Neetel Inside 文芸新都
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探偵 佐伯泰彦 対 超人X
第十一話  超人X、佐伯泰彦となる

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第十一話 「超人X、佐伯泰彦となる」



起:異臭

 その場に居合わせた者、合計三人の中で
 唯一立っていた者はたったの一人であった。

 歪んだ笑みは見る者を凍らせ、息をする事すら忘れてしまいそうな程である。
 そして地に足を着ける事無く、芋虫の様にモゾモゾ動く男、”大森警部”の目の前は真っ暗となった。
(ああ、佐伯君が負けた…)
 歯痒くも虚しい気持ちは涙となり、スゥっと彼の頬を流れ落ちる。
 いかに本人が「人殺しはしません」と言い切っていても、いざとなれば抵抗する事も無く、銃弾一発であの世行きは確実だ。
 こんな場で「助けに来た人が負けました、私は死にたくないです」と言う気持ちを出してしまうのは恥ずべき事ではあるが、どうにも人間の本性としてはそう成らざる得ない様である。

「服も仮面もボロボロだ…こんな姿では戻れないな」
 超人Xは独り言のように呟くと、ゆっくりと佐伯先生の方に近づく。
 そう、今度は佐伯先生に変装しようと超人Xは彼の元に近づいたのだ。だが次の瞬間、超人Xは眉をしかめ、軍服の袖口で鼻と口を塞いだ。
「何と言う事だ、探偵佐伯泰彦ともあろう者が…」
 すぐに大森警部にも言葉の意味が理解出来た。生ゴミの様な気持の悪い甘さと言うか…酸味と言うか…汚物独特の異臭が漂って来て、彼もまた眉をしかめた。
 何と、意識を失った佐伯先生はそのまま脱糞失禁を行っていたのです。
 これには二人共、意を照らし合わせたかの様に佐伯先生から距離を取る。
 大森警部すら跳ねる様に飛び、部屋の隅までアッと言う間に転がり込むのだった。



承:もう一人の佐伯泰彦

「これはたまらないな、”鼬(いたち)の最後っ屁”と言うものか?見苦しいとしか言いようが無い」
 佐伯先生にそれなり敬意を払っていた超人Xさえも幻滅してしまったかの様に、冷たい眼差しで佐伯先生を睨む。そして、ぷいっと後ろを向いて他に隠している変装用の服を探しだした。
(なんとも…みじめなものだ…)
 異臭にシパシパと目が痛む為か、それとも情けない為か、大森警部の瞳に再び大粒の涙が流れた。
 彼が再び目を開いた時、他の所に気を取られていた為か超人Xの姿はどこにも見当たらない。
 キョロキョロ小さな目玉を動かして周りを見渡すが芋虫の目線では見えない部分が多く、匂いこそ気になるが取り敢えず命の危険が去った…とホッと胸を撫でおろす。
 事実、超人Xは既に不愉快な匂いが漂う倉庫を後にし、中庭にまで抜け出ていた。
 足取りは軽く、それでいて不自然さの無い動き。
 鋭く光る眼は梟の様に、真っ暗な闇を透かし辺り、の状態を漏れ無く探っている。
 その姿は、銀縁の眼鏡にアクの強い癖毛、大事にしている懐中時計、全てが本物と同じ衣装に身を包んだ
 佐伯泰彦こと、超人Xであった。



転:永遠の炎は取り返しましたよ

「佐伯さん」
 彼の後方より声がした。それは軍警察の兵隊で、年若く眉毛の薄い男であった。
「超人Xはどうなりました?永遠の炎は?」
「まぁまぁ、ええと…君は…」
「自分は青木一等兵であります。綾ノ森少佐が佐伯さんをお待ちです」
 佐伯先生に化けた超人Xは、”フムフム”と軽く頷くと
「それは申し訳ない事をしました。ご案内お願い出来ますか?」
 と如何にもない口調で案内を乞う。対し、青木と名乗った青年兵は背を正し
「了解致しました。ではこちらへどうぞ」
 と先頭を切って美術館裏口へと回る。
 この広い美術館、そして庭。流石に全部を透かし見る事は出来なかったと見え、裏口から正面口まで塀に沿ってズラリと並んだ軍警察の兵隊達には若干驚いた様子であった。
(運がいい、余計な危険を省いてここから出られそうだ)
 それ程に多くの兵隊、府警の面々が美術館を包囲していた。
「佐伯さん、無事で何よりです」
 ゆっくりと佐伯先生、いや超人Xに近づく青年は美しい黒髪を靡かせ(なびかせ)彼の目の前にやって来た。
 綾ノ森少佐だ。
「綾ノ森少佐殿、残念だが超人Xは逃がしてしまった。…だが永遠の炎は!この通り!ちゃんと取り戻して来た」
 超人Xは上着のポケットから白い布に包んだ赤い宝石を出して見せた。
 当然これは事前に超人Xが作った偽物である。本物は別のポケットに入っている。
 永遠の炎の特性上、影を見れば一目瞭然であるが、真夜中でしかも布に包んである宝石を微かな光で本物と区別することなど出来ない。
 超人Xはそれを大事そうに包み直し
「超人Xは去り際に”再び戻って必ず奪い返す”と断言して逃げた。だから私が当分預かる事にするよ。安心してください」
 自信満々にそう言うものだし、実際に永遠の炎を取り返した手腕に一同「文句は無い」と言った空気が流れた。
 当然それも計算の内である。
 そして後はここで解散なり、自分だけ先に帰るなりしてこの場から離れれば後は誰も追ってくる事は出来ない。怪盗とは逃げの名手でもあるのだから。
 超人Xは堂々と軍警察の面々と握手や挨拶をしながら少しずつその場から離れようとする…その時
「佐伯さん。ちょっといいですか?」
 後ろから誰かが声をかけて来た。



結:超人X、軍警察に囲まれる

「綾ノ森少佐?何か?」
 態度には表さないが少し心が揺れる。
「先程私が頂いた指示では”戻ってきたら全員を本館三階へと呼ぶように”と言われましたので説明でもされるのかと思ってたのですが…」
 超人Xの眼が若干鋭くなる、驚きは隠せない様だ。流石の超人もここまでは見通せなかったようだ。
「ええ、ですが一応解決しましたし、皆さんお疲れでしょうし明日にでも府警にて説明致しますがどうですか?」
「それが足利大佐に説明しました処、既に三階でお待ちなのですよ。このまま帰られるのも何ですので挨拶だけでもお願いします」
 此処へ来てどうにも予定が狂って来た…と超人Xは思っただろう。下手に断れば怪しまれる。
 その場合でも逃げ切れる自信はあるが彼の美学からは反する。
 超人Xは出来るだけ自然な素振りで
「そうですね、うっかりしてました。では参りましょうか」
 そう言って軍警察の兵隊に囲まれたまま美術館三階へと向かう事になったのだった。

       

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