Neetel Inside 文芸新都
表紙

三人とコーヒーが大きな丘で
第二章

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◆第二章 二人で殺した女の子、二人で忘れた女の子


目が覚めて、枕が無くなっていたのなら、枕は僕の夢でした。
目が覚めて、家が無くなっていたのなら、家は僕の夢でした。
目が覚めて、家族が居なくなってたら、家族は僕の夢でした。
目が覚めて、僕が一人ぼっちなら、僕は世界の夢だった。


ひどく気分が悪かった。
幸せだった頃を思い出しただろうか、
それとも昨日寝る前に見たアニメーションで酔ったからだろうか。
とにかく朝から廃棄ガスと牛乳を混ぜたセーキを飲まされたような気持ち悪さが、僕の胸の下あたりを重くさせていた。

子供の頃は気にせずにすんだ低い天井に頭をぶつけないよう注意しながら、針葉樹製のベッドから立ち上がり
少し深呼吸をする。ちょっとは気分が落ち着いたような気がした。
足下においてあるフィルム投影機を踏まないようにつまさき立ちで歩きながら、未だ慣れる事が出来ていないカレンダー(ビョウの集まったフンがさらに集まったジカンが24回集まった一日?が31日書いてある紙)で今日の日にちを確認する。

9月1日
新しいガッコウに通うことになる日
きっと朝の胸の重さはこれが原因だったのだろう。
でも大丈夫だ 
僕はもう上手くやれる 
僕はもう17歳
大人なのだから

     


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寝間着から外出用の黒いズボンとクリーム色のシャツに着替えていると
『おはようピーター』
下の階から母の声が聞こえた。
今朝の客足も途絶えて店内が閑散として、すこし余裕が出来たのだろう。
『今日から学校に通うんでしょ?あまり気をはらずに頑張ってね』
『うん。平気だよ。』

階段を降りて(僕の部屋は階段を上った屋根裏部屋)台所への扉を開いた
食器棚からクリームよりもうすこし白色の皿をとりだして
昔はパンをこねるためにあった大きな机に座り、
机の真ん中に置いてある朝焼いたであろうパンが10個ほど乱雑に乗っかっているボウルから4つほどパンをとりだし
皿に置いて食べ始めた。
『うん。焼きたてで美味しい。』
2個目のパンに齧りついていると
父がドアを開けて外から帰ってきた。
『おお、ピーターおはよう』
『おはよう父さん』
父は前に座り、皿も使わずにボウルから取り出したパンに今持って帰ってきたであろうバターを指でぬって食べ始めた。
『お前もバターいるか。』
『いいよ。僕はそのままで食べるのが好きなんだ。』
僕が3つめのパンを食べている途中に
父はパンを4つも食べきり隣の機械室へ向かった。

食べ終わりふぅと僕が一息をついていると、父は機械室の扉から少し顔を出して
『お前、今日から学校だったよな』
と僕に訪ねてきた。
『うん』
『そっかそっか。しっかり勉強してくるんだぞ。父さん達がこんなに楽が出来ているのは機械のおかげなんだからな。お前もたくさん勉強してもっと便利なパン作りの機械を作るんだぞ。』
『わかってるよ』
と少しうんざりしながら返事をした。
『かっかっか!(父の独特の笑い声)。父さんも昔は忙しかったからお前一人を育てるのが精一杯だと思っていたんだけれども、この機械様のおかげでたくさん暇ができたからお前の弟を作ろうと思えたんだぞ。』
『はいはい』
もっとうんざりしながら返事をした。
『じゃあしっかり勉強してくること!かっかっか!』
と父は言い残しドアをしめた。

パンを食べ終えて使った皿を洗っている所に隣の部屋から機械がキコキコ音を鳴らしながら
『ドン!!』とパンを叩いている音が聞こえた。
ああ!どうして僕はこんなに機械が動いている音を聞くと嫌な気持ちがするのだろう!
洗った皿を壁に立てかけて逃げるように二階の部屋へ行き、茶色い鹿の皮で出来たバッグをつかむ。
入学祝いでもらった腕時計をつけて時間をみるともう家を出なければならない時間だった。

     


