Neetel Inside ニートノベル
表紙

チ☆コがついてるジュリエット
1話 キモオタ=ジュリエット

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好きな人、心の底から好きな人が出来ても結ばれることが無い運命。
そしてそれが自らの運命のせいだとしたら、そりゃ死にたくもなる。
そんなジュリエットに自分を重ねてみた、が
すぐに次のセリフが浮かんできた。


ジュリエットさんごめんなさい。



1. キモオタ=ジュリエット

悪い癖はすぐに謝ることだと親に言われた。
だが実際問題、そんな比喩(自分をジュリエットと呼ぶこと)は、世の中のジュリエットにあまりにも失礼だ。
白い肌も高い鼻も青い目もブロンドの髪も持たない。
ただ、毒薬に関しては成人女性の致死量1/2でも十分かもしれない。
貧弱猫背イエローモンキーかつ世間一般で言うキモオタの少年Hである東山勇重は
蝉の声を遠くに、校舎の3階から見下ろす葉桜をぼんやりと眺めていた。

この時刻、普段は騒がしい3年4組の教室も、水曜の昼下がりは水を打ったように静かになる。
同時に、その時間は教師が満足気に黒板へチョークを走らせる時間でもあった。
“カツ、カツ”という自信溢れる乾いた打刻音からもその胸中が汲み取れる。
というのも、現国教師である大宮にとってその静寂は、“自らが教師たりえる威厳の功名”だと考えていたようで、実際その認識は、“大量の睡魔を引き連れてくる催眠術師大宮”という生徒側の総意とあながち食い違っているとは言い切れないものであった。
事実、クラスの半数を眠らせるその授業は威厳を通り越してある種の才能の権化だった。

「――…東山、ここでの“高い”は何が“高い”んだ?」
催眠術師の抑揚の無い声で意味不明な質問を投げ掛けられた。

「え?」

クラスの生き残りの視線が自らに集まるのを感じる。

正直、キモオタにとって他人の視線が集まることほど苦痛なことは無い。
「おいおい、聞いてなかったのか?」
笑い交じりに生徒を憐れむ大宮。
それに釣られたのか、一部のクラスメイトのニヤニヤ顔が視界の隅に入り、思わず目が泳いだ。

そんな折、
“秋の空”
ふいに聞こえたのは前の席からの小声。

「秋の空」
「正解。」
大宮の判定に、クラスの視線が、ある種の失望を抱えたような余韻を残して散っていく。


前方へ視線を投げると、前の席のロミオとチラリと目が合った。


短い髪に二重の瞼、“シュッとした”という表現がしっくりくるその輪郭に太陽みたいな笑顔。
素直に“眩しい”と感じた。
と、一瞬の間を相手に悟られないよう、キモオタなりの、泣き笑いのような表情を作ると。

“ごめん”

相手に判る様に大げさに口をパクパクさせた。
それが伝わったのか、奴も得意のスマイルを作ると

“オッケー”

小声で笑顔からこぼれる白い歯を見せた。
奴の名前は川原康也。


以上、夏の日の出来事。
がしかし、こんなやりとりが自分にとっては苦痛以外のなにもので無かった。

“人を好きになりすぎると良いことが無い。”

それがこれまで生きてきた自分自身の持論。
実際、この肺が押しつぶされるような切なさは恋愛感情でしか味わえない苦痛だと思う。

感情を散らそうと視線を向けた中庭、白い校舎に照り返す夏の日差しと、反響して聞こえる蝉の声が、当時の記憶の呼び水となる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――あいつは言わなかったよ。」


友人の言葉に、一瞬言葉を失った。
そして少し前をゆっくり歩くソイツの後姿へ視線を投げた。
サッカー部のキャプテン、少し長い襟足髪が引っ掛かっている白いシャツ、夕刻の太陽の光が反射して眩しく見えた。その後姿。
自分はその時、ある種の任侠のような男らしさを感じたのだと、今になって思う。
その、中学生の背中に、だ。

「ごめん、本当にごめん。」

素直に“ありがとう”と言えばいいものの“僕なんかが迷惑をかけて”という表現が先に立ってしまった。



――…ことの発端は学校帰りの買い食い
教師の車を見張る奴の仕事は完璧だったはずだが、他学年の生徒の視線までは気を配れなかったらしい。

その時のメンバーが時間差で一人二人と呼び出され、教室がざわざわと喧騒を上げる中
心中穏やかではない自分は、高校の推薦入試を控えた優等生…を演じるキモオタ。
じわりと背中に滲む汗は気温のせいではないと実感していた。


