きつねのお面


「きつねのお面」

 小学校に入って、四回目の夏休み。
 今日も朝から公園に行って、ラジオ体操なのだ。
 せっかくの夏休みなのに、毎日体操するのが面倒だっていう男子もいるんだけど、俺は好き。体動かすのって、楽しいじゃん。
「光樹(こうき)君、今年も皆勤賞狙いね?」
「もっちろん!」
 元気に笑って、今日もしっかり、紙にはんこを押してもらった。それから、頭の横につけてある「きつねのお面」を、顔の前に持ってくる。
 右手を腰に、左手を斜め前に伸ばして、ぐっ! と両足を踏ん張った。
「正義の味方、きつね仮面は、遅刻も欠席もしないのだっ!」
「あほぅ」
 すぱーんって、頭を後ろから叩かれた。
 これは決まったと思っていた時の不意打ちって、結構いてぇ。
「きつね、邪魔。はよどけ」
「いてーな。叩くことねーだろー?」
 同じ地区に住んでいる、友達のかっつんこと、戸田勝也(とだかつや)。
 かっつんは、この町からずっと離れた、東京ってとこから転校してきた。最初は仲良くなれるかわかんなかったけど、一年とちょっと経った今では、俺の一番の親友だ。
「きつね。正義の味方なら、まわりのことも考えろ。後ろにまだ並んでるだろ」
「むー!」
 かっつんの言う事は、他の男子より、ちょっと大人っぽい。
 背も高いし、頭もいい。そのぶん、容赦のない突っ込みが痛いんだけど。
「じゃあ、あっちで待ってるからなー」
 列から外れて、すべり台の側まで、一旦退避。そうしたら、俺のことを「きつねにーちゃん」って呼ぶ、一年生が二人、こっちに走ってくる。
「見てみてぇ、仮面リャイダーのきらきらシール!」
「こいつ、一個買っただけで、これ当てたんだー」
「おおっ! それはすごいのだ! いいなぁ、どこで当てたのだ?」
「駄菓子屋の、ばーちゃんとこー!」
「なるほど、今度お小遣いをもらったら、一緒に行くのだ」
「いいよー!」
「あのねぇ、きつねにーちゃん」
「うん?」
「このきらきらシールだったら、きつねにーちゃんのお面と、交換してくれる?」
「残念だが、それはできぬのだ」
「えー、だめー?」
 仮面りゃいだーのきらシールは、ちょっと心が揺れるのだ。
 だけど、俺が被ってるお面だけは、交換できない。
 この世界に一つしかない、母ちゃんが作ってくれた「きつねのお面」。
「……このお面をつけるのを許された者は、このきつね仮面こと――――」
 びしっ!
「日野光樹、ただ一人なのだっ!」
 今度こそ、格好良く、ポーズを決めてみせ、
「あつっくるしいわ、アホきつね」
 すぱーん。
 いたいのだ。さっきのより、力入ってるし。
「かっつーーーん! だから叩かなくてもいーだろおーーー!?」
「アホは叩いて治すに限るんだよ。ほら、暑くなる前に帰ろうぜ」
「仕方ない。それでは二人とも、さらばだっ!」
「うん、また明日ー」
「明日ねー」
 俺は一年生に手を振って、先を歩いていくかっつんを、追いかけた。
 
 太陽の下、田んぼに挟まれた畦道を、歩いて帰る。
 八月になってから、蝉が、みんみんみんみん、とっても元気なのだ。
「あっちぃなぁ、今日も」
「うん。でもさ、夏休みは終わらないでほしいよなー」
「きつね、もしかして夏休みがずっと続けばいいとか、思ってないか?」
「思ってるのだ」
「無理無理。お前が日本のトップになって、そういう法律でも作らない限りな」
「……うーむ、俺は難しいのは苦手だから、かっつんが作ってくれない?」
「やだね。そんなの作ったら、俺だけ休めなくなっちまう」
 かっつんが、にやりと笑う。
 我が親友ながら、あいかわらず、大胆不敵な奴なのだ。
「なぁなぁ、かっつん。昨日の晩飯はなんだった?」
「……いきなり話題、飛びすぎだろ」
「いいじゃん。だって、俺んちの晩御飯、なんとハンバーグだったのだっ!」
「聞いてないから。まぁ、俺のとこはカレーだったな。今日の朝もカレー」
「おぉー、羨ましいのだ!」
「そうか? 続けてカレーって、結構飽きるだろ」
「そんなことはない! カレーは、三日たってもウマいのだ!」
「……それ、結構ギリギリじゃね?」
「そう? あっ、それからさ、昨日のアニメ、見ただろ?」
「見たけどさ。お前ってほんと、話をころころ変えるよな」
「メシ食いながらテレビ見るだろ。それで、思いだしたのだ!」
「俺のとこは、それ禁止」
「えっ、メシ食いながらテレビ見るの、ダメ?」
「うん。でも自分の部屋にテレビあるから。一人で見る方が、落ち着くし」
「えー?」
「ウチは、姉ちゃんいるからな。家族で一緒にアニメ見んの、恥ずかしいんだよ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「うーん……」
 俺が一人っ子だからかな。よくわかんないや。
 そんな風に、帰り道は毎日、いろんな話をするのだ。
 大抵、俺がなにかを言ったら、かっつんが返事をくれる。そうやって歩いてたら、あっという間に、俺んちに着いちゃった。
「きつね。今日の昼はどうする?」
「そーだなぁ」
 俺んちは古い一軒家で、ちょっとボロい。玄関にかけられた「日野」って表札も、随分黒くなっちゃって、読み辛い。
 かっつんの家は、もうちょっと行った先にあるから、夏休みのラジオ体操の後は、いつも俺んちで、昼から遊びに行く予定を二人で考えた。
「山に果物探しにいくか、蝉取りにいくか、泳ぎに行くか。迷うよなぁ」
「……それ、迷う必要あるのか?」
「うむ。なにをするかによって、持っていく装備が変わるからなっ!」
「それなら、虫網持って、川で泳ぐついでに、魚捕りとかどうだ?」
「おぉ、名案だなっ! かっつんは頭いいなぁ!」
「じゃあ、十二時に、いつもの場所でいいよな?」
「おー、了解したっ!」
「それじゃ、後でな。遅れんなよ。ちゃんと宿題も終わらせとけ」
「もちろんだ!」
「言ったな」
 かっつんが、にやりと笑って、ひらひら手を振りながら帰ってく。
 後ろ姿が見えなくなってから、家の引き戸を開けた。
「ただいまー!」