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『行ってきます!!』
と外に出ても聞こえてくる大きな機械音に負けないような大声をだしてドアをしめる。
外の空気を軽く吸って空を見上げると、
青い空の隣に大きいグレーの煙突からモクッモクとたくさんの煙が排出されていて、また少し憂鬱になった。
『もう雲を集めても何も作れそうにないな。』
独り言をつぶやいた。


煙草の煙
煙突の煙
青空の作る煙
どこがどうちがうの
どこがどうちがうの
だったら勉強しなきゃ
勉強して調べなきゃ

どうしてパンを焼く機械の音を聞くと不安になるのだろ
どうして煙突を見ると不安になるのだろう
どうしてだろう
どうしてだろう
だったら勉強しなきゃ
勉強して調べなきゃ


新しく舗装された道路を見つめながら、朝の街を歩く。
こんなに朝早く街を歩くのは久しぶりだなと思った。
今日から通う学校は街の中心部にあり、我が家のパン屋からは大体20分くらいでつくだろうと親から聞いていた。
『初日から遅刻はまずいなぁ』
時計を見ようと、自分からみても細い腕を顔の前に出す。
えっと、短い針が時間で、長い針が分だから,,,んんっと大体家を出てから10分くらいか。
10分歩いた距離という情報から、ここは昔ブラック先生がやっていた診療所があった所だとわかった。
それならばもう街の中心は遠くない

思えばずいぶん街も変わってしまった。
技術改革がされてからはもうほとんど外に出なくなっていた自分にとって、この街は全く別のものに感じられた。

周りの山は掘り起こされて鉄坑(?)にされてしまったし
その隣にあった畑も今じゃ製鉄所にされ、家の中にいても毎日キッコンカンコンと聞こえる五月蝿い音をならしながら、煙突から煙を吐き出し、
赤茶色のレンガ作りばかりだった家は、今では石を溶かしたようなものを塗って固めた灰色の家ばかりだ。
おまけに道路も、土の茶色から周りの家と同じ灰色になっていた。
通う学校も、昔は街の人たちの集会場だった場所をつぶして新しく立てたものらしいので
きっと同じ灰色をしているのだろうと感じた。
灰色は嫌いだ。

     


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僕は11歳のあの日から長い間ほとんど家から出なかった。
あの日の事は今でもよく思い出せない。
あの日家に帰ってから僕はずっと何も話さず部屋に引き蘢り、
誰かが訪ねてきても決してドアをあけず
重い頭と熱い目をしながら布団にくるまりただひたすら眠っていた。

親は周りの人間から何があったのかを聞いたか、
毎日夜になると必ず作り立ての暖かいパンをもってきてドアの前に置き、
何も僕から聞こうとはせずに
ただ毎日『落ち着いたら部屋から出てきてね』とだけ言い残し階段を降りていくのだった。

毎日毎日訳もわからない不安とけだるさをずっと繰り返していた。
もう死んでしまおうかと毎日思っていた


その頃の僕は時間ってものを理解していなかったので、どのくらい経ったのか分からないけれども
11歳の頃、少し大きく感じていたベットからはもう膝から下が飛びたし、
今までは気にせずにすんだ天井がスレスレでぶつかるようになっていた
そんなころ
突然窓からアンシーがやってきたのだった。

     


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『ひさしぶりね』
僕は突然の事でとまどい、その少女が誰か全くわからなかったし
もう長いこと人と話していなかったので言葉を忘れていたのか何も言えなかった。
何も喋らずに呆然としている僕をみた彼女は
『えっ!もしかして私の事を忘れちゃったの?』
とイタズラそうな笑顔を見せながら言った。

とにかく声をださなきゃ
『,,,あっ、あっ、あっ』
なさけない。声にならない
『そうね。もう長い時間がたっているから仕方ないとは思うけれども、11歳のあの頃にあなたは私の事を忘れるはずがないって言ったじゃないのよ。やっぱりまだこどものままね』
『あっ、あっ、あっ』
どうして喋れないんだ!
少女はフフフと笑い、僕のあごをなでながら言った。
『そりゃ私も、もし今街の中であなたにあったらわからない、それくらい二人とも変わっちゃったわ。あなたずいぶんと髪も背ものびたしね。あらっヒゲも生えてきてるじゃない 体だけは大人になっちゃって』
『あっ、あっ、あっ』


知り合い?
少女は大人びて奇麗だった。
薄い白色をした肌の手足はスラーっとのびていたし、
ピンク色のドレスからのぞく胸もずいぶんと豊かだった。
なにより長く生えた髪はあたかも昔読んだ絵本に出てきたオーロラが黒くなったもののようだった。




黒髪?



