Neetel Inside ニートノベル
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第一話「restart」

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「あぶない!!」

 まるで拡声器でも使ったかのような、だいぶ大きな女性の声を背に受け、俺の意識は次第にはっきりしてくる。そして次の瞬間、右手の方から聞こえてきた急ブレーキ音で俺の意識は完全に覚醒し、思わず音が聞こえた方を振り返る。するとそこには、中型のトラックが目前に迫っていた。

「嘘だろ……!?」

 駄目だ。突然すぎて体が反応しない。何故俺は轢かれそうになっているのか、今俺が置かれている状況が全く分からないが、これはどう見ても避けられない。俺は死を覚悟した。
 しかしトラックと接触する直前、綱引きでもするかのような勢いで誰かに右腕を引っ張られ、その勢いで俺の体は歩道に戻り、おまけに勢い余って尻餅をつく。その直後、俺がいた場所をトラックが通過し、5メートルほど進んで止まった。馬鹿野郎、などと罵倒されると思ったがそんなことはなく、トラックはそのまま行ってしまった。

「一体何だっていうんだよ……」
「それは、こっちの、台詞、ですよっ」

 尻餅をついた体勢から見上げると、そこには多少息切れをしていて、胸の辺りまで髪が伸びている可愛い女の子がいた。周りには他に人がいないし、あぶないと声をかけてくれたのも、腕を引っ張って助けてくれたのもこの人だろう。

「確かにこの世は理不尽ばかりで、人生楽ありゃ苦もあるさとか言っておいて実際は苦しかないように感じますけど……けど、自殺なんかしちゃ駄目ですよ……!」
「え…………自殺? 俺が?」

 俺は愕然とした。何故俺が自殺なんてしなければならないのか。いや、今の状況を客観的に見たらそう思うのが自然なのかもしれないけど。

「絶望しても、死を選択しちゃ駄目です! 生きていれば、きっと良いことがありますよ!」

 どうやら女の子は、完全に俺が自殺しようとしていたと思っているらしい。しかし正直な所、どうしてあそこにいたのかなどの記憶が俺には全く無い。一体どういうことなんだろうか。理由は分からないが、もしかして本当に俺は自殺しようとしていたのか?
 とりあえず、助けてもらったことは事実だし、お礼をしなきゃな。

「あの、自分でもよく分からないんですが、助けていただいて本当にありがとうございます」

 言いながら俺は立ち上がり、頭を下げる。

「え!? そ、そそそ、そんな頭なんて下げないでくださいっ」

 なにやら女の子は急にオドオドし始める。一体どうしたというんだろう。

「いや、下げますよ。命を救っていただいたんですから」
「い、命!?」

 そう言う彼女の声は裏返っていた。ちょっと面白い。

「ええ。人一人の命を救ったんですから、誇っていいと思いますよ」
「そ、そんな……。私、そういうこと言われたの初めてだからどうしていいか……」

 女の子はただでさえ可愛い顔をしているが、恥ずかしがってる表情で一層可愛い。この表情だけでご飯三杯はいけそうな気がする。
 そんなことを考えていると、彼女の携帯が鳴り、逃げ場所を見つけたかのような様子で女の子は画面を確認し始める。そして、ぽつりと呟く。

「行かなきゃ……今度こそ……」
「どうしたんですか?」
「すみません、用事ができました。これで失礼します」

 そういう彼女の表情は先ほどとは打って変わって、真剣そのものだった。そして、俺が返事をするのも待たずして、駆けていってしまった。一体何があったんだろうか。いや、今はそんなことより自分のことだ。
 そもそも俺は何故ここにいて、あんなことをしたのか何一つ覚えていない。というかその前に、ここは一体何処なんだろうか。とりあえず住所は調べればすぐ分かるだろうから、今までの事を思い出そうとしてみる。が、やはり全く思い出せない。ここ1、2ヶ月の記憶がすっぽりと抜け落ちてるみたいだ。