 夏休みって、本当に忙しくて困る。
 毎日遊べたらいいんだけど、そうもいかないのが、ゲンジツなのだ。
「……うーん。なかなか、手ごわいではないか……」
 午前中は、夏休みの宿題の時間。
 本の表紙には、「夏休みの友(算数四年生)」って書いてあるんだけど。これ、六年生の問題が紛れ込んでるんじゃないのか?
「……わからん。ぜんっぜん、わからん……」
 四年生の問題が、いつのまにやら六年生の問題に。
 これはきっと、悪の組織の陰謀に違いない。たぶん。
「にゃあああぁぁーーーー! わっからーーーんっ!!」
 ぷしゅー。
 頭から湯気がでる。でも、真面目に宿題をしておかないと、母ちゃんから遊びに行かせてもらえないから、頑張らねば。
「おちつけ、おちつくのだ、日野光喜。こういう時こそ、せーしんをとーいつせねば。しんとうめっきゃく……なんだっけ。まぁいいや」
 それからもう一度、むずかしい問題と、にらめっこ。
 算数の問題は、四角形と、三角形が、なんか難しい言葉で書かれてる。
 むむむむむ、なんだろなー。暗号通信じゃないよな、これ。
「……あ、あれ、なんか、いま……? ……あっ、そうか。なるほどっ!」
 ぴこーん!
 きた、きた、きた!
 鉛筆を持った手が、動く、動く、動く。
 とまらないっ! 俺すげぇ! 
 四年生なのに、六年生の問題が解けるとか、天才かもしれないっ!
「……できたっ!」
 俺は夏休みの友を持って、大急ぎで階段を降りてった。
「かーちゃん! かーちゃん! みてみてぇーー!!」
 居間に降りると、お茶を入れて一休みしてる母ちゃんがいた。ぱりっと煎餅を一齧り。
「なによ、うるさいわねぇ」
「ずるいっ! 俺が頑張って宿題してたのに、せんべー食って、テレビ見てるのだ!」
「母ちゃんは、もう一仕事終わったの。午後からは、夏祭りの準備があるし、忙しいのよ」
 言われて、思いだした。
「あれっ、学校の夏祭り、今日だっけ?」
「忘れてたの? せっかく新しい浴衣買ってあげたんだから、ちゃんと袖通していきなさいよ。それで、なに?」
「おうっ! 宿題が終わったから、報告しにきたのだっ!」
「はやいわねぇ、本当に終わったの?」
「ふっふっふ、見ればわかるのだ」
 眉をひそめる母ちゃんに、夏休みの友(算数四年生)を渡した。
 今は疑ってるみたいだけど、読んだらきっと、あまりの素晴らしさに褒めてくれること間違いなし! そう思って、俺も煎餅に手を伸ばした……んだけど、
「なにこれ。光樹、あんたの解答、本と逆さまじゃないの」 
「……ふぇ?」
「ふぇ、じゃないわよ。もしかして、逆立ちでもしながら解いてたの?」
「なんでだよ、そんなことするわけねーだろ」
「じゃあどうして、問題と答えが逆さまになってるわけ」
「むむむ、悪の組織の仕業かな?」
「バカなこと言わないの」
 すぱんっと、母ちゃんの裏拳が軽く入る。
「光樹、ちょっと聞いてもいい?」
「んー、どこ?」
「まず、問1の答え:三角系(変身後)って、どういうことなの」
「えぇと、だから四角を二つに切って、こう、変身するんだよ、ガキャーン!」
「……ガキャーン?」
「そう! これによって、二方向からの同時攻撃が、バババ! チュチューン!」
「…………これ、算数の問題よね」
「そうなのだ! 俺もびっくりしたのだ!」
「……………………ふー」
「あれ? どったの?」
 母ちゃんが、なんかすっごい疲れた顔してる。
 両肩が、ぷるぷる小刻みに震えてる。
 なんか嫌な予感がするなー。
 逃げた方がいいかも?
「光樹」
 母ちゃんの頭の耳が、ぴくぴく動いてる。
 俺が逃げだせないように、ぎゅっと、腕を掴んだ。
「……光樹、ちょっと、そこ、座りなさい?」
「な、なんでっ! 俺、ちゃんと宿題やったじゃんっ!」
「うふふふふ。これで、ちゃんとやったつもりなのね…………?」
 やばいのだ、やばいのだ、やばいのだ。
 横になってたしっぽが、扇風機の「最強」ぐらい、ぶわわわわぁーって、浮き上がる。
「座布団持ってきて、正座っ!!」 
「わふっ!?」
「最初からやりなおしっ! びっしばしっ! 叩きこんでくからねっ!! 一回間違えるごとに、一日おやつ抜きよっ! 正座しなさいっ!!」
「やだーーーーーー!!」
 お茶飲んで、煎餅食って、一休みの予定だったのに。
 いきなり、母ちゃんのスパルタ算数教室が、はじまった。
 もう限界なのだぁ~。ぷしゅしゅしゅしゅ~~。