Neetel Inside 文芸新都
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泥辺五郎短編集
「ガンダム由美子」

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 ある朝由美子がアストナージ・メドッソ(U・C?~93)に体のあちこちをいじられる夢から目覚めると、自分が一機のモビルスーツに変わってしまっていることに気がついた。機体の色が白を基調としていることから、どうやらガンダム系だと見当がついた。

(ヤクト・ドーガか旧ザクになりたかった)
 そう由美子が願っても機体が緑色に変色する兆候は見られない。立ち上がると天井を突き破ってしまわないかと気にかけたが、体長が十八メートル前後になっているわけではないようで、ウィングィンと駆動音を立てながらまだ不安定ではあるが起き上がることが出来た。
(ノーベルガンダムかガンダムナドレなら、これまでとあまり変わりなく過ごせるかもしれない)
 由美子は変身前の自分が、美しく長い髪の持ち主ではなかったことなどには委細構わなかった。

 洗面所に向かうと先客がいた。振り返って由美子を見つめるその顔は赤らんでいる。いや、そうではなく機体そのものがまっ赤なのだった。下半身の太いそのモビルスーツは自らの変身を訝るように佇んでいた。
「由美子なのか」
 そのモビルスーツの発した声は、分厚い金属の反響に押されながらも由美子の耳に届いた。
(ああ、このサザビーは喜之なのだ)と由美子は悟る。同棲中の恋人の変わり果てた姿を見て、彼女は自分たちの愛が終わりに近付いていたことも思い出してしまった。
(私が働いている間中、この男はろくに職も探さず寝て食ってばかりいた。付き合い始めた頃の見る影もなく肥え太ってしまった。だからこんな姿に)
 横幅が広いそのデザインのせいか、洗面所のドアが傷ついており、そのことが由美子を余計に苛立たせた。そしてサザビーの肩越しに鏡に映る由美子の顔は、紛れもなくνガンダムのものであった。

 由美子は背中からビームライフルを取り出し、喜之に向けて引き金を引いた。洗面所と共に喜之の上半身は消滅した。
 といったことは起こらなかった。

 カプルに変身してしまったお天気キャスターが、「今日は夕方からアクシズが降るかもしれません」と言っている天気予報を観ながら、由美子と喜之はおよそ一月振りに朝食を共にした。
「その姿で会社へ行くの?」
「だってこの上にスーツを着たら破けるじゃない」
「そういうことじゃなくて」

 喜之が近頃何度か家に連れ込んでいる気配のある、若い浮気相手はきっとクェス専用の赤いヤクト・ドーガになっているに違いない、と思いながら由美子は会社へと出かけた。彼女たち以外の人々も皆何かしらのモビルスーツになってしまっており、幾人かのνガンダムと目が合うと、外見だけでは相手が誰だかわからないのに黙礼を交わした。満員電車の中でフィンファンネルの先が後ろに立つモビルスーツの顎先に当たり嫌な顔をされた。しかし先方は先方で、ターンエーガンダムとなってしまっていたためにその髭が周囲を脅かしてもいたのだが。

 駅から出て会社までの道すがら、由美子はフィンファンネルに何かうまい使い道がないか試してみた。荷物になるだけなら他の武装と一緒に明日から家に置いておこうと思ったのだ。しかしやたらと飛ばしてみたところで誰かを攻撃するわけにもいかず、由美子の精神力では長い間飛ばしていることも出来ず、ガチャガチャとうるさい音を立てて落ちていくばかりだった。

「ファンネル、落としましたよ」
 聞き覚えのある声に振り返ると、由美子がばらまいたフィンファンネルを、リ・ガズィが丁寧に拾い上げてくれていた。声といいその頼りなさそうな仕草といい、今年入社したばかりの男性社員、竹崎だと知れた。由美子はどういうわけか今朝見たアストナージの夢を思い出し、胸のサイコフレームが熱くなるのを感じた。
「ありがとう、竹崎君」
「あ、先輩でしたか」
 すぐにこちらを認識してくれたことで少し嬉しくなった由美子の気持ちに反応してか、竹崎の腕の中からフィンファンネルが一本躍り上がり、再び地面に落ちた。慌ててそれを拾う竹崎の姿を見た由美子は思わず笑みをこぼした。喜之との喧嘩続きの日々を過ごしていた彼女にとって、久方ぶりの心からの笑顔であった。


(了)

       

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