Neetel Inside 文芸新都
表紙

モノクロウィッチトートロジー
プロローグ

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 死なない為に生きてるんじゃない?
 そう言われた事がある。
 言った奴の名前なんて覚えてないけど、言われた時は気分を害すどころか感心したのを覚えている。
 ああなるほど、僕が生きている理由なんてそれに尽きるんじゃないか、と。
 取り立てて不自由な事も無く暮らし、無難なレールを辿る僕の生きる理由なんてそんなものなのかな。なんて思ったのはもう遙か昔。その頃の僕の事なんか思い出せないし、思い出したところで俺の細胞やらなんやらはもう全部入れ替わっている訳だから赤の他人もいいところである。どうにでもなっとけ。
 だが――死にたくないから生きてるだけ。死ぬのが怖いから死なないだけ。そう思ってしまった記憶はどうしてだか、代謝から取り残され未だ僕の脳にとどまっている。
 それは多分、僕の頭にあって、そして誰の頭の中にでも棲んでいる疑問の所為なんだろう。
 人間、結局の所生きる理由なんて無いんじゃない? って言う感じのすごくくだらない疑問。トークテーマとしては面白味が無いし、なんだかガキ臭いし、そして何より救いがない。
 だけど、だからこそ僕はたまにその事を考える。
 僕が今死んだら?
 僕が今死んだらどうなるんだ
 今死ぬのと明日死ぬこと。今年死ぬのと来年死ぬこと。十年後に死ぬのと二十年後に死ぬこと。自ら命を絶つことと寿命まで生きること。それらに何の差異がある? どこに優劣がある? どこに――どこに救いがあるんだ?
 一体全体、僕は何の為に学び、何の為に働き、何の為に死なず、生き続ける。
 不透明だ。誰も教えてくれないブラックボックスの中身は、実は空なんじゃいだろうか。まあしかし、いずれにしても中が覗けないのであれば、有るも無いも変わりしない。どうでもいい事。
 閑話休題、としよう。この手の話は長くなりすぎる。物知り顔のオヤジ達がする政治話と同じく、こういった解答の無い疑似問題的なディスカッション(まあ僕の独り言だが)は際限なく、まさしく堂々巡りする。だから、ここはひとまず沈黙するべきなのだろう。
 急ハンドル気味に話を変えるとなると、僕の名前は園田苑彦(そのだそのひこ)であり、年は十六歳、現在は地元にある私立高校に通っているという簡素な自己紹介が妥当であろう。
 ちなみに今は自宅に居て、勉強机とは名ばかりのパソコンが置いてある机の正面に座し、ほんのり湿気を包含した初夏、さらなるファクターとしては丑三つ時の空気をただ吸って、吐いていた。
 普段は寝ている時間だが、今日は違った。そして多分、明日も違う。
 またちょっと話の軸がぶれるのだが、少し我慢してほしい。多分今の僕は正常じゃない。通常じゃない。日常の枠内に居ない。
 僕は結構ピンチなのだと思う。たぶん笑えないし泣けないしどうしようもない、切実にただヤバイ。そういった状況。
 僕は小学生の頃より愛用しているイスから立ち上がり、そのままふらふらと、離人感を背負いながら窓際へと歩いた。ちなみに僕は制服姿であるため、日が落ちて大分経つ丑三つ時とは言っても暑苦しい。
 窓に手を掛け、一気にスライドする。
 重たい窓が開くと、せき止められていた風が部屋に流れ込む。
 夏の匂いや味は更に濃度を増していく。
「なんでだか……」
 普段はみっともなくて独り言なんて言わないのだが、今はプライドも何も無かった。ただただ、思ったことをフィルターを介さず口から吐く。
 視界には星やせせこましく地表を覆う民家の屋根が映る。マンションの五階から見る景色は掛け値無しに美しいと思えた。
 今日は満月だったか。
 見上げて気がついた。卵の黄身みたいに濃い黄色の衛星。
 黒と銀と青と黄色……言い出したら切りがないほどの色彩を持つこの夜空は、僕などミジンコのごとき(ミジンコさん御免なさい)存在などは所詮点景にすぎんのよ、と得意顔で言っている様にも見えた。心が荒んでるのかな、僕は。
「しかしなぁ……」
 手を伸ばした。三十八万キロメートル程離れた月に向けてのアンテナ見たいにして。
 点景に過ぎない僕が消えても、この世界は変わりやしないんだろう。これだけ美しい物があって、これだけの人がいる。
 掌をこちらに向け、月を隠す。
 僕はどうやら、消えてしまう様だ。この美しい地球の土に帰ることもなく、ただただ存在が消えていくらしい。なんて悲しく、なんて美しいんだろう。
 僕の掌は透けていて、向こう側に輝く月がぼんやり見える。
 このまま月の光に溶かされてしまいそうだった。
 
 この話は至極単純であるけど、僕にとっては至極重要であり、至極どうでもよくない。そういった類のお話なのだ。

       

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