Neetel Inside 文芸新都
表紙

よめえごと
第四話

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 俺はゆったりと歩いていった。なにしろ見慣れてきたこの風景をもう一度見れるかどうかは分からないのだ。
 もし見れたとしてもとうぶん先になるだろう。なぜなら俺は逃亡している間はここに来ることはないから時効が切れる二五年後までは来れない。逮捕されたら‥‥。無期懲役※は免れないだろう。無期懲役になれば二〇数年は刑務所から出られない。ということはやはり逃げ切っても、逮捕されても二五年はここに戻ってこれないのだ。

 ふと自分が一番大切なことを忘れているのに気づいた。そうだ俺は死刑になるかもしれないのだ。死―そんなものが自分に訪れるとは事件の前には夢にも思わなかった。どんなに苦しいのか想像もつかない。俺は悲観的に考えるのをやめた。どうせ痛みは一瞬だ。その後は寝ているのと同じだと考えると少し楽になった。が、永遠に目を覚ますことはないのだ。

 しばらく歩いていると、道路のはじのほうで小さな男の子が泣いていた。迷子だろうか。
「どうしたんだい坊や」
 とやさしく声をかけた。男の子が顔を上げた。なんとその顔は俺が沼に沈め殺した男の子とそっくり、いや一緒だった。
「うえっ!」
 事件の様子が鮮明によみがえってきて俺は吐きそうになった。俺は気が狂いそうになりながらもう一度よく男の子を眺めた。見れば見るほどその顔は俺が殺した男の子と一緒だった。いや本人だ。男の子は俺が大声を上げたのを泣きながら見つめている。まさか、幽霊か。勘弁してくれよ。俺に霊能力などないのだから。しばらくの沈黙の後戸惑いながら尋ねた。
「どうして、ここにいるの」
 男の子は泣き叫んだ。
「痛いよぅ。痛いよぅ。どうして殺したんだよぅ」
 俺は弁解を始めた。
「しょうがなかった。どうしようもなかった。許してくれ」
「ひどいよぅ。ひどいよぅ」
 俺は錯乱した。
「うるさいな!こっちだって反省しているんだよ!」
 その言葉が男の子の怒りに火をつけた。
「殺してやる」
 男の子が俺に近づいて来た。俺は後ろに下がる。なんで逃げるんだ。相手は子供だぞ。そうも思ったが逃げてしまう。そのうち足ががくがく震えて地面に尻をつけてしまった。俺を上から見下ろしている男の子はもはやこの世のものではないように思えた。俺は泣きながら懇願した。
「頼む。許してくれ。謝る。一生のお願いだ」
 男の子が泣き止んだ。そしてとてつもなく暗く、悲しい声でこういった。
「謝ってくれても僕の命は帰ってこないんだ」
 男の子の手が俺の首をつかんだ。非力な腕からは想像もできない力だった。苦しい。死んでしまう。いやだ。まだ死にたく‥‥。

 そこで目が覚めた。気がつくと俺はもう新幹線の車内だった。夢遊病か何かなのか‥‥。分からないが服装や荷物は確かに朝に家を出てきたときと一緒だった。つまり、新幹線で寝たのか。ストレスのせいか。

 そのうち俺は周りの視線が自分に集まっているのに気づいた。内気の性格なので聞くのをためらっていたが意を決して一番近い初老の男性に聞いた。

「あのどうして私のほうを見るんですか」
「あなたがあまりにも大きなうめき声を上げながら寝ていたもので」
 俺は心臓が止まりそうになった。なぜならうめき声の内容によっては警察に疑われる材料になるからだ。恐る恐る聞いた。
「それで私はどんなことを言っていましたか」
「ほとんど聞き取れませんでした。許してくれという言葉が聞こえましたが」
 その言葉に俺は安堵した。それだけならば何のことだか見当がつかないからだ。
「お手数をおかけしました」
 そういって俺は会話を打ち切ろうとした。
「ちょっと待ってください。あなたは何か悪いことをしたんでしょう」
 俺はごまかそうとした。
「人聞きの悪いことを何の根拠があってそんなことをいうんですか」
 初老の男性は引き下がらなかった。
「根拠ならあります。後ろめたいことがなかったら許してくれなんて夢ではいわないでしょう」
 俺は強引に会話を終わらせ自分の席に帰ろうとした。
「そうだとしてもあなたに何の関係もないでしょう。失礼。」
 が初老の男性は俺の手をつかんでいた。
「これだけは言っておきます。私も昔悪いことをしました。それを隠し通しましたが、いまだに後悔しています。少しでも悪いと思っているのだったら正直に告白しなさい」
「勝手に人を悪者にしないでください」
 
 俺は大声で怒鳴り席に帰った。クーラーが効いているというのに汗だくで呼吸は乱れていた。





 ※勘違いされている人もいますが無期懲役でも仮釈放になれば刑務所から出られます。平成17年度の無期刑仮釈放者の平均在所年数は27年2ヶ月。あくまで「仮」であって無期懲役は、一生続く刑罰です。













       

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