Neetel Inside 文芸新都
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「う~らめ~しや~!」
 白い布を被った、おばけが参上。
 左右にゆらゆら揺れてるけど、しっかり両足が見えている。
「……えー?」
 たぶん、目と口なんだろう、黒い油性のマジックで、顔の部分にでっかく、ぐりぐりと三つの丸が塗り潰されてる。
「……こんなの、全然怖くないのだ……」
 一年生だって驚かないぞって、思ったんだけど。
「いやああああああああああああああぁぁぁぁっっっっ!!!」
 水原の悲鳴。
 耳が「きーん」ってして、思わず両耳を「ぺたん」って伏せる。
「おばけーーーーー!!」
 ばふっと、水原にひっつかれる。なんかびっくりするぐらい柔らかい。
「わわわわわっ!?」
 ご馳走とは違う良い匂い……とか思ってたら、背中に回された腕に、思いっきり爪を立てられた。
「痛い痛い痛いっ! やめろ水原! 落ちつくのだっ!!」
 みしみしぼきぼき。
 背骨がなんか、変な音立ててます。
「ぎゃーーーーっ! 助けてーーーーーっ!!」
「おー、いいねぇ。そこまで素直に驚いてくれると、おじさん嬉しくなるねぇ」
 おばけが両腕組んで、うんうん頷いてる。
「た……たすけ……!」
「うーむ、他の子供たちも、君たち二人ぐらいに、驚いてくれるといいのだが」
「………た」
「最近の子供は、いかんねぇ。私が小学生の時はもっとだな……」
「…………」
「いかんよー、実にいかん。いかんいかん」
 だめだ、これは。
 俺はたまらず、きつねのお面に手を伸ばす。
 ここで「変身」すれば、きっと母ちゃんにもバレる。バレたら怒られる。
 でも、ここで、水原にやられるよりは……っ!
「おばけなんて、だいっきらいっ!」
 きつねのお面に手をおいた時。
 水原の両手が、帯をがっしり掴んだまま、ぐいっと後ろに振り被った。
「うむうむ、そっちのお譲さんも、実によい怖がりだ」
「こっちこないでっ!」
「よきかな、よきかな。それ、う~らめ~しや~」
「やだああああああああああああぁぁっっ!!」
 その時、俺の両足が、ふわり、って……浮いた。
 なんつーパワー。百万馬力?
 冗談じゃないのだ!
「おばけは、地獄に落ちろーーーっ!!」
 水原は勢いをつけて、手に持った「俺」を、思いっきりぶん投げた。
「だあああああぁぁぁっっ!?」
「ぬおおおおおぉぉぉっっ!?」
 
 ぼごっ!

