Neetel Inside 文芸新都
表紙

暇つぶし
終末

見開き   最大化      

 どんなに高度な文明に発達しようと、終わりはいつか来るものだ。
 僕は恋人のエミリーと空を見上げた。降り注ぐ小型の隕石群が地球を、世界を覆い尽くしている。それらは次々と落下し、そびえたつ銀色の建物たちを貫く。最新技術を用いて建てられたのだろうが、それらはあっけなく砕け散っていく。
「怖い」
 エミリーは怯えた声でつぶやく。
「ねえ、手を握って」
「ああ」
 僕はエミリーの手を握る。柔らかく、ひんやりとした感触。恐怖からか少し汗ばんでいる。
「ねえ、私から離れないで」
 エミリーの手に力が入る。僕は優しく握り返す。
「ああ、離れないよ。絶対にだ」
 愛するエミリーを離すものか。
「ねえ、私たちみんな死んじゃうの?」
 エミリーは唇を震わせながら僕に問う。目には涙が浮かんでいる。
「大丈夫さ」
 僕は怯えるエミリーに言う。
「この街のロボットたちが、僕らを守ってくれる」
 そう、今や世界のいたる所に僕ら人間のために働くロボットが存在する。昔までは小説や漫画、映画の中でしかありえなかった絵空事のような高性能アンドロイド。発達した科学技術の結晶、それがこの世界には存在する。
 ロボット工学三原則というものがある。
 第一条――ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
 第二条――ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
 第三条――ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
 この世に存在するロボットには、全てこの三原則が適用されている。彼らは人間の命令には忠実だし、僕らを傷つけることもない。
 現在、落下する隕石とそれによって破壊された建物の崩壊などで、人間は大きな危険にさらされている。終末、命を落としかねない危機だ。ロボットたちは一番優先順位の高い第一条に従わなければならない。
 すでにあちこちでロボットが人間を庇っている様子が見受けられる。
 隕石や、落ちてくる瓦礫の盾になり、ロボットたちは次々に破損して機能停止していく。短い時間の中で大量のロボットの残骸が無残にも当たりに散らばる。
 それでもなお、頭脳回路が僅かに機能しているロボットは人間を守ろうと必死に自分を動かそうとしていた。だが、それらに瓦礫が振りかかり、下敷きにしていく。
 僕らはその悲惨な光景を目の当たりにしながらも、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。どこに逃げればいいのか分からないのだから。
 ロボットに守られ命が助かった人々はみなどこかに走り去っていくが、一体どこに行くつもりなのだろうか。僕には分からない。
 果たして逃げる場所なんてあるのだろうか。どこに行っても変わらないのではないか。そういった思いが僕の足を踏みとどまらせる。
「私たちも逃げましょう。ここにいても何も変わらないわ」
「そうだね」
 エミリーがそう言うのなら仕方が無い。どこでもいいから逃げてみよう。
 僕は彼女の手を引いて走り出す。気づけば隕石はもう落ちてこなくなっていた。怖いのは建物の倒壊だけ。
 周りには大量のロボットの残骸と僅かな人間の死体。そして血とロボットの体内に流れる特殊な溶液が付着した瓦礫。
「周りを見ないで。僕の背中だけを見ていて」
 エミリーにショックを与えないようにそう指示する。
 壊れた世界を走る。目的地も分からないまま。僕たちはただ走る。
「きゃっ」
 突如、エミリーの悲鳴が聞こえた。それと同時に彼女に握られている手が引っ張られ、そして繋いでいた手が離れた。
 エミリーは何かに躓いて転んでしまったようだ。おそらく瓦礫か何かだろう。きっと僕が背中だけを見ていろと指示したせいで足元が不注意になっていたのだと思う。僕のせいだ。
 転ぶだけならまだよかった。倒れた拍子にエミリーは地面が抉れてできた大きな斜面に滑り落ちていった。あっという間に僕らの距離は離れる。
 最悪なのはそれだけじゃなかった。
 再び小型の隕石群の落下が始まった。周囲に何個も隕石が落ち、大地が震える。
 隕石のうちの一つが、エミリーが落ちた場所へと落下してきた。僕はそれを見て素早く演算した。間違いなくあれはエミリーに当たる。
 その瞬間、僕はものすごい速度で走りだしていた。人間だ生身で出せる速度を大幅に超えている。あっという間に僕はエミリーのもとに駆け寄ると、彼女よりも大きな身体で覆いかぶさった。
 絶対に彼女を守れ。僕の頭脳回路が命令する。そして気付いた。僕は――ロボットだった。
 三原則の第一条。僕は人間を危機から守らなければならない。
 隕石が身体に直撃する。幸いかなりの小型だったため、最新技術で作られた僕のボディが簡単に大破することはなかった。が、機能停止は免れない。
 次に舞いあがった瓦礫が雨のように降り注いだ。エミリーから離れるわけにはいかない。機能停止するまで――いや、機能停止しても僕は彼女を守らなければ。
 残されたエネルギーはほんの僅か。ならばそれを笑顔をつくるために使い切ろう。エミリーを安心させてあげなければ。
 機能停止まで残り五秒。エミリー、泣かないで。
 四秒。もしこれが三原則による行動だとしても僕は悲しくなんてない。
 三秒。僕は君が無事でいてくれるのならそれでいい。
 二秒。愛する人を守って死ねるのなら、ロボットであろうがなんだろうが満足だ
 一秒。せめて、口に出して言いたかった。エミリー……

 ――さようなら。

 ――機能停止。

       

表紙
Tweet

Neetsha