またそのとき僕は彼女の声がとても懐かしいものに感じられた。
そしてとりとめも無くあの丘の雲の匂いをふと思いだした。
分かった。

この子はアンシーだ。
アンシーが僕に会いにきてくれたんだ。

僕は意思とは関係なく崩れるようにベットに倒れ込み、泣きはじめてしまった。
アンシーは驚き
『ええっ!ごめんなさい。突然入ってきたから怖かったの?私よ。アンシーよ。本当に忘れちゃったの?ねえ?』
僕はこのまま一生止まるとは思えないくらいの涙をながしながら

『うっう,,,,わかってたよ。ひさしぶりだねアンシー。』
と声をひねりだした。
アンシーはパァっと笑顔になり、
その後まるで絵本で読んだセイボマリア(どのような人物かは思い出せなかった)を思い起こさせる微笑みをみせながら僕の横に寝転び、
横から僕を抱きしめてくれ、言った。


『ひさしぶりねピーター。相変わらず泣き虫なんだから』

     

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僕はそのとき本当の意味で分かった。
もうエマは居ないのだと。

もし外に出て
あの丘や、
湖、
三人で過ごした場所を歩いたり、
アンシーにあったりしてしまったなら理解してしまうだろう。
それが怖かったから
だから
僕は外に出れなかったんだ。


僕はどうしようも出来ないからだを、バラバラにされているような感覚に陥り
ひたすらに泣き続けた。
アンシーはただずっと優しく僕の頭をなでてくれた。




二人で殺した女の子、二人で忘れた女の子
思い出してしまったら、悲しみに殺されてしまうから
忘れていいでしょ
君の事

私を殺したお二人さん、私を忘れたお二人さん
あなたの気持ちが分かるから
私は雲になっちゃったから
どうか探さないで どうか探さないで

私を殺したお二人さん、私を忘れたお二人さん
あなたの悲しみが分かるから
私はモゲラになっちゃったから
どうか探さないで どうか探さないで

     

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そのまま僕は眠ってしまったみたいで、
起きたときには開けっ放しの窓とただあのころの雲の匂いが部屋にまだ漂っていた。
僕はまたアンシーはきてくれるかな
と不安になったが、
アンシーに言われたまだ子供ねって言葉を思い出しながら
ベッドに横になりながらずっと考えた。

そして太陽が沈んで部屋にオレンジ色の光がさしてきたころ
一つの結論にたどり着いたのだった。

このまま部屋に居ても大人にはなれない
こんな事ではわざわざ会いにきてくれたアンシーに頭があがらない

すぐに立ち上がり 長いこと降りていなかった階段を降りて台所に入った。
両親はとても驚いて、父はくわえていたパイプをおとし、
母は僕がまだ見た事のなかった僕の弟をおんぶしていたのだが、そのまま両膝を倒しておんおんと泣き出してしまった。
二人は少し老けたような気がした。
父は吸っていた着香煙草の溶けたバニラのような香りを漂わせながら僕に向かって歩いてきてただ一言
『もう平気か?』
とだけ聞いてきた。
『うん。』
『そうか』


それから父は僕を父が座っていた席の向かいに座らせて僕が部屋に閉じこもってからの話をしてくれた。
(あの日の前後の事やエマとアンシーのことは気を使ってくれたのか、まったく話す事はなかった)

この街にキョウイクやギジュツがはいってきたこと
そのギジュツによってパン作りがとても楽になったこと
そのギジュツやキョウイクを学ぶガッコウってものができたこと
普通なら僕はそのガッコウに通って、カズやギジュツを学ぶはずだったこと
僕がもう16歳になっていたこと(僕は5年間も引きこもっていたのだ!)
そして普通の子供は16歳でチュウガクコウを卒業してさらに専門の知識を学ぶダイガクに行く事
そして出来るなら僕にギジュツを学びにダイガクに行ってほしい事
最後に僕に弟が出来た事を話した。(夜に聞こえていたあのおぎゃあおぎゃあは僕の弟の声だったのか!)


