Neetel Inside 文芸新都
表紙

探偵 佐伯泰彦 対 超人X
序文  真夜中の怪人

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序文「真夜中の怪人」


―――○―――
 始めに停電があった。

 時間は、丁度深夜十二時なったその瞬間である。
 突然の暗闇は、その場に居合わせた者達を緊張と恐怖で包むが、それ自体は10秒から20秒の短い時間で治まる。
 百貨店の明かりが再度灯もった時、誰かが叫んだ。
「ダイヤが無いぞ」
 その声に一同は中央のショーケースに目を向けるが、そこには展示してあった”はず”の黒ダイヤの姿は無くなっていた。
 時価にして二十万円、当時の労働者の月給が八十円から四十円であった時代で、この額は計り知れない価値があった。
 その空のショーケースを見て、周囲を警備していた軍警察の面々の顔色が青ざめる。

「いたぞ!上に向かった!」
 一人の男が叫んだ。
 全員の目線が、彼が指差した屋上へと続く螺旋階段に向けられる。
「急げ!我々の面子にかけても奴を捕らえろ!」
 髭を蝋(ろう)で固めた大柄な男の声で、気を持ち直した軍警察の兵隊達は、蟻の行列を思わせる長い列を連ねて螺旋階段を駆け上がる。

 それはまるで祭の最中のような騒々しさで、辺り一面に反響音を響かせる。
 一斉に屋上へと向かう兵隊達で螺旋階段の入り口は満員御礼、押しても押しても、それでも中々先に進めない。
 愚かしい部下達に苛立つ男は、再び大声で怒鳴った。
 と…その瞬間、再び百貨店の明かりは消えた。
 今度は青磁の器を地面に叩き付けた様な音が、ショーケースがあった付近より響く。
「なんだ!どうした!」
 何も見えぬ暗黒世界で、全員が全員驚きと恐怖の声を上げる。
”今回の停電で何かが起こった”
 居合わせた者達、全員がそれは直感的に理解出来た。
 人間は視覚を最も頼りにする生き物である。もしも突然視界が防がれた場合、人間は不意の事故に対し異常な程の恐怖を感じるものだ。
 ある者はその場でしゃがみこみ、ある者は存在しない敵に対し発砲を行った。
 そして再び明かりが付いた時、その場に居合わせた者たち全員の目に映ったのは、ダイヤのショーケースが何者かの一撃で、粉々に砕けている光景だけである。
(一体何者が何の為に?そして一体何があったのだ?)
 指揮をしていた大柄な男の背中に冷たい汗が流れる。
 その大柄な男を囲むように護衛していた部下の兵隊達は皆昏倒している。
 それも、辺りに光が戻りまでの数十秒の内に。

「ミナサマ、ドウモ ゴクロウサマデス」
 何処からともなく声が聞こえる。
「”ヨコク”ドウリ、クロダイヤ ハ イタダキマシタ。ソレデハ ゴキゲンヨウ」
 声はしているが姿は無い、そこに”居た”形跡はあっても、姿を見た者はいない。
 ただ、みんな呆然と空のショーケースを見つめていた。



―――○―――
” 今夜十二時 三越百貨店 ノ 黒ダイヤ ヲ 貰イ マス  ”

 匿名で大阪署へ送られてきたこの”予告状”がすべての始まりだった。
 先立って京都でも同じ様な予告状が届き、京都署と軍警察、共に警備に当たったが、犯人を捕まえる事も、犯行を食い止める事も出来ず、世間の笑い物となる出来事があった。
 犯人は狡猾、かつ大胆。また、軍警察の精鋭三人が負傷、二人が病院送りとなるほどの武術の腕前を持っている。
 地元京都、そして大阪の新聞では大々的にこの事件を報道した。

「軍警察モ オ手上ゲ 真夜中ノ怪人 アラワル」
 記事を書くにあたって、一人の記者は頭を悩ませた。
 どうも”真夜中ノ怪人”と言うフレーズが気に入らなかった。
 それだけでは彼の、あの犯罪者の魅惑的、驚異的、怪異的、神秘的…その他もろもろの不思議さを出せない様な気がしたのだ。
 記者は頭を悩ませ、眉間にしわを寄せて椅子から立ち上がる。
 この記者は頭を悩ませる時、いつも決まってその場でグルグル回転するクセがある。
 回転すると何故か心地良くなり、意外なアイデアが浮かんでくる事があるからだ。
 グルグルグルグル…
 長い間回転して、記者は目を回して壁に頭を叩き付けてしまう。
 ドサッと彼の頭の上に落ちて来た百科事典。分厚い辞典の角が当たって彼の貴重な髪の毛をごっそり奪う。
 腹を立てて百科事典を蹴ったが、どうにも好いフレーズは浮かんでこない。

「ハァ…、馬鹿か俺は…」
 頭を冷やした記者が百科辞書を元の位置に戻そうと手に取った時、彼はその言葉を目にした。
 ”超人”

 記者はその言葉に大きな魅力を感じる。
 あの犯罪者の神秘性を言い表す最適な言葉ではないか!
 でも超人だけでは何とも言いにくい。何か付け足して格好良く出来ないものか?
 記者は目を閉じて、彼を、あの犯罪者をイメージした。
 そして再び目を開くと、見出し不在の原稿用紙に文字を打ち込む。
 
 ”超人X” と…



       

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