Neetel Inside 文芸新都
表紙

半端モノ生徒会
01「その名は救世主」

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 全国的に春である。
 木々が萌えたり別れたり出会ったりなんかこう全体的に春。 超春。
「古沢真衣です。 よろしくお願いします」
 全国的に春である。
 新しい環境に胸膨らませていざ行かんとする者たちの気概に感化され、爽やかな空気が流れる。
 彼女もまた、その空気を作る一人であった。
「好きなことは……おしゃべりで、趣味は……読書かな?
 高校での目標は、たくさん友達を作って、いろんな人と仲良くなりたいと思ってます。 気軽に話しかけてきてください」
 溢れんばかりの期待を抱いて、真衣は自己紹介を終えて席に座った。

 某高校に入学した真衣。
 成績はそこそこ、運動も人並み程度にできる。
 特長という特長もなく、中学時代では仲のいい人ランキング堂々の1位。
 思慮深くあり誰とでも話せるその豊かな人柄で、彼女が苦手とする人物はいなかった。
 もちろん、それは高校になっても変わりはない。
「へーそうなんだー」
 早速隣の少女が話しかけてきた。
 とりあえず相手の話を聞いて、相槌。
 元の中学の話をしているようだ。
「ふんふん、それでそれで? それからどうしたの?」
 会話な内容を理解し、味わい、それから相手に次の話題を求める。
 何ら変わりない、ただの女の子の会話。 しかもそれが入学初日からできるあたり、女性の高い社交性が伺える。
 古沢真衣。 誰とでも仲のよい、無個性な少女である。
「……私? 私は……うーんとね……」
 無個性。 よって、自分のことを話すのは少々苦手である。

「ははっ、そんなことないよー」
 時は流れて1週間。 真衣の周りに友人のいない日はない。
 特に部活動に入っているわけでもないが、話を聞くことだけはできると自負しているので、友人の数は多い。
 男子女子分け隔て無く接する彼女に角が立つということもなく、平凡な日常は過ぎていった。
「そんなゲームがあるんだー」
 授業の合間の昼休み。
 今日の会話も、何の支障もなく続けられる。
 話題は、最近流行のゲームについて。
「へー、今じゃゲームの中でも友達ができるんだー」
 不意に、真衣の心の中にポツリと黒いものが零れる。 今まで感じたことの無い、気持ちの悪いもの。
 会話が聞こえなくなる。 目が泳ぐ。
「自分の話聞いてもらったりして」
 染みる。
「もう友達なんて要らなくなっちゃうのかもね」
 広がる。
「私みたいな……代わり…………」
 染まる。 染まる。
 黒。 黒一色。
 真っ黒。 消える。 光。
 見えない。 私。 誰。
 存在。 必要。 奪われる。 半端。
 半端。
 半端モノ。
「……ん? ああ、何でもないよ」
 とりあえず真衣は、この場から離れるために早めに話を終わらせることにした。
「ちょっと外出てくるね」

「…………」
 ふらふらと廊下を歩く真衣。
 周りは楽しそうに談話する生徒で少し歩きづらい。
 窓のほうを見ると、上級生たちがキャッチボールをしている。
 真衣は、自分が見つけてしまった事実のことを、ただただ思考をループさせぼんやりと考えていた。
「…………」
 自分は何をしていたんだろう。 中途半端な質問が浮かんでくる。
 思えば、自分が何か動こうと頑張ったことがあったか? ないだろう?
 何か話題を振ろうと立ち回ったことがあったか? ないだろう?
 投げ返してるだけじゃなかったな? そうだろう?
「…………ハァ」
 止まらない自問自答に嫌気がさし、どうにか気分転換を図ろうと学食へ向かう。
 きれいなつくりの学食は1年生も気軽に入れるような雰囲気で、教員生徒学年関係なく自由にのびのび使える。
「この中にも、同じ人がいるのかな……」
 ボソッと呟くが、相手の無い会話は消えていった。
 真衣は自販機の前に立って財布を開き硬貨を取り出し、適当に紅茶を買う。
 ガシャコンとチャリンという音がした後、取り出し口から紅茶を取り出す。
「戻ろう……みんな心配してる」
 今となっては淡い期待にしか思えない。 これを今まで純真無垢に信じてたと思うと失笑してしまう。
 自分のブルーも入ってひどい被害妄想だと自嘲しながら、真衣は食堂の入り口に戻る。

「はいちょっとストーップ!」
「え!?」
 後ろから突然かけられた声に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 振り向くと、上級生がわなわな震えながらこちらを見ている。
 ――正確には、真衣の左手に握られた紅茶のペットボトルを見つめている。
「なぁなぁなぁ、それ120円で買ったよな? それがラスト一本。
 150……いや200円! 200出すから、譲ってくれね?」
 学食の入り口で両手で拝み頭を下げて必死に交渉する男子。 傍から見たら確実に変である。
「え、あーいいですけど」
 あまりに必死のお願いに何だかこっちが焦ってしまう。
 真衣はおずおずとペットボトルをその人に差し出す。
「サンキュ! よーしお兄さんお嬢ちゃんの心意気に奮発して250円出すぜ!」
 いつの間にか舞の手のペットボトルは彼の左手に移り、代わりに真衣のほうには100円2枚と50円1枚が握られていた。
「ふぅーやっぱり俺ってばツイてるー」
 学食の入り口でニコニコしながらボトルを眺めている男子。 傍から見たら確実に浮いている。
「何でそんなに……そのー、紅茶を?」
 ついつい真衣はそんな質問を投げかけてしまう。
 10秒もせず行われた取引に、彼の人間性が出ている気がしてならない。
「何でって、飲みたいからだろ。 いやむしろ飲まなきゃ死ねる、俺の血は紅茶で出来てる」
「はぁ……」
 単純明快快刀乱麻。 さらっと答えてしまった。
 後半の回答については、真衣のほうでは些か解読に時間を要するが。
「まあ、何を飲むかなんてその場のノリで決まるだろ? 俺の気分はズバリ『待ち人来ず』」
「そうですか……」
 話をした第一印象は、なぜか『中途半端』というものだった。 そんなイメージが湧いてくる人を真衣は見たことが無い。
「ああ、それと――」
 その人はボトルの蓋を開けグビッと中身を一飲みすると、またしても中途半端な質問をした。
「この辺で『半端モノ』の匂いがしたんだけど、心当たりはあるかい?」
 真衣はドキリとして、彼のほうを見る。
 気がつけば、彼の目は真衣を捉えていた。
 口元の不敵な笑みも、その怪しさを余計に引き立てている。
「今日はいつにもましてツイてるねー……『待ち人来る』か」



