Neetel Inside 文芸新都
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滴草春子の正しい死に方
風邪をひけ

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 成人式の一週間後、一月十五日。春子は極寒の札幌を闊歩していた。
 一月の北海道。雪は横殴りになって吹きつけ、気温はマイナス10度前後を行き来する。「寒い」と一言だけでは文句を言い足らない程の寒さは、正に身を裂き芯まで冷やす。
 そんな中をこの日春子は優雅に闊歩していた。人通りの少ない道を、両耳にはヘッドホンをつけ、鼻歌交じりに行ったり来たり。
 春子は風邪をひきたかった。
 風邪は万病の元。素晴らしいお言葉じゃあありませんか。古き良き時代の人の知恵。「不治の病にかかりたければまず風邪をひきなさい」と、そう仰るのですね。
 その言葉を妄信し、春子はコートの中を薄着で出てきた。ここで一つだけ言っておくが、春子とはいえこれは寒い。正直、マジ引きするほど寒い。ただそれでも作戦を実行に移す辺り、春子の夢への真剣さが窺えるというもの。
(…………。かまくらだ……)
 割と家から近い空き地。一面に積もった雪の中に、恐らくは小学生が作ったのであろう“かまくら”があった。
 春子はどうしようかと思ったが、空き家のようなので入らせていただく事にした。
 雪を知らない人々の妄想によると、かまくらの中にいれば寒さを防ぐことができるだとか、そんな狂言を耳にする事があるが、実際には引くほど寒い。風向きの関係によって、風を防ぐ事で防寒になる事はあるが、とは言え小学生中学生の作るかまくらのクオリティなど高が知れており、そこら中にボコボコ穴が空いてたりしてそれはもう悲惨なものだ。製作中にプロジェクトチームが寒さにへこたれ、途中で工事が中断されたかまくらに遭遇する確率も異様に高い。
 今回春子が出遭ったかまくらもその例には漏れず、壁には穴が空いているわ氷が所々に出っ張っているわでもう全然訳が分からない。第一、それ自体が小さすぎて横になろうとすると足が外に出てしまう。
 ただ、そんな見るも無惨なかまくらは、使用者が春子である場合のみ成功作となる。この中でうたた寝でもしてればまず間違いなく風邪をひけるだろう。春子はニヤリとほくそ笑んだ。
 ――そのまま暫く、春子は雪の塊の中で時間を過ごした。そもそも寒さで嫌になるが、これも夢の為なら仕方がない。
(……こうしたらもっと良いかな)
 そう思い立ち、春子は壁の中に手を突っ込んだ。直接的に冷やしてみようという試みだ。これは流石に死んでしまいそうなぐらいに冷えたのですぐに手を抜こうと思ったが、その前に、指先に何かが触れたのを停止寸前の神経が感じ取った。
(なんだこれ)
 指で壁をほじくり、穴を広げる。すると“それ”はコロンと壁を抜け、地面に落ちた。
「ワオ」
 指輪だった。しかも、パッと見る限り良さ気の代物。うわー、これはすげえもん拾ったと思いながら指輪の裏側を覗くと、『YASUO YURIKA』と夫婦の名が刻まれていた。
 あ、知ってる人だ。春子はすぐに理解した。同じマンションの住人だ。
「………………」
 春子は、もう一度ちゃんと横になった。

 後日――。郵便受けに結婚指輪が入っている事に気がついた夫婦はとにかくあらゆる人に聞いて回り、それが春子のやった事だと知った。春子はこれでもかと言わんばかりに感謝され、まるで神のように崇められた。ちゃんと風邪はひけなかった。

       

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