Neetel Inside 文芸新都
表紙

夕暮れ(Sunset stories)
”清掃員に正義を!”(昼食)

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僕にとっての世界は、いつからか、夜が正常な状態だった。陽の光は時に暴力的なまでに僕の体と精神を蝕んだ。
午後を過ぎ、明るすぎた町は落ち着きを取り戻し、建物の陰には青みが差した。しかしそれでも僕はまだ落ち着かない。
僕が望む光量は限りなくゼロだ。そうでなければ心が騒いで苦しくなる。

僕は街の真っ只中に居た。
目を閉じた。しかし目を覆う肉さえも貫通して、太陽の犯罪的な光は眼球に届いた。
我慢できなくなって、路地裏へ、薄暗さを求めた。

成程、表通りよりは幾分建物の感覚が狭く、歩道に伸びる影も大きい。
しかしそれでも昼は街全体に余す所無く行き届いており、光は僕の行く手を阻んでいた。
入り口に小さな屋根のある喫茶店が目に付いた。
建物の間に挟まってしまったような小さくて古い喫茶店・・・
・・・それから受け取れるイメージは退廃と、停滞と、灰色と、黒。
最高だ。僕は迷うことなく入店した。

いらっしゃいませ、も、無く、ただカウンターの向こうで男が作業をしている。
照明は入り口付近の天井にひとつだけで、狭い店内は奥に行くにつれて薄暗くなった。
数えて3つ目の壁際の席に座った。3つだけしかテーブルが無い。それほど狭かった。
タバコの匂いがする、飾り気もない。いわば無愛想な店だ。
それら全てが、僕を落ち着かせた。メニューの小さな文字は、暗くて読みにくい。僕は好意を抱いた。

作業をしていた男が水を持ってきた。
「ご注文は」
僕の右ポケットで振動が始まった。携帯の着信。
「コーヒーセットの・・・トマトエッグ・・・ポークステーキサラダ炒め?(何だこの名前?)・・・を。」
「ひとつ?」
「はい(俺が2人に見えるのか?)」
それだけで男は作業場へ戻った。「畏まりました」さえないが、数々の疑問も、全てが僕には心地いいのだ。

携帯を取る。
「今どこにいるの?」
彼女は、やや不機嫌な口調。しかしそれは僕も同じだった。折角のいい雰囲気を、自分の喋り声で害したくない。
そんなのは災害だ。
「悪いんだけどさ、30分後に掛け直していいかな?」
「あんた何言ってんの?どうしたの?何かあったの?」
「30分後に」
携帯を右ポケットにしまうと、もう料理が運ばれてきた。コーヒーより先・・・というか早すぎる。
「コーヒーはあと10分待ってね」
「10分?」
「何故だか豆が水浸しになってたんだ。買ってくるから」
他に店員がまだいるようには感じられない。
「じゃあいいです。店空けたら駄目でしょう」
「そうですか?すいません」
「コーヒーはいいです。じゃあ・・・オレンジジュースを頂けますか?」
「はい。料金はセット価格でいいですから。すいません」
男はすぐジュースを持ってきた。僕はトマトエッグポークステーキサラダ炒めを食べ、オレンジジュースを喉にぶちこみながら、
先ほどの美しいやり取りを思い出して満足していた。こんな店があったのか。僕は常連になるだろう。

完食。タバコを一服。僕は舌の感覚が全く無いので、味の程は図りかねたが、いい店だけというだけで満足だ。
いい気分だ。だがまだ外は明るい。日が沈むまでここにいるとしようか・・・
彼女の連絡が気になったが、この店で電話をする気にならない。日が沈み、外に出てからにするか。
店の男はBGMを、今更掛け始めた。客が来たら雰囲気作りに、という訳ではなく、単に自分が聞きたいだけのようだ。
この曲は知っている。店には合わないが、僕とのロックの趣味は合うようだ。
とにかく、昼は酷くパニックに陥ったものの、今日は結果オーライで、実にいい日だと言えよう。
僕はかなり幸せな気分に浸っていた。

そういえば、30分後にかけ直すって彼女に言ったっけ。申し訳ないが、それは勘弁だ。
僕は携帯を取り出し、電源を切ってテーブルの上に置いた。
これで後は日が沈むまで、優雅な一時を過ごすだけだ。

僕にとっての朝から昼の街というのは、裸で一人、荒野で肉食獣の恐怖に怯えながら彷徨うようなもの。
しかしなんで僕は今日街にいたんだっけ?
まあいい。全ては陽が暮れてからだ。

       

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