五年前、そういって笑った彼自身が、今度は骨になるのだ。私は、本当になんの感情も抱かない。私は彼のことを何も知らないし、ましてや、知ろうなんて思わない。
明日に迫った葬儀に参列するために、私は礼服を用意する。無駄に家が近いために、呼ばれてしまったのだ。ほとんど着る機会のなかった礼服は、防虫剤の匂いが染みついていた。
夏のじりじりとした太陽の中、防虫剤の匂いのする服を着ながら、汗をだくだくに流して歩く。なんだか、とてもばからしいことのように思えてしまう。
空は小学生が原色を塗りたくったような、雲ひとつない快晴だった。そんな天気だからだろうか、私はこのまま防虫剤の匂いのする服を着て、どこか知らない街へ、遠くの街へ旅に出る、という妄想にとりつかれた。
私はその着想にひどく魅力を感じた。想像して、顔がほころんだ。私の足は今にもかけ出しそうで、うずうずしているのだ。
汗が額から滲んでくる。それが、つうっと頬を伝って、唇の端に流れ込んだ。すこしだけ、塩辛い味が口の中に広がる。私の汗はしょっぱいのだ。
私の汗はしょっぱいのだ。ハハハ。そうだ。私の汗はしょっぱいし、
骨は軽い。
とても。
とても。
葬式は、陰気な連中の展覧会みたいな様相を呈していて、私はなるたけ知っている人に出会わないように、ひっそりとしていた。その作戦が功を奏してか、私は一言も会話することなくその場を切り抜けることが出来た。
櫻井の両親。泣いてはいなかった。母親は、泣きはらしたのか、目を充血させていた。父親は、無表情を装っていた。それが、本当にわかりやすい装いかたで、本心はいますぐ肩を揺らしてすすり泣きたいのだ、ということがすぐに見て取れるような、そんな表情をしていた。
私は、母親より、父親の方が、リアルだと思った。リアル、とはなんなのか、というのを、私はうまく説明することが出来る気がしないが、そう、思った。
彼の父親は、誰とも話さなかった。彼の母親は、時折涙を流しそうになりながら、それでも五月蠅いくらいぺちゃくちゃとしゃべっている。時折お金の話が出るのを、ジッとしていた私は捉えていた。