Neetel Inside 文芸新都
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よめえごと
第十話

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 全く最近の交通機関の発展には驚くばかりだ。俺は東京駅を出発してから6時間別府駅に着いた。新幹線を使って小倉まで行き、そこからここまで来た。
 もう夜の十二時近いのであたりは真っ暗だ。
 俺はタクシーに乗った。名刺を見せて、こう言う。
「この名刺に書かれている住所まで行ってください」
 
 十分ほどで石田さんの旅館に着いた。あまり大きくない旅館だった。
 俺はなぜかこの旅館に見覚えがあった。しばらく考え込み、はっと気づく。
 俺はこの旅館に来たことがあった。七年前だ。ここで俺は父方のじいちゃんに就職をするように説得されたのだ。俺は就職活動をしたが、採用されなかった。

 俺は旅館の扉を開けた。そこには石田さんがいた。石田さんは驚いているようだった。
「あ、あなたはあのときの」
「はいそうです。杉山です。泊まりにきました」
「そうですか。あなたのおかげでうちの旅館は存続できました。無料でお泊めしますよ」
 俺は無料というのは少し気が引けた。
「無料というのは少し……」
 と答える。一方石田さんは
「いえいえ。無料にします」
 と言った。そんな押し問答が続いた後、俺がこう提案した。
「無料の代わりに俺が少しお手伝いするというのはどうですか。長く滞在する予定なんですよ」
 石田さんは渋々承知した。
「分かりました。悪いですね。では食器洗いや掃除などをしてください。あまりがんばらなくていいですよ」
 
 俺は一番いい部屋へと案内された。旅館にはほかの客もたくさんいるようだ。もう倒産する危険はないなと安心した。
 
 もう夜だ。俺は風呂に入って寝た。

 翌朝俺は六時に起きた。厨房に行ってみると食事の準備中だった。
 俺に気づいた若い女性従業員が声をかけてきた。
「杉山さんですか」
「はい。そうですが」
「私、大塚って言います。大塚桜。社長からあなたにやることを教えるようにって言われました」
「よろしくお願いします」

 俺は大塚さんと一緒に主に雑用をした。
 俺は一生懸命働いた。そういえば最近よく働いている。殺人をして働くようになるとは人生どうなるか分からないものだ。
 とはいっても一日中働く訳ではない。旅館が忙しいときだけ働くのだ。

 俺は部屋に帰った。暇になった。昨日はみなかったが、外の景色も確かに見たことがあるものだった。
 まさかまたここに泊まることになろうとは、思ってもいなかった。
 じいちゃんも俺がここで働くことになろうとは思っていなかっただろう。まあただ働きだけど……。
 
 俺はやることが何にもないのでとりあえず散歩に出かけることにした。大塚さんに伝える。
「散歩に行きたいんですが」
「いいですよ」

 散歩とはいってもそれほどみるものはなかった。だらだら歩いて一時間もしないうちに帰ってきてしまった。
 部屋に帰ってもやることがない。というわけで俺は積極的に旅館のことを手伝うようになった。

 俺がここでの生活に慣れたきたある日テレビでニュースを見ていたとき、俺は衝撃的なニュースを見た。
 俺が殺した子供を殺した犯人が捕まったというのだ。逮捕された人は佐々木というらしい。四十代の男性だ。もちろん無罪だ。俺が一番知っている。
 が、なぜなのか。ヤンキーを殺したほうのナイフには指紋がついているはずだ。
 ニュースを見ていると警察は二つの事件を別事件として扱っているらしい。とんでもない節穴だ。
 これからどうするか。そのことを考えるために俺の脳はフル回転し始めた。
 自首しよう。そう思った。このままでは無実の人が捕まってしまう。
 

 そう思って俺が部屋の扉に向かったとき、ノックの音がした。そこには大塚さんがいた。何のようだろうか。俺がそう思っていると大塚さんがこういった。
「一緒に外に行きませんか。今日は休日なんで。ていっても私は住み込みなんでここにいますけど」

 おおおおおおおおおおおおおお。ついに来たか。俺にもこんな誘いが。だが、俺はやがて落ち着いた。ただ、暇だったから来た可能性もある。それにこの旅館を救ってくれた俺への感謝の表れかもしれない。が、断る理由など存在しない。
「ああ。いいよ」
 
