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神話篇
創世記

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 創世記


 第一章


 世界がはじまりに向かう頃〈大きな声の神〉は目を覚ましたとされている。その神の名は
誰も知らない。神は何者よりも大きな声を持ち、ひとたびその声を発すれば、世界の隅々ま
でその声は響き渡り、何者もそれを聞き漏らすことがなかったという。それにより〈大きな
声の神〉と呼ばれる。

 〈大きな声の神〉は世界がはじまりに向かうのを見て、言葉を発した。それは世界で初め
ての言葉であり、後にも先にもその1度きりしか発せられることのない言葉である。その言
葉が至る所に響き渡ると、世界は、はじまりに到着したという。

 はじまりに到着した世界で、〈大きな声の神〉は次々に言葉を発し、その言葉に従って世
界を創造していった。神の言葉はあらゆるものに意味と名前をつけた。それによって、神は
〈名前をつける神〉とも呼ばれる。

 世界は中心から創造されていき、端を目指して拡大していった。大地が拡がっているのも
そのためであり、海が潮を持つのもそのためである。
 
 神は365日のあいだ、言葉を発し続け、ついに声を嗄らしてしまった。創造はそこで終
わり、世界は今のようになった。

 神は声を嗄らしたことを嘆き、大粒の涙を流した。しかし、その嘆きも言葉にならず、幾
らかの風を巻き起こすだけだった。


 第二章


 〈大きな声の神〉が生み出したものたちはすべて〈神の言葉〉である。〈神の言葉〉たち
は、地が拡がりはじめた場所に産み落とされた。彼らの中でも1日目に創造されたものたち
は1週間後には姿を消した。それが神の意向なのかどうかは今もって不明である。現在、地
に満ちているのは、8日目以降に産み落とされたものたちである。

 世界が始まりに到着してから366日目、神が言葉を発することを止めた日、世界は不安
に満ちた。全ての〈神の言葉〉は静寂を恐れ、神の沈黙を嘆いた。それから7日の間、地は
神の声を求める祈りで埋め尽くされた。祈りはさらに7日続き、世界が始まりに到着して3
80日目に〈神の言葉〉たちは祈るのを止めた。

 400日目、神が8日目に創った4言が集まり、話し合いが行われた。すなわち、フクロ
ウ、クジラ、オオカミ、ワニの4言である。彼らは365日のあいだに産み落とされた言葉
のなかで最も賢く、また神への忠誠が強かった。
 4言は輪になって話し合いを行った。話し合いは3日間続いたが、考えはまとまらず、良
い案も出なかった。それとうのも、4言それぞれが自らを最も賢く忠誠心に篤いと考えてい
ため、他の考えに耳を貸さなかったからだ。
 404日目、フクロウが提案をした。
「365日目に発せられたヒトというものを呼ぼう。彼らは我々ほど知恵はないが、我らを
除く何者よりも賢い。それに神が発した最後の言葉であるから、神が声を嗄らした原因を知
っているかもしれない」
 他の3言はフクロウの提案を受け入れ、ヒトが呼ばれることになった。

 405日目、ヒトが4言の話し合いに呼ばれ、発言を求められた。ヒトは365日目の最
後に産み落とされたために、まだ形が定まっておらず、絶えず揺れながら話した。
「声を嗄らした理由はわかりません。ただ話し合いを見ておりますと、それぞれに考えをお
持ちのようですから、順番に全ての方法を試してみるというのはどうでしょう」
 4言はそれを良き提案であると認め、ヒトも含めて5言で約束を取り決めた。
 1つ、フクロウ、ワニ、オオカミ、クジラ、ヒトの順で方法を試すこと。
 1つ、そのものの番の時は他は口出しをしないこと。
 1つ、順番は神が声を取り戻すまで繰り返されるということ。


 第三章


 フクロウは、自らが最も先に産み落とされたことを過信し、自らの声に神に近い力がある
と信じていた。自らの声を神の耳元で聞かせることによって、神の喉を癒そうとした、フク
ロウは神の居所に行き、髪の耳元に近づき鳴いた。しかし、神の喉は癒されなかった。それ
どころかあまりにしつこく鳴き続けたので、神は怒り、その首を捻った。フクロウは一回転
した自らの首に驚き、逃げていった。

