Neetel Inside 文芸新都
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今日は、学校のお祭りだ。
 澄んだ笛の音と、お腹に響く太鼓の音が、あちこちから響いてくる。
 夏の空は沈むのが遅い。まだまだ明るい空の上。
 夜を待ちきれないお月さまが、ぼんやり浮かんでた。
 
 あたしは、学校の友達と一緒に、小学校の夏祭りに来ていた。
 広い運動場には、白い天幕が所狭しと並んでいて、それが出店の代わりに使われてる。
「あの男子、みたことあるー」
「うん、六年生よね」
 大きいのと小さいお神輿が、運動場の中を練り歩いていく。楽しいけれど、ちょっと変な光景だった。
「それにしても、幸(さち)の浴衣いいなぁ。私も浴衣で来たかったなぁ」
「ちょっと歩きにくいけどね」
 口ではそう言ったけど、褒められて悪い気分はしない。
 いつもは着ることのない浴衣と草履。お母さんが、今日のお祭りのために、わざわざ作ってくれた物で、あたしにぴったり似合ってる。
「ねぇ、なにか食べない? 今日はお小遣いもらってきたから、一緒に食べようよ」
「ありがと、でもいいわ。お母さんの作ってくれた浴衣、汚したら怒られるから」
 本当は、そんなことないんだけど。
 たこ焼きに焼きそば、綿菓子に焼きとうもうこし、それから林檎飴。
 おいしそうな匂いが、あちこちからやってくる。お祭り用に、お母さんから特別のお小遣いも貰ったんだけど、我慢。
 お土産に持って帰って、家でお母さんと、二人で一緒に食べるんだ。
「じゃあ、次、どこ行こっか?」
「そうねぇ……」
 運動場に沿って一回りしたら、大体、お店も一通り見て回ったことになる。お祭りの案内図を広げて見ていたら、友達が浴衣の裾を引っ張った。
「ねぇ! あれ、きつね君じゃない?」
 友達が指差した先、そこには同じクラスの男子が二人いた。
 日野光樹と、去年東京から引っ越してきた、戸田勝也。
 きつねの方は相変わらず、きつねのお面をつけている。それから普段は見ない、水色の浴衣を着てた。
「きつね君、浴衣似合うねぇ」
「……浴衣を着てたら、あのお面も自然に見えるわね。いっそ毎日、浴衣を着てればいいのに」
 あたし達がきつねって呼んでいる男子は、皆からその "あだ名" で呼ばれてる。
 理由は単純明快。どんな時だって、頭にきつねのお面をつけているからだ。
「意味のないことに拘る男子って、あたしは世界で一番嫌いだけどねっ!」
「まぁまぁ。それにしても、きつね君。なに食べてるんだろ」
「……しらないわよ」
 きつねは、両手一杯に、食べ物を抱えてた。
 それだけでは飽きたらず、口先だけで、器用にたこ焼きを頬張っている。その顔は本当に幸せそうで、なんでかしらないけど、すっごく腹が立つ。
「あはは、きつね君、かわい~」
「かわいくないわよ。教養のない、ただの馬鹿じゃない」
「幸ってば、相変わらず男子に厳しいねぇ」
「厳しいんじゃなくて、嫌いなの」
 あたしには、物心ついた時から『お父さん』と呼べる人がいない。
 お母さんが、一人であたしを育ててくれている。
 自動車で、毎朝早くに家をでて、大きなデパートの中にある洋服屋さんで働いてる。
 お仕事で毎日大変なのに、参観日には無理をして来てくれるし、今日だって、お祭りの準備と売り子さんをやってくれた。
「男子なんて、馬鹿ばっかりだもんっ!」
 あたしは、アホの男子と違って、毎日ちゃんと勉強してる。まだ八月になったばかりだけど、夏休みの宿題だって、もう終わったもん。
 どうせ男子なんて、宿題ほったらかして、のんきに遊びにきてるんでしょ。
「……ねぇねぇ、前から聞いてみたかったんだけど、幸ってさぁ」 
「なに?」
「好きな男子とか、いないの?」
「いないわよ」
 女子って、なんでそういう話が好きなのかしら。
 目の前で、戸田に綿菓子を踊らされて、素直にそれを追いかけてる、バカきつね。
 そんなきつねを、好きになれるはずもない。
「……きつねとか、興味対象外もいいところだわ……」
「べつに、きつね君とは言ってないんだけど。戸田君は、頭いいし」
「戸田は、ライバル! あいつはいちいち、なんにでも口だしてきて、うるさいのっ!」
「じゃあなんで、きつね君?」
「ちがうってば! たまたま、ちょうどそこにいたからよ!」
「戸田君も、あそこにいるけど?」
「そーじゃなくってぇ!」
 あたしが弁解する前に、友達がにこにこしながら、口元に手を添える。
「そっかそっか、なるほどね?」
「ちーがーうー!」
「興味ないとかいいながら、しっかり見てるじゃない。幸ってば、素直じゃないよねー」
「いい加減にしないと、怒るからねっ! ほらっ、次に行く場所、探すわよっ!」
 あたしは手提げ鞄の中から、お祭りの案内図を取り出した。
 きつねなんて、男子の中でも、とりわけアホで馬鹿だし、いつも呑気にへらへら笑ってる。ちょっとだけ格好良い顔も、変なお面で台無しだ。
 おまけに毎日「きつね仮面参上!」って叫んでいるんだから、手に負えない。
(うんうん、いいとこなんて、ないよね)
 あたしと変わらない身長で、男子の中ではチビの部類に入る癖に、やたらと足が速くて、運動が得意なところも気に食わない。それから、それから。
「―――幸? ねぇってば、聞いてる?」
「えっ!?」
「いきなり静かになっちゃうから、びっくりしたよ。大丈夫?」
「あ、ごめんね! えと、それで、行きたいところあった?」
「うん、これっ!」
 友達が、指差したところにある文字を、目で追っていく。
「旧校舎の南口で、六時から肝試し大会。豪華賞品あり!」
「…………え」
 怖々と、校舎の一番目立つところにある、大時計を見上げた。
 六時まで、あと十分ぐらい。
「私、怪談とか結構、好きなんだよね~!」
「……ど、どうせ子供騙しよ。た、退屈よ……?」
「あれ、もしかして幸、怖いの駄目?」
「そ、そんなこと! あるわけないんじゃないんだからねにぇっ!?」
 舌噛んだ。いたひ。
「…………幸が苦手なら、止めとこうか?」
「に、苦手……?」
 マズい。
 かちんって、スイッチが入った。
 あたしは、人から馬鹿にされるのが大嫌いなんだ。
 わかってるのに。お母さんみたいに、できないことはないんだって、証明したくて。
「あたしには、苦手なものなんてないのよっ!」
 つい、口が滑ってしまうんだ。苦手とか、無理って言葉を聞くと、ぐつぐつ体が熱くなって、頭に血が昇ってしまう。
「肝試し? 上等よっ! いつだって大歓迎だわっ!」
「やったぁ! それじゃあ、はやく行こうよっ!」
「うんっ!」
 あたしは多分、とっても引きつった顔で頷いてたと思う。だけど心底嬉しそうな友達は、そんな様子に気がついてくれない。
(やだ~~~~~!!)
 本当は嫌。怖いのは、とっても嫌。でも、仕方ないじゃない。
 時々、見えちゃうんだもん。
 黒くて、もやもやしたのが。

       

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