「はぁ……」 
 手持無沙汰になって、一人、きつねのお面をいじってた。なんにもすることがない。階段の手すりにもたれかかってると、欠伸がでてくるぐらい、暇なのだ。
 お菓子を待ちきれないお腹が、きゅーって鳴る。
「はやくお菓子が食べたいのだ……」
「――きつね」
「うん?」
「まだこんなとこにいたのかよ。遅いぞ」
「かっつん!」
 上から、かっつんが降りてきた。隣にいるのは一年生かな。とっても小さい。
「はやく取ってこいよ。これ」
 二人の手には、青と桃色のお札が見える。かっつんが軽く手を振って、その手に持った魔除けのお札をひらひらさせる。
 注意して見てたけど、そこには、俺や母ちゃんの苦手な、本物の「力」は感じられなかった。ちょっと安心した。
「そっちは、もう終わったんだ?」
「あたりまえだろ。むしろお前こそ、なんでまだここにいるんだよ。上でこっそり驚かせてやろうと思って、待ってたのに。いつまでも来ねぇし」
「だって、水原が勝手に、一人でお札を取ってくるって言うんだぞ。俺はここで待ってろってさ」
「やっぱりお前の相方、水原だったんだ」
「うん、あれ、知ってたのか?」
「さっき階段で、すれ違ったんだよ。水原、すごく怒ってたけど、喧嘩でもしたのか?」
「俺はなんもしてねーもん。水原が悪いっ!」
「……水原も、おんなじこと言ってたぞ」
 かっつんが、にやっと笑う。
 見慣れてたはずの笑い方なんだけど、なんかすっげー楽しそうに見える。
「ほんっと、わかりやすいよな、お前ら」
 そう言うと、かっつんがお得意の「ふー」の溜息。それから「やれやれ」って、ポーズをしてみせる。
「俺には、全然わかんねーんだけど」
「だろうな」
 かっつんが、漫画にでてくる博士みたいに、片手を口元に添えて笑う。
 やっぱり妙に似合ってるんだけど、うーん、腹立つなぁ。 
「きつね、お前ってほんと、朴念仁だよな」
「ボクネンジン?」
「にぶい奴。鈍感ってことだよ」
 また、それか。
 俺って、そんなに頭悪いのかなぁ。
「なんで鈍感って言われるのか、教えてくれよ、かっつん博士」
「己の力で気付かねば、意味がないのだよ、きつね仮面」
「なんだよ、かっつんのケチっ!」
 そう言うと、かっつんは腹を抱えて、楽しそうに笑った。
 隣のちっちゃい女子が、そんな俺達のやりとりを、不思議そうに見ている。
「ほら、こんなとこでぼさっとしてないで、さっさと追いかけろよ」
「だからぁ、ここで待ってろって、水原が言ったんだってば!」
「大丈夫だって。やっぱりお前のことが心配だった、とか言っとけばいいんだよ。たぶんな」
「たぶんかよ」
「でも、このままここにいても、降りてきた水原に殴られるぞ。間違いなく」
「間違いなく!?」
「たこ焼き一つ、賭けてもいいぜ」
「……うーん」
 迷ったけど、階段を登ることにした。やっぱり心配だったっていうのも、嘘じゃないし。なによりかっつんの助言は、結構あたるのだ。
「じゃ、いってくるのだ!」
 頼りになる親友の言葉に、下駄を脱いで、一段飛ばしで階段を上っていく。
「かっつん! 終わったらお菓子もらうとこで待ってて。後で花火見ような!」
「……あ、ちょい待ち、きつね。四階の廊下さ、妙に滑ってたから気をつけろよな。水原にも言おうとしたんだけど、あいつは人の話、全然聞かねーからさ」
「わかった、ありがと」
 手を振って別れてから、俺はもう一度、一段飛ばしで階段を上ってく。
「……でも」
 廊下が滑りやすくなってるって、どういうことなのだ?
 誰かが飲み物でも零したのかな?
 うーん、でも校舎に入る時に、食べ物は持って入っちゃいけなかったし。なんでだろ。
 旧校舎は普段、ほとんど使ってない。夏休み中の大掃除だって、来週の登校日のはずだ。 夏休みに学校に行くなんて、しかも掃除をするだけなんて。すっげー面倒くさいって思ってたから、ちゃんと覚えてる。水原も、
「面倒だからって、さぼるんじゃないわよ、きつね!」って、言ってたもん。

 ―――きつねのお面の上に、なにか小さな物が落ちてきた。

 こつん、と音を立てて床に落ちたそれ。拾い上げて、みた。
「……豆?」
 顔をあげたら、階段の手摺りの隙間から、同じ豆がぱらぱらぱら。落ちてくる。
「他にも、おばけ役の人がいるのかな? だけど、なんで豆なんか…………」
 思い浮かぶのは、一つだけ。
 不思議なことが起こった時、
 そこにいる。
「―――ッ!」
 手に持った下駄を隅に投げ捨てて、二段飛ばしに切り替えた。
 上から、豆粒が、沢山落ちてくる。笑い声がする。
 全力で階段を上った。二階、三階、最後の踊り場、全部まとめて、一気に上りきる。
 四階の廊下。茶色の豆粒が一杯、散らばってた。
「……水原っ!」
 焦って息があがったけど、歯を食いしばって、気合いを入れたっ!
「だっしゅ!」
 魔除けの札のある、六年生の教室の方に急ぐ。
 最後の角を曲がると、四階の廊下の先に、水原が見えた。
 横になって倒れて、足首を抑えてる。

『ゆかいだな、すってんころりん、ころんだね♪』
『鬼は外、福は内なんて、許さんぞ♪』
 
 いた。豆の入った笊を掲げて、踊ってる。
 赤と青の小さな鬼だ。腹を抱えて、ケタケタ意地悪に笑ってる。
「―――水原、大丈夫かっ!?」

『にいさんよ、またまた客が、おいでだよ♪』
『これはまた、ちいさなヒトの、こぞうだね♪』

 くるっ、とこちらを振り返る二匹の小鬼。
 目玉が一つしかなかったけど、その目は意地悪そうに、細められている。
 だけど怖くなんて、ないっ!
「許さぬ……!」
 むしろ、体の血が煮えたぎるみたいに熱い。
 母ちゃんからもらった血が、頭に、すぅーって昇ってく。
「許さぬぞ、悪党めっ! 正義の怒りを受けてみろっ!」

『おやおやおや、見えるのか? 人じゃなくて、きつねの子?』
『やぁやぁやぁ、聞こえてか? 人じゃなくて きつねの子?』
「当然だ! 貴様らの、あくぎょーざんまいなど、お見通しなのだっ!」
『うれしいね、わしら "妖怪" の、仲間だな♪』
『おかしいね、二つの匂い、混じってる♪』
「こんなことして喜んでる、お前等と一緒にするでないっ!!」
 腹の底から、思いっきり声がでた。
 きつねのお面は、絶対絶命のピンチ以外、使っちゃいけない――――母ちゃんの言いつけが頭に浮かぶ。
 ここで力を使えば、後で、きっと怒られる。
 でも、無理だって。俺は正義の味方「きつね仮面」なんだから。
「女子供をいじめる悪い妖怪は、成敗っ―――とぅっ!」