Neetel Inside 文芸新都
表紙

探偵 佐伯泰彦 対 超人X
第十六話  正体

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第十六話 「正体」



起:奇妙な信頼関係

「教えてくれないか?」
 始めに超人Xが言葉を発した。
「此処に君が居るのは、計算通りと言った処なのか?それとも偶然なのか?」
 超人は恐らく、彼が誰かに回答を求めたのは初めてだったのかもしれない。
 落ち着いて声を出しているつもりでも、その声には若干たどたどしい…しいて挙げるならば弱者が強者への懇願(こんがん)に似ていなくも無い、その様な感じを受けたと言う。
 これまでいくつもの罠に苦しみ、今再びこの佐伯先生の影を目の当たりにし、傲岸尊大(ごうがんそんだい)決して弱点の無い完璧な超人は少しずつ崩れ出しているのだ。
「いえ…偶然です。もう捕まっているか…最悪逃げられていると思っていました」
「馬鹿な事を、そんな偶然で私の逃走経路と君の行動が重なるはずが無い」
 佐伯先生は、“れんず”の割れた眼鏡を仕舞い(しまい)裸眼のまま超人Xを見る。
「流石は超人、嘘は効きませんね。まぁ、嘘を言ってもこれと言って得は無いんですがね」
「…この時、この場所で会う事も見抜いていて、その上で罠を仕掛けてあるのかね?」
 超人は気が付いているのだろうか?この言葉の中で“自分はお前が怖い”と言ってしまっていた事に。だが、佐伯先生は其処の言葉に身の危険を感じて成らなかったらしい。是(これ)まで、圧倒的技術と知恵で多くの人々に打ち勝ち、己の強さを誇示(こじ)し、絶対的な自信の元に盗み働きを行った男が傷だらけの状態で己と同格、いや…自分より強いものと立ち会わねばならない。この極限下において彼は自分の美学も信念も捨て生死を掛けた殺し合いを行う腹心算(はらづもり)なのやもしれない。
「安心したまえ、この出会いに罠は無い。私はこの先にある抜け道を既に知っているのだ。君が既に抜けたのかどうかを確かめ、その帰りに君と出会った…それだけだ」
 お互い睨みあい、その硬直した空気は周囲の風すら感じさせない。
 極限の集中は周囲の色を奪い、匂いも体温すらも消失させた。
「…信用するよ佐伯泰彦。この土壇場で嘘をつく事がどれだけの損失になるかを君は理解している」
 奇妙な信頼関係の下に二人はいるが、それは友情や愛情とは違う。これから戦う者への敬意とでも言う物かもしれない。
「では、私からも質問してもいいかな?」
 佐伯先生が口を開く。
「超人X…君は何者なのだ?」



承:超人Xとは?

 再び風が吹いた。
 新芽が伸びた草木からの清涼感ある風が二人の間をスッと抜けるが、当人達はそれにも気が付かない。
「君の使った奇妙な武術。私はずっと考えていたよ、“不思議な武術だなぁ”と。実際に見た事ある技ならば対処できたんだけど、全く始めて見るものだから全然間合いが掴めなかった。…でもね、君に蹴られたのが効いたのか思い出したよ、洋書に君の使った武術の事。“かぽえいら”黒人奴隷の武術…自由を求める武術、違うかい?」
 超人Xは少しの間口を閉ざし、一歩前に出るとこう言った。
「此処は既に私の間合いだ。避けるつもりなら一歩下がりたまえ」
 佐伯先生は動かない。
「真の自由とは戦わねば手に入らない。そうだろう?だから私は戦うのだこの武術を使って」
 一瞬で彼の姿は佐伯先生の目の前から消えた…いや、正確には視界から消えたと言うのが正しいだろう。それと同時に一陣の鋭い風が佐伯先生の壊れた眼鏡を吹き飛ばした。
「君は自由の無い人生を強制されたらどうする?楽しいか?」
 超人Xが問いかけた。
 いつの間にか佐伯先生の頬にナイフで切られた様な切り傷が出来ており、そこから血が滴り落ちた。
 一陣の風と問いかけの後、彼は佐伯先生の目の前に突如現れる。
「…近い将来、この国は世界を相手に戦争を行うだろう。私はその時の為に作られた人間なのだ」
 


転:改造人間

 …改造人間…
 佐伯先生の脳裏にこの言葉が浮かび上がる。
 そんな物は空想小説の中に出る架空の話…だが確かに目の前にいる男は“造られた人間”
、そう言った。
「明治三十六年、この国と露西亜(ロシア)の戦争が終わった後にある男が開始した計画の一つに“人民思想統一”と言う目標があった。その男は清王朝の滅びゆく様を見、“例え如何に巨大な国でも国がまとまらねば勝つ戦いも勝てない”と」
 佐伯先生の頬から血が止め処なく流れ、服に赤い染みが浮かび…そして黒ずんだ。
 だが、視線は外さない。
 暗雲低迷、これは重要な話だ。彼は今全ての謎を明かそうとしている。

