Neetel Inside 文芸新都
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泥辺五郎短編集
「ちんちんにリング状の爆弾を巻き付けられた話」(原案 静脈先生)

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 爆弾テロが日常的なものになって久しい。
 身体の中に化学物質を埋め込み、激しく咳き込むことで化学反応させる方法で空港での検査を突破する人間爆弾や、エクスタシーに達すると起爆する装置などが開発されている。昔より減った交通事故の死者の分、今は遊び半分の爆弾テロで年間数万人の命が失われている。
 だからその爆弾の内の一つが僕に仕掛けられたことも何も不思議なことではない。その位置がちんちんの根元で、リング状の爆弾で、懇切丁寧に付属している説明書には「勃起すると爆発します」と書かれていたところで、何一つ驚くにはあたらない。むしろラッキー、退屈な日常から一気にスリルとサスペンスに満ちた生活が始まるぜ! なんて思ってしまうくらいだ。
 嘘です。
 死にたくないです。
 まだまだ勃起したいです。
 いつかどこかで、こんな僕を好いてくれるような子と両思いになって、不器用だけれど気持ちが伝わり合うような初体験をしたいです。
 なんて思っているうちに歳を取り、四十二歳になりました。
 最近、朝勃ちしなくなってたんだよね。
 最近っていったって五年くらい前からだけど。
 だから命が助かったってわけだ、やったね。
 しかしちょっと待てよ。こんなのただのイタズラで、勃起したところで何の問題もないかもしれない、むしろひんやりとした感触がちょっと気持ちいいかも、と半分勃起しかけたところで、昨夜まで部屋になかったDVDが転がっているのが目に飛び込んできた。「エロくないから安心して見てね!」とラベルに書いてある。早速再生してみると、そこには僕と同じようにちんちんに爆弾を巻かれた哀れな中年男の姿があった。下半身丸出しでいびきをかいて寝ている。カメラに映し出された時刻は午前七時、そろそろ起きる頃合いではないだろうか、と見るうちに、ちんちんがむらむらと起き上がり、リングの締めつけが激しくなり、ぼん、と大した音量ではないが、確かに何かの破裂するような音が響き、哀れな中年男の股間は一瞬煙に包まれた。
「んぇあがりいちこ」
 声にならない叫びとともに中年男は飛び起き、驚きの基である股間を見つめる。そこには根元から吹き飛んだちんちんがあり、血を撒き散らしている。
「なんじゃこ……」
 男は思わず口走りかけて口を噤む。そんなベタなことを言うものか、という決意が伝わってくる。だがそんなことには関係なく彼の股間からは血が溢れ続けていて。
 彼の心の動きと股間を正視出来なくなったところで、DVDは終わった。僕が彼のようにまだまだ精力旺盛な男だったなら、あのようになっていたのかもしれない。ことによると、この爆弾を仕掛けた犯人は、既に朝勃ちしない情けない男を探して今回のターゲットに選んだのではないだろうか。起きた途端ゲームオーバーでは遊び甲斐がないだろう。
 これから一生勃起しないでいくための計画書を作るところから始めなければ、と思い立った途端、「あなた、どうしたの?」と、朝から何やら騒がしい僕の様子を心配してか、妻が心配そうに部屋を覗き込んできた。何を隠そう彼女は今をときめく人気AV女優「小森もこ」である。清純女子校生から人間便器まで幅広く演じることで老若男女の支持を集めている国民的アイドルだ。そんな彼女がどうして僕なんかと結婚してくれたかというと……。
 ちょっと待て! 僕は結婚なんかしていない! 彼女のことは大好きで、憧れで、結婚どころか老後の二人の生活まで夢想したことはあるけれど、それは全て妄想だったんだから、こんなことが起こるはずがない!
「あなた、どうしたの?」
 そう言いながら前かがみになって僕を覗き込む彼女は薄いシャツ一枚でその胸元からは胸の谷間が見え、というかよく見るとシャツに乳首が透けて見えて、映像の中でしか見たことがなかったたわわな乳房がまるまる僕の目の前にあってそれを見る僕の股間はというとじんわりとちんちんに圧迫が加えられ始めていて。
 駄目! 死んじゃう!
 慌てて僕は彼女から目を逸らし、飛んで離れて心を落ち着かせる。「岡田彰布岡田彰布岡田彰布」と、不意の勃起を治めるための魔法の呪文を繰り返す。
 どうにか静まってくれたちんちんに感謝すると、後ろから「ちっ」という舌打ちの音が聞こえ、小森もこが立ち去る気配がした。危ないところだった。彼女は爆弾魔の仕掛けた刺客の一人だったに違いない。
 でもひょっとしたら、素直にちんちんを爆発させていたら、新婚夫婦ごっこの続きが出来ていたんじゃないだろうか。どうせ使い物にならないちんちん一本無様にぶらさげて何も起こらない余生を送るより、一瞬でも夢の中で過ごせるならそれでよかったかもしれない。
 そうか。
 そういうことにすればいいんだ。
 これはおそらく、頭のおかしな爆弾魔が仕掛けたエロゲームだ。次々と襲いかかる美女たちの魔の手にかかって勃起すれば僕の負け。耐えきったところで僕は一生勃起せずに生きていかなければならない。どちらに転んでも爆弾魔の勝利に思える。
 発想を転換するんだ。
 たとえエロゲームに負けてちんちんが爆発したとしても、爆発に至るまで僕は美味しい思いを味わうことが出来る。仮に爆発したら、それはそれでこれから一生煩悩に悩まされることもなく、充実した新しい生活を始めることが出来るだろう。犯人の心理を推測するに、簡単に死ぬような威力では面白くないはずだから、僕は生かされるはずだ。イカされることはなくとも。
 どっちに転んでも僕の勝ちだ。
 エロゲーム、始めようか。
 いくらでもこい。
 どんとこい。

(了)

       

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