 前、見たときはつまらなかった市街も昔から、ここに住んでいるという大塚さんの案内があると楽しかった。
 が、ずいぶん歩いて疲れた。
「そろそろ。帰ろうか」
 俺が提案した。すると大塚さんはこう言った。
「あの言いたいことがあって……」
「なんだい」
 大塚さんが言った言葉は俺を驚愕させた。
「あの付き合ってください!前からいい人だと思ってたんです。優しいし、よく働いてくれるし。それにポンと一千万円も人にお金を貸すなんていいひとすぎますよ。それに私のタイプなんです。私は付き合うためだったら東京にも行きますよ」

 俺がなにも答えられずに黙っているのを見て大塚さんは言った。
「あの。じゃあ考えてください」
 大塚さんは帰っていった。

 俺はしばらく放心状態だったが、やがて興奮が湧いてきた。告白だ。やった。ついに起こったのだ奇跡が。全身に喜びが湧いてくる。意識していなかったが今思えば大塚さんは結構美人だな。俺は笑いながら旅館へと向かう。

「フーンフフーン」
 そんな鼻歌を歌いながら歩いていく。
 これから東京に帰って二人でどこかで暮らすか。借りる名義は大塚さん。いや、これからは下の名前で呼ぶか。

 そんな浮かれた気持ちで通りがかった電気店でテレビニュースがやっていた。さっきのニュースの続きだ。
 俺ははっと気づいた。自分の愚かさに。いったい自分は何を考えているんだ。無実の佐々木さんを救うために自首する。そう誓ったはずじゃないか。数分前には。
 なのにもう忘れているんだ。安い誓いだ。大安売りだ。

 栃木にいた頃、俺はよく目標を立てた。でもすぐ忘れた。達成する気などなく。達成した後のことを考えて俺は目標を作っていたのだった。俺は本当にダメだ。

 俺のことをいい人だと言ってくれた人がいる。いや、無論それは彼女の誤解。俺はそんなにいい人間じゃない。それは分かりきってる。
 もし、もしもあの時ヤンキーを殺さなかったとしても決して俺はいい人間なんかじゃない。なぜなら俺はどうせ昔のようにグダグダニート生活を続けていただろうからだ。
 毎日やるべきことをせず、遊びほうけていただろう。あるものにハマり、飽きたらまた別のものにハマる。
 未来のことなど何も考えない。それは当たり前のことだ。今のことさえ考えることができないのだから。
 
 そしてことあるごとに他人への軽蔑、嘲笑、嘲弄、見下し、冷笑。そのほとんどが何にも根拠がないものだ。そして、面と向かってはいえないから、ネットの掲示板に書き込む。
 誹謗中傷。罵倒。自分のことは棚にあげて。
 馬鹿げてる。ニートで毎日ネットをやっている俺が偉そうに批判をすることは。そのことは薄々分かってた。でも、やってしまう。やってしまうんだ。
 
 そして、自分の未来については適当な妄想でごまかしていた。俺はこれからだ。これからだ。と。
 それをしないと耐えられなかった自分の未来に。あまりにひどすぎる。
 当たり前。当たり前。未来がひどいのは当たり前。何の努力もしない人間にいい未来なんてそうそう訪れない。

 ようは、俺はダメ人間なのだ。自分がよくわかってる。
 でも、でも目の前の彼女は俺のことを好きだと言ってくれた。いい人だと言ってくれた。
 俺はその気持ち、期待を裏切るのか。昔、両親の期待を裏切ったように。
 
 勿論、自首したからといって俺が突然、ポンといい人になるわけではない。
 でも自首しないと救われない。いろいろな人が救われない。一番救われないのは俺が殺した二人ではない。ヤンキーの母親を含む遺族でもない。佐々木さんでもない。俺を好きだと言ってくれた大塚さんでもない。俺の両親でもない。
 俺だ。一番救われないのは俺だ。

 だから、俺が自首するのは自己満足かもしれない。でも俺は行かねばならないのだ裁かれに。俺自身を救うために。

       

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