(緑発暗カンは省略)
テンパイ、二五萬。
しかもやつの次のツモは赤五萬。
「リーチッ!」
当然のようにその気配をかぎつけたのだろう。放たれた千点棒が河を舞った。
アガられれば、リーチ一発ツモ緑発、ドラ七……裏四。
カンしたことによってドラが増え、表のドラは一萬で無関係だが、その下に白が眠っている。
問答無用の数え役満だ。
親番の狗藤の点棒は一万二千。役満をツモられれば一万六千点払いでもちろんハコテン。
リー棒を抜いて七千九百のシマに対して私は四万七千五百。
引っくり返ってしまう。
――だが。
一手、私の方が速かった。
いや、正確には鴉羽の手、と言うべきか。
シマが四枚目の緑発を引く直前、神がかったタイミングで鴉羽はテンパイしていたのだ。
五七筒のカンチャンに八筒を引いてピンフのテンパイ。
そうして私の手牌には九筒がある。
これを差し込めばたったの千点で役満ツモを蹴れる。
嗚呼――この時ほど自らの勝利の確信に酔ったことはない。
悪いな、シマ。久々に、本当に久々にドキドキしたよ。
だが私は、そんなスリルなんていらない。
ツモった牌は偶然にも九筒で、そのままツモ切ろうとした時。
銃声が、鳴った。
本物でないことはすぐにわかった。
けれど私の身体は心の底の底に刻み込まれた恐怖によって反射的に振り向いてしまっていた。
私のベッドから連続してきた銃声は弾丸なんて発射せず、私たちを驚愕させただけだ。
そうして私はシマが先ほど、間違えて私のベッドで休んでいたことを思い出した。
恐らくその時、枕の下にでも仕込んだのだろう。
遠隔操作で音を鳴らせるもの。携帯電話だろうか。
そして、三人雁首並べて私たちは銃声の方をのんきに眺めていたわけだが、
ちゃっ……という音で私は首が千切れんばかりに卓を振り返った。
シマのヤマ、その右端。
確かに聴いた。
やつの手牌から、三四萬が置かれるのを。
ぶっこ抜きと呼ばれるイカサマがある。
自らの不要牌をヤマの片端につけ、反対側から同じ枚数を抜き取ってしまうという技だ。
手積みならば自分のヤマを積むのは自身なので、その方法で好きな牌を手に入れることができるというわけだ。
最も簡単なイカサマ。だが、これは自動卓だ。ヤマを好きなように積めるわけがない。
気づかれないうちに、好牌を左端に置いていて抜いたのか?
いや、そんな動きを私は見逃していないし、またやつの手牌の中身が著しく変化すればすぐに気づいたはずだ。
本来の左端の二牌は南と西。そのまま抜いてもテンパイはできない。
やつはなんのためにぶっこ抜きをしたのか。
テンパイしているのだから手を進める牌は必要ない。
そうだ、欲しかったのは私が見抜けない待ち。
やつは、待ちを変えたかったのだ。
だが、繰り返し私の思考は同じところに行き着く、左端にどうやってターツを置く?
そして私はひとつの仮説を立てた。
やつはぶっこ抜きなどしていない。
ただヤマの右端に三四萬をぶつけて音を立て(鴉羽や狗藤は聞き逃してしまうほど小さな音だったが)ぶっこ抜いたように見せかけ、待ちはその実、二五萬のまま。
そうして、ぶっこ抜きを警戒した私がアンパイに窮し、変化させたのならここはなかろう、そういう読みで二五萬を打つのを待っているのか。
どちらにせよそれなら一発ツモされて終了してしまう。
――ここまで私は振り向いてから一秒とかからずに考え終えた。
結局、やつがどんな策を弄していようと意味がないことに気づいたのだ。
鴉羽はテンパイしている。私はこの手の九筒をただ河に放てばいい。
幸い、先ほどまではダブロンルールだったが十半荘ごとに頭ハネルールに変更する取り決めが幸いした。この半荘は頭ハネだ。
仮になんらかの手段でシマが六九筒で待っていたとしても、その前に上家の鴉羽が頭ハネで和了する。
心配ない。私の勝ちだ。
波乱に満ちた南三局だったが、その結末は実にあっけない。あっけなさすぎるほどだ。
そうとも、これで終わりだ。
私は自らにまとわりつく何かを振り払うように、九筒を打った。
残念だが、シマあやめ。
私の耳に、おまえは一歩及ばなかった――!
「ロン」