僕はギジュツがどのようなものかよくわからなかったが、
なんだかエマと引き換えに手に入れたもののような感じがしてどうも好印象を得られなかったが、
引きこもった僕を5年間も育ててくれたので断る事も出来ず
『わかった。僕一生懸命ギジュツを学ぶよ』
と伝えた
『そうか。大学にはいるためには試験が必要なんだ。それじゃあこれから一年間遅れを取り戻せるように勉強だな かっかっか!』
シケンがどんなものかもわからなかったけれども
『うん。シケンに勝つよ』
と言った。

その日の晩ご飯は
白いキノコと肉のシチュー
木苺をたくさん練り込んだパン
牛のミルク
とたいそう豪華なものを作ってもらった。

     


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それからまず僕は胸のあたりまでの長さになっていた髪を切り
学校からもらっていたらしいほこりがかぶっていた教科書を父からもらい
基本から家で勉強をしはじめた(昔から絵本が好きだったのでことばを読む事ができた。)
最初のころは順調にすすんでいたが、
数学も技術もじょじょに難しくなっていったし、
やっぱりエマのことをどっかで思い出して悲しくなってしまったし、
なにより試験ってものがどういうものかが全く分からないため不安になったりした。
勉強を初めてから3ヶ月くらいがたったころ
もう不安で精神的にはかなりまいった状態になって夜も満足に眠れなくなってしまっていた。

そのころのとある三日月の夜に再びアンシーが窓からやってきてくれた。

『勉強始めたのね。』
その日のアンシーは黒い布とカラスの毛皮でできたドレスに身を包んでいて
僕は昔読んだ絵本にでてきた貴族の女性を思い出した。
『うん。僕は大人になろうとおもうから』
『そう。でもこのノート途中の日付から全然進んでないけど?』
アンシーは子供のころから変わらないイタズラな笑顔で僕に問いかけた
『いろいろ不安になっちゃうと何も手につかなくなるんだよ。アンシーも分かってるだろ。』
アンシーはやれやれといった顔で
『大人になるんじゃなかったの?やっぱり昔の子供のまま、弱虫のピーターのままなのかしら 大人の私はいままで一度も泣いたことなんてないわよ』
多分アンシーなりの励ましの言葉をかけてきた
『違うよ。また今日から頑張るよ。』
僕はむっっとしてアンシーに話しかけた後
アンシーのすわっている僕のライ麦色の木で出来た勉強机に座り勉強をし始めた。

『やっぱりアンシーも学校に通っているの?』
アンシーは僕の勉強机の端っこにすわったまま僕の方をチラリと見たあとに、窓の外の空を見ながら言った
『私は貴族だからそんなことしないのよ』
なるほどと思った。確かに絵本の中の貴族は勉強なんてしていない雰囲気だ。毎日パーティーで忙しそうだ。
『それじゃあ』
『ん?』
『やっぱり夜にこっそり会いに来るってことは、僕なんか普通の人となかよくしているのがバレたらまずいから?』
『そんなところね。』
やっぱり絵本通りだ。
平民と恋に落ちた貴族が身分違いだからと引き離されて、悲しみのあまり二人とも別々に自殺してしまう物語を思い出した。
アンシーのことはみんなには黙っておかないとな、と思った
『もう元気でた?』
とアンシーは机から飛び降りるように立ち上がったあと僕に訪ねた。
『うん。ありがとうアンシー。』
ふふっと笑ったあとアンシーは窓から降りていこうとした
『また来てくれるよね?』
『気が向いたらね。あなたが憂鬱になっていそうだなと思ったらふらりと来てあげる』
そう言い残してアンシーは行ってしまった。

     


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それからも今日にいたるまで不安になったころには必ずといっていいほどアンシーは訪ねてきてくれて僕を励ましてくれるのだった。
アンシーのおかげ(?)か僕は試験に合格する事が出来て、大学に通うことができるようになった。

そんなことを大学までの道で思い出していると、目の前に大きな灰色の建物が見えてきた。
あれがきっと大学だろう。
やっぱり教育や技術は好きになれないけれども
勉強をしなければ
僕はもう大人なのだから
大人にならなくちゃいけないから

       

表紙

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Neetsha