Neetel Inside 文芸新都
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滴草春子の正しい死に方
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『これから君達は、新成人として社会に飛――』
 北海道札幌市、平成2×年度成人式。
 暴れ出すような輩もおらず、少し退屈な程に粛々とした雰囲気で式はとり行われた。
「きゃー! ひっさしぶりー!」
 式が終わるやいなや、理恵子はすぐ傍の女性に抱きついた。斜め後ろから見えていた、見覚えのある横顔がずっと気になっていた。
 五十嵐 香織(いがらし かおり)。彼女もまた“あの日”春子の夢を聞いた人物の一人だったが、高校からは別々になり会うのはもう随分久しぶりになる。
「いやーん、もう全然変わってなーい!」
 理恵子は興奮気味に、更に強く香織を抱き締めた。小柄で顔の整った香織は男女を問わず人を惹きつけ、穏やかな雰囲気はいつもその場を和ませる。
「うわー、すっごい久し振り。元気そうだね」
 香織もまた、嬉しそうに顔をほころばせた。
「もちろん。皆にももう会った?」
「いや、まだ全然。探してたんだけどさー」
「多分、早くから来てた連中はどっかで固まってると思うよ。マ太郎とか菅野君とか」
 理恵子は言いながら、背伸びをして辺りを見回した。
「真太郎くんも?」
「あ、ホラ」
 理恵子は人込みの中を指差した。香織がその指の先を辿っていくと、頭一つ抜けた真太郎の姿に辿り着く。
「真太郎くん!」
 名前を呼ぶと、真太郎は香織達の方を振り返った。
「理恵子。香織」
 真太郎は一緒に歩いていた連中に一言残して、二人の方へと駆け寄ってきた。理恵子、香織、真太郎。皆、“あの日”語った春子の夢を知る同級生。
 ――春子の夢は、実は“あの日”教室にいた連中以外にはほとんど知られていない。何故なら、春子の夢は大衆に知られた時点で何の価値も無いものになってしまう。自らそういう風に死にたがっていたと皆が知っていては、誰も感動しやしない。“あの日”の直後、それに気が付いた春子はそれ以上自分の夢を広める事はせず、その時春子の夢を知った理恵子達も、人に話したりはしないようにと暗黙の了解が出来上がった。だから、春子の夢を知っている人物同士の間では、どこか奇妙な仲間意識みたいなものが存在していた。もっとも、これはただ一人を除いての話だが。
「久し振り。変わってないな」
「マ太郎こそ。北大は楽しい?」
 北海道大学。北海道一の学力を誇り、私立の弱い北海道ではほぼ全受験生の憧れの大学である。とは言え、それでも本州のレベルと比べると多少見劣るのだが。
「まあ、普通に楽しんでるよ。理恵子はどこだったっけ?」
「樽商。小樽なんて、入学する前は偏見あったけど、住んでみると良い町だよ。さすがに、たまに札幌帰ってくると泣きたくなるけどね」
 理恵子は笑いながらそう答えた。
「樽商か。お前も、とうとう春子とは別々になったか」
「うん。今までずっと一緒だったから、少し寂しいわ」
 小中高と、春子と理恵子が積み重ねた連続同クラス年数記録は十二年にまで及んだが、それも遂に途絶えてしまった。もっとも、小学校は一学年に一クラスしかなく高校では八十人からなる国際文化科で同じだったという、記録達成には随分恵まれた環境だったが。
 また理恵子が背伸びをして辺りを見回しだした時、いち早く香織が声を上げた。
 真太郎と理恵子が、香織の視線の先を追う。
「春子」
 惜しむらくは、もう少しでも上背があればより綺麗だったのだろうか、振袖姿。髪を結い、薄めに化粧ののった顔。
「理恵子! 香織、真太郎!」
 ――滴草春子は、普通だった。
 外見的な話ではない。二年前、病室で起こった事の罪悪感をまるで感じさせない程に、春子は昔と変わらない笑顔を振りまいていた。前提として、春子は菜美がどれ程健人の事を愛していたかという事や、その後、菜美に起こった事を何も知らない。ならば、二年経った今なら、菜美に対しての罪悪感をほぼ心の中から追い出してしまっていたとしても、非難を浴びるような事ではないのだろうか。
 春子は真太郎達の元へ駆け足で近付いた。
「久し振り!」
 春子は満面の笑みを浮かべた。それにしても……。
「随分振りだな、春子」
 親子の様に身長差のある真太郎を見上げる春子。
「元気? まだ夢が叶ってなくて良かった」
 冗談交じりに笑う香織に笑顔で応える春子。
「久し振り。春子」
 それにしても……。春子は、少し可愛くなっていた。
 化粧の所為もあるのだろうか。大学に入って、髪が大人っぽくなったのが良いのだろうか。元々、不細工とはいっても目も当てられないような状態ではなかった春子は、少しの変化で随分と可愛らしくなった。とは言え当然、理恵子や香織と見比べるとさすがに残念な印象に襲われるが。
 春子は、真太郎達と本当に楽しそうに話し続けた。良く喋り、良く笑う。この先彼女を襲う未来など、まだ誰も何も知らないのだから。

       

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