 ワニは自らの唾液に力があると信じていた。その唾液で神の喉を癒そうと考えた。ワニは
神の口の正面に立ち、自らの口を大きく開けて、唾液を神の口の中に流そうとした。しかし、
神は他のものの唾液を中に入れることを嫌い、ワニの顎を引き裂いた。ワニは引き裂かれた
顎を抱えて川へ消えた。

 オオカミは、他の言葉を狩り、その血で神の喉を癒そうと考えた。オオカミは手始めにウ
サギを狩った。その肉と血の潤いを自らの口で確かめたオオカミは確信した。オオカミはそ
れからウサギをはじめ多くの〈神の言葉〉を狩り始めた。神はそれを見て、自らが生み出し
た言葉たちが相争うの嘆き、オオカミを森へ追いやった。

 クジラは自らの済み海の水で神の喉を癒そうと考えた。クジラは海水を汲み、神に差し出
した。神はそれを受け取りうがいをした。しかし、海水の塩分のせいで、痛んでいた神の喉
は悪化し、髪は苦痛に顔を歪めた。怒った神はクジラに罰を与えた。世界で一番高い枝に吊
るしたのだった。クジラはその罰により体長が伸び、直接枝から海に届くほどになった。ク
ジラはそのまま海に帰っていった。

 ヒトは他の4言の失敗を見ながら、考えに考えたが良い案は浮かばなかった。ヒトは神の
元へ赴き言った。
「神よ。わたしは他の4言ほどの力がありません。良い案も浮かびませんでした。しかし、
時間をいただけるなら、必ずやあなた様の喉を癒す方法を考えることができるでしょう」
 神はその言葉を信用しなかった。
「しかし、わたしの言葉だけでは信用していただけないと思います。ですから、喉を癒す可
能性をお見せしたいと思います」
 ヒトは神に、ハチミチを差し出した。神がそれを飲むといくらか喉の痛みが引いた。おか
げで微かに声が出るようになった。神はかすれた泣き声をあげた。
「いかがでしょうか?」
 神はヒトの言葉を信用し、時間を与えることにした。神はその際に贈り物として力の一部
を与えた。それは名前をつける力である。それからヒトは神が授けた「ヒト」という名前以
外に、自ら、または他のものに2つ目の名前を与える力を得た。今、人々が名前を持つのは
こういうわけである。

 ヒトはそれより神の声を取り戻すための研究を始めた。世界が始まりに到着してからじつ
に421日目のことだった。
 その研究はいまだ終わりを迎えていない。ヒトの研究は多岐にわたり、神のために声を取
り戻すまでの慰みとして数々の娯楽を生み出したほか、自らの生活を便利にするものまで生
み出した。それすべて神の喉を癒すためである。

 口出しを許されない他の4言はただ黙って見守っているしかなかった。今でもオオカミ、
ワニ、クジラはただただ黙ってヒトを見守っている。ただ、ヒトの次に順番がやってくるフ
クロウだけは、ヒトに対して早く順番を回してくれという意味を込めて、こっそりと森の奥
で鳴き続けている。










 続く



     



 第四章


 ヒトは、神に授けられた名前をつける力を試すため、自らの体を半分に分けた。魂を半分
に分け、体を半分に分けることは、いまだ形の定まらないヒトにとっては容易だった。しか
し、元に戻れなくなるのを恐れたヒトは、鍵と鍵穴を作り、いつでも1つになれるように別
れた。
 鍵を持つヒトの半身をアダム、鍵穴を持つヒトの半身をイヴと互いに名づけあった。
 1日の間2つ目の名前を持つ体を楽しみ、その日の夜、元に戻ろうと鍵と鍵穴を接合させ
たが、半身同士は1つに戻ることは叶わなかった。驚いたヒトは神の元に赴き、そのことに
ついて質問したが、神は言葉を発することができないため、答えはなかった。
 嘆くヒトの半身を見て、神は憐れみ、世界の始まりの1週間のうちに創られた「文字」を
呼んで、「文字」を用いて答えた。

“名前を与えることは、意味を与えることである。そうなると元の言葉に戻れなくなる”

 名前をつけることと意味を与えることが同義であったことを知らなかったヒトは泣いて訴
えた。
「神よ、知らなかったのです。どうにか元に戻ることはできませんか?」

“元に戻ることはできないが、鍵と鍵穴を合わせることによって、ヒトと同じ言葉を産み出
す力を与えよう。そうすれば、お前たちの研究はより楽になる”

