Neetel Inside ニートノベル
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この世の果てまで
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  祝福



 (中年の男と女が椅子に座っている。男はカメラの位置を気にしているようで、フレ
ームアウトしては、画面を揺らしている。女が、これでいいんじゃない、と声をかける。
男は椅子に戻る。)

 ――え~と、久しぶり、キョウジ、サヨリ。もうすっかりおっさんになってしまった
   けど、俺です。ケンジ。

 ――サヨリ(と女はカメラに向かって手を振る)元気?アミです。

 ――ほら、約束したじゃない。2人を祝福してやるってさ。だから、こうやって記録
   を残しておこうって、さ、アミと決めたんだ。たぶん、俺とこいつが生きてるう
   ちにはもう会えないだろうから、さ。それに伝えたいこともあるしね。

 ――サヨリ、キョウジ。ここ覚えてる?あの村よ。私とケンジは箱舟を出て以来、こ
   こで暮らしてる。不便だけど、自給自足でなんとかやれてる。それなりに幸せだ
   しね(女と男は顔を見合わせて笑う)。

 ――この世界は不完全みたいだ。俺とアミが荒れ狂う洪水の中で見たもの。不思議な
   もんだったよ。まるで歯抜けみたいさ。洪水はところどころ歯抜けみたいに抜け
   てて地面が露出してるところがあったり、波の高さが全然違ったり。いきなり消
   えたり。まるで虫に食われた布団みたいにさ。がたがただったよ。そのせいかな。
   洪水が引いた後の世界は、まるで荒野。何もなかった。ただ、この福神だけが、
   この世界で唯一正常に機能してたんだ。僥倖ってやつかな。
   キョウジ、この世界はおかしい。いや、多分だけど、あの日の放課後から、ずっ
   とおかしかったんだと思う。

 ――ねえ、サヨリ。舟を作ったの。あなたたちのために。どこまで行ける、舟を。村
   の地下に置いてあるわ。

 ――俺たち、お前らのこと、全部知った。今頃になって全部わかっちゃって、なんだ
   か虚しいって気もするけど、まだまだ終わってないからな。遅くはないだろ?
   なんで俺たちにそんなことができたかって?それは俺たちにもよくわかんねえん
   だ。頭は良くないはずなのにな(そう言って男は大笑い。女も口元を押さえて笑
   っている)。本を読んだんだ。一羽のフクロウが落としたんだけどさ。『神話篇』
   ていんだけどさ。それを読んだら、なんでかできちまったんだな。なんだか変な
   話だよ。まったくこれだから御伽話ってのはさ……

 ――たぶん、私たちに何かをさせようってヤツの意思なんだろうけどね。でも、悪く
   ないと思う。たぶん、そいつはあんたたちの味方よ!
   ……サヨリ、遠くへ行きたいんでしょ?キョウジと一緒に。私たちの舟を使って
   ね。丁寧に造ったから。絶対に壊れないように造ったから!ある意味箱舟と同じ
   原理で造ったのよ!

 ――キョウジ……俺は思うんだけど、運命とかさそういうもんはさ、犬にでも食わせ
   りゃいいと思うんだ。もう、そういうのは古いって思う。世界を救うとか、神を
   倒すとかってさ。逃げりゃいいんだ。物語からも……自由にやれよ!気楽に行こ
   うぜ!好きにやって、幸せになれよ。サヨリとさ。そんだけでいいんだ。だって
   俺は幸せになったからさ(男と女は手を繋ぐ)。難しく考えんなよ。責任を背負
   おうと思いつめるなよ。もう、誰も悪くないんだ。

 ――そうよ、サヨリ。幸せになるのよ。みんなが羨むぐらいに。もう意地になってる
   から、私もケンジも、さ。それだけなのよ、望みは。

 ――頑張ったんだけどさ、子供、作れなかったんだ。やっぱり世界が駄目んなってる
   からかな(ははは、と男は力なく笑う)。でも、幸せだよ。俺はさ。これから死
   ぬってのがわかってんのにさ。不思議なもんだね。気持ちは落ち着いている。自
   分の終わりがわかるなんて、なんだか、阿呆みたいだ。

 ――病気じゃないの。寿命なの。ねぇ、私たち幾つに見える?……120歳よ!見え
   ないでしょ?たぶん、サヨリに力を貰ったのね。ほら、ケンジを助けてくれたで
   しょ?あの時何らかの力を貰ったんじゃないかって私とケンジは言ってるの。だ
   からさ……もうじゅうぶんなの。120年も生きてこれたし。ここが世界の終わ
   りだとは思ってないし。

 ――静かに終わっていくんだ。別にそれでいいんだ。悔いはない。最後に言っておく。
   キョウジ、サヨリ、おめでとう。お幸せに。

 ――サヨリ、おめでとう。キョウジ、サヨリをよろしくね。幸せにね。

(男と女が手を振る。片方の手は繋いだままだ。そして、2人はゆっくりと消えていく。
後に残ったのは2つの空いた椅子だけだ。そしてしばらくして映像が切れる)




 携帯を閉じて、サヨリとキョウジは手を繋ぐ。視線の先にはシベリア鉄道の駅だった
ところ。今では大きな舟が鎮座している。イヴァンの造った船。2人は歩き始める。手
を繋いで。








 続く




       

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