「私の祖父は露西亜の殺人鬼、その殺人鬼が強姦した女が父を生んだ。父は先の世界大戦において独立潜入部隊の秘密兵器と呼ばれた南条平史郎、母は根来流忍術の継承者、関辰子。双方選ばれし優秀な母体を元に造られたのが私だ。」
 少し間をおいて再び口を開く
「東北に私達を教育し、育てる“工場”が存在する。私はそこで育ち殺しの業を磨いた。初めて人を殺したのは先の世界大戦、そこでドイツ軍の軍事工場を秘密裏に爆破する指令を受けた。当然特殊兵器の図面入手も合わせてな。…そこで5人の兵士を殺した。まぁ悪い気はしなかった、それが仕事だったからな。…私がまだ十六の時の話だ」
 再び風が吹いた。
 闇夜に映る超人の顔は歪んだ笑顔を映した。



結:美への追及と己の価値

「殺しに疑問を持ったのは、大正十一年の秋の頃だった。私達は実戦を終え本来の役目に付いた。何だと思う佐伯君?…私達は対外戦闘員として作られたのではない。私達を作り上げた男の本来の目的へと仕事が移行したのだ。“人民思想統一”、その男は警察でも軍隊でも無い別の組織を作り出し共産思想を持つ国民を排除する為に動き出した」
「特別高等警察!」
 佐伯先生の眼が光る。
「その通りだ佐伯君。銃器を持たぬ民間犯罪を取り締まる警察でも、警察で手に負えぬ危険犯罪を取り締まる臨時の軍警察でも無い、第三の組織“特高”だ!」
 超人Xは薄く口を開け、唸る様に笑った。
「この年、治安維持法が可決されると直ぐさま我々は“アカ狩り”を開始した。いくつかは新聞に載ったが殆どの場合は秘密裏に処理されて来た…私の心に違和感が出始めたのはこの頃だ。
 …不思議な事にね、手が血で染まるのが快感と成って行ったのだ。無抵抗な一般人を脅えさせ、切り刻み、ゆっくり弄り(なぶり)…殺す。それが楽しくて楽しくてしょうがなかった。
 だが、何故か心の奥では苦しんでいた。
 同胞を殺す事に…外国に赴き人を殺す時は何も感じなかったのに、何故かその時は心が痛んだ。
 …私は自分が殺人狂である事に気が付いたのはそれから数日後の仕事でだ。
 共産主義者の集会が行われていると言うタレコミで侵入したが…デマだった。家族親戚一同が揃っての結婚式が行われていただけであった。…しかし、私は…彼らを殺した。意味も無く自分の快楽の為だけにだ。
 ふと気が付けば生臭い汚物と血が散乱する屋敷の中で私だけ死んだ新婦をバラバラに裂いていた。
 無意識にやってしまっていたのだ。
 手は赤く染まり、ゼラチン質の何かが手の上で粉々になっていた。
 私はね、その場で吐いてしまったよ。分からないが急に恐ろしくなった、自分の中に祖父の血と意思が詰まっていていつか私自身を消してしまうのではないかとね」
 超人Xは距離を取る為に一歩飛び下がり、尚も話を続けた。
「自己を取り戻せば後はドンドン疑惑疑問は膨らみ、自分の存在意義に悩まされ、そして…私は特高から姿を隠した。
 私は各地を転々とし、その中で変装術に磨きをかけ約一年程鎌倉にある山間の村で暮らした。薄暗い廃れた(すたれた)教会で自己存在意義を考え続け、私は誰の為でも無く自分が自分である為に何かをやろうと決意したのだ」
「それが…泥棒かい?」
「そうだ!だが、ただの泥棒では無い!言わば芸術である。この殺人鬼の血を封じ、一切の乱暴無く完璧な計画で何千何百の包囲を抜け、目的の美術品を盗む。これだけの危険と難易の中で他に誰がこれを出来る?いるか?いや…居る筈が無い。それ故に私は超人と呼ばれ、私も超人であると認識している。
 この完璧な仕事の一つ一つが私の存在意義であり、私を私だと証明する唯一のモノである」
 
 佐伯先生は何も言えなかった。
 だが、彼に同情する訳にはいかない。彼にどんな過去があろうと今は犯罪者なのだ。
 再び沈黙が二人を包んだ時、そこにいるのは二匹の獣だけであった。




       

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