「神よ、そのような力は要りません。どうか、元に戻る力を与えてください」

“それはできない。その代わり、鍵と鍵穴を合わせるごとに、元に戻ろうとする望みが薄れ
るような呪いをかけてやろう。そうすれば、いつか、元に戻ろうとする望みを忘れるであろ
う”

 ヒトは呪いをかけられ、鍵と鍵穴を合わせる際に快感を得るようになった。しかも、それ
は、繰り返し繰り返し行われるように呪いをかけられた。
 アダムとイヴはその日より、30日のあいだ、鍵と鍵穴の接合に魅入られ、いつしか、元
に戻ろうとする望みを失った。

 
 第五章


 452日目、アダムとイヴのあいだにヒトが産み出された。それすべて神の言葉どおりで
ある。
 ヒトはイヴの鍵穴から産み落とされた。アダムとイヴはヒトに〈鍵穴から生まれたもの〉
という意味を込めて、セイルと名づけた。イヴは言った。
「神のより名づけることと増やす力を与えられた。そしてそれが叶えられた」
 セイルは鍵を持つヒトだった。

 457日目、アダムとイヴのあいだにさらにヒトが産み出された。アダムとイヴはヒトに
〈4人目のヒト〉という意味を込めて、カトレアと名づけた。アダムは言った。
「同じ名前と意味に呪われたものの誕生である。神は声を取り戻す研究のために増やす力を
与えた。じきに、呪いは地に満ちるであろう」
 カトレアは鍵穴を持つヒトだった。

 470日目、アダムとイヴの真似をした、セイルとカトレアのあいだにヒトが産み出され
た。アダムとイヴのあいだにもまた、ヒトが産み出された。
 セイルとカトレアのヒトは〈2回呪われたもの〉という意味で、ドゥカ、アダムとイヴの
ヒトは〈名づけ得るもの〉という意味で、ネメスと名づけられた。ドゥカは鍵穴を持ち、ネ
メスは鍵を持つものである。

 ヒトたちは鍵と鍵穴の接合を続けた。世界がはじまりに到着した日から数えて600日を
経過した頃には、地にはヒトが溢れていた。


 第六章


 ヒトが地に溢れると、他の言葉たちが肩身の狭い思いをすることになった。ヒトの数が多
すぎたためである。他の言葉たちは神に現状を訴えると、神は他の言葉たちにも増やす力を
与えた。ただし、名前をつける力は与えなかったため、すべてが同じ名前で呼ばれることに
なった。
 地には言葉が溢れかえった。次々に言葉たちは交接を重ね、言葉が産まれ続けた。そのう
ち、言葉が増える場所がなくなってしまった。地はすべて言葉で埋まったのである。
 この窮状を打開するために、神はすべての言葉に「死」を埋め込んだ。「死」とははじま
りの1週間のうちに産み出された言葉のうちの1言である。
「死」はすべての言葉に埋め込まれ、時がくればその力を使い、言葉の意味を失わせた。
「死」とは神が産み出した言葉の意味を失わせる、言葉である。
「死」によって、増え続けていた言葉たちは落ち着き、地には程よい数の言葉たちが暮らす
ことになった。

 
 第七章


 世界が始まりに到着して600日目、ヒトはさらなる名前を考えた。それは今では役割、
仕事と言われるものである。最初に3つ目の名前を得たのはイヴであった。ヒトでありイヴ
であり火を起こすものであった。ヒトがはじめて手に入れた仕事は火を起こすことであった。

 3つ目の名前を得たヒトはそれぞれに役割を手に入れることになり、それに従い生きるこ
とになった。

 役割を与えられたヒトの目的はそれすべて神の声を取り戻すためのものであった。

 ヒトは役割を用いて、地で最も賢い言葉になった。それに嫉妬した他の言葉たちが神に告
げ口をした。告げ口をかって出たのはフクロウであった。

「神よ、ヒトが役割をもって、好き勝手に振舞っている。そのうち、好き勝手に振舞うこと
に夢中になって、神の声を取り戻すという目的をわすれてしまうでしょう」

 神はその言葉を信じ、ヒトに呪いをかけた。それははじまりの1週間のうちに産み出され
た1言、「運命」である。「運命」は役割を好きに用いることをできなくさせる力を持つ。
それは神が持つ書物に書かれた一生を歩ませるようにヒトを縛る。最後には「死」の時がく
るように一生を定めるものである。
 それにより、ヒトは、好き勝手に生きることができなくなってしまった。