 おばけと正面衝突だ。
 鈍い音がして、俺の頭が、おばけの鳩尾とぶつかる。
「だぁふっ!?」
 口から盛大に息を吐きだしたおばけ。そのまま後ろに倒れてく。
 床とぶつかって、ごちんっ! と痛そうな音を立てる。
「ぐ……ぐふぅっ……!」
 俺は、しっかり中身の入ってるおばけの上に落ちたから大丈夫。けど、おばけの方は、仰向けに倒れたまま、ぶつかった鳩尾を抑えて悶絶してる。……痛そう。
「きつねぇっ!」
「おわぁっ!?」
 水原が泣きそうな声で、さっき投げ飛ばしたみたいにして、おばけからひっぺがす。そのまま帯を掴まれて、ずるずる引き摺られてく。……もう、どうにでもしてー。
「きつねぇ、大丈夫? 呪われたりしてない?」
「いや、まぁ、大丈夫……だといいけど……」
 時々「ぐふっ! ぐふっ!」って、不気味に跳ねているおばけが、怖い。
「つーか水原、呪いってなんのこと?」
「バカきつね! おばけに触ると、呪われちゃうって、知らないのっ!」
「……へー」
 呪われると思ってて、それでも俺を投げ飛ばしたんだ。
 恐るべしなのだ、水原女子。
「うぅ、おばけこわかったよぅっ!」
「……そーだなぁ」
 お前のがこえーかも。とは、ちょっと言えなかった。
 水原ってば、女子だし、泣いてるし、また、投げられると困るし。
「おばけ、まだ動いてるぅ~! トドメ、刺しちゃおっか?」
「水原、お願いだから、落ちつくのだ。深呼吸して。そうそう、吸ってー吐いてー……」
 すーはー、すーはー、すーはー。はぁー。
「……大丈夫?」
「……うん」
「よかった。本当によかったのだ」
「なによ、大体きつねが頼りなさすぎるのよっ! 男子なんだから、しっかり守ってっ!」
「いきなり投げ飛ばされたのに、どうしろって言うのだっ!?」
「なによ、きつねのバカバカバカっ! あたしはおばけが怖いんだから、仕方ないでしょっ!」
「だから怖いなら、最初から言えっていっただろー!」
「ふんっ! おばけが苦手で悪かったわねっ! どうせあたしは、夜中に一人でお手洗いに行けないわよっ! 文句あんのっ!?」
「そんなの知るかよっ!」
「なんで知らないのよっ!!」
「知ってるわけあるかーーー……ってぇ、いてええええええっ!?」
 グーパンチが飛んできた。
 水原が真っ赤な顔をして、学校の兎みたいに震えながら、俺を睨んでる。
「う~~~~っ!!」
「よ、よせ! 話し会えばわかるのだっ! 暴力はよくないっ!!」
 殴られたのは俺なのに、謝るのも俺。
 くそぅ、女子って、ずるいぞ!
「あたしの秘密を知ったからには、死んでもらうわよっ!」
「落ちつけっ! べつにおばけが怖くても悪くないっ! 俺だっておばけは怖いのだっ!」
「同情なんて、嬉しくないわっ!」
「そんなつもりじゃないってば。本物の幽霊は、あんな偽者より、もっと怖いんだぞ」
「……偽物?」
「うん、偽物」
 首を傾げる水原に、後ろで悶えている、足のあるおばけを指差した。
「ほら、よく見るのだ。ちゃんと足があるだろー」
「……ほんとだ」
 水原の表情が、少しずつ、落ち着いていく。
 握り締めた拳が開かれて、一安心。
「本物の幽霊は、俺達とは、全然違う生き物なのだ」
「そうなの?」
「うむ。あいつらは本当に厄介だからなぁ……怖くない方が、変なのだ」
「……きつね」
「うん?」
「もしかして、本物のおばけが、見えるんじゃないでしょうね?」
 ぎくり。
 やばい、言いすぎた。
「……やっぱり、見えるんだ」
「そ、そ、そ、そんなことないのだっ!」
 水原が、涙で赤くなった目を、じーっと細めて、こっちを見てくる。
 冷や汗が、だくだく流れた。
(これはマズいぞ……)
 連中の姿が見えることは、言っちゃいけない。
 きつねのお面をくれた母ちゃんとの、約束だから。
「嘘ついたら、許さないから。見えるんでしょ、おばけ」
「おばけ、というか……」
 どうしよう、どうしよう。
 水原が、こっちを見てる。
 目を、全然逸らしてくれない。
「……えーと、ほら、さっきも言ったじゃん。おばけ、俺も怖いんだってば」
「聞いたわよ。見えるから、怖いんでしょ」
「見えない。見えないのだ! おばけなんて、見えてない! だから、怖いのだっ!」
「……嘘ついてない? 本当に、見えない?」
「う、うん……」
 じっとり睨んでくる目に、心臓がどくどく鳴ってる。
「そっか……」
 水原はちょっと俯いて、目を閉じた。
 持ってた手提げの鞄から、綺麗なハンカチを取りだして、涙を拭う。
「そっか、見えないんだ」
「うん、ごめん……」
「謝らなくてもいいわよ。幽霊なんていないんでしょ。それなら、やっぱりあたしに苦手なものなんて、ないんだわっ!」
 水原が、笑った。
 無理して笑ってる。俺が、嘘ついたから。
 なんだか、悲しくなってくる。ちょっと泣きそうかもしんない。
 胸が痛むのだ。
「ちょ、ちょっと! しょぼくれた顔しないでよねっ! あたしが、おばけなんて怖くないってこと、証明してあげるからっ!」
「えっ?」
「そもそもおばけなんていないんだから、四階のお札、一人で取ってこれるもんっ!」
「……へ?」
「きつねはおとなしく、階段のところで待ってなさいっ!」
「なんでー! めんどくせー!」
「うるさいっ! 勝手についてきたら、またぶん投げてやるからねっ!」
 水原って、どこまでも勝手な女子だ。
「またおばけがいるかもしんないし、ついてった方がいいだろー」
「ダメ! おばけがいたって、どうせ偽物なんだから、大丈夫っ!」
「でも……わふっ!?」
「大丈夫だって、言ってるでしょっ!」
「叩くことねーだろー!」
 水原が、ずんずん階段をのぼっていく。
「……本当に行っちゃったし」
 言われた通り、階段を昇っていく水原を、見送るしかなかったのだ。

       

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