかわからないが、とにかくやつは言った。


「俺はお前たちの仲間だから」


 それを聞いて俺は思った。
 もう悪人やってくことは不可能だ、と。
 まず、ジュンがもうムリであり、ジュンというブレーンがムリな以上は、俺もお手上げだからだ。

「お前たちのしたこと、俺も一緒に償うから。
 あたらしいユメが必要なら、一緒に探すから。
 いなくならないでくれ。大事だと思ったひとたちにいなくなられるのは、母さんのときだけでもう充分だ」

 正直、それは無理なハナシだ。
 大事だと思ったひとにいなくなられることは、これからも厳然としてあるだろう。
 ここで俺たちだけをつなぎとめても。
 俺たちだって、寿命こそないが、間違って死ぬかもしれない。

 しかし今ここで、カイリの悲しみをひとつ増やすこともまた、馬鹿らしい。
 ジュンは、またしても盛大に泣きながら、カイリに抱きついていたし。
 今では俺も、こいつを仲間と思っている。


 だから俺は、ある作戦を実行することにした――


     


●驚愕の日(ものには限度が):カイリの場合

 いままでセーブストーン奪取のために、妨害をしてしまった人々を、今度は逆に支援する。
 そして“笑いで世界を征服する”。
 新組織――運命向上委員会はそれを条件に、俺とユウとジュンをメンバーとして、そして正式なセーブストーンユーザーとして認定した。

 それでもユウとジュンは数日間、運命向上委員会で取り調べを受けざるをえなかった(俺も受けたが、俺がかかわったのはあきらかに今回のことだけなので、すぐ釈放されたのだ)。
 その間、俺は家を片付けていた。
 ふたりは、放免されたら俺のウチに来たい、そういってきたからだ。

 わざわざアジトまで引き払わなくてもいいんじゃないかとも思ったが、『これはオレたちのケジメだから』という以上、拒む理由もない。
 むしろ、ジュンのメシが毎日食えるのは大歓迎だし、ユウも当面はバイトで(近所の町工場にて。藤森たちの仲間の口利きらしい)家計に貢献すると言ってくれているので、三顧の礼で迎えるところだ。
 俺のマンションは実のところ、一人で住むには広かったことであるし。

 しかしこんなマンションに住めたのはそもそも、親父の厚意によるものだ。それに気づいた俺は、親父に無沙汰を詫び、現状を報告した。
 驚くべきことに親父は俺の、長い突拍子もない話を信じた。
 そして、生活が大変ならいつでも家に戻って来い、そのふたりももちろん一緒でいい、近いうちに紹介してくれ、そう言ってくれた。


 そしてその日、俺は仰天した。


 荷物を積んだトラックから降りてきたのは、見覚えのある二人――ユウとジュン。
 しかしなんと、やつらはウチの学校の制服を着ていたのだ。

 それも、女子のセーラー服を。

 俺が絶句していると、ユウがにやりと笑った。
「せっかく一緒に住むんだ、お前だってこのほうが嬉しいだろ? いわゆる“両手に花”ってヤツだよな」
 なんと声もちゃんと女子っぽい(結構ハスキーだが)。
「ほら、オレたちってあいつらとそっくりじゃん。男のカッコだとガッコいるとき見分けつきにくくって困るだろ?」
 ジュンもにやっと笑って……こっちはあんまり変わらない。
「っていうか、お前ら、女子だったのか?」
「「さーなー!」」「確かめてみる~?」「できるんならな~♪」
 そのとき、ケータイのメールが着信した。
『いまからちょうどそっち行くんで、よければ二人に会わせてくれ。 父』
 なんということだ。ひとつ屋根の下に女子。しかも二人。親父に俺はいったいどう説明すればいいのだ。俺はパニックに陥った。


 やつらは、変身能力を持っていると言った。
 クローンとは正確には、違うといっていたがこういうことだったのか。
 しかし、いたずらにもほどがある。
 あと何年あるかはわからないが、俺の寿命はあの数分で確実に縮んだ。
 俺はやつらと仲間になったことを軽く後悔した。
(間の悪いことに、引越しを手伝いに来てくれた藤森たちもそこに来て、日野森は壊れるわ藤森はユウをぼーっと見つめた後ジュンと盛り上がってケータイで写真取るわ西崎みすずはユウをくるくる回して観察するわアプリコットは腹を抱えて馬鹿ウケするわの迷惑な騒ぎと相成った。一番大人であるはずの棟方慎治氏は大型トラックにもたれてうんうんと目を細めているし、俺はもういっそその場から全速力で走って逃げてしまおうかとホンキで考えたものだ)


「いや何だ、あれは軽いあいさつがわりのギャグということで」
「軽くないから。」
「カイリ怒るなよ~。なんかこいつにも考えがあったみたいだしさ。珍しく」
「オイ」
 やっとのことでこの悪魔どもに『家では、女の姿にならない(学校はしょうがない。すでに女子として手続きをとってしまっていたので)』と約束させると、俺たちは引越しを完結させた。
 そしてその足で、マスターストーンのありかへ向かった。