 ヒトは「死」と「運命」を恐れ、それを与えた神を恐れ、神の声を研究するという当初の
目的のために生きるようになった。







 続く



     



 第八章


 ヒトは神の声を取り戻す研究のためだけに生きるようになった。その過程で、ヒトは様々
なものを作り出した。現在あるものは全てこの時期に作られたものである。
 それでも、神の喉を癒すには足らず、研究は止まることを許されなかった。
 アダムとイヴは研究を続け、1000年と230日生きて、死んだ。アダムとイヴは研究
の指揮をとるものであった。その後をついだのはセイルとカトレアである。セイルとカトレ
アは970年と3日生きて、死んだ。セイルとカトレアをついだのは、ドゥカとネメスであ
った。
 そのようにして、研究は受け継がれたが、神の声を取り戻すには至らなかった。

 ドゥカとネメスが指揮をとるころ、地には大きな「町」が出来ていた。ヒトが研究の過程
で作り出した「町」にはヒト以外にも多くの言葉が暮らしていた。「町」は活気に溢れ、昼
夜問わず研究がすすめられていたため、灯が落ちることがなく、いつも明るかった。
 「町」は大きくなり続けた。「町」は役割の力を促した。互いの仕事の成果を交換し合う
ことにより、「商売」という言葉が産まれた。
 「町」は研究のために存在した。しかし、他の言葉たちがも集まってきたことによって、
研究のためだけではなく、暮らしのためにあるようになった。そして、研究の指揮をとって
いたセイルとカトレアが「町」を治めることになった。


 第九章


 神が声を失って久しく、言葉たちは次第に神の声を忘れていった。ヒトはそれを言葉たち
に忘れさせないように、常に説き続けたが、言葉たちはいつ蘇るかもわからない神の声に頼
ることなく、暮らしていた。
 セイルとカトレアは神の声がないがしろにされることを恐れた。セイルとカトレアは神の
声の記録を残し、言葉たちに与えた。すると、言葉たちは神の力を思い出した。
「おお、神よ。我々は神の声の恵みを忘れません」
 陽が落ちる時間には、「町」にはそのような祈りで満ちた。


 第十章


 アダムとイヴが1000年と230日生きて死ぬ前日、ヒトを産み出した。アダムとイヴ
が産み出した最後のヒトである。名をイヴァンといい〈終末の子〉を意味を持っていた。イ
ヴァンは鍵を持つものである。ドゥカとネメスが1001年と57日生きて死んだ後、イヴ
ァンと、セイルとカトレアが産み出した鍵穴を持つもの、アリアがついだ。アリアとは〈灯
り〉を意味するものである。
 イヴァンとアリアは研究が遅々として進まない理由を考えた。
 イヴァンが言った。
「我々に与えられた力が足りないのではないか?」
 アリアが言った。
「地が拡がらないせいではないか?」
 イヴァンは答えた。
「声を発さぬ限り、地は拡がらぬ」
 アリアが答えた。
「力が足りないのは、神に声がないからである」
 2人は神の元へ赴き訴えた。
「地が拡がれば、我々が知ることのできるものが増えるでしょう。地を拡げてほしいのです」
 それに応え、大きな声の神は世界を拡げるために、旅人をつくった。
「旅人とはいかなるものであるのか?」
 イヴァンが尋ねると、大きな声の神は文字で示した。

 “旅人の歩いたところ、見たもの、知ったもの、聞いたもの、それすべて彼らが旅すること
によって産み出されるものである。旅人が遠くへ行けば行くほど世界は拡がり、それにともな
い、ヒトが望む、知ることができるものが増えるであろう”

 旅人は言葉ではない。よって、言葉にかけられた呪い、与えられた「死」と「運命」も旅人
は持っていない。旅人は遠くへいくことしかできず、近くへいくことはできない。留まること
は許されおらず、常に動き続け、世界を拡げるものである。

 旅人により、世界は拡がり始めた。



 







 続く



       

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