Neetel Inside 文芸新都
表紙

よめえごと
最終話

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 俺は旅館に戻った。そして大塚さんの部屋に行く。トントン。ドアをノックすると彼女はおそるおそる出てきた。俺はこう告げる。
「あの。今は付き合うのとかは考えていないんですけど、一緒に東京に行ってくれませんか」
 ひどい話だが俺は自分一人では自首できないと考えたので、彼女と一緒に行くことにしたのだ。一人だとすぐに逃げ出してしまうような気がして……。
 彼女はそんなことも知らずに喜びながら答えた。
「もちろんいいですよ。でいつ行っていつ帰ってくるんですか」
 俺はすぐ答えた。
「今日行きましょう。僕はそのまま東京にいます」
 彼女は戸惑っているようだった。
「えっ。じゃあ私もここ辞めて東京で一緒に暮らそうかな……」
 俺は必死にその考えを変えさせる。
「いや当分は一緒に暮らすなんてことは……。友達ってことで……」
 それを聞いて彼女はがっかりした顔で俯いた。が、やがて顔をあげてこう言った。
「そうですよね。それが普通ですよね。休暇とってきます」
 俺は彼女を引き止める。
「いや、とらなくていいですよ。二日で戻れますから。じゃあ、俺は部屋に戻って支度をします」
 そういって俺は部屋に戻った。
 
 荷物の支度をしている時にふと日めくりカレンダーを眺めた。八月二十二日とそこには書かれていた。その日付に俺はなぜか見覚えがあった。
 ほとんど使っていない手帳を開く。調べてみると八月二十二日は母方の祖母の命日だった。
 そういえば最近墓参りもやっていない、これはいい機会だ。この機会を逃すともう一生行けないかもしれない。
 
 もうこの地ともお別れなのだ。俺は外を眺めた。この風景を俺は七年前も見ていた。俺がじいちゃんに就職をするように説得されていた時だ。
 七年前の俺がこの風景をどんな気持ちで見ていたかは覚えていない。が、結局七年前の俺は変われなかった。だが、しかし変わらなくちゃならないんだ。今回こそは。
 
 俺は荷物を整えて、彼女の部屋に向かう。ドアをノックすると彼女が出てきた。俺は開口一番、言う。
「あの一緒に墓参りしてくれませんか。祖母の命日だったんです。今日。横須賀と栃木に行くんですけど……」
 彼女はそれを一種のプロポーズと受け取ってしまったらしい。喜んでこう答えた。
「ええ。いいですよ」
 と。

 俺が立てた計画は新幹線で新横浜まで行く。そこから横須賀まで行き、栃木に行く。そして自首する。こういうものだった。
 新幹線の中で俺と彼女はあまり会話をしなかった。彼女の方は積極的に話しかけてきたが、俺があまり返事をしなかったのだ。俺はあまり彼女と深い関係を築きたくなかった。そんなことをすれば彼女はもっと傷つくだろう。俺が逮捕されたときに。
 ついに彼女はこう言った。
「杉山さんって結構無口なんですね」
 俺はこう答えた。
「ちょっと疲れてるからね。最近いろいろあって……」
 彼女はそれで納得したのだろう。その後はあまり話しかけなくなった。

 やがて横須賀駅についた。もう午後二時になっていた。もう食事は新幹線の中で摂った。そこから、さらに墓場まで行く。
 うろ覚えの記憶でなんとか俺は墓場に着いた。墓場は結構大きなお寺の敷地の一部にある。
 彼女がおみくじ箱を指差して言った。
「ねえ。おみくじしません」
「ああ。しよう」
 まずは彼女がおみくじを引く。結果は……。大凶だった。彼女が叫ぶ。
「あー。初めて引いちゃった。杉山さんはどうですか」
 俺は慎重におみくじを選んだ。結果は……。末吉。彼女が言う。
「中途半端ですね……。じゃあ私これ結んできます」
「じゃあ。俺はお守り買ってくるよ」
 俺は馬鹿馬鹿しいと思いながら、お守りに頼ろうとしていた。これで罪が軽くなるのではないかと思ったのだ。
 だが、しかし俺には全く別の思いが芽生え始めていた。こんな生活をずっと続けていきたいという気持ちだ。続けていきたい。こんな幸せな生活を彼女と一緒に。ずっと。

 やがて俺と彼女は祖母の墓に向かった。が、祖母の墓にはもう先客がいた。男性で、墓に向かって黙祷している。
 その男性には見覚えがあった。必死に思い出す。そうだ。この男性は俺が栃木から新幹線で来たときに話しかけられたあの男性だ。が、なぜここに……。

 俺がずっと彼を見つめているとやがて彼は俺に気づいた。
「あ、あなたがなぜここに」
 それは俺が聞きたいことだが一応答えておく。
「祖母の墓参りに来たんですよ。あなたこそなんで来たんですか」
「そ、それは」
 彼は言葉に詰まった。やがて彼は土下座しながらこう謝った。
「実は、実はあなたの祖母をひき殺したのはほかでもないこの私なんです。すいませんでした。好きなようにして下さい」
 こいつがばあちゃんを殺したのか。怒りが込み上げてきた。
 だが、しかしいつのまにか不思議とその感情はどこかに言ってしまった。俺は優しくこう言う。
「そうでしたか。もういいんですよ。顔を上げてください」
「し、しかし」
 彼は俺の優しすぎる態度に戸惑っているようだった。俺はさらに言った。
「もういいんですよ」
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ。さようなら」
 そういって彼は帰っていった。呆然としていた彼女が俺に尋ねてきた。
「いいんですか!あなたの祖母をひき殺した犯人なんでしょ」
「もう。いいんです」
 俺は彼女にそういった。彼の気持ちは俺にもよくわかっているのだから。
 俺は途中で買ってきた線香と花を墓場に置いた。水をかけ、長い黙祷をした。

 栃木に着いたときにはもう五時を過ぎていた。
 俺達は墓場に向かう。少し怖かった。ここらへんには俺を知っている人がいるからだ。
 が、まあサングラスをかけてくるし、二人だしバレないだろう。

 墓場に着くと俺は黙々と墓参りをした。丁寧に。丁重に。魂を込めるように。
 十数分はかかった。ここまで時間をかけた墓参りは初めてだった。
 終わったときにはもう六時近くになっていた。彼女に語りかける。
「もう遅いからどこかに泊まろう」
「杉山さんの家はどうですか。ここに住んでたんでしょ」
 俺は断る。
「いや、もう家はないんだ……」
 あそこにはもう戻りたくないのだ。
 
 結局ビジネスホテルに泊まることにした。彼女は
「二人部屋でもいいんですよ」
 と言ったが俺は断った。別々の部屋に泊まることにした。俺は
「じゃあ、さようなら。俺はすることがあるからホテルに泊まるのはもっと後だから」
 と言った。やれやれやっぱりひどい男だな。俺は。最後の最後で彼女に嘘をついてしまった。
 
 俺はホテルを出て警察署へと向かった。受付の警察官にこう言う。
「自首をしにきました」
「そうですか。いいことですね。罪状は何ですか」
 俺の言葉に警察官は驚いた。
「殺人です。二人殺しました」

 いよいよ、今日判決が言い渡される。俺はどんな結果が出ようと控訴しないと決めていた。この裁判で俺は真実を語った。包み隠さずに。
 それでどんな判決が出ようと受け入れよう。俺はずいぶん前からそう考えていた。
 俺は拘置所から裁判所に向かった。

 俺は裁判所に入る。これでここに来るのは最後だ。俺は法廷に入り、いつものように被告人席に座った。
 やがて裁判長が法廷に入ってきた。
  
 裁判長の声が法廷にとどろく。
「主文。被告人を……」

 俺は裁判長をしっかりと見つめた。

よめえごと 完

       

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