Neetel Inside 文芸新都
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お題①【復讐(仮)】


 月明かりが影を薄くしている闇夜、私達しか居ない細い路地は切り取られた異世界のように感じられる。
 漸く目的を果せる時がきた。そんな今、ふと、頭に浮かんだ疑問。
 ――人は死に直面した時、何を思い浮かべるのか?
 この疑問に対して、私は自身が納得する回答を用意出来る心境でもないので、
「気分はどう?」
 数本の先の尖った杖に押さえつけられ、アスファルトの地面に這い蹲った彼へ問いかけてみたが、歯を食い縛りながら睨み上げてくるだけで何も返って来ない。
 口を開かないのは、もしかしたら何も思い浮かんでいないのかもしれないし、聞き方が悪かったのかもしれない。
 けれど、先ほど浮かんだ疑問に固執している訳でないので、言わないのなら言わないで一向に構わなかった。
 そう、私が固執してるのはそんな哲学染みた疑問ではなく、もっと単純な憎しみという感情なのだ。
 だから、彼への問いを変える。
「あなたのせいで、笑われた私の気持ちが分かる?」 
 『それ』を知った人は、皆笑う。
「今までどれ程苦しんだ分かる?」
 『それ』を知った人は、冗談半分にからかう。
「私がどれだけの事を強要されてきたか……分かる?」
 『それ』を知った人は、必ずある種の行為を押し付けてくる。
 私の吐露に反応し、組み伏せられてから初めて開かれた口は、
「お前は……こんな事してどうするつもりなんだ?」
 と、つまらない質問を零した。
 それに腹を立てたのは、私ではなく――
「教祖様に向かって『お前』とはなんだ!」
 杖で彼を押さえつけている、私の仲間の一人だった。
「……教、祖?」
 怒りだした仲間を手で制し、私は彼に歩み寄る。
「私は今、教祖なの。あなたに復讐する為に作った、団体の教祖よ!」
 それは宗教によく似ている――いや、宗教そのものだ。
 入信する者は私を教祖と崇め、私の為になんだってする。今から行われる事でさえ――
 私は信者という力を手に入れた。
 その力を手に入れる切欠になったのが、この人だったなんて、なんという皮肉かしら。
 でも、そんな力によって、彼は命を落とす事になる。それもきっと……皮肉。
 そう、諸悪の根源は、彼なのだ。
「あなたが……あんたが、悪いの」
 抑えていた感情は、もう歯止めが利かない程溢れている。
「あんたが……健一があんなあだ名をつけるから悪いの!」
 私は叫びながら手を振り上げる。
「や、やめ――」
 こいつの声なんてもう聞きたくない。
 私は手を振り下ろした。
 それを合図に信者達は、ラブコメ様万歳! と、聞きたくもない忠誠の言葉を吐きながら 健一の体へ杖を突き刺す。
 穿たれた穴から噴き出す体液の川は、心を癒す清流ではなかった。




※没理由:ラブコメじゃない。
 『ラブコメによるラブコメ?』の前に考えていたラブコメ物のオチ部分。
 当初、全く関係ない『トロンプ・ルイユ』を挟んでおいて、シリアスなのにくだらない内容で落とす三段オチの予定でした。

       

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