「くっそ、どうなってるんだ」

 俺は左手で頭を掻こうとして、そこではじめて携帯電話を握っていたことに気付いた。何で今まで気付かなかったんだ。しかし、これは俺が今まで使っていたものとは違う、見覚えの無い携帯だ。なんでこんな携帯を持っているんだ?
 その携帯は開かれていて、画面には通話中を示す表示がされていた。どうやら先程まで俺は誰かと電話をしていたらしい。一体相手は誰なんだろうか。とりあえず俺は出てみる。

「……もしもし?」
「あ! もしもし、望!? あんた無事なの!?」

 ひどく動揺しているようなこの声の主は、まさしく俺の母親だ。そして、望こと瀬川望とは俺のことだ。ちなみに20歳のフリーター。大学は中退した。 

「何だ母さんか」
「? 何ボケてるのよあんた。でも、電話に出られるってことは無事なようね……」

 母さんは心底ホッとしているようだった。

「無事ってどういうことだよ?」
「だってあんた、一人暮らし始めてから一度も電話なんてしてこなかったのに、さっき初めてかかってきたと思ったら、『今までありがとう、俺、ちょっと疲れちゃったよ』なんて言うんだもの!」
「…………」
「その後、何か言いかけたと思ったら急に黙っちゃって、それから急ブレーキの音が突然聞こえて、呼びかけても反応しなくなるからてっきり自殺でもしちゃったんじゃないかと思って……」

 また自殺か。まぁ、俺自身は全く記憶がないが、状況的にはあながち間違っていないかもしれないけどさ。しかしまぁ、その言葉だけ聞いたら自殺と思うのも分かるような気がするな……。心配させるのも心苦しいから、とりあえず否定しておこう。

「はは、何言ってるんだよ、そんなことするわけないだろ。急ブレーキ音は、車同士が事故りそうになってたからそれだろう。あとそれに見とれてて電話を耳から話してたから反応できなかったんだよ」
「……そうかい? まぁとりあえず、何事もなくて安心したよ」
「心配させたのは謝るよ。でも本当に大丈夫だから。じゃあまた」

 通話を終え、携帯を閉じる。
 本当に俺は何をしていたんだろうか。あんなことをして何がしたかったんだろうか。本当に自殺をしようとしていて、そのストレスとかで記憶が飛んでしまったのだろうか。考えても何も分からない。このまま考えていても仕方が無いし、とりあえず家に帰ろう。それにはまず、今いるここが何処なのか把握しないとな。
 携帯をポケットにしまって移動しようとした時、しまいかけた携帯が鳴る。何故かさっきの女の子と同じ着信音だった。携帯を開いてみると、メールが届いていることを示していた。それにしても、さっきはすぐに閉じたから気が付かなかったが、待ち受け画面にDという文字が画面いっぱいに表示されている。奇妙な待ち受け画面だな。
 それから、画面中央に01:56:34と表示されていて、一番右の数字が刻一刻と減っている。時計は画面の右上に表示されているし、そもそも時計だったら秒数が減っていかないだろう。何か別の時間を表しているのだろうか。謎は深まるばかりだが、とりあえず届いていたメールを見てみよう。
 受信フォルダを開いて分かったが、メールはどうやら4分程前に届いていたみたいだ。たぶん通話状態になってたから分からなかったんだな。メールの件名は『プレイヤーへ伝達』というもの。何かのゲームとかに登録でもしているのか俺は。まあ、見れば分かるか。
 しかし、開かれたメールに書かれていたことは、そんな平凡なことを考えていた俺の思考を軽々と打ち砕く。

「えー、なになに、5つ目のミッションを伝える、と」

 次に書かれているそのミッションとやらの内容を見て、俺は目を見張った。

「……新宿駅、爆破ぁ!? 解除までの制限時間は2時間って……一体、これは何なんだよ!?」

 ……どうやら俺は、面倒なことに巻き込まれているのかもしれない。
 

 
 


       

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