 廃工場の一番奥の、資材輸送用エレベーター。
 発電機をつなぐと、そいつは息を吹き返した。
「乗って。マスターストーンはこの下だ」
 俺たちはぞろぞろと乗り込んだ。
 ジュンがレバーを操作すると、あの気持ち悪い感覚。
 エレベーターは暗いピットを静かに下りはじめる――

 やがて加速度が感じられなくなると、ジュンはこちらをふりかえり、言った。
「ほらユウ、説明してやれよ。同棲一日目にしてカイリにふられるぞ」
「え」
 俺とユウとジュン以外の連中がいっせいに俺とユウを見比べる。
 俺がフリーズしていると、ユウが叫んだ。
「違う!! ぜったいに違う!!
 ジュンお前なっ、どーしていっつもそーゆー誤解を招く表現するよ!! だいたいカイリにふられて困るのは」
 そのときごすっという音がしてユウがしゃがみこんだ。
 ジュンは、今さっき相棒のみぞおちに重い突っ込みをくれたとは思えぬような、穏やかな笑顔で話し出す。
「ハナシが回りくどくてごめんね。
 つまりこいつはさ、カイリの未来を心配したんだよ。
 仲間だ、同志だっていうのもいいけどさ。そればっかだと婚期逃しちゃう(爆)だろってね。
 オレたちもいままで、野郎二人で使命使命って、ロマンチックなこととかずーっと縁遠かったし。
 カイリには寿命があるから、その二の舞にはしたくないっていうか。
 それにカイリ、結構入れ込みすぎるとこあるからさ……
 だったらいっそ、男と女でいたほうが。
 どっちにしても簡単じゃないかなって。くっつくにも離れるにもさ。そういうこと」
「離れるって…!」
 そのとき立ち直ったユウが俺の腕をつかんだ。
「カイリ、冷静に聞いてくれ。
 このさき、俺とお前、ジュンとお前、俺とジュンで考え方が一致しなくなる日も来るかもしれない。なによりお前とは寿命の差がある。別れなければいけないときがこないなんて、無責任なことは俺にはいえない。
 そのときそれでも別れるには?
 いっそのこと同志ではなく、男と女の関係だったなら。本能的な甘えあいのある分、それがすれ違ったときに、別れたい、と思いあうことも少しは楽になる。そう思ったんだ」
「おまえ……」
 想像を絶する説明に、俺は言葉を失った。
「だが逆に。絶対に離れない、なんてコトをマジで口にできるカンケイだって存在する。
 ソレが幻想であるってことを忘れ去るくらい、互いのキモチが重なったなら――
 で、そのふたりが男と女だったなら。
 どこの教会でも神社でも行って誓えるだろ、永遠の未来を。
 俺は。お前にならジュンをヨメにやってもいい。そう思ってる」
 しばらくの静寂の後、ジュンがユウにつかみかかった。
「な、なんてこと言うんだ!! おまえっ、それはっ、そういうんじゃない!! ゴカイするなよカイリ!! ぜったいに違うからっ!! オレのキモチはそーいうんじゃなくて……」
 そのとき、ちーんという音が響いた。エレベーターが目的地に着いたのだ。
「ほらっ、早く降りろ!! マスターストーンはこの先だ!!」
 詳しいことを聞きがたい迫力で、ジュンは俺たちをにらみまわした。
 仕方がないので俺は、ジュンの気持ちについては正確なところを聞かず、エレベーターを降りた。

 懐中電灯の明かりで暗い廊下を進む。
 まもなくひとつの扉が現れた。
 左右開きの扉。それぞれの扉のちょうど押す部分に、手形のようなものがある。
「日野森、藤森。テキトーにここに手を置いてくれ」
「ああ」「わかった」
 二人がぺた、と手を当てると、扉はすべるように左右に開いた。
 同時に室内の照明がいっせいに灯る。
 巨大な、いうなれば小さな体育館くらいのスペース。
「え……どこにあるの、マスターストーン」
 西崎の問いに、ユウとジュンが指をさして答えた。
「あそこだ」
 それはさくに囲まれた銀色の床。
 部屋の中央に、丸いさくで囲まれた部分がある。
 床の銀色は、セーブストーンの指を置く場所に似ている。
「そこに、二人同時に両手を置いて念じてくれ。セーブする、て」
「「OK」」
 日野森と藤森はそして、さくを乗り越えて銀色の床に立ち、ひざを突いて手を置いた。

「いくぞ」「せーの」「“セーブ”!!」


 ――一瞬青白い閃光が、視界を圧倒した――


「これでいいんだよな?」
 日野森の言葉に、返ってきた返事はユウの挙げた親指だけ。
 ユウとジュンは脱力して座り込み、目元を手で覆ったり、鼻をすすったりしていた。
「ありがとう……ホントにありがとう」
 その二人の肩を、ひざまづいたアプリコットが抱いている。
 優しく、頭をなでる。
「ところで、マスターストーンはなんで、床に埋めてあるの?」
 戻ってきた藤森が問うと、ジュンが鼻をすすって顔をあげる。
「え? おまえら記憶戻ってないの? まあいいや――」

 そのこたえに、俺はまたしても驚愕した。



「マスターストーンは、このホシそのものだ」



「父さんも、こりゃちょっとデカく作りすぎたって笑ってたけどな。」
「まあちょっとだしあまり気にしないでくださいねぇ」
「ちょっとどころじゃないから。」

 ものには限度がある。
 俺たちは異口同音につっこんだ。
(除く棟方氏。やつはにこにこ笑っていた…。)


     


●あの瞬間からつづくいま:みすずの場合

 そうして、この騒動は幕を下ろした。
 ユウとジュンはそれぞれ桐島勇、桐島淳としてわが2-Dに転校してきた。
 男女の違いはあるものの勇と淳司によく似たふたりは、実はきょうだいではないのかと話題を呼んだ。

 スポーツ万能で凛々しいユウは女子に大人気。
 あまりの人気ぶりに、放課後のファストフード店で本人こぼしていたほどだ。
「なにこの状況。なんだか俺、生殺しってカンジじゃね…?」
「いや、女じゃなかったらこの人気ないから。」
「(泣)」
「いいんじゃない? 相手の子さえOKならさ。オレはあたたかーく見守ってあげるから。オレなんかお前レベルのやつらのせーですっかりクラスのおもちゃだよ。あーあーやってられるかったくよ(やさぐれ)」

 ジュンは編入試験で満点を取ったため、転入早々『女版ザ・パーフェクトマン』として話題となった。
『元祖ザ・パーフェクトマン』里見君と仲がいいため、はやくも『ザ・パーフェクトカップル』なんて言われている。
 ちなみにジュンはそういわれるとすごい剣幕で否定するけれど、それが面白い(可愛い)っていうのでからかわれまくりである。

「つか、カイリもなんか言ってくれよ。おまえがなんも言い返さずに赤くなってっからオレたちいぢめられるんだろーよ」
「え」
 いきなり矛先がむいた里見君は絶句したのち、ずれた眼鏡をなおしつつ言葉を捜す。
「いや、それは…その…だって……」
 そうして困ったようにお茶(ファストフード店なのになぜかある。)をすする。
 同時にジュンもお茶をすする。
「じゃあいっそのこと、付き合ってみれば? そうすればウワサも消えると思うよ」
「「ぶっ」」
 対して淳司がおだやかな笑みでくれたヒトコトに、里見君とジュンはお茶を吹いた。
「なっななななに言うんだおまえ藤森」
「げほ、げほ、げほ、げほ」
「おいだいじょぶかカイリ、ほらハンカチ! いいから使え、あとでお前が洗濯すればいいんだから。
 ってお前らなにニヤニヤ見てんだよ! そういうこというんだったらな藤森、お前がさきに手本見せろ。おまえがユウと付き合ったらオレたちだってつきあってやる!!」
「えっ」

 ――そのままダブルの痴話げんか(あえて断言)が始まった。
 わたしは勇を誘って店を出た。
 向かう先は神社。
 石段に座ってわたしたちはすこし話をすることにした。


「これで、よかったんだよな」
「ええ。
 ユウもジュンも、本気だもの」

 わたしたちはプリカから聞いて知っている。
 二人は、女性として戸籍をつくったのだそうだ。
 そしてそれを、里見君と淳司には言わないでくれと口止めされている。
 それはすなわち、二人の本気の証。

「女子の姿の方が、やっぱりすこし体力は劣るみたいで。
“世界を笑いで征服する”ってユメもまだはじまったばかりなのに……」
「カクゴが違うよな、あいつら。
 俺なんか淳司の“キモチ”、結局受け入れることも解決することもしてやれなかった。
 みすずがいたから、てのもあるけどさ……」
「ねえ勇。勇はもしわたしが、ホントは男子だっていったら、どうする?
 告白撤回して、ただの仲間に戻る?」
「……………………」

 勇は目を閉じた。
 眉間にしわを刻み、かすかにうなる。
 そして目を開け、ひとこと。

「それはしない。…と思う。
 みすずは、やっぱりみすずだから」
「でしょ?
 きっとそれと同じよ。
 好きになったら、カクゴなんてあとから引っ張られてくるものなのよ」
「……そっかもな」
 勇はさっぱりと笑った。

「でも結局、おじゃんになっちゃったわね」
「え。…あ」
 一瞬ぽかんとした勇だったが、すぐに気づいて顔を赤らめた。
「いいの。記憶はちゃんと残ってるから」
「いやっ」
 勇は咳払いを始めた。
「そのこと、俺も気になってたんだ。
 みすずさえ、いいなら、……」
 わたしは? もちろん笑って言った。
「もちろん、いいわ。
 勇さえよければ、何度でも」

 あの日のように夕日が、わたしたちを照らしていた。

 わたしたちは、あの日のように、大鳥居の前で向かい合った――



 セーブストーン~あの瞬間からつづくいま~ 終劇

       

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