Neetel Inside 文芸新都
表紙

よめえごと
第三話

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 朝目覚めたとき俺は汗びっしょりだった。暑かったからというわけじゃない。真夏だがこの部屋にはクーラーがついている。俺が汗をかくはめになったのは、夢を見たからだ。夢の内容は俺があの男の子を沼に沈めている夢だ。ちょうど男の子が苦しみながら、沼に沈んでいくところで目覚めた。男の子の屈託の無い笑顔が、おそらくこれまで体験した事のない恐怖でゆがめられていくのは思い出しても吐き気がする。もし、俺がこんな事件をニュースで見たら犯人の事を頭がおかしいと思うだろう。が、犯人は俺なのだ。この俺が犯人なのだ。本当にそうかなのか。とたまに思う。あれは全部俺の妄想ではなかったのかと。が、またしてもテレビニュースが俺を現実に引きずり戻した。

今度は幼い命が……連続殺人か。平穏な地方都市で一体何が!

という赤いテロップが画面には映っていた。許せない事件だと人気キャスターが怒っていた。まったく、事件があるおかげで生活が出来るというのに。もし、殺人事件や政治の失態が無ければニュースを見る人は激減してしまうだろう。が、そんな事を悠長に考えている場合ではない事に気づいた。早く逃げなければ。俺の家にいつ警察が来るかも分からない。逃げても逃げ切れる自信は無い。 だが、しかしもはや自首など出来ない。何しろ二人殺してしまった。しかもそのうち一人は五歳の男の子で、証拠隠滅の為に殺したのだ。おそらく裁判長は
「被告は幼い生命を自分が犯した罪が発覚しないために奪うなど常識では考えられない事をした。許されざる罪である」
 とかなんとか言うんだろう。もしかしたら偉そうに
「被告人を死刑に処する」
というかもしれない。そうなったらおしまいだ。ひどいもんだ。死刑判決を出すのにいくら悩んでも裁判長は生きられるのだ。俺は生きられない。証拠は完全にあがっているので、死刑確定から数年後には死刑執行だ。逮捕から考えても十数年か。そうすると俺は四十半ばには死ぬという事になる。俺は子供の頃から七、八十歳ぐらいまで生きるもんだと思ってきた。だがら事件の前までは俺はまだ大丈夫だ。人生の半分も生きていないんだ。これからどうにでも出来る。俺は頭のいい人間だから成功できるんだ。そう思って生きてきた。それで自分を正当化して生きてきた。大学を卒業してから事件の前までずっとそうやって生きてきた。が、このままでは予想の半分ぐらいで死んでしまう。なんて事だ。それに運良く逃げても時効は二十五年ある。五十七歳まで逃げ続けなけばならない。五十七歳といったらもう還暦に近い。俺はこの事件によって完全に人生を狂わされてしまった。が、ここで一つの考えが出てきた。元々俺に成功なんて出来るはずが無い。本当のやる気など無かったんだ。ただ夢を見たかっただけなんだ。そうでもしないと悲惨すぎた。そうして自分を正当化しないと無理だった。生きているのだ。あまりにも自分が駄目すぎて。俺が生きている意味は何なんだ。俺はその考えを振り払った。馬鹿な事を考えては行けない。生きてこそ未来があるんだ。今は逃げよう。

 俺は新しいトランクを買うのは諦めた。また誰かに犯行現場の近くで見られたかもしれない。外出するのは危険だ。俺は両親が新婚旅行に使ったという少し大きなトランクに金を詰め始めた。親父もお袋もまさか息子が逃亡生活にこのバッグを使うとは思っていなかったろう。いくら駄目息子とはいえ人を殺すとは思っていなかったろう。バッグに必要な荷物を詰めるなど一通り準備が終わると新聞や水道、電気などを解約し始めた。ここに戻ってくる事はもう無いだろう。固定代金も二十五年間では馬鹿にならない。月一万円だとしたら三百万円だ。預金口座には一億近い金があったはずだ。引き出したいが、危険を考えると引き出せないのだ。全く使っていないのに帰ってきたら預金口座から三百万円引かれているのはしゃくだ。さて用意は整った。が、俺はその時突然どこに行くか考えていなかった事に気づいた。せっかく準備が整っても行く先がなければどうしようもない。二つの考えが浮かんだ。都会に行く考えと田舎に行く考えだ。俺は都会に行く方を選んだ。なぜなら都会の方が近所付き合いなども無いので顔を覚えられる事もないだろうし、仕事をしていなくても不審がられる事も無いだろうと思ったからだ。時刻表を調べると新幹線があと二十分ほどで出る。一刻も早く栃木から離れたいので多少高くてもしょうがないだろう。俺は家を出た。俺が子供の時から住んでいたこの家ともついにお別れだ。感慨深いものがある。様々な記憶が蘇ってきた。俺は歩いて十分足らずの駅へと向かい始めた。

       

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