五筒切りリーチ。
シマが一瞬、目を煌かせて鴉羽の打牌に注目したが切られたのは通っている字牌。
一発喰い流しを狙ったのだろうが、鴉羽に他家との連携なんていうものを期待する方が愚かというもの。
私は丁寧に盲牌してから、ツモ牌を卓に叩きつけた。
「失礼、一発ツモ」
そして裏ドラを流れるようにめくった。
「――裏3。六千オール」
使われず王牌に沈んでいた赤五筒が、やれやれ出番に間に合った、とでも言いたそうに六筒の側に寄り添っていた。
「ふむ。切り間違えた時はどうなるかと思ったが、こういう時ほどツモってしまうものだな」
男二人はむっとしたまま何も答えない。可愛いやつらだ。
対面は私と目が合うと、手牌の端牌を二牌を倒して見せた。八九筒。
「どうせなら、七筒を切り間違えて欲しかったね」
「それは済まなかったな。文句は私の耳に言ってくれ」
「そりゃもう。ハラワタ煮えくり返ってるから、覚悟しといてよ――」
一本場。ここしばらく鳴きもリーチも見せず大人しくしていたシマが、長考の末にリーチをかけた。
すでに十二順。私は場の牌を完全に把握していたが、だからこそ焦らずにはいられなかった。
シマの待ち、北単騎はやつの次のツモなのだ。
やつがチートイツをテンパイしたのは九順目。それ以降テンパイは変わっていない。
なぜここでリーチをかけたのか、やつの身体から放たれる殺気じみた気配からイカサマやガン牌などの分かりきったツモではないことは確かだ。
つまり、これがやつの勝負強さ、ここぞという時にアガリ牌を引いてこれる強運――ということなのか。
あるいは、わざと他家の手が進行するのを待ち、回し打ちする余裕がない地点まで追い詰め、オリるなら手牌を壊さなければならなくなるまで待っていた……のか。
現に狗藤も鴉羽も苦しげに顔を歪めている。
両者ともにイーシャンテンだが、ゆえにオリても進める安全牌がないのだ。
狗藤はしばし黙考した末に、ため息をひとつ吐き出してメンツ中抜きで安全牌の四索を打った。
思わず、私はあ、と声を上げそうになった。
「――ポン!」
鴉羽が鳴きをいれ、タンヤオ手をテンパイ。
自らを鼓舞するようにして打ち出された油っこい中張牌をシマはスルーするしかない。
一発を消された上に、本来ならツモるはずだったアタリ牌が対面の私に流れてしまった。
引き結ばれた唇は無念の表れだろうか。
そうして、本当に僥倖なことに。
私もまた、シマのテンパイに合わせて北単騎に受けていたのだ。
「ツモ。チートイツ、一六オール」
この世に神がいるのなら、きっとシマはなにか怒らせるようなことをしでかしたのだろう。
私はせいぜい、媚びを売っておくことにしよう。そう固く誓った。
続く二本場は狗藤が鴉羽のヤミテンに振り込み、東場終了。
現在、私と鴉羽は一万九千点差だが、南場を丸々残している上に強運モード絶賛フィーバー中の鴉羽を突き放すには至らない。
次の南一局、鴉羽の親を流せるかどうか。
八千オールを喰らってしまえば残り六千九百の狗藤が飛んで終了してしまう。
麻雀はトップを取るゲームだ。
ツキ男ばかりにおいしいところを持っていかれてたまるものか。
そんな私の妄念が呼び寄せたのか、狗藤があっさり私のタンヤオ手に放銃した。
千三百点と安いが、私はダマ倍満をアガったような気持ちだった。
あとはゆっくりリードを保ちながら、終戦処理にもつれ込めばいい。
この半荘は次の局が最終コーナーだ。
見事、逃げ遂せてやろうじゃないか。