 学食の一角。 特に誰も座ることの無いスペースに、1組の男女が座っていた。
 そう聞けば聞こえはいいが、紅茶を飲む男と下を向いたままの女では話が少々変わってくる。
「なるほどー。 誰とも仲の良いのが怖いってか」
「そうなんです……」
 思っていたことをつい打ち明けてしまった。
 思えば、自分のことをこんなにスラスラと誰かに言えたことはなかった。
 これも彼の雰囲気からなのか、それとも別のものなのか。 当事者の真衣には想像もつかない。
「よし採用」
「へ?」
 彼は椅子から立ち上がり、真衣の袖をチョイチョイと引っ張ってついてくるよう促す。
「やっべー昼休みもう残り少ないなー」
「ちょ、ちょっとどこ行くんですか?」
 人の波をかきわけ、校舎の中へを進んでいく。
「まあ来りゃわかるって、はぐれるなよー」
 スイスイと進む彼に対し、時折見失いながらもどうにかそれについていく真衣。
 人ごみを避け、渡り廊下を歩き、先生と会釈し、階段を昇り、たどり着いた先は。
「生徒会室……?」
「そ、泣く子も黙る生徒会の巣窟だ」
 特別教室の並ぶ棟の3階。
 扉には「生徒会室」の文字が。
 ガチャガチャと彼は持っていた鍵を使い扉を開ける。
「はいどーぞ椅子。 ちょっと待っててなー」
 手近なパイプ椅子をあっという間に広げて真衣に座るよう促す。
 彼のほうは何かを探しに戸棚のほうへと向かった。
「生徒会室……」
 真衣はあたりを見回す。
 封筒書類パソコン書類書類封筒写真。
 写真には、誰だかわからない男女2人が写っていた。
 写真の下には日付とメモが残されている。
『08/03/25 元会長と新会長』
 そして写真の男。 よく見ると、真衣の知るある人物に似てる。
「え? もしかして……」
「あ、そうだよ。 ども、生徒会長でーす」
 ピースしながらこちらに書類を渡してくる。
「とりあえずそれに名前書いて。 そしたら後はこっちがどうにかするから」
「え? ここってかこれ何ですか?」
「紙いわゆるペーパー」
 明らかに提出用の書類だ。『早川 泰正』という走り書きが生徒会長の判とともに右下に入っている。
「『生徒会立候補届』って書いてあるように見えるんですが」
「なんだ日本語は読めるのか、念のため裏に英訳書いておいたのに」
 裏をめくると、Seitokai Rikkouho Todokeの文字が。
 ローマ字であることに真衣は触れておかなかった。
「何で私が? 生徒会なんて無理ですよ!」
 常識に戻ろうと真衣は反論する。 危うく泰正のペースに乗せられてうっかりサインしてしまうところだった。
 反論を受けた相手は奥のほうで同じくパイプ椅子に座り幽雅に紅茶を飲んでいた。
「うんにゃ、お前さんには生徒会を運営する資格がある」
 ゆっくりと泰正は話し始める。
「見てのとおり、俺は勉強も出来ない運動もダメダメな中途半端人間だ。 んまー超人的にツイてはいるがな」
 椅子から立ち上がり、窓を眺める。
「とある人との約束でな、この学校をちっとばかし面白い方向に変えていこうと思って生徒会長始めたんだよ」
 振り向いて真衣のほうを見る。
「お前さんみたな『半端モノ』の悲しまない学校を作る! ってな感じだ」
 ウヘヘと含み笑い。 その目は遠いものを見ているようだった。
「どうだ? 中途半端な自分を変えてみたくはないか? いやむしろ変えろ」
 ビシッと指差しで質問される。 後者に関しては真衣は例のごとくスルーしておいた。
「…………今まで」
 真衣も口が動く。
「今まで、誰かに言われてでしか動けなかったんです」
 黒目が泳ぐ。 左下。
「でも、ここで何かを変えられるなら……!」
 右上を見る。
「『半端モノ』の生徒会、入りたいです!」
 思えば、自分がこれから何か動こうと頑張ることがあるか? 今以外ないだろう?
 何か話題を振ろうと立ち回ることがあるか? 今以外ないだろう?
 投げ返してるだけで浸ってたか? 今まではそうだろう?

 古沢真衣、16歳。
 高校1年生にして、初めて自分の意志で一歩を踏み出した。
 踏み出した先は、中途半端な生徒会長のおわす生徒会だった。



「よし決まり! 一度行ったことは覆されないぜ? 録音もバッチリしてあるらな」
「えっ……?」
 自分から発言するのはやっぱり怖いと感じた真衣であった。

       

表紙

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Neetsha