が、しかし、そのキモオタは結局呼び出されることは無かった
帰ってきたメンバーに事の詳細を聞くと、どうやら、目撃者の証言から飛び出した奴が順に呼ばれ。
“証言と人数が合わない”と騒ぎ立てる進路指導の体育教師に
買い食い首謀者とみなされたソイツが酷く問い詰められたらしい
その剣幕が凄かったらしく、同室で泣き出す奴も出る中
結局、ソイツが最後まで口を割らなかったから僕はバレず助かったということだった。

「別に…だって、東山だし。」

歩きながら、振り返らず、ソイツは口を開いた。
単調で、抑揚もない、だが害意も感じない。
“だって東山だし”推薦入試を控えた僕が、その言葉に含まれる意味を理解した時、胸が押しつぶされるような気持ちに襲われた。
今となってはもっと別に言うこともあったのではないかと思うが
感極まった僕は泣きそうになる自分を隠し、「ありがとう」と一言だけ言うのが精一杯だった。
それに対し、その日初めてソイツが白い歯を見せて笑ってくれたことを今でも覚えている。


そんな、実らなかった初恋をふいに思い出していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――現状もそれに近い、川原は僕のことはお構いなしに、時折、苦痛の種をぶつけてくる。

それが本当に、どうしようもなく嬉しくて。
時に感傷的なキモオタは泣きそうになる自分を感じていた。

「我ながらきめぇ。」

高校生になった僕は、鷹の目のような第三者視点からその姿を想像し、決まって自身に毒を吐く。
一般人にとっては自虐的とも取れるであろう、その行動について、僕の中では、思考内の汚物を洗い流す毛繕いのようなものだと考えている。
それはいつからの行動だったか、正直僕は覚えていない。
そしてその行動への理由付けも正直よく分かっていない。
だが、その行為は僕に妙な安堵感を与えてくれた。
それは、リストカットのような自傷行為に近い衝動が発端なのではないかと思っていた時期もあったが、実際は“自分はボーダーラインのこちら側である”という催眠に他ならないのではないかと気づいたのは高校生活も後半に入ってからだった。


「――さっきは危なかったですねw」


気がつくと授業は終わっていた。
いそいそと携帯ゲームを机の中から取り出す隣の席の関口を横目に。
他人の不幸を笑う顔を作るその女生徒を見上げた。

「…どんだけ俺のことが好きなんだよ。」
「は?ぶっちゃけ私は無理だから。」
笑顔を少しも崩さないその言葉に「何が?」なんて無粋な答えは期待していないことは、とうに知っている俺は「はいはい」と二つ返事を繰り返す。

「けど…“結果的”にはオッケー?w」
「…はぁ?そこまでいちいち気にしてねーよ。」

放課後、川原のことを目で追っている俺を最初に気づいたのが美穂だった。
付き合いは15年来、昔はままごと仲間だった。
僕と美穂との間における当時のままごとは、一般的な核家族の日常ではなく。
近所のおばさんの立ち話というシチュエーションが構築されていたということも覚えている。

ある時期、精神的に追い詰められていた僕が最初に打ち明けたのも美穂だ。
むしろ、美穂にしか教えていない。本当の僕のことは

「つか、1/100ぐらいの確率でもゼロよりはいいんじゃない?」

もっともだ。僕が口を開く。

「また適当なことを…。何の受け売りだ?」

「――少なくとも、私の持論♪」

「……負けるとマイナスだってあり得る賭けはそうそう打てないもんだっつーの」

「マイナス…ねぇ…。」


視界に入ることさえ許されない状況になることもあり得る。
背負うリスクは女子→男子の比ではない。

しかしその一方で、後押しをされている自分、このままでは何も変わらないと思う自分。そして焦り。
“迷惑はかけたくない”そう思って。遠くから眺めていた気持ちがゆらゆらと沸き上がるような。
そんな感慨を感じていた。


放課後、運動部の声が反響する校舎。
授業を1つ挿んでも終わらない世間話。
僕と美穂のままごとはこうして、今も続いているんだと思う。
たわいもない会話の中で、不意に美穂が口を開く。

「…身分で結ばれない恋なんて“アレ”みたいじゃん、アレ。」

“何が言いたい”そう口にしようと美穂の顔を見ると
    既に満面の笑顔を作っていたソイツは高く言い放つ


「ねぇ?ジュリエット♪」


   ――要約は“そうだろ?キモオタ”


その問いに「ふん」と鼻で答える。
その勢いで窓の外に投げた視線の先では、川原が蹴り出したボールがゴールネットを揺らしていた。

直後、仲間と戯れる川原、その光景に頬が緩んだ。

甲高いホイッスルと川原と、美穂と僕と夕焼けに染まる教室。

「このままでもいいかな。」なんて頭の片隅で思っていた。夏の日。


明日が宣告日だとは知